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93話 武辺者の女家臣、家族がわざわざやってきた・5

 その評定の間には重苦しい空気が満ちていた。石造りの広間に並ぶ家臣たちの顔は硬く、窓辺に差し込む朝の光、初夏の爽やかな風すらその空気を払うには力不足のようでだった。


 ポルフィリ家の領主館──戦後処理のための最後の会議が始まっていた。


「……被害村には再建の物資を送っております。盗難補償については村の顔役三家が承認してくれました、年貢の割引きです」


 報告書を手にした嫡男カリン・ポルフィリが静かな声で現状を述べた。父であり当主であるポルフォは、その言葉に一つ頷くだけ。


「残る問題は、捕縛した山賊どもだな」


 そう言ったのは、代々ポルフィリ家を支えてきた古参の家老バルトノフだった。白い口ひげを撫でながら、重々しい声を響かせる。


「十余名。いずれもダーリル村などで穀物、家畜、塩などを盗んだ窃盗犯だけでなく、近くの街道で二件の強盗容疑。幸い死者は出さなかったが、軽傷者はいる」


 彼の言葉に、若手の武官たちが小さくうなずく。被害の詳細は、皆が知っている。


「ならば話は早い」


 バルトノフが声を上げた。


「ポルフィリの平穏を取り戻し、民の不安を鎮めるには賊どもを門前に吊すことだ。──斬首にして晒せばよい。穀倉を荒らすものは、問答無用で首と昔から決まっておる」


 評定の間に緊張が走る。数人の老臣たちは黙ってうなずき、若い者たちの目が揺れた。


「――お待ちください」


 一歩前に出たのは若手文官のネレストだった。まだ三十を越えたばかりの彼は、控えめな声ながらもしっかりと場に響かせる。


「家老のお言葉、ごもっともかと存じます。ですが、山賊たちは……民を殺してはおりません。被害は甚大ながらも、人命を奪うことまでは至っていない」


「だから情けをかけろと申すか?」と、バルトノフが眉をひそめる。


「いえ。あくまで“罪に応じた罰”を、ということです。『悪人だから人権を踏み躙っていい』という論理は今の時代にそぐわないでしょう」


 ネレストは一呼吸おいて、言葉を続けた。


「現在、我が王国法は罪状ごとに罰を定める“量刑主義”を基盤としています。処罰とは感情ではなく理に基づいて科されるべきものです」


「理などというものが、民の怒りを静めるとでも?」


「そうであってほしいと、私は信じております」


 そして彼は一息つくためか、わざわざお茶を飲む。そしてメイドにお替りまで要求し、注いでもらうと話を続けた。


「――ところでみなさん。この前のエラールでの事件をご存じでしょうか」


 場が、ざわついた。


「酔って馬を走らせた男爵家嫡男が農民の娘を轢いて逃げた事件です。悪質な証拠隠しもありましたが、当初の判決は懲役十五年でした」


 この量刑は行為に釣り合っているか、これは市井の話題をさらったのは事実だ。市の屋台には各種新聞が掲示され、それを読んで論議する客たちがたくさんいたのは事実だ。


「それが王弟レピソフォン殿下の不服によって斬首刑に増加し、さらに親子三代への連座刑へと変更されました──その処断に民衆は喝采しました。“よくぞ罰した”と」


 ネレストは静かに、しかし確かに言う。


「──ですが、それはもう、“裁き”ではなく“感情による断罪”です。しかも市井では“不愉快な貴族家の粛清”とも噂されたのです。果たしてこれが法治国家の在り方でしょうか?」


 再び、静寂が訪れる。


「判決に不満があれば法を曲げて罰を重くできる。……それが通るならば、法は“気分”で変えられるものとなってしまいます。統治の根が揺らぐのですよ」


 ネレストの視線が、ポルフォへと向く。


「ポルフィリ家は、力によってではなく秩序によって民とこの地を永く治めてきた家。だからこそ量刑と理をもって裁くべきと私は考えます」


 沈黙。誰もすぐには口を開かない。

 評定の間に初夏の爽やかな風が再度吹き込む。静かにレースのカーテンを揺らした。

 やがて、カリンが静かに手を上げる。


「――ならばその理を形にするために、外部の知見を借りてはどうでしょうか」


 老臣たちが眉を上げる。「外部だと?」という視線を受けながらも、カリンは静かに続けた。


「キュリクス領は我らと似た状況の中で治安と統治の再建に努めておられる。彼らならば、処遇の前例や現実的な対処法を知っているかもしれません」


 バルトノフがむっと唇を引き結び、何か言いかけるのを、ポルフォが右手で制した。


「……よかろう。我がポルフィリ家を出た、“あの”お転婆末娘の仕官先だ。そこに再び頼るというのはまこと癪ではある。だがヴァルトア卿とはかの戦線で幾度か杯を交わした仲、水源の件では多大な恩も受けている。そこへさらに知恵を借りるとなれば……さすがに、図々しくはないか?」


 そう言いながら、ポルフォは腕を組んで小さく俯いた。

 確かに費用も人手も足りず、やむなく水源修理の助力を頼んだ。それがまさか山賊との遭遇戦にまで発展しようとは。本来であればポルフィリ領内の問題はポルフォ自身の手で解決すべきだった。だが現実にはそれすら叶わなかった。そして今また、拘禁中の山賊の処遇にまで他所の知恵を借りようとしている。ポルフォにとってそれは――誇りを削るような苦さがあった。


「とはいえ……」と、カリンが口を開く。


「今の当家で処置しきれる問題ではありません。しかし寄親のクレメル伯は権勢を失い、今では何を言っても重い腰は上げて下さらないでしょう。そしてこうした事態が“あの”王家の耳に入れば――お取り潰しすらあり得ます」


 ポルフォは眉を寄せた、それが誇張ではないことは分かっている。領主の務めを果たせぬ者に対する王家の処置は冷酷だ。しばし沈黙したのち、彼は目を閉じて言った。


「……ならば、文官長トマファ殿へ意見を請おう。内容次第で我らの裁きを定める。──ただし、あくまでも“私信”という体でな」


 カリンが静かに深く頭を下げた。


「……ははっ」


 ※


 キュリクス領主館の文官執務室。昼下がりの陽が、レースのカーテン越しに机の上を白く照らしている。


 トマファの机の中央には彼宛てにポルフィリ家から一通の書簡が届いていた。封蝋はすでに割られ、内容は簡潔にまとめられている。


「……予想はしていましたけど、ね」


 彼はお茶を啜りながらそう呟いた。最近しょっちゅう羽織っているカーディガンをきちんと留め、書状に目を落としたまま眉を寄せた。


「“捕らえた山賊十余名の処遇に悩んでいる。悪いがキュリクス領での例を参考にしたい”──表向きは柔らかですが実際は処分に困ってこちらに回したいというところでしょうか」


「やれやれ、うちの兄様たら」


 トマファの横に置かれたクラーレの椅子に座ったアニリィが、手にしたチェリーを口に放り込んでから肩をすくめた。ちなみに彼女が先ほどからもそもそ食べているチェリーは、トマファに出されたおやつである。しかし彼はチェリーを食べると口の中がイガイガするということで彼女が食べているのだ。


「名前は出してないけど、きっと父上から聞いてみてくれって言われて兄様が書いたのね。……たぶん自分では悪いと思ってないね」


「でしょうね」


 そう言ったのは部屋の隅に立つオリゴだった。メイド長の彼女は背筋を伸ばして控えめに微笑む。


「ですが実際に困っておられるのでしょう。どうお返事いたしますか?」


 トマファは一度だけ指先で机を叩き、軽く考える仕草を見せた。


「処罰の正当性と物理的な拘束手段。ここがリンクしないのが彼らの問題です」


 街の規模があまりにも小さなポルフィリ領には重犯罪者を大量に拘禁させる場所がないのだ。というのも、大抵の野盗は殺人や人身売買といった大罪を犯しており、そうした輩には死による償いが求められるのが通例だからだ。しかし彼らは運が良いのか悪いのか、『結成したての山賊』だったのだ。


 彼らの行動原理はきっと『抵抗するならば、殺してでも財物を奪い取る』だったろう。しかし彼らに傷つけられたと訴える商人らの怪我の具合といえば手足の擦過傷程度だったのだ。結果としては強盗致傷でしか問えず、王国法に則れば十から二十年の懲役刑が相場である。たとえ悪人で、考え方が理不尽だったとしても、法を超えて罰を決めるのは“法の支配”を逸脱する行為だ。犯罪者だから何をしても許される、それは前時代的でかつ野蛮な考え方だ。


 とはいえ重犯罪者を長期間も無為無策に拘禁するだけでも金は掛かる。その金の出所は民衆や農民からの税金や年貢だ。もし仮に領主が犯罪被害者に対して被害補償をしたとしても「こんな犯罪者、生かすための税金なんか払いたくない」と言われたら返す言葉がない。かといって早々に釈放すれば被害者感情は逆なでする。法と感情は並立しないのだ。


 トマファは車椅子を壁際に寄せる、そこに貼られているのは随分と精緻に書かれたキュリクス周辺の地図である。地図の中心に描かれたキュリクスより西に行った先にぽつんと描かれた島を指差した。



「アルカ島、人魔大戦時代の監獄島との伝承がありますね。現在は無人ですが、また冬場にでも出稼ぎ農民を呼んでグアノを採取させようって思ってたんですよ」


「……あそこ、ほんっと臭いのよね」アニリィがぼやいた。「スケルトン騒動の時、辛かったわ」


「その環境こそが利点ですよ」


 トマファは微笑を浮かべながら言った。


「逃げ場がない、作業は過酷、支援もない。ただし刑期が過ぎれば生きては帰れる。……罪人に与えるには最適でしょう」


「グアノ採取を労役刑として課すつもりですか?」


 オリゴが驚いた表情を見せる。そして彼女ももそもそとチェリーを啄んでいた。アニリィに至ってはヘタを口の中で堅結びして見せつけていたが。


「そうです。仮称“アルカ労働移送刑”──こちらで引き受け、罪状に応じた期間を島で過ごしてもらいます」


 トマファはそう言ってから、机の上に置いた算盤を弾いてわずかに口の端を上げた。


「もちろん費用は発生します。一人あたり……まぁ、“それなり”に。文面には書きませんが請求しましょう」


「……結局、兄様たちの財布から出るんだ」とアニリィが小さく笑う。


「うちは民間じゃありませんから“キュリクスでの生活費”という名目です。公的な建前はいくらでも作れますし、預けた先で過酷な奴隷労働をさせるわけではありませんから、文句言われる筋合いはありませんよ。――ちなみに作業内容はグアノ採取、搬出、アルカ島施設の維持。……そしてノルマ制にしましょう。達成すれば刑期短縮、達成できなければ……」


「“察して”ってことよね」


「ええ。刑務とはそういうものです。そして島内専用通貨を設定しましょう。日当1000ペリカ、ノルマクリアで1200ペリカ。キンキンに冷えたエールや焼き鳥を1200ペリカで販売するのも悪くはないでしょう。あ、食事は三食温かいのを無料で出しますよ?」


 トマファは頷き、ペンを走らせた。


「ねぇ一ついい? ――トマファっちってひょっとして、“冷血動物”?」


「ただのリアリストです」


 *


 返書が届いたのは、三日後の昼下がりだった。


 カリンは応接室に家臣らを招き、手元の文書を開いた。


「キュリクス領より返答が届きました。……“アルカ労働移送刑”と、仮に名付けているようです」


 その言葉に、控えていたネレストが眉を上げる。


「アルカ島。人魔大戦記ではアルトリウスの反乱の首謀者が放り込まれた監獄、と書かれてますが、その島ってキュリクス領内なんですね」


 カリンは頷きながら文面を追い、読み上げる。


「“無人島にて、島内通貨制度およびノルマ制による刑務労働を課すもの。脱走不能、再犯防止に資する。刑期は罪状に応じて十年から十五年。生活費および管理費については別送にて算定”──」


 ネレストが静かに目を伏せる。


「なんていうかその、文体が……静かというより慣れすぎてて、逆に怖いですね」


 そのとき、扉が開いてポルフォ当主が入ってくる。


「来たか、返事が。で、どうだ」


「……非常に現実的だと思います」カリンは答えた。


 ポルフォが文書を手に取る。数行読んだところでわずかに肩が落ちた。


「ふむ……で、一人あたりの費用は?」


「“別送にて”とあります」


「……胃が痛いな」


 ポルフォは重々しく椅子に腰を下ろし、苦笑を浮かべた。


「……まったく、キュリクスの者は冷たいな。うちの娘がそこで務めを果たしているとは思えん」


「トマファ殿は“冷たい”のではなく“正確”なのだと思います」


 ネレストの静かな声に、カリンも小さく頷いた。


「父上。正式に採用のご裁可を」


「……うむ。このポルフィリに置いておくよりかは千倍ましだ」


 そう呟いて、ポルフォは筆を取りながら続けた。


「ところでアニリィの婿に、このトマファとやらを宛がっちゃだめなのか?」


 それを聞いてカリンはごくりと一つ唾を飲み込んでから言った。


「セレンがいうには、応対した文官とメイドが二人がかりで涙目になりながら『勘弁してください』と言ってたようです。――ふたりの夫なんでしょうか?」


 それを聞いた瞬間、ポルフォは椅子を蹴倒すがごとくに立ち上がった。


「なんてことだ! 二人も妻を娶るなど!」


 そしてポルフォはこう言ったのだった。


「じゃあ、三人目としてアニリィも娶れよ!」


 その後、ポルフィリ家当主のポルフォからトマファ宛、アニリィ宛の私信がたくさん舞い込んだのは、また、別の話。

ブクマ、評価はモチベーション維持向上につながります。


現時点でも構いませんので、ページ下部の☆☆☆☆☆から評価して頂けると嬉しいです!


お好きな★を入れてください。




よろしくお願いします。


※作者註・『冷血動物だ』


中の人の弟(昭和生まれ)の、中学の国語の教科書に『北の国から』が載ってた。

確かドラマ版17話の、純と蛍の実母、令子が富良野に来たシーンだったかな?

五郎(田中邦衛)との離婚交渉が進み、その令子が二人の子どもに最後に会いたいと言い、会う事に。

ところが蛍は母令子と頑なに話をしない。

そこで純が言い放つ「お前は冷血動物だ」。


蛍の気持ちは判る。

五郎と令子の離婚事由が「令子の不倫」だよ?

しかも吉野との情事の最中を五郎と蛍は見てるんだよ?


――純だけは知らなかったんだよ。



その国語の教科書、なぜそのシーン(ドラマ版17話)を掲載しようと思ったのか?

はなはだ疑問である。


ただし、『北の国から』は、良い。(特にドラマ版)


とんねるずの番組で、その『北の国から』を茶化すようなコメディがやってたのは、すげぇ嫌いだった。

嫌いと言うより、不愉快に近かった。

そのくせ仮面ノリダーは好きだった。


幼い頃。

仲の良い女友達に『おならじゃないのよ~』と言ってたら、グーで殴られて鼻の骨が折れた。

もちろん意味は知らなかった。うん、純と同じだよ。知らないのは罪じゃないんだよ、うん。


なお殴った女友達は、のちの妻である。


中の人、『北の国から』が好きすぎて進学先を北海道にした。大学進学後に寮内の友人に勧められて『アキハバラ電脳組』に何故かばちくそハマる。――もし時代線がズレてたら、僕は東京に進学してたと思う。

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