23、きじも鳴かずば撃たれまい…とも言うね
「出たあぁぁっ!」
そんな化け物みたいな言い方は良くないと思うの。
狼が人の姿へと……旦那様の姿になるのを認めて、アーサーは真っ青になって叫んだ。
それから口をパクパクさせて、私と旦那様を交互に見つめる。軽くパニック状態ね。
「え、なに、この世界って獣人もありなの? でもって伯父が獣人? ならひょっとして俺も獣人ってこと?」
「それは違う。我が家で狼に変化するのは俺だけだ」
旦那様の言ってることを理解しようとするも、前世ではこういったものは経験なかったらしい。頭パンク寸前で頭から煙がシュ~ッと音を立てて出てきそうな顔をするアーサー。
いったん落ち着け。
「旦那様は諸事情で、満月の夜は狼になってしまうのよ。別に人狼ってわけではないのだけれど……それに近いものはあるかしら」
簡単な説明に、ギョッとした顔で私を見上げる幼い瞳。
「え、つまり、以前言ってた『旦那様は狼になる』ってのは、単にエロオヤジなわけではなくて……?」
「それは知らないけど」
「そうか。じゃあエロオヤジの可能性がある、精神も肉体も狼になると……痛い嘘です、エロオヤジは訂正します、伯父上はムッツリであって……あ、駄目だ死んだ」
アーサーは自殺願望でもあるのかしら。わざわざ旦那様を怒らせるワードを選んでいる気がするのだけれど。
ゲンコツくらって涙目になっているアーサーは、さすがに自業自得だと思う。
「無謀と勇気は違うのよ、アーサー」
「そんな『いいこと言った』みたいなドヤ顔で言われても」
「そりゃ私のほうが年上だからね」
「精神年齢は大して変わらんだろ」
「私はお姉様です」
「絶壁がなにを言う」
よし今、たしかに絶壁言ったな?
「帰ったら覚悟なさい」
「ぐ~~~~」
寝たフリすなあ!
誤魔化しにかかったアーサーはやっぱり自殺願望があるのかもしれないと思うのです、はい。
「なんだ、あんただったのかい」
不意に銀髪美女が声を発した。すっかり存在忘れてたね。
不機嫌そうに顔をしかめる彼女は、それでもやっぱり綺麗だ。美人は怒った顔も素敵だね……と、私が男なら言ってモテただろうなあ。
なんて性別の if な話は置いといて。
今の短いセリフに、随分深い意味が込められているのが気になるところ。
「お知り合いですか?」
狼から人へと変貌したら、裸でイヤンと想像した人は、そのよこしまな思考を恥ましょう。かくいう私も初めて変化を見た時はそう思ったから、私はよこしまな人間代表です、やったね!
ちゃんと服を着ているが、乱れた裾を直す旦那様を見れば、彼にしては非常に珍しく嫌そうな顔を私に向けた。
(あ、これ、私に知られたくない時の顔だ)
できれば秘密にしておきたかったってとこかしら。
でも残念、もう私は彼女と会ってしまった。事件に巻き込まれてしまったのだ。
「教えてください」
隠し事はなしですよ、と暗に言えば、旦那様は深々と重たいため息をついた。
そして実に言いにくそうに……それこそ鉛のごとく重そうな口を開いたのである。
「彼女は……俺の昔の恋人だ」
「わお」
てっきり彼女の仕事の邪魔をしたとか、不利益になることをして恨まれてるとかを想定していたのに、斜め上キタコレ。
「恋人……それはつまり、お付き合いしてたってことですね?」
「うん、まあ……そうだ」
「お付き合いってことはあれですか、デートしたり手を繋いだりいちゃついたり?」
「ノーコメントで」
そんなもの受け入れられると思うなよ。
と、腕の中のアーサーが、狸寝入りをやめて目を旦那様に向けて言った。
「おいおい、恋人だったってことは、健全なお付き合い、ままごとみたいな可愛いもんじゃなかったんだろ? それこそキスとか……あ、もしかして初体け……」
ヒュンと風が目の前を切った。正確には、アーサーの前髪を綺麗に眉毛の上の長さにパッツンした。
「うおおおおお!? な、なにしやがる!?」
キンと音を立てて旦那様が剣をおさめた。さすが。ラウルド様ほどではなくとも、彼もまた剣の達人なのですよ。
真っ青になって震えるアーサーは、ちょっぴり涙目だ。
「口は禍のもとだ」
「だって気になるだろ!?」
「物言えば唇寒しとも言ってだな」
また腰の剣に手を当てる旦那様を見て、慌てて口元を手で押さえるアーサーであった。
ほんとに自殺願望あるんじゃないの?




