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20、別に秘密にする気はないけれど、なんとなく教えていない私の秘密

 

 駆ける、駆ける。夜の闇の中を黒き獣がひた走る。

 大きな獣は私を背に乗せてもそのスピードを鈍らせることなく、猛然とひた走る。


 耳元を切り裂く風がビュービューと鳴り響いた。


 少し後ろを、馬に乗ったラウルド様が追いかけてくるのが見える。


「寒くありませんか、義姉上」

「大丈夫です」


 急いで出たとはいえ、準備はバッチリ。服だって着込んでいる。


「屋敷でお待ちいただいても良かったのに……」


 そう言うラウルドに、獣も同意とばかりに頷くのが見えた。

 でもそれは受け入れられない提案だ。


「私のせいでアーサーがさらわれたんです。何もしないでただ待っているなんてこと、できるわけありません」


 私の腕からはすっかりあの温もりが消えてしまった。それをこんなにも寂しく思うなんて……


「義姉上はもうすっかり母親ですね」


 ラウルド様が言った瞬間、獣から殺気が放たれて苦笑する。母=ラウルド様の妻……ではないからな! と言っているようだ。


「この姿になると短気になりますねえ。駄目ですよ」


 ペシッと後頭部を軽く叩くと、クウンと情けない声がして、不謹慎にも笑ってしまった。


 ただ、獣はそれでも足を緩めることはない。物凄い速さで走り続けており、私は口元を覆うように服をたぐりよせた。


(こんなに早く走りながら匂いをたどるなんて、さすがね……)


 人には分からないあの子の残り香も、獣には簡単に分かってしまう。

 匂いをたどって、獣は走り続けた。


 目指すは可愛い甥っ子の元、誘拐犯の元へ。


(待っててね、アーサー!)


 目的の屋敷が見えるのに、時間はかからなかった。


* * *


 屋敷と呼ぶには少し小さめの、貴族の別荘のような建物がポツンと荒野に建っている。


 こんな場所に建てて何が楽しいのかと思うが、おそらくは人などほぼ来ないというのが大前提で建てられたのだろう。つまり、なにかよからぬことをするための建物ということ。


 その屋敷に、人がいることを証明するように明かりが見える。

 不意に黒装束の人間が数名バラバラと出てきた。


「さすがに、気付かないほど愚鈍ではないか」


 言って、ラウルド様が馬にまたがったままスラリと剣を抜く。

 剣技の才覚はクラウド様以上……いや、この国のトップ3に入るであろうその人は、不敵に笑う。


(そういう顔をすると、似てない兄弟が少し似ている気がするのよね)


 ふと思い出されるは、以前見たクラウド様の……いや、今はそんなことを思い出している場合ではない。

 首を振って気持ちを切り替える。


 屋敷の中からは、黒装束以外にも武装した者達が出てくる。警備の者たちだろう。

 それをラウルド様が一人でばっさばっさとなぎ倒す。あれほどの人数と対峙してなお、全て峰打ちで殺していないというのだから、本当に凄い。その余裕が彼にはあるということなのだから。


 立ち止まった獣がラウルド様の動きを眺め、それから上を向く。視線の先には、二階の窓。そこは明かりがついている部屋。


「あそこですか?」


 私の問いに獣は静かに頷いて、それから走り出した。敵陣の真っただ中へと!


「うええ、私何もできませんよおっ!?」


 生まれてこのかた、スプーンより重たい物を持ったこと……あるな。色々とこの手で持っては来たが、剣は数えるほどしか持ったことがない。完全に戦力外の私を連れて、敵の中へ突っ込みますか!?


 私の悲鳴のような問いに、獣がフイと私を振り返る。その目は(大丈夫だろ?)と言ってるようだ。いや、実際そう言ってるのだろう。


 それは試しているのではない、それは確信。信頼。獣は私を信じてくれているのだ。


 目と目が合うのは一瞬。けれどその一瞬で大丈夫。


「まったく……しかたありません、私も本気出しますよ」


 ニヤリと笑って右手に集中させるのは、魔力。

 知る者は少ない。家族でも弟達は知らない、両親しか知らない。クラウド様は知っていても、ラウルド様は知らない。私の魔力。


 大きな魔力を集中させた右手を屋敷に向けて伸ばし……静かに、けれど激しく私はそれを放った!


 轟音と共に、屋敷が揺れた。扉が、窓が壊れる音が響くのと同時、私は叫ぶ。


「あーさぁぁぁぁっっ!!!!」


 憎たらしくも愛らしい、我が甥の名前を。

 

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