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21、助けるのやめようかな

 

 ダンッと音が聞こえそうな勢いでもって、大地を蹴り上げる獣。その体が軽々と宙に舞う──屋敷の二階へと。

 飛び上がった体は、真っ直ぐに一つの明かりがついている部屋へと向かった。その先に、窓の先に探し人の顔を認めて、私は目を輝かせた。


 が、すぐに気付く。


(あれ、このまま窓に飛び込んだら、ガラスが飛び散って私もアーサーも血まみれになるのでは?)


 やばいやばい、これは非常にやばい事態だよ。

 どうすべと獣の後頭部を見るも、獣は私を見ていなかった。何の迷いもなく、躊躇なく、窓から中へ飛び込むつもりらしい。


 こりゃ参ったな。あまり立て続けに魔法を使いたくはないのだけれど……なぜって疲れるから。なんて言おうものならアーサーが怒りそうだな。


 苦笑しながらも、手にはまたも白い光が集う。先ほどとは異なる魔力を込めて、私は窓の向こうに目ん玉ひんむいてこっち向いてるアーサーと、私と獣を光の膜で覆った。

 ──その瞬間、獣が窓をぶち割った!


 ガシャーンという音が響きわたり、「うわあ!?」とアーサーの叫びが重なる。


 獣は勢いあまって、アーサーの横を通り過ぎてしまった。慌てて私はアーサーに向かって手を伸ばす。


 視界の隅で、部屋の扉が開くのが見て取れた。獣の舌打ちが聞こえるが、それどころではない。


(早く! 早くその手を──!)


 小さい体、伸ばされる小さな手は、もう目前。

 彼の奪還まであと数センチ。

 そしてその手は私の指先に触れる。


(掴ん……)

「おっと、そうはいかないよ」


 掴んだと思った。確かにその小さな手を握ったと思ったのに。

 だがそうはいかなかった。


 あっという間に目の前からアーサーが消える。幼い目が、不安に揺れる。


「アーサー!」

「返さないと言っただろ」


 激しい振動と共に、獣が床に着地した。その背から慌てて降りるも、もうアーサーとの距離は大きく開いてしまっている。


「アーサーを返して!」

「はい返しますって返すならば、最初からさらったりなんぞしないさね」


 目の前には、見たことない銀髪美人が立っている。私とは違う、大人の魅力にあふれたとても綺麗な女性だ。

 その醸し出す雰囲気から、ただの賊や庶民とは違うことはすぐに分かった。


「なにが目的?」

「へえ、なかなかに度胸がすわってるじゃないか、お嬢ちゃん。ここまで乗り込んできたことといい、あの公爵に守られてるだけのか弱い夫人ではないってことかしら?」

「質問に質問を返さないで」


 私の問いに答えるつもりはないということだろう。女は鼻で笑って腕の中の存在を、アーサーを離すまいとギュッと力を込める。


「アーサー、今すぐ助けてあげるからね」

「ああうん、いやまあ……もうちょいこのままでもいいんだが」


 なんじゃそりゃあ!

 おま、必死で敵地に乗り込んで助けに来た私たちに向かって、そういうこと言う!?


 もしや洗脳でもされたか? と思ったが、すぐに違うと分かった。


「……なに鼻の下伸ばしてんのよ、18歳の若造が」

「いやあ、せっかくこんな豊満なお胸に抱かれているのだから、ちょっとばかし堪能してもバチは当たらないかなあと」

「地獄に落ちろお!」

「んぎゃん!?」


 なに銀髪美女に抱きしめられて、嬉しそうにしとるんじゃい!

 むかついたので、散乱する破壊された壁の一部……の、小さめなのをチョイスしてアーサーに投げた。それは見事に額にクリーンヒットする。


「なにすんだよ! これは虐待だあ!」

「るさい! おバカ息子に教育的指導よ!」

「俺は断固抗議する!」

「どうせ私は絶壁だー!」

「誰もそんなこと言ってねー!」

「目が言っとるわい!」


 ギャアギャア言い争いをしている私たちは、その存在を完っ全に忘れていた。

 そう、銀髪美人の存在を。


「……1歳児が、ペラペラしゃべってる、だって……?」


 あ、しまった。


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