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97話 武辺者のメイド、夏風邪をひく

暑い日が続いてますが、みなさま体調お変わりありませんか?

 初夏の主神祭が終わり、日差しがじりじり街を焼く。そのため通りの石畳は昼を過ぎても熱を抱え、夕刻になっても涼しさはなかなか戻ってこない。街の人らは打ち水をしても、まさに焼け石に水だったろう。


 そんな夕鐘が鳴り始めた頃。


「兵長っ!? うそ、サンティナさん、大丈夫ですか!?」


 悲鳴のような声をあげたのはメイドのロゼットだった。お使い帰りの荷籠を抱え、二人で西区の中通りを歩いていた。しかしサンティナが突如ふらついたかと思えば腰を抜かしたようにその場にへたり込んだのだ。額や首筋には汗をかき、頬は赤く唇は乾いていた。明らかに様子がおかしい。


「と、とりあえず日陰に……こっち、こっちです! しっかりしてください!」


 ロゼットは荷籠を小脇に寄せ、慌てて彼女の体を支ると近くのベンチに横たえた。幸いにもすぐ近くに街路樹があり、木陰には柔らかな夕風が流れている。額に布を当てながらロゼットは懸命に声をかける。


 その時、通りの角から聞き覚えのある粋な声が響いた。


「ありゃ? ロゼット嬢じゃん。どしたんよ一体」


「あぁクラメラさんっ! サンティナ兵長が急に倒れちゃって……!」


 夕暮れ、仕事帰りであった金属加工ギルドの受付嬢・クラメラが籐籠を抱えたまま駆け寄ってきた。横たわるサンティナの首筋に手を触れ、ぱっと状況を見てとると彼女はきっぱりと言った。


「こりゃ医者に診せるしかねえ――って、もう医院も薬局も閉まってる時間か……。仕方ねえ、アタシに任せな!」


 そう言うが早いか、クラメラはサンティナを担ぐように持ち上げる。手にした籐籠をロゼットに押し付けるとすたすたと歩き出す。


「ちょ、重くないですか!?」

「なあに、金属加工屋の受付嬢やってりゃこのお嬢ぐらいなら楽勝パンチやよ」


 星の砂がぎちぎちに詰められた麻袋を肩に担いで走り回るようなパワフルなクラメラだ。小柄なサンティナを抱えるなんて朝飯前である。なお現在夕刻だ。


 *


 軽口を叩きながら向かったのは創薬ギルドの裏口だった。


「アルディ、開けな! アタシ、クラメラよ!」


 数度ノックすると、重そうな扉がぎい、と軋んで開く。


「クラメラさん? 仕事終わったんだ――って、えっ、ええっ!? 誰か倒れてる!? まさか、また何かやらかし……」


「バカ言ってんじゃないよ! 説明はあと! 仮眠室、貸しな!」


 狼狽する白衣の青年は、創薬ギルドの若き研究員・アルディだった。

 慌てて仮眠室を案内し、ロゼットも手を貸してサンティナを簡易ベッドへと寝かせる。


 アルディは脈を取りつつ体温計をクラメラに手渡すと、彼女は手際よくメイド服のボタンを外し服の締め付けを緩めていく。腋の下に体温計を差し入れる手つきはどこか慣れていた。ロゼットは水瓶から手桶に水を汲み、冷やした手拭いを首筋と額にそっと置く。


 やがてアルディが体温計を引き抜き、表示を確認してひと息つく。


「体温がちょっと高いですね。軽度の熱中症を伴う夏風邪……でしょうか。ロゼット嬢、サンティナ殿はちゃんと水分を取ってました?」


「えぇ、いや……朝から何も口にしてなかったと思います」


「なるほど。それでは急ぎ点滴を」


 アルディは薬棚から瓶と注射器のセットを取り出すと、手早く準備を整えた。

 駆血帯を巻き、左腕を消毒して銀針を刺す。壁掛け時計を見やりながら点滴の滴下数を確認し、「これでしばらく様子を見ましょう」と呟いた。部屋には時計の針が刻む音とサンティナの穏やかな寝息だけが静かに満ちていた。


 どれほどの時間が経っただろう。

 点滴瓶の液が四分の一ほど減った頃、アルディが立ち上がって言った。


「――もう大丈夫でしょう、軽食でも食べましょうか」


 ロゼットとクラメラも頷き、三人はそっと仮眠室を出て隣の創薬室へと足を運んだ。


 *


「やっぱり、風邪っすか?」


 ロゼットが尋ねるとアルディは保冷庫を開けながら静かに答えた。そこの中は一般的な保冷庫と違い、中はシャーレや薬瓶が置かれていた。


「ええ。急に暑くなりましたからね、疲れが表に出たのだと思います」


 そう言って彼は冷えたプリンの小瓶を取り出し、クラメラとロゼットの前に置いた。


「……また作ったのか、プリン」


 クラメラが半ば呆れたように眉を上げると、アルディは少し照れたように笑った。


「ええ。クラメラさんが気に入ってくれた祖母のレシピをもとにしています。……まだ再現度は、今ひとつですが」


「ったく、ほんっとに凝り性だね、あんた」


「凝り性じゃなきゃ創薬師なんてやってませんよ」


 軽口を交わしながらクラメラはスプーンですくったプリンを口に運ぶ。その様子をじっと見ていたアルディの視線に気づき、彼女は赤くなって顔を背けた。


「……見ンじゃないよ」


「すみません」


 アルディは小さく頭を下げたがどこかうれしそうでもあった。


「熱ッついなぁ……にしても、ほんと最近暑いっすよね」


 ロゼットがプリンを頬張りながら、うんざりとした声を漏らす。


「……あ、美味しい、これ」


 素直な感想にアルディの口元がわずかに綻む。クラメラが空の容器を静かに置きながら言った。


「そういや、サンティナさん……ちょっと痩せたんじゃない?」


「そうそう、ダイエットしてるって言ってました。夏制服のウェストがきついからって」


「ったくねえ……暑い時期に無理な減量なんて、身体に毒だってのに」


 クラメラは眉をひそめながら、呆れ半分、心配半分の声を漏らす。するとアルディが立ち上がり、小さな甕を棚の奥から取り出した。


「それなら目が覚めたら……これを出してみましょうか」


 ふたを開けるとふわりと涼やかな香りが創薬室いっぱいに広がった。


「……なんすか、これ?」


 *


「サンティナ殿、良ければこれをどうぞ」


 目を覚ましたサンティナにアルディが手渡したのは、グラスに入ったひんやりとした炭酸飲料だった。薄紫色に染まるグラスは汗をかいており、ストローまで刺さっていた。


「えっ……勤務中なのでお酒はちょっと……」


「違うのよこれ。アルディ特製の『生姜赤シソジュース』よ!」


 クラメラがにっこり微笑む。アルディは照れたように静かに語り出した。


「……妹のテルメが小さい頃、夏になるとよく熱出して寝込んでたので、祖母がこれを出してくれたんですよ。赤シソと生姜で作ったシロップジュースです。すっきりしてますから熱っぽい身体にはうってつけかと」


 それを炭酸で飲み口を整え仕上げたのが、今サンティナの手にあるそれだった。


 一口、啜る。


 ――さっぱりしてる。けれど酸っぱい味とほんのりとした甘み、そして生姜と炭酸のやさしい刺激。喉の奥を通るたび、全身が目を覚ますような、爽やかな感覚だった。


「……おいしい」


 ぽつりと漏らしたその言葉に、部屋の空気がふわっと緩んだ。


 *


 その後、連絡を受けた衛生看護隊の担架に乗って領主館に戻ったサンティナは二日ほどで快復したという。そのあと創薬ギルドで売り出された「生姜赤シソ炭酸ジュース」は夏のキュリクスでちょっとした流行になる。作り方も簡単だし、飲み口も爽やかなので、各家でアレンジしては爽やかなジュースを飲むようになったのだ。


 薬局にレシピが貼り出され、果物屋には赤シソと新生姜が並び、炭酸水も飛ぶように売れたという。



 だが。


 メイド隊兵長サンティナは、夏制服のベルトを見ながらそっとため息をつくことになる。


 ――このジュース、やたら美味しいし飲むとすっきりするけど……

 なんで痩せないのよぉぉおお!!


 その叫びが執務室まで届いたとか、届かなかったとか――。





=アルディさんの生姜赤シソシロップ=


A・生姜シロップ

材料

・新生姜 500g

・三温糖 500g(グラニュ糖でも可)

・水 500g

・コショウ 10粒

・クローヴ 3粒

作り方

生姜は刻んで、弱火で煮る。

香辛料は粒のまま


B・赤シソシロップ

材料

・赤シソ 一束(300gぐらい?)

・砂糖 500g~1kg

・水 1リットル

作り方

シソの葉の部分だけ使う。

葉を綺麗に洗い、材料全部、弱火で煮る。


AとBをフュージョンさせると出来上がり。



なお、材料の砂糖を見ればわかる通り。

一杯あたりの糖質がどえらい事になってるので、飲み過ぎ注意。


(お酒が好きな方は、ビールや焼酎に少し入れても美味しいよ!)

ブクマ、評価はモチベーション維持向上につながります。


現時点でも構いませんので、ページ下部の☆☆☆☆☆から評価して頂けると嬉しいです!


お好きな★を入れてください。




よろしくお願いします。



・作者註

生姜シロップ開発秘話


金沢駅前フォーラスに『銀座のジ〇ジャー』って店があった

(ビゴさんのパンの横にあった)


そこで売ってたジンジャーシロップに妻と共にハマッたんだけど、いかんせん高い!

それなら家で作ろまいけ!


というわけで開発を開始する(キリッ)


中の人の家の近くに生姜をたくさん作ってる方が居たので、たくさんいただき、あれこれ試行錯誤した結果が上のレシピ。なお蜂蜜を入れるバージョンもあるが、赤ちゃんでも飲めるようにと入れないバージョンを作ってみた


……てか赤ちゃんは基本的にシソジュースなんか飲まないと思う(赤ちゃんって酸っぱい味って嫌がるよね)



で、再現してみたまではいいが、銀座のジ〇ジャー、いつの間にか閉店してた



・作者註2

赤シソシロップ開発秘話


これは祖母が夏バテ防止にと作ってくれた

祖父は夏になると冷酒に赤シソシロップを入れて飲んでた


「じいさま、それ、うまいがけ?」

「ん? 気になるなら飲め」


僕がそれを訊いたとき、たしか幼稚園児だったと思う

稚児に「気になるなら飲め」と言うほど倫理観ぶっ飛んだ祖父だった


もろちん、オカンと祖母に止められた

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