10、これでもメイドは女主人を大事に思っているのです
「へ~こんな可愛い顔しているのに、口が悪いんですか?」
「そうそう、どうも前世の育ちが影響してるみたいなのよ」
めでたくアーサーと名前が決まった赤ん坊は、現在絶賛昼寝中。先程旦那様の怒りのオーラに恐れてやった狸寝入りではなく、本気のお昼寝。
いくら前世の記憶が戻ったとはいえ、肉体は紛れもなく赤ちゃんだからね。
なんか「やめて、俺のオムツ替えないで、自分でやるから、自分で!」とか叫んでいたが、そんな体でどうやって自分でオムツを替えると言うのか。
しばらく抵抗していたが、最終的に諦めの無の境地に達した顔で、大人しくオムツ交換を受け入れていた。
で、その抵抗したことで消費した体力と、オムツを替えたことで快適になったのが決定打となり、アッサリ眠りに落ちたと。
ミラと合流して一連の説明をするも、ベッドで眠る赤ん坊は相変わらず無垢で可愛く見える。なもんで、ミラは全然信用しようとしない。
「嘘くさいな~。メリッサ様、私のことからかってるでしょ?」
「そんなことして私になんの得があるのよ」
「歩く冗談と呼ばれる人が何を言ってるんですか」
「私そんなふうに言われてるの!?」
初めて聞いたわ、そんな二つ名!
「どうせならもっとカッコイイ字で呼んで欲しい」
「ウォーキングジョーク」
「いやなんなのそれ」
「知りません、なんとなく思いつきました」
「カッコイイのそれ?」
「知りません」
私と同じく、前世かなにかで仕入れた知識が突如閃く人は意外に多い。ひょっとしてミラもそうなのかしら。
でもカッコイイという確証ないのに、適当なこと言わないでおくれ。
「真面目に不真面目をする人」
「いや、それ全然かっこよくないからね!? なんなら悪口になっちゃうからね!?」
「どうしてですか、私最大の褒め言葉ですよ」
「……つまり私を褒めてると?」
「褒めてません」
なんなのこのメイド! 私が女主人じゃなかったら、とっくにクビになっとるわい!
「私が主人であることをミラは幸せだと喜ぶべきだわ」
「わーうれしー」
「棒読み!」
まあなんだ、あれだ、結局のところ、こうやって過ごす時間が私もミラも好きだって話なんですよ。
ワイワイやりながらお茶していたら、ベッドのほうがモゾモゾしだした。
「あら、起きちゃいましたかね。メリッサ様がうるさくするからですよ」
「誰のせいだと……ごめんなさい」
誰のせいでうるさくしたと思っているんだと言いかけて、ジトリとミラに睨まれては、そりゃ謝るしかない。
私のメイド、執事と同レベルに恐いんだよう。有能だから何も言えないから、いつも枕を涙で濡らして……ないんだけどね。(心の中で思ってるから、ミラのツッコミがないのがちと残念)
ベッドに近づくと、うっすらと目が開いて碧眼が覗く。綺麗な青に吸い込まれそうになる。
「おはようございます、アーサー様。メリッサおばちゃまはうるちゃいでちゅね~」
「おば……なぜ人は赤ちゃん相手になるとそういう言葉遣いになるのかしら」
人類の不思議、赤ちゃん言葉。
おばちゃんと言われたことに関しては、深く追及しまい。彼は義弟の息子、私にとっては確かに甥なのだから。
寝ぼけているのかしばらく呆けていた赤ん坊だったが、徐々に覚醒してきたらしく、不意にハッとした顔でミラを見上げた。
「ん? お腹ちゅきまちたか~?」
「ママ?」
赤ん坊にミラが笑いかけた瞬間、ママと呼ばれてハッとなる。
「あらまあ、本当にお話できるんですね、すごい。でも私は……」
「ママあ! お腹すいたー!」
ママではない。そう言うより早く、赤ん坊はミラの胸に抱きついた。え、ちょっと待って。
「ママ、ママー! 僕お腹すいたの、ちょうだいちょうだい! おっぱ……バブッ!」
今放送禁止用語(?)言いかけたでしょ!
あわわ……となる私より早く、ミラが動いた。目にも止まらぬ早さで、赤ん坊の口におしゃぶりを突っ込んだのである!
途端に可愛く清らかな赤ちゃんの出来上がり。
「ふう……本当におしゃぶりで赤ん坊に戻るんですね。これ、永遠にはずさないようにしなくちゃ」
呆気にとられる私の前で、そう言って顔を引きつらせるミラであった。
いやホント、うちのメイド優秀で恐いわ。