13、ティータイム
「アーサー、すっかり大きくなって! 元気にしてたかい!」
「お~親父、久しぶり~!」
「あ゛?」
「パパ、会いたかったですぅっ!」
暑さ厳しい真夏、ついにラウルド様が帰ってきた。といっても休暇による一時的帰還だけれどもね。
それでも久々の親子の再会は、涙、涙……とはならなかった。
ラウルド様、濁点つけた『あ』は私でも恐いです。
「どうしておしゃぶりはずしちゃったんですか?」コソコソ旦那様に耳打ちで聞けば
「説明がめんどくさい。見たほうが早い」と実に簡潔な答えをいただきました。さいで。
おしゃぶりはずしているから、精神は18歳。なもんで、もうすぐ1歳とは思えない流暢な言葉で話しているが、前世の記憶持ちだと説明したら、アッサリ納得してもらえた。
どうせなら、純粋無垢で可愛いアーサーを見てほしかったなあ。とはいえ、黙っているわけにもいかないしね。
最初の頃には毎日のように届いていた手紙は、忙しくなってきたのか次第に減っていった。とはいっても来ないわけではないので、アラスが主に成長度合いを報告していたんだけど。
なぜか旦那様は、前世記憶持ちを手紙で知らせるのは黙っておけと言っていた。
なぜ? と聞いたら「サプライズだ」とか言ってたっけ。それ絶対、手紙であれこれ聞かれるの面倒だからでしょ。
返事書いてるのアラスだけど、前世記憶持ちに関しては自分で説明しろと言われるのは予想される。つまりアラスに文句言われるのが嫌で、旦那様は黙っていたらしい。
最初は面食らって濁点つけてたラウルド様も、次第に18歳アーサーにもなれてきた。
「俺の母ちゃんってどんな人だったんだ?」
「あ゛?」
「すみません、僕のママってどんな女性だったんでしょう」
「うん、それはね……」
18歳アーサー、こりないな。
* * *
一通りアーサーの『彼』の姿を見せたところでおしゃぶり登場。
「ぱーぱ!」
「うわ、可愛い! 本当におしゃぶりで前世人格が封印できるんだ。新発見だね」
一瞬にして可愛い幼児に戻ったアーサーを前に、ラウルド様が感動したように言う。
「赤ん坊の状態で前世の記憶が戻るのは、レアなケースだからな。この発見が役に立つかどうかは疑問だ」
そう言って、腕を組むのは旦那様。
言われてみればそうよねえ。私の知る限り、前世の記憶ってのはある程度成長してから……それも大体が思春期の13歳から20歳くらいの間に戻るケースが最も多い。
赤ん坊から思い出して、前世の記憶を頼りに普通にしゃべるなんて……少なくとも私は聞いたことがなかった。だからこそ、悪霊がー! とか慌てたんだけれど。
「うちの子は天才ってことですよ、兄さん!」
「ああいうのを親バカって言うんでしょうね、メリッサ様」
「なんと言われても、うちの子は天才なんだ!」
親バカを発揮するラウルド様は興奮で顔がキラッキラ輝いている。眩しい。そしてうちのメイドは相変わらず命知らずで恐い。アラスは同意とばかりに無言で頷かないで。
ミラもアラスも毒舌ではあるけれど、その動きは有能そのもの。テキパキとテーブルを整えて、あっという間に中庭にお茶の用意が整えられた。
真夏の日差し炎天下で、普通ならば長時間庭になんて居られないけれど、この場所は別。
中庭の一角には、常に気温が適度に過ごしやすい場所があるのだ。自然にそんな場所はできないけれど、なんでもこの場所はご先祖様がほどこした永遠の魔法がかけられていて、適温が維持されているのだとか。随分と便利な魔法があるものだ。
「メリッサ様がお好きなケーキもご用意いたしましたよ」
「わあ、美味しそうなクリーム!」
私の目の前では、美味しそうなケーキが用意されていく。旦那様やラウルド様には甘さ控えめクッキーやマフィンが用意されるのを、私はワクワクしながら見守っていた。
「私もマフィン欲しいなあ」
「食べるか?」
「いいんですか? じゃあ私のケーキを一つ……」
「いや、俺は甘いものは……」
「あ、じゃあ俺が食う!」
お皿に一つ取ったケーキを、旦那様に差し出す。すると一瞬にしてそれが我が手から消えて無くなった。え、なんで?
ギョッとした顔の旦那様と目が合う。
それからチロリと下に目を向ければ……なんとテーブルに、おしゃぶりはずしたアーサーが座っているではないか! 可愛い! でもお行儀悪い!
「ちょ! アーサー、どうしておしゃぶりはずしてるの!? 勝手にはずしちゃダメじゃない!」
「俺ははずしてねえよ。封印状態の俺が、勝手にはずしたんだ」
なんと幼児状態のアーサーがはずしてしまったと言うではないか。
どうやら美味しそうなお菓子を前に、我慢できないとおしゃぶりはずして食べようとしてしまったらしい。
「ダメよ、まだあなたには早いわ。子供にこんな甘いものは厳禁、虫歯になっちゃうわよ?」
それを聞くと不満そうな顔をするアーサーだが、「じゃあ我慢するからおしゃぶりは無しにしてくれ」という謎の交渉がなされるのであった。
こうして優雅……かどうか分からんが、一時帰宅した義弟を迎えてのお茶会が始まった。