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96話 武辺者、初夏の主神祭を迎える

 初夏の風が広場のあちこちに張られた天幕をふわりと持ち上げる。


 夏至。

 キュリクスでこの日は街を挙げての神祭が執り行われる。主神を讃えるこの祭礼は、季節の巡りと収穫の兆しに感謝を捧げる晴れの儀だ。


 朝より、各宗派の神官と巫女たちが生まれたての太陽を仰ぎながら聖句を唱え、酒を地に注いだ。

 児童たちの合唱による詩吟の朗読、酒場ギルドによる麦酒の振る舞い、木陰に設けられた供物台に寄せられた果実と焼き菓子――それぞれが小さな祈りと歓びに満ちていた。


 どの祭壇にも太陽を模した円盤が飾られていた。輝きは金箔に、温もりは人の手に、祈りはこの地に。


 *


 領主館の敷地内、宿舎前の広場にはルチェッタたちが作ったであろうが手作り横断幕が飾られていた。粗削りな文字でこう書かれている。


――「第一回ちびっ子剣じゅつ大会! めざせゆう勝」


 ルチェッタ、エイヴァ、そしてイオシス。それぞれを描いたかのような素朴で愛らしい似顔絵が並ぶ。他にも達筆な字で『必勝 ルチェッタ・アンガルウ』と『応援 エイヴァ・シュミット』、『笑顔 イオシス・ニアシヴィリ』という横断幕も並ぶ。これはクラーレとレオナが用意してくれたようだ。


 アニリィ・ポルフィリは右手を腰に左手に木剣、少女たちを優しく見守っていた。そして真剣な目で木剣を構える二人――ルチェッタとエイヴァ。その後ろでイオシスが一人、揚げパンをもぐもぐ食べながら満面の笑顔で声援を送っている。


「ルチェッタちゃん、剣先が高いのは悪い癖よ――。それじゃ籠手を狙われるわ」


 アニリィの指摘にルチェッタは眉をひそめながらも元気に返事をした。ルチェッタにとって剣先の癖を直すのは骨が折れることだった。普段から上がりがちの剣先は何度指導を受けても上がってくるのだ。きっと左腕と肩に力が入っているのだろう。


「エイヴァちゃんはむしろ上げなさい。――剣先の延長線が相手の喉元になるよう構えると相手は無理に打ってこれなくなるわ」


 エイヴァは剣先を上げるが、上げ過ぎたのかアニリィの木剣で切っ先をちょいちょいと叩かれていた。


「優勝はわたくしが頂くわ」


 小さく鼻を鳴らして言い放つと今度はエイヴァが冷静に返す。


「私だって、優勝するつもりよ」


 木剣を構え直した彼女の眼鏡が光った。


「るちぇもエイヴァもがんばれー!」


 イオシスのゆるい応援が広場の空気を和らげる。


 ルチェッタはこの大会にかけていた。キュリクスに来てから毎日欠かさず素振りを続け、休日にはアニリィやウタリから手ほどきを受けていた。そして時々メリーナからも指導を受けている。そう、彼女は剣術が本当に好きなのだ。そして彼女にとってこの大会は決してただの遊びではない。ここで結果を残すこと、それこそが――「ルチェッタ英雄譚」の第一頁になると信じているのだ。一方のエイヴァも商家の娘でありながらスコーラ流剣術を習う努力家である。自分にしかできない戦い方で勝つつもりだ。


「どっちが勝ってもうらみっこなしよ? 私は平等に審判するから」


 そう言ってにやりと笑うアニリィの目はまぶしいものを見ているように細かった。そう、自分もルチェッタと同じ年の頃は必死に打ち込み稽古に励んでいたのだ。誰にも負けたくない、誰よりも強くなりたい、そう思って兄や姉に交じって剣術の稽古を受けていたのだ。それを思い出しているのだろう。



 ――二人の稽古風景を領主館の窓からそっと見守る者がいた。


 腕を組み日差しを浴びたまま立っているのは、かつて槍働きで名を馳せた女傑――ユリカ・ヴィンターガルテン。表情は柔らかいが視線は鋭い。娘のように接してきた少女たちを母の目線で見つめていた。


「……あの子たち、なかなかいいスジしてるじゃない」


 風に流されそうなほどの小さな声で呟く。しかし横顔と声には懐かしさ誇らしさが滲んでいた。


「順調に育てば、いずれは領主軍にとって良い戦力になりそうね」


 隣に立つのはスルホンの妻――エルザ。彼女もかの統一戦争時は槍としゃもじを片手に駆けまわった女傑だ。もっとも彼女にまつわるのは、武芸の逸話よりも料理に関する武勇伝の方が多いのだが。必死に汗する二人を見てわずかな笑みが浮かんでいた。


「あはは、あの子たちも数年したらボクらより強くなってるかもね?」


 その後ろから顔を覗かせたメリーナが、肩をすくめながらそう言った。


 ルチェッタとエイヴァは明日のために汗を流していた。この稽古場はふたりにとって小さな戦場であり――やがて紡がれてゆく英雄譚の最初の舞台でもあった。


 *


 快晴の空の下、街の広場に設けられた特設の闘技場には木製の観覧席が並べられ、キュリクス各地から集まった“ちびっ子剣士”たちとその家族、そして見物人たちでごった返していた。見守る観衆の声援と興奮は空気を震わせるほどの熱気となって渦巻いている。


 今日の目玉試合のひとつ――準決勝の組み合わせが告げられた。


「東、“キュリクスの狂犬”アニリィの一番弟子、ルチェッタ・アンガルウ!」

「西、ヴォルフ・シュヴェルト流剣術の若き獅子、リアム・フルステンベルク!」

「現在のオッズはヴォルフ君が良いですね。投票券をお買い求めの方はお急ぎください! そろそろ締め切りです!」


 観客の一角から声援が飛ぶ。

「ルチェッタ、がんばれー!」

「リアム、いけー!」


 呼び出しコールがかかって闘技場の中央に進み出たふたりは、礼を交わしたとたん携げ剣のままリアムが一歩また一歩とにじり寄る。小柄なルチェッタに対し彼は頭ひとつ分ほど背が高い。息がかかるほどの距離まで近づくとまるで獣のように、そして挑発するかのような目で――その顔をルチェッタの目の前までぐいと近づける。


「……森林貴族のお嬢様を地面に転がして泣かす趣味はないから棄権をお勧めする」


 嘲るような笑み。観客席の一部からは笑い声が漏れたがルチェッタは怯まず睨み返し顔を上げる。――そしてわざと鼻で小さく笑いながら静かに囁いた。


「弱い犬ほど、よく吠えるわね」


 その瞬間会場の空気がピンと張りつめる。両者の視線が火花を散らし観客たちがざわつく。二人がにらみ合いを続ける中、主審ユリカが間に入って引き離して静かに東西の旗を掲げた。副審にはアニリィとグレイヴが立つ。そして観客席中央の貴賓席ではヴァルトアとスルホンが目を光らせていた。


「始めぇ!」


 ユリカの合図とともに両者は激しく打ち合った。互いに一歩も譲る気はないらしい、籠手や胴を狙う剣が交差する。しかしいずれも浅くユリカや副審らの旗は動かない。観客たちは身を乗り出し手に汗を握りながら見守っていた。


 剣撃の応酬が五分を越えようかというその瞬間――

 リアムが足を滑らせた。わずかにバランスを崩したその“間”をルチェッタは見逃さなかった。鋭く踏み込み籠手を打ち抜いた。


「一本!」


 ユリカの東旗が上がる。しかしすぐに副審のグレイヴとアニリィが両旗を前下に構えて振った、打突無効を示したのだ。だがユリカは旗を下ろさない。しばし審判三者の視線が交差したのちグレイヴとアニリィは右手に東西両旗を持って掲げた。


「審議!」


 三人の審判が場の中央に集まり協議を始める。

 観客席からはどよめきが起こった。偶然のスリップかそれとも“間”を読んだ見事な打突か――判断が分かれる場面だ。武芸者である審判の三人ですら意見が割れたのだから観客たちのあいだにも論争が起きていた。


 貴賓席。腕を組むヴァルトアが、うむと一つ頷いた。


「……さてこの判定、どう裁くかだな。どちらを採っても公平だとは思うが。――俺はルチェッタに分があると思ったが」

「俺は絶妙なスリップだったと思いましたな」


 スルホンが面白そうに笑う。


「偶然の一本か、間合いの読み勝ちか……審判たちはどう判断するかな?」

「やり直しだったら興奮が続くが、子どもたちの体力もそろそろ限界だろう」

「はっはっは、手に汗握りますな」


 やがて審判たちが持ち場に戻ると、主審ユリカ、副審二人がが東旗を掲げた。


「――ただ今の一本、有効と判断する。勝者、ルチェッタ・アンガルウ!」


 主審ユリカの宣言で観客席から大きな拍手が巻き起こる。ルチェッタは掲げ剣の姿勢で深く一礼した。

対するリアムは悔しげに唇を噛みながらも黙って主審に一礼し、闘技場を後にした。


 静かに闘技場への階段を下るルチェッタの背を見つめながら副審のアニリィが小さく呟いた。


「ほんとに間合いを読むの、上手になったわね……」


 その言葉にルチェッタはふと背中で微笑んだ。勝った、それも“読み”で勝った。少女の「英雄譚」はまた一歩、前へと進んだのだった。


 *


 昼を過ぎてもキュリクス広場の熱気は冷めることなく続いていた。日差しが斜めに差し込む中、特設の闘技場の木柵にはちびっ子たちとその家族、そして見物人たちが張りつき熱戦に声援を送っていた。


 その日の午後、注目のもう一戦――準決勝第二試合の呼び出しが響いた。


「東、スコーラ流剣術、キュリクスの豪商『金穂屋』のお嬢、眼鏡の優等生エイヴァ・シュミット!」

「西、ブリッツ流剣術、お父さんは毎日キュリクスの警備で頑張ってるぞ! 衛兵隊長の娘、オリヴィア・コールブレイ!」

「オッズはエイヴァちゃんが優勢です、投票権をお買い求めのお客様はお急ぎください! まもなく締め切りです! 私は買います!」


 紹介の末尾に混じった冗談混じりのアナウンスに観客席の一部からくすくすと笑い声がこぼれる。


「がんばれー、金穂屋!」

「オリヴィアちゃん、いけー!」


 熱のこもった応援の中、両者は中央で向き合って掲げ剣のまま右手で握手を交わす。


「エイヴァさん……お手柔らかに」

「オリヴィアさん、いい勝負できるといいですね」


 笑みを交わしたあとエイヴァは静かに中段の構え、オリヴィアは木剣を頭上に持ち上げた。それを見た瞬間観客たちはどよめいた、剣術ではあまり見ない上段構えだ。主審のユリカが二人の目を見てから合図を出した。


「始めぇッ!」


 するとエイヴァの木剣が猛然と動く。スコーラ流らしい直線的な動きと力強い踏み込みでオリヴィアを攻め立てたのだ。木剣を正面から打ち込む姿勢は堂々としており観客からも「おぉ……」と感嘆の声が漏れた。一方オリヴィアは上段に構えたままその圧に屈せず、踏み込みはせずに一歩下がりながら受け流し、体を大きく構える。――ブリッツ流は受け流しと反撃を信条とする流派だ。


 観戦していたスルホンが思わず唸る。


「おぉ……エイヴァは見事な間合い。だがオリヴィア、あれは完全にカウンターを狙ってますな」


 その横で剣士たちの戦法を記したメモを取りながらヴァルトアも思わず唸った。


「これ初等学校の“低学年クラス”なんだよな……わが軍の若手らの模擬戦よりよっぽど見応えがあるぞ」


「あぁ、もし二人がうちの軍に来てくれたら安泰ですな」


「先輩たちは気が気じゃなくなるだろう。てかあの二人、前の試合から顔つきが闘士に変わってきたな」


 そう言ってヴァルトアはゴブレットに入ったお茶を飲んだ。


 打ち込み、受け、打ち込み、回避。互いに譲らぬ攻防がしばらく続く――そして勝負の瞬間は唐突に訪れた。エイヴァが胴を狙って踏み込んだ刹那、オリヴィアが一拍の“間”を置いて強く踏み込むと面を正確に捉えたのだ。


「一本、そこまで! 勝者、オリヴィア!」


 主審と副審の西旗が真っ直ぐに掲げられ観客がどよめいた。


「すご……」

「エイヴァが、負けた……?」


 打ち抜いた木剣を納めると、オリヴィアはすぐに掲げ剣の構えで礼を取る。

 悔しげな表情のエイヴァもそれに倣って掲げ剣に直り、頭を下げた。

 勝者オリヴィアはそのまま静かに闘技場を下りた。


 観客の一角。イオシスがぎゅっと隣のルチェッタの手を握っていた。そのルチェッタは静かに立ち上がりまっすぐ闘技場を見据えていた。決勝の相手が決まったのだ。


 *


 キュリクスの広場に特設されたちびっ子剣術大会決勝戦。観客の熱気が最高潮に達していた。


「いよいよ決勝戦だァ!」

「東ッ! キュリクスの猛剣少女、師匠は“狂犬アニリィ”、ルチェッタ・アンガルウ!」

「西ッ! 衛兵隊長の娘で好物はママのオムライス! カウンターの女王、オリヴィア・コールブレイ!」


 アナウンスが響いた瞬間、広場を埋め尽くす人々がどっと湧いた。副審の一人が「狂犬言うなし」とぼやく。その声が聞こえたのが観客がさらにどっと湧く。


「なお決勝戦は二本先取制です! 勝者が確定するまでお手持ちの投票券はお捨てにならないで下さい!」


「いけぇ、狂犬の娘! アニリィ様の底力見せたれぇ!」

「がんばれ衛兵隊長! 勝ったら俺が“麦の月”のオムライスご馳走してやるぞー!」

「勝った子が当たったら夜はイモ煮が無料よ!」


 もはや子供たちの試合とは思えぬ熱狂ぶりだ。

 二人の少女が掲げ剣のまま中央へ進み、目を合わせ、礼。そして静かに構えを取る。ルチェッタは中段。オリヴィアは上段。二人の目を見て主審ユリカがきっぱりと声を放った。


「――始めッ!」


 観客が息を呑んだ瞬間ルチェッタが動く。鋭く踏み込み胴を狙った一閃だった。


「一本! 東、ルチェッタ!」


 あっという間の一本、主審と副審の東旗がはためき、どよめきと歓声が爆発する。


「うおおおおっ!!」

「胴ォォ!! 決まったぁ!」


 二人は中心線に戻され、再び構える。先ほどまで上段構えを続けていたオリヴィアが今度は中段構えを取ったのだ、観客のどよめきがさらにヒートアップする。


 主審の試合開始の合図と共にオリヴィアは流れるような所作で“間”を詰める。そして次の瞬間、ルチェッタが面を狙って踏み込んだ。そこへ――


「一本! 西、オリヴィア!」


 完璧なカウンターだった、切っ先が籠手をきれいに打ち抜いている。


「さっすが衛兵隊長の娘ぁぁ!!」

「一発必中! ブリッツのカウンターすげぇ!!」


 これで一対一。観客も完全に手に汗握る。


 両者は呼吸を整えながら中心線に戻されて互いを見据える。主審の試合開始の合図と共に激しい攻防が繰り広げられた。そして次の瞬間――ルチェッタの払い胴が入ったように見えたが、審判の旗は上がらない。三人とも両旗を前下に構えて振る、無効打だった。


「えっ今の一本じゃないの!?」「上がらんのか!?」


「ノーカウント」の判断に会場は少しざわめきつつも納得の空気が流れる。――勝負の行方はまだわからない。


 そして次の一合。ルチェッタが呼吸を整え、再び払い胴を打ったその瞬間、オリヴィアの面打ちが閃いた。


「一本、それまで! 勝者、西・オリヴィア・コールブレイ!」


 会場が爆発した。


「決まったぁぁぁぁ!!」「オリヴィアぁあああ!!」

「よっしゃあああ! 今夜はオムライスだああ!!」


 掲げ剣で深く礼をするオリヴィア。ルチェッタも悔しげにしかし誠実に礼を返す。


「……見事だったわ」

「ありがとう。ほんと、すごかった」


 二人で感想を言い、堅い握手をして静かに闘技場を降りたルチェッタの元にエイヴァとイオシスが駆け寄ってきた。


「負けちゃったけど、今日はルチェに拍手だよ」


 エイヴァは肩をぱんぱんと叩きにかっと笑ってみせた。イオシスもルチェッタが小脇に抱える面と籠手をそっと差し出すと「よくやった、るちぇ」と小さく囁いた。


 だがルチェッタは肩を震わせ俯いたまま顔を上げようとはしなかった。


 *


 翌日。

 朝の光がまだ柔らかいキュリクスの通学路。

 石畳を踏みしめながらルチェッタとイオシスは肩を並べて学校へ向かっていた。祭りの翌日だが学校は普通にあった。もっとも街中には二日酔いの大人たちがふらふらと歩いており、祭りの余韻はまだ町全体を包んでいた。というか街中が若干酒臭い。


「……昨日の声援、すごかったね」

「るちぇ、最後かっこよかったよ」


 イオシスがいつもの調子でのんびり言うと、ルチェッタは苦笑しながら頭を掻いた。


「優勝するって言ってて、あれだけ無様に負けたなんて……ほんと恥ずかしい」


 その時、後ろから聞き慣れた声が届く。


「おはよー二人とも! 昨日はお疲れ様。……夕べは寝られた?」


 エイヴァが手を振りながら駆け寄ってきた。


「るちぇ、ぐーぐー寝てた。朝、起こしても起きなかったよ」とイオシスが言えば、「そりゃあ、あれだけ気持ちよく負けたら、よく寝られるわよ!」とルチェッタが笑いながら応じた。


「アニリィ様やユリカ様も言ってたじゃない。“剣術ってのは、負けたぶんだけ強くなる”って」


 エイヴァはそう言うと肩肘使ってルチェッタをぐいっと押した。


「ふふっ、ほんとそうあって欲しいわ。夕べはよく泣けました、あはは」


 三人で笑い合いながら学校に入り、教室の入り口をくぐると――そこへひとりの少女がそっと入ってきた。


「……おはよー」


 小柄でほんの少し控えめな声。昨日の堂々たる闘いぶりが想像できないほどおとなしそうな少女――オリヴィアだった。


「オリヴィア、おはよー!」

「おはよっ!」

「おはようございます!」


 三人に声をかけられたオリヴィアは一瞬きょとんとした顔をしたがすぐにぺこりと頭を下げる。


「えと……昨日は、お疲れ様でした」


「あなた優勝者でしょ? もうちょっと堂々としなさいよ」


とエイヴァが肩をつつくと、オリヴィアは照れくさそうに笑った。木剣を握っているときは狼のような目をする彼女だが、普段は子リスのような少女である。そして彼女は意を決したように口を開いた。


「その……お願いがあるんだけど……私も、その、アニリィ様に、剣術の稽古って……見てもらえる、かな?」


「いいよー! おさけ持っていったら、たぶんパトラスタカモレンで引き受ける!」


 即答したイオシスにエイヴァとオリヴィアは「?」マークを浮かべていた。ルチェッタが慌てて突っ込む。


「ちょっと勝手なこと言わないの! ――あ、パトラスタカモレンって“喜んで”って意味よ」


「あぁー、たぶんそれ合ってると思うよ? だってアニリィ様ってそういう人だし」


 エイヴァが笑って応えると「じゃ、パパの秘密ワイン、持っていこうかな?」とオリヴィアが言った。


「また飲む?」

「お酒は大人になってから!」


 四人は顔を見合わせてけらけらと笑い合った。昨日まで少し遠かった距離が――今、ぐっと近づいた。

 こうしてちびっ子剣術大会は幕を閉じ、少女たちの新しい物語が静かに始まったのだった。

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