表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/21

2、逃げられちゃいましたかそうですか

 

「俺には母親の異なる弟がいる」

「あーいましたね。結婚する時……三年前に一度だけお会いした、旦那様とはあまり似てない二歳下の弟君」

「ラウルドは母親に似たからな。同じく俺も母親に似たから、俺達兄弟が似てないのは当然だ」


 どちらも父親には似なかったんですね、先代様可哀想。


「お父君はさぞやあの世で悔しがってるでしょうねえ」

「勝手に殺すな。両親共に引退の地である田舎で、楽しくやっている」

「知ってます」


 貴族夫婦と愛人の三角関係なんて、ドロドロの愛憎劇を想像するだろうが、このフォンディス公爵家の先代はちと変わっている。

 先代正妻であるクラウド様のお母様と、先代愛人である元メイドの女性、そして先代の三人はとても仲良しで、いまもって三人仲良く同じ屋敷で暮らしているんだとか。そこらへんは、愛人もつ余裕もない下位貴族出身の私にゃ分からんわ。


 まあそれはおいといて。


「で、そのラウルド様がどうかされましたか?」

「子供ができたんだ」

「あーなるほど。それは本当におめでたいですね」


 いきなり「子供ができた」なんて言うから、旦那様が妊娠したのかと思ったじゃないですか。そう言ったら「そんな発想になるのはお前くらいだ」と言われてしまった。そんな馬鹿な。


「で、うちの養子にするから、突然で悪いがメリッサ、母親代わりとして育ててくれ」

「うん、なんだって?」

「……え?」

「間違えました。何を突然言い出しやがるんですか、このやろう」

「め、メリッサ?」


 突然のことすぎて、私の口調がさだまらない。考えるより先に口をついて出る悪態に、苦笑で誤魔化す。


 いまいち理解できないので、質疑応答といこう。


「ええっとですね、弟君は昨年結婚されましたよね?」

「そうだな。相手が庶民ということもあって、式は挙げなかったが」

「で、子供ができたと。それってまだ妊娠の段階ですか? それとも……」

「先月無事に出産が済んで、現在生後一ヶ月とのことだ。忙しくて連絡し忘れていたらしい」

「うん、そうですか。お祝い贈らないとですね。で、どうしてうちの養子に?」


 たしかに公爵家当主であるクラウド様は、後継がいない。私達は子作りしてないのだから当然だ。

 結婚当初、私が15歳だったから……という理由ではない。れっきとした理由があるのだが、まあそれは今はどうでもいい。


「旦那様の後継として、弟君のお子をお迎えするんですか?」


 でも弟君だって、後継が欲しいだろう。弟君はクラウド様がいるから当然公爵家は継がないけれど、彼はたしか功績が認められて伯爵ではなかったか。


「育てられないから、助けてくれと連絡がきたのだ」

「なんで」

「育てられないから」

「いやだからなんで」

「母親がいないそうだ」

「なんで!?」


 お産というものは命がけ。お産で命を落とすという話はたしかに聞いたことはある。だが先程「無事に産まれた」と言ったではないか。


「産後の経過がよろしくないのですか?」


 さすがに奥方が亡くなったなら、大変な話だ。だが旦那様は首を横に振った。


「いや、初産とは思えないくらいの安産で、産後の経過もよく、ピンピンしていたらしい」

「では?」

「逃げられたんだ」

「……はい?」

「弟、妻に、逃げられた」


 なぜそんな区切って言うのか。私が理解できないと思ってる?

 できませんよ!


「いや、唐突すぎて意味がわからない。……あ、ひょっとして、不貞の子だとか?」

「それはない。弟と同じ、非常に珍しい緑髪碧眼らしい」

「ああそうなんですか」


 この世界、髪色は様々で赤や橙色、青に金にと実に豊富に揃っている。

 旦那様は夜のように美しい黒髪だし、私はそんなに珍しくもない金。微動だにせず立っている執事のアラスは空のような青。


 でも意外に珍しいのが緑の髪を持つ人。青髪と金髪の夫婦の間にできる子は緑髪……と、そう単純な話でもないのがこの世の不思議ってね。緑は特に遺伝性が強く、ラウルド様の母親である元メイド長もたしかに緑の髪だった。


 そしてラウルド様の奥方は、黒髪。


 18年生きてきて、私は未だに緑髪は、ラウルド様を含め片手で足りる人数しか見たことがない。それほどに希少。


「ではどうして逃げられたんでしょうか?」

「まあ元から好きだった男がいたらしく、それが庶民で……」

「ふむふむ」

「子を作るという義務は果たしたから、あとは好きな男と生きると言って……」

「言って?」

「弟から貰った宝石とか金目になるものを持って、姿を消したそうだ」

「不憫!」


 結婚以来会ったこともない義理の弟ではあるが、その可哀想な境遇に思わず叫んでしまった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ