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11、夢は大魔法使い

 

 風がそよそよと気持ちいい。子育てしていると時の流れを早く感じるもので、季節は早くも夏が目前に迫っている。

 この気持ちがいい風も、そのうち熱風になるんだなあ。


 なんて思って二階の窓から外を眺めていると、クイと袖を引かれた。


「なあに、アーサー?」

「ママ、だぁこ」

「はいはい」


 子供の成長は早い。

 あっという間にお座りできるようになったかと思えば、もうヨタヨタと歩くようになった。

 そういえばもうすぐ1歳になるなと、すっかり重くなった甥っ子を抱っこして目を細める。


 ママと呼ばれることに抵抗がないわけではない。ただこんな小さな子に説明したところで、理解は難しいだろうと思うからそのままにしているだけ。


 しかるべき時が来たら、言うつもり。


 ……まあ、おしゃぶりはずした状態の『彼』ならば理解できるのだろうけど。

 今なおおしゃぶりをさせているのは、封印のため。私は別にいいと思うのだが、前世の人格が出てきたらとにかく旦那様が不機嫌になるのだ。


 口が悪いからだと思うのだけど、それ以外にも理由がありそうな?


 そんなわけで、アーサーはおしゃぶり咥えながらしゃべることが、すっかりうまくなった。

 とはいえ、おしゃぶりをあまり長いことしていると歯並びや言葉の発達に影響すると聞くから、そのうち別の封印方法を見つけたいものだ。


 ちなみにすっかり慣れた離乳食を食べる時ははずす。その時ばかりは『彼』が出てくるのだけれど、食べながらなのでそんなに話せない。今のところは旦那様の怒りも爆発することはない。


 旦那様が怒りを爆発なんてさせたところを見たことないが、それでも初爆発がないにこしたことないではないか。


 あと、『彼』はうちの有能執事やメイドにもバンバン言いたいことを言う。

 赤ん坊だから誰も手を出せないのをいいことに、言いたい放題。困ったものだ。


 でも私としては、そんな『彼』も面白いと思っている。なのでこんな風に二人っきりの時は……(ポンッ)……おしゃぶりを取ってたりする。


 一瞬キョトンとした赤ん坊は、すぐにニヤリと可愛いんだかそうでないんだか微妙な笑みを浮かべた。『彼』が現れたことを意味する。


「ふう、やれやれ。赤ん坊ってのも疲れるなあ。頭がでかくて重いし、うまく歩けないときてる」

「しょうがないでしょ。もう少し……2歳くらいになったら、もっと思い切り走ったりできるわよ」

「そんなことしなくても、これで移動できるさ」


 アーサーがそう言った瞬間。

 ザワリと緑の髪が揺れる。

 直後、アーサーは私の手から離れて……けれど床に落ちることなくその場に浮遊し続けた。


 彼の『風魔法』である。


「大したものね、もうそんなに使いこなせるなんて」

「そりゃあ練習したからな!」


 どうやら彼の前世の世界では『魔法』はおとぎ話の世界でしか存在しなかったらしい。

 何もないところから風を起こすことも、火をつけることも、水を出すことも、土ゴーレムを作り出すこともできない世界だったそう。なんと不便な。


 初めてアーサーが魔法を使ったのは一ヶ月前。

 食事中にはずしていたおしゃぶりを付けさせようとして、逃げ出した時のこと。

 歩けるようになった彼は、無謀にも逃げようとしたのである。だがそんなおぼつかない足取りで、逃げられるはずもない。


 アラスにアッサリ確保されようとするまさにその瞬間。「掴まってたまるか!」と彼が叫ぶと同時に風が巻き上がって彼の体が浮いたのだ。


 その時ばかりは、旦那様も「ほお、この年で魔法を使えるとはな」と素直に褒めていたものだ。

 魔法ありきの世界ではあるけれど、使える人はそんなに多くないのよね。


「俺は将来大魔法使いになるのだ!」

「うん頑張れ」

「なんか適当!」


 素直に褒め言葉を受け入れられないとは、前世は随分とひねくれ者だったのかねえ。


 魔法が使えるのが嬉しいのか、アーサーはメキメキとその腕を上げた。魔法が使える時点で魔法使いと言えるんだろうけど、職業として目指せるかもね。大が付くかどうかは知らんけど。


 と、キャッキャと楽しそうに魔法を使うのを見ていたら、コンコンとノックが聞こえた。振り返れば、開いたままの扉を叩く旦那様。


「あら、お仕事は終わりですか?」

「休憩時間だ。……またおしゃぶりをはずしているのか」


 『彼』があまり好きではない旦那様は、様子を見て眉をひそめる。


「今は魔法の練習中なんだ……です! いくら伯父上でも、文句言わせません!」


 ここ半年以上共に暮らしていて、色々あった。実に色々あって……『彼』は旦那様には敬語を使うようになった。

 そうすることでおしゃぶりを回避できることをようやく学んだらしい。


「まあいい。それで? 上達した風魔法でどういったことをする?」


 ん? なんでそんな質問?

 首を傾げる私の目の前で、宙に浮いたままのアーサーが得意げに腕を組んで言った。


「そりゃやっぱ、風魔法つったらあれでしょ」

「なんだ?」

「特別に伯父上に真っ先に見せてあげます。どうぞご覧あれ、秘技、スカートめくり!」


 そう言って風が吹きそうになった瞬間。


 ズボッとアーサーの口におしゃぶりが突っ込まれたのは……まあ当然っちゃ当然なわけである。

 

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