08話 武辺者の能吏と女家臣、コーラル村の図書館に行く
(トマファ視点)
ヴァルトア卿名義で、
『テイデ山と樹林帯に関する書籍を準備してほしい。車椅子の部下を伺わせます』
と記した信書を図書館へ事前に送付しておいた。そのおかげか僕が訪問した際にもトラブルなく入ることが出来た。
僕の車椅子を押しながら奥書館へ移動しつつ、司書は自身の生い立ちについて軽く説明してくれた。その司書はキュリクス出身で、出稼ぎに来た男性とたまたま知り合い、縁もゆかりも無かったコーラル村へ嫁に来たという。たまたま司書として勤め口が見つかったため、この地の歴史文化について勉強しつつ働いているそうだ。
埃っぽくてむせ返るような奥書館へ案内された。小さなテーブルに何十冊かの書籍が積み重ねてあり、司書が参考にした文献だと言う。そして僕は予習しておいたテイデ山周辺地区の地誌を元に色々と質問する。司書は今まで勉強してきた地誌についてわざわざ伺いに来てくれた事がうれしかったのか、板書をみつつ饒舌に教えてくれた。しかしそこで教えてくれた内容に納得のいかない場所が出てくる。
「ではコーラル村北部の森林開発が全く進まない理由についてはよくわからない、ということですよね。村人もこれだけ広大な森林があるのに開墾しようって気運も働かず、冒険者を雇ってこの森を調査しようと言い出す村長もいなかった。近くにある森なのに炭焼き職人とテイデ教徒ぐらいしか入っていかないって事ですよね」
「えぇそうです。私の夫なども『惑いの森だから』と言って積極的に関わろうとしません。しかもいつから惑いの森って言われるようになったかについて、義父母も知らなかったんです。まぁあの世代の人たちですから『昔からそう言われている』としか言いませんね。むしろあの森について触れたくないようなんです。そうそう、この文献―――記録に残る長老たちの説話集や地域の子守歌にも『惑いの森』について触れられていますが、じゃあ誰が『あれは惑いの森だ』と言い出したかについてはわからなかったんです」
「そうなんですね。キュリクスでも長老説話集はありましたが『惑いの森』で迷子になる話や行方不明者が年老いて戻ってきたって話はありましたが、その程度の説話ってあちこちの禁足地でよくある話ですよね。ですからこの地ならではの謎現象があったとかって記録はございますか?」
「謎現象かどうかは判然としないんですが、220年ぐらい前に活動してた冒険家ヴィシュルの『登攀記』という手記がありまして、そこにこんな一文があるんです。―――これです、『テイデの修験の道を外れてけるや、頓に戻らず蟲物と行合ふ』と。どうも登山道で迷子になってしまい、何かと出会ったような記録があるんですよ。ですが何と出会ったかについては書かれてないので、謎現象なのか見間違えなのか……。当時は魔獣の類も蟲物と記載されてましたからね」
「ふむ。何で惑いの森なんでしょうね。で、誰一人として森に入らないって訳ではない。その例外が炭焼き職人。―――確かコーラル村と言えば炭焼業が盛んですよね、キュリクスの刀鍛冶や冶金職人はコーラル産の木炭を好んで使います。これを高級木炭としてブランド化できればコーラル村発展のきっかけになりそうですが、村長や商業ギルドにその気運は全く無いんですね」
「えぇ、それについてはきっと大量生産できないからだと思っています。ところでトマファ様はコラール木炭って実際に見たことありますか? 木炭なのにずしりと重くて堅いんです。木炭同士で叩くとキンキンと金属のような音までするんですよ。きっと木炭になる前の生木も年輪の目が詰まって重々しいから、作るのにもすごく時間が掛かるのでしょうね。なにせ炭焼き職人たちは樹林帯に入ると2か月以上は下りてきませんから」
「2か月以上ですか! そんなに長い間入っているのだったら家族連れって事ですか?」
「いえ、それが家族はこの村に住んで待っているんです。まぁ、中には奥さんと二人とか、子どもさん連れて入っていく職人さんもいると聞きますが。ただ年ごろ独身の炭焼き職人さんは勉強のためなのか父親と一緒に半年一年と籠ることもあると聞きますね」
「半年一年ってけっこうな時間ですよね。それでしたらもう山の中に住んでしまうって話にはならないんですか」
「そういう話は聞いたことはないんです。やはり惑いの森に関する話を聞いているからなのでしょうか。ただ、彼ら炭焼き職人さんたちは家伝という形で父から子へと技術継承して炭焼業をしているのです―――そういえば彼らの共通点と言えばテイデ教徒ですね。しかも奥さんって背が高いんですよ」
ふむ。これは明日モルススさんに聞いてみる方が早いかもしれないな。窓に差し込む夕日を見つつ司書に礼を言った。
★ ★ ★
(アニリン視点)
トマファ君、早く戻ってこないかな。
あとはこちらの司書さんに頼みますから大丈夫ですよ、そう言ってトマファ君は司書と共に図書館の奥へ入っていった。大丈夫ですと言われても私に読書をする習慣は無いし、じゃあ何か興味があるジャンルはと思ってもそういうのが無い。とにかく暇になってしまった。
ぼんやりと書架に並ぶ蔵書の背表紙を眺めて時を潰すことにした。とはいえここは新都エラールにあるような無料のそれと違い、入場料が必要な有料図書館だった。そのためかチリ一つ落ちてないし書架の隅を指で拭っても埃ひとつ付いてない。清潔で手入れが行き届いた図書館だった。
ぼんやりと背表紙を眺めて時間を潰してみたが、次第にお腹がぐるぐると言い出し張ってくる。やはり突然来るのか、どうして私は図書館に来るとトイレに行きたくなるのだろうか。しかもお腹の痛みが急激にひどくなってきた。これは本当にまずい、トイレを借りようと額に脂汗を滲ませて内股歩きで受付へ向かったが、先ほどトマファ君と共に奥書館へ行ってしまって誰もいない。声を出して人を呼んでみるが反応が無い。しかし時間だけはじりじりと過ぎ、これ以上下手に動きまわるとどうなるか判らない状況となってきた。本能が警笛を鳴らすかのよう身体中から脂汗が溢れ出る。
あぁトマファ君、司書、はやく戻ってきて!
「ねぇあなた。先ほどから様子がおかしいけど大丈夫なの? 顔も真っ青で脂汗もかいてるし。ねぇ、あなた、聞こえてる? どうしよう―――困ったわね」
どれぐらいの時間が経ったのか。ふと後ろから投げかけられた声に気が付き、ゆっくりと首を回す。下手に振り向けば腹部の違和感が臨界を迎えそうだった。心配そうに私を見下ろす女性にすべてを話し助けを乞う事にした、もちろん恥を忍んで。
「あなた、お腹の調子がもう限界?」
「え、えぇ。―――幼い頃から図書館に来るとその、どうも具合が悪くなるみたいなんで、限界超えそうです」
「お手洗いなら司書室の先よ。もう動けないならそこに置かれている車椅子に乗りなさい、私がお手洗いまで押したげる」
「え、本当ですか! それは助かります」
その背の高い女性はトマファ君が乗ってきた車椅子を私の側まで寄せると移乗させてくれた。女性は車椅子を強めに押してくれたおかげで思ったより早くお手洗いに入ることが出来た。そして人間の尊厳が守られた。なおトマファ君が乗ってきた車椅子は屋外用のため、清潔な館内では専用のそれに乗り換えて欲しいと司書に言われたのだ。ホスピタリティ溢れるこの図書館に感謝の念が堪えない。もしトマファ君が車椅子を乗り換えていなかったら、きっと私はどうなっていただろうか。―――想像したくない。
私は所用を果たすと脳みそが充分に冷静となった。そして一つの疑問が頭をよぎる。先ほどの背の高い女性がふと漏らした言葉に聞き馴染みがあったのだ。ひょっとしてこれって……。私はそれを確認すべく慌ててお手洗いから出る。
「ん、ハンカチ忘れた? 貸すよ?」
「いえ、あなたが先ほどぼそっと呟いた困ったわねって、カルトゥリ語ですよね?」
「ッ―――!?」
私の言葉を理解したのか、その女性は目を見開くと見る限りに狼狽を隠せないでいる。そして涙目になりながら手で耳元を隠す仕草をして後ずさりを始めた。
「心配しないで、私はあなたに危害を加える気はないわ。―――何せ私の危機を救ってくれた方なんですから、安心して、大丈夫よ」
そう言って私は右手を胸元に置くと二度左手で右手の甲をたたいた
お婆ちゃまから幼い頃に教えてもらったこのしぐさを見た女性は、「ほんとに?」と応えたが目深に被っていた彼女のニット帽がずれて、剣先のような耳が飛び出した。あ、やはり―――
「カルトゥリ語を突然口走ってたし、あなたの言葉の節々にカルトゥリ語話者独特の訛があったからひょっとしてとは思っていたけど……エルフだったのね」
「あなた、この村の木こり一族でもないんでしょ? それなのになぜ人間族のあなたがカルトゥリ語の事や安心しろってジェスチャを知っているのよ」
「あ、それ? ちょっと説明が長くなるけど聞いてくれる? なんならカルトゥリ語で話すし、差し支えがなければ大陸共通語のセンヴェリア語でもいいわよ」
「できればカルトゥリ語のほうが嬉しいな。実はね、私ってこの村に来て6年ほどしか経ってないし、いまだにセンヴェリア語には慣れないのよ。それに故郷の言葉が聞けるってちょっとうれしくなるし。―――それに誰かに立ち聞きされても私たちの話、聞き取れないでしょ?」
「いいわ。ただ私もカルトゥリ語話者じゃないから聞き取りづらかったらごめん。―――ま、何でエルフの文化を知ってるかは、私の耳を見てもらったら判るわよ」
私はひっつめている髪をほどくと、右手でかき上げた。普通の人間よりほんの少しだけ尖った、ちょっとだけ目立つ耳輪を彼女に見せる。まぁ耳の形について誰かにあれこれ言われた事はないこうやって意味を持って見せたのは初めてかもしれない。最初は私に対して警戒していた彼女だったが、恐る恐る耳を確認し私の耳輪を少し触れるとふぅと息を吐いた。
「あぁ道理で。なんとなく同胞の匂いがしてたのは人間との混血だったのか」
「お婆ちゃまがエルフでね。てか私の一族って定期的にエルフ族の嫁を娶る習慣があるのよ」
「へぇ、そうなんだ。んで同胞よ、あなたいくつ? まだ若いんでしょ?」
「人間族の見た目通りよ。てかそのように訊くってあなた、相当年食ってるの?」
「レディに向かって年食ってるだなんてホントに失礼な物言いする奴だな!」
「初対面にいくつなの? ってセリフ、安酒場の合コンでも聞かないわよ」
「ぶはは、何だよ安酒場の合コンって。―――そういう物言いとか飾らない性格とかしてたら、その合コンとやらで男どもから『おもしれー女』って言われるクチだろ。気に入ったぞ同胞! それに初対面からして図書館でう●こ漏らしそうになっているのも面白いからな」
「そこはとっとと忘れなさいよ! でも先ほどはありがとう、人間の尊厳を保させてくれて。私はアニリィ、あなたは?」
「失礼同胞、私はエレナ。エレナ・ヴァザーリャよ」
そう言うとエレナは右手を胸元に置くと二度左手で右手の甲を叩いた。私は返答として、胸を左手握りこぶしで一度叩く仕草を見せた。これはエルフらの『こちらも敵意は無いぞ同胞』と応えるサインだ、お婆ちゃまから教えられたエルフの挨拶だ。
「ところで同胞よ、あなたの御祖母様のお名前を伺っても?」
「イリシアよ。もしエルフに会う事があれば、シュヴァルの森のイリシアと言えば理解できるかもと仰ってたわ」
「あぁシュヴァルの森って事は、あの霊峰テイデの向こう側に広がる北の樹林帯だな。私は行ったこと無いが故郷ヴェッサとは行き来はあるので向こうの領主とシュヴァルの森との通婚の話は聞いたことはあるぞ。って事は同胞、ポルフィリ家の子なのか?」
「えぇ―――でも私は実家を出奔したので家名は名乗らないようしているの。ところでヴェッサってどこ? あなたのようなエルフが住んでいるの?」
「あぁ、ヴェッサはそこの樹林帯だよ。テイデ山を境に北はシュヴァル、南はヴェッサと呼ばれているんだ。ところで今日は何しにコーラル村に?」
そこで私はヴァルトア様の家臣として新都エラールからキュリクスの地に赴任してきた事、トマファ君と二人で樹林帯について調査したい旨を順番にかいつまんで説明した。それを静かに聞いてたエレナは難しそうな顔をする。
「どうしたの?」
「いや、最近コーラルの領主になったって事は、霊峰とテイデ教とヴェッサとの話ってどれだけ聞いているのよ?」
「え、霊峰はテイデ教の管轄地で、その森は修験者が切り開いた登山道ぐらいしか無く、その登山道も今じゃ整備もされてないって聞いてるわ。それに、ヴェッサって名前だって初めて聞いたぐらいだし」
「はぁ、やっぱ人間族にはその程度しか伝わってないのね。―――いいわ、ヴェッサと私らエルフとの関係を簡単に説明したげる」
そういうとエレナが私の横に座って長い足を組んだ。大柄な彼女の手足はすらりと長くて、純血種のエルフはスタイル良いって御伽噺はつくづく本当なんだなと思った。
エレナの説明によると、霊峰の麓に広がる樹林帯ヴェッサは第一次人魔大戦後の褒美としてエルフ族のヴァザーリャ家などに与えられた所領らしい。第三次人魔大戦時には人間族が戦火から逃げてヴェッサの隅に住み着いて出来たのがこのコーラル村で、その際にこの人間族の村とヴァザーリャ家などとの取決めでヴェッサへの開発と干渉は行わないとされたという。ただ、人間族のテイデ山を霊山と崇める信仰については妨害しないこと、取決めの例外として登山道を定めて人間族とエルフとの境界線としたそうだ。その境界線をなぞるようにして設置されたのが祠だという。
「だけど第一次人魔大戦なんて神話って思えるほどの古い話よね。小さい頃に寝物語として聞かされたもの」
「私も同じよ。第一次はかれこれ2,000年ぐらい前だし、第二次も約1,800年前。でここに人々が流れ着いてコーラルが開拓され村が出来たのが約1,000年前。そして今に至るまで人間族の王朝は何度も勃興衰退を繰り返しているし、それに伴ってこの村の統治者もころころと変わったようね。あ、登山道の入口にこの村の統治者となった人間の名前が刻まれた石碑があるわ、そこにあなたの親分の名前も刻んでもらいなさいな」
「それはヴァルトア様にお伺いを立てて今後どうするか決めるわ。それよりヴェッサの調査についてなんだけど―――」
「それは同胞の頼みとは言え難しい相談よね。私の一家はヴェッサの所領安堵がされてるから今でもそこに住み続けているのよ。その約束は今も生きていると思っているわ。きっと長老や親父も同じ考えだと思う。だから人間族にずかずかと入ってきてほしくないと思ってるのよ」
「そうだよね。自分ちの庭を他人に調べさせるなんてお人好しそうは居ないわよね。―――ところで一つ変な質問するんだけど、純血エルフ族の寿命ってどれぐらいあるの?」
「え、寿命? そうね、ついこの前私の祖母ちゃんが休んじゃったけど、それでも180歳ぐらいだったわよ。ほかの長老たちだってその程度で休んじゃうって聞くわよ」
「休む? 寿命だから死んじゃうとかじゃないの?」
「エルフはね、“死”って言葉を極端に忌み嫌うのよ。不慮の事故なら仕方ないから“死”って言葉を使うけど、寿命や病気などの場合は“休”って言葉を用いるのよ。というか人間だって出来うる限り死って言葉を使わないようにしてない?」
「そうね。言われてみれば知り合いが“亡くなった”とか、偉い貴族の何某様が“お隠れになった、身罷られた”って表現はするわね。―――それに、“死ね”なんて最大の侮辱言葉ですもの」
「やっぱり考える事って同じなのね。人間って有史以来ずっと争い続けてきたから、なんか死について何も考えてないのかなって感じちゃうのよね。でもあなた達もやっぱり死は忌み嫌うものなのね。で、大体のエルフって100歳を超えたあたりから年齢を数えるのに飽きてくるから正確な年齢ってあやふやなのよ。最近になってだよ、エルフの集落でも文字で生年月日を記録して戸籍を作るようになったのって。でも長老たちの年齢は記録がないから、自分らが生まれた頃に何があったのかって口伝し、この図書館にある歴史書で生年を同定して大体これぐらいの年齢って推定してるのよ」
誰かと楽しく喋っているとやっぱり喉が渇くわよね、そう漏らしてエレナは懐からピューターのスキットルを取り出して一口煽った。あ、良いなぁお酒。だけど私は禁酒命令出てるし、勤務中だし……でも良いよなぁお酒。
「何よ同胞、あんたも飲みたいの? ってかあんた、エルフなのに飲めるクチなの?」
「えぇ! 三度の飯より酒が好きな人種よ」
「本当に大丈夫? エルフってお酒弱いし、私だってこのスキットル飲み干すだけでも泥酔しちゃうもの。―――まぁいいわ。良かったら今夜ツレ連れて雪兎亭って飲み屋に来なさいよ。人生の先輩として一杯ご馳走したげるわよ」
「雪兎亭ね。わかったわ、一杯と言わず三杯お願い」
「あーはいはい。旦那がヴェッサから帰ってきているから、その旦那も連れてくるわ」
エレナはそう言って図書館を後にした。私はお腹の不安感を消化するためもう一度トイレに行って用を足し、その後再び書架が並ぶエリアへと戻った。そこにはさまざまな地域や時代に関する本が並んでいる。試しに手に取ってぱらぱらとページをめくると、奥付に挟まれた貸出カードにはエレナの名前が書かれていた。他の歴史書を開いても、やはりエレナの名前がある。彼女はこの書架に並ぶたくさんの歴史書を読んでいて、私たちよりも人間の歴史についての知識を深めているに違いないと思った。
さてもう少しだけトマファ君を待つか。私は昔読んだ歴史書、『人魔大戦からみる魔王ニヴィエルの戦略 ―ラングリスの戦い』を見つけたので読んで待つことにした。
★ ★ ★
(トマファ視点)
僕が奥書館から戻ってきた時、アニリィさんは受付近くのベンチに腰掛けてぐぅぐぅいびきをかいて寝ていた。膝の上には娯楽小説の『魔王ニヴィエル戦記』が置かれていた、懐かしい、幼い頃読んだなぁ。
「アニリィさん起きてください、風邪引きますよ」
「―――ん、やめてよトマファ君、もぉえっち」
「寝惚けてないで起きてください。―――アニリィさん、そろそろ飲みに来ますよ、オゴりですよ?」
「んほっ! アニリィ、今日も飲みまーす!」
スルホンさんからアニリィさんを一発で起こす方法を教えてもらっていたが、本当にこんな一言で目が覚めるんだと思ってしまった。今までどれだけ声を掛けても身体を揺すっても起きなかったのに、『オゴリ』の一言で目覚めるらしい。どれだけチョロいんだよ。
「はいはいおはようございます。ささ、宿に戻りますよ」
「そうそうトマファ君、今日ねぇ、エルフが雪兎亭でイリシア一杯なんだよ」
「―――はぁ?」
「じゃあオゴり酒を飲みに行きましょう!」
「アニリィさん、禁酒命令がまだ解除されてませ……」
アニリィさんは意味不明な事を一息で言うと僕の車椅子を押して図書館を飛び出していく。あらよっとごめんよぉ、とアニリィさんはすれ違う村人たちに言いながら僕らは村の中心を走り抜けた。ガタゴトと音を立てて走る車椅子に驚き村人たちは振り向いていた。
夕方と夜の境界を示す月心教寺院の鐘が鳴り響く中、僕は後ろで息を切らせて走るアニリィさんを見た。この人ものすごく優秀なはずなんだけどあまりにも落ち着きがなさすぎる。まるで我が家に居た大きな牧羊犬のようである。でもこの人、お手って言ったら本当に右手を差し出しそうなんだよな。
ガタゴトと車椅子を押しながら、アリニィさんは息せき切って図書館での話をする。相変わらず要領を得ない話だが単語を切り貼りすれば言いたい事が理解できた、―――なんとなくだが。どうやら僕と図書館で別れたあとエルフと出会い、僕を連れて一緒に飲もうって話だという。
「アリニィさん、禁酒命令が出てるはずですよ」
「大丈夫、ちょぴっと! ちょぴぃっとだけだから!」
「あなたに自制って無理でしょ?」
「大丈夫、絶対大丈夫だから! だからスルホン様にはご内密してネ?」
語尾に「ネ?」ってなんだよ。アニリィさんダメですと言いたいが、樹林帯の秘密について手がかりが欲しい僕は、
「仕方ないですね―――そのかわり、これ飲んで下さい」
と言ってアニリィさんに小瓶を手渡した。
(キュリクス出立直前)
「トマファ様、少しよろしいでしょうか?」
僕が車椅子から二輪馬車に移乗させてもらう前、メイド長オリゴさんが声を掛けた。
「どうかなさりましたか、オリゴさん」
「くれぐれも、くれぐれもアニリィさんにお酒は飲ませないで下さいませ」
オリゴさんは僕の両肩をしっかり掴み目をかっ開いて念を押す。オリゴさんの指が肩に食い込んでてすごく痛い。
「わ、判りました」
「どうしても飲むと言いだしたなら、これをアニリィさんに飲ませてください」
そう言って僕の右手に茶色の小瓶をねじ込んだ。
「なんですかこれ。まさか毒じゃないですよね」
「ウコンよ」
中の人も本屋や図書館へ行くとお腹が緩くなります。
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