1、旦那様に子供ができたそうです
「子供ができた」
「そうですかおめでとうございます。男性の妊娠は珍しいというか前例ありませんけど、だからって今後も永遠にないと決まったわけではありませんものね。世界初の男性による妊娠おめでとうございます」
二度おめでとうございますと祝福の言葉を述べる私に、旦那さまは「違うそうじゃない」と言う。
珍しく執務室に呼び出されたなと思えば、机上に両肘ついて両手をギュッと握るお祈りポーズの旦那様。
クラウド・フォンディス公爵。れっきとした私の夫で、結婚三年目に突入するも未だに子供はいない。
というか子作りしてない。
私ことメリッサの実家は子爵家で、どう考えても公爵家と釣り合わないわけだが、色々あって縁あって事情もあってで、私はここに嫁いだ。
条件はただ一つ。子作りしないこと。
私としては、子供どころか結婚願望すらなかったので、貧乏実家の助けになる白い結婚ならまあいいかってな感じで嫁に来た。
この三年、本当に旦那様は私に手を出すことはなく、それどころか寝室も完全に別。
でも夫婦仲はそんなに悪くない、お小遣いくれるしなんでも自由にしていいときたもんだ。
私の仕事は夜会なんかで、旦那様のパートナーとして出席することくらい。
いやもう、楽すぎて最高な日々を送っているのですよ。
旦那様は実に有能な公爵様なので、夫人会とやらが開くお茶会で夫のための情報収集するなんて必要もない。
コミュ障万歳な私としては願ったり叶ったりな結婚。
そんなわけだから、旦那様の執務室は、この大きな公爵邸の中で唯一入ったこと無い部屋、と言っても過言ではない状況。
その執務室に、朝食終わると同時に呼び出されましたよ、一体何ごと。
「今日はミラと庭でカマキリ探しの旅に出る予定なので、ご用件は簡潔に五秒でお願いします」
って言ったら、「子供ができた」と二秒で言われてしまった。さすが優秀な旦那様、出した条件を余裕で上回るし。
って、そういう話ではない。
よくわからんので、冒頭の言葉を返したわけだが、違うと言われてしまった。何が違うの。
「俺は人類初の妊娠した男になるつもりはない。そもそも子作りしとらんのに、できるはずがないだろう」
「旦那様が妊娠する方向での子作りとか、想像させないでください。相手は誰ですか、そこの優秀な右腕、執事のアラスですか」
「いやだから、俺は妊娠しとらんし、したとしてなぜに相手がアラスになるんだ」
「お二人、すごく仲いいですから」
言ってチラリと部屋の端に立っている執事のアラスに目をやった。
黒髪碧眼でこの世界の美を集約させたかと思うような美しい旦那様……と並んでもひけをとらない、それが美形アラス君。ちなみにまだ15歳。昨年先代執事である、彼のお祖父様から引き継いだばかり。
15歳でもおそろしく優秀で、天才すぎて恐いと言ったら「奥様は面白すぎて恐いですね」と言われました。どういう意味。
そのアラス君が、ものっそ恐い目で私を睨んでいるので目を逸らそうと思います。あれで本当に私の三才下なの? 貫禄ありすぎて年上かと錯覚しちゃうわ。
なんとなく殺気を感じるので、クルクルと自分の金髪を指に巻いて気にしない風を装った。
が、目の前では殺気はないものの、すごく嫌そうな顔をしている旦那様がいるので、今度は紫眼を天井に向けてみた。
「どこを見ている」
「目の体操です」
どこ見ていてもいいじゃないですか、と思いつつ旦那様に目を向ければ、今年25歳になるとは思えぬ子供っぽい表情が私を見つめていた。
旦那様は、時々こういった幼い顔をする。
「なんだ?」
「いや、可愛いなあと思って」
「かわ……もういい、本題に戻すぞ」
褒め言葉は素直に受け取るべきですよ、といつも言っているのに、美形な旦那様は今日も私の言葉に照れて真っ赤になる。ううむ、可愛い。
今日も私達夫婦の関係は実に円満。
でも不穏になるまであと五秒。
第一部完結まで執筆が終わっておりますので、一気にアップしていきます。
宜しくお願いします。