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77話 武辺者の料理メイド、研修に出される・後編

 火傷はたいしたことなく、しばらく冷やしたあとにサーシャさんに薬を塗ってもらった。


 ひりひりと痛んだが赤い腫れはすぐ引いた。もし水ぶくれになったら料理に携われなくなるので良かったとは思うんだけど、大事なスープを一つダメにしてしまった。


「あの、スープを弁償させて下さい──ちなみにおいくらですか?」


 私の申し出を聞いてティチノ師もサーシャさんも笑い出した。


「やっちまったことは仕方ねぇよ! 一生懸命頑張った結果の失敗だし、もともと不安定な手元での作業だったから、誰かがいつかはやらかすよなとは思ってたんよ」

「──そうそう、気持ち切り替えていきましょう」


 ティチノさんの笑顔で救われたし、サーシャさんのフォローにも助けられた。そして気が動転してるだろうから外で皮むきをしておいでと言われ、私は勝手口のあたりで山盛りのイモと格闘していた。


 丁寧に芽を取り、皮をむきながら私がずっと考えていたのは、失敗の原因だ。別に誰かのせいにするって話ではない。そんなこと言いだしたら、自分が鈍臭いから、こんな指示をしたティチノ師が悪いなんて結論になる。それでは解決しないだろうし、また同じ失敗を繰り返してしまう。


 そのため私は皮むき作業をしながら、頭の中でこうすれば安全に出来るのでは、こうすれば効率的なのでは、と思い、頭に浮かんだものをメモ帳にスケッチを始めていた。


「やぁステア」

「ステア先輩、何やってるんスか?」


 不意に声をかけられて顔を上げると、幼なじみのパルチミンと、後輩のロゼットちゃんが立っていた。「陣中見舞いよ」と言ってお菓子の差し入れを持ってきたついでに様子を見に来てくれたらしい。


 私はひりつく手甲になんとなく触れると、先ほど起こした失敗とその改善についての話をする。


「スープの押し濾しをお願いされちゃったんだけど、寸胴ひっくり返して火傷しちゃってさ。だから押し濾しするときの道具をどうしたらいいかなぁって──イモ剥きながら考えてたの」

「へー! ステア先輩ってやっぱ凄いっすよね! 失敗しても腐らずにどうすればって考えられるんスから──ジュリアちゃんがいう、マジで気合い入ってるっスね」


 ロゼットちゃんはガーターならナイフを抜くと私の向かいに座り、イモ剥きの手伝いをしてくれた。ちなみにそのジュリアとは斥候隊所属の新兵でロゼットちゃんやプリスカちゃんとは同期、そしてキュリクス出身の少女だ。なおジュリアの相棒パウラ伍長は、私とパルチィと同期である。


「どんな気合いかは分かんないけど、このアイデア、良くない? スープの具材を棒で潰して絞りとるため金属製で紡錘形にしたんだよね。――これすごく理にかなってると思うよ?」


 パルチィがメモを見てそう言った。この紡錘形は、この前街を歩いていたサーカスの道化師のとんがり帽子がヒントになったのだ。ただ問題なのは、金属加工を得意とする知り合いが誰も居ないのだ。レオナ様はよく鍛冶屋に働きに行ってるけど、主に地金作りをやっていると聞く。


「じゃあそれなら金属加工ギルドに相談してみません? こういうアイデア図案が出来上がってるなら、実際に作ってみたら新しい気付きや発見があるかもですよ?」


と、ロゼットちゃんが言う。その彼女はイモの皮剥きを手伝ってくれてるのだが、剥く皮が厚すぎる。どんどんとイモが小さくなってゆくのだ。もう少し薄く剥いてほしいと言いたいが、好意なので言いづらい。それにしてもギルドに作ってもらうかぁ、というか領主館の厨房に一個は欲しいから作ってもらおうかな? だけどギルドは平日しかやっていない。麦の月も平日は営業日だ。


「それだと仕事中はなかなか行けないねぇ」

「あ、そうだ。ちょうどレオナ様とゲオさんとこに行く用事があるから、ついでに私が持って行こうか?」

「まじ? パルチィ、頼む!」

「じゃあ今度、夜哨のときの食事当番おねがいねー」


 ふふんと笑ってメモ帳を受け取るパルチィの横で、ロゼットが首をかしげて言った。


「ところでステア先輩、一つ聞いていいっスか? なんでガーターにしゃもじ差し込んでるんです?」

「あぁこれ? サーシャさんからナイフは物騒だからやめてくれって言われたけど、何か差してないと落ち着かないのよ。──だから、しゃもじ」


 長年の癖か、右ふとももに何か差し込んでおかないと姿勢が傾くのよね。これも職業病なのかしら?


 *


 パルチィ先輩と一緒に、私──ロゼットはお使いを済ませたあと、西区の金属加工ギルドへと向かった。


 街にはいろんなギルドがあるけれど、金属加工ギルドはいつも賑やかだ。中は金属音ががちゃがちゃ響いていて、職人さんや研究者、事務員さんたちが駆け回っている。そして棚には製品見本のインゴットが並び、火魔素を含んでるかのような赤だったり青や黄とカラフルなものもあった。他にも工芸品のような細かな装飾をあしらった剣の柄や馬具も置いてある。金属の総合商社みたい。


「よぉ、ロゼ! 今日もお使いか? それともレオナ様の護衛?」


声をかけてきたのは、技師見習いのコルヴィだった。彼は昔、私がちょっと憧れてた近所の男友達。子供っぽかったあの顔立ちは、今ではすっかり“職人の顔”になっていて、たくましくなった二の腕にドキッとして見惚れてしまったのは秘密。


「今日はメイドの仕事ですー。っていうかレオナさんの護衛だったらまたも大パニックになってるわよ!」


 とっさに笑ってごまかすが、ニッと笑う彼の顔を見てなんかもう反則だと思った。なんだよ小っちゃい頃はただのスケベな鼻たれ小僧だったのに! あの頃とのギャップがもう、ダメ!


「はは、そうだな。レオナさんよく迷子になってるもんな」


 レオナさんの迷子事件はキュリクスの街ではいまでも笑い草となっている。だけどレオナさんはそんなこと気にするでもなく毎日のようにゲオさんの鍛冶場へと出かけていってる。


「ところでさぁ、あんたでいいや」

「あんたでいいやって随分とご挨拶だな」

「小さい事気にしてたらモテないよ! ――んで、ウチの先輩がこういう道具考えてみたんだけど、あんた作れる?」


 パルチ先輩がステア先輩のメモ帳を差し出すと、彼は真剣な顔つきになって紙を覗き込んだ。


「煮込んだスープの材料を押して濾す……って、晒しじゃなく金属網? こんなパンチホール板じゃだめなのか?」


 そう言って棚からあれこれと金属板を数枚取り出し、見せてくれた。等間隔に丸い穴の開いた、それこそ「板」って感じのやつ。その時の彼の表情が、ちょっとだけ──ちょっとだけだよ?──かっこよかった。


「できる限り目の細かい金網がいいのよ。うーん、粉振るいぐらいかな?」


 パルチ先輩も加わって私たちがどんな素材がいいのかと、そのやり取りを聞いていた老技師さんがずいっと割り込んできた。コルヴィは「モグラット師、どうぞ」と手帳を手渡すと、そのモグラットさんは額に載せていた眼鏡をかけ、そのイラストを眺めた。


「もう少し粗めの金網を使った、丸底の濾し器なら既に調理道具としてあるじゃろうに。でもあえて三角錐とな。この形に秘密があるんじゃろか?」


「はい。骨やガラがきちんと濾し取れるように、突き棒で強めに突いても簡単に壊れないように。そして紡錘形だと底の部分に集中して力が掛かるからだと言ってました、友達が」


 パルチィ先輩が応える。長い付き合いなのか、走り書きされた文章からステア先輩のアイデアの意図が判るのだろう。むしろ私はこの走り書きが読めなかったが。


「──ふぅん。ここ最近、領主館では発明がブームなのかい? この前までウチのギルド長が『鋤込車』の開発でお祭り騒ぎしとったからのぉ」


 そう言えば鋤込車の試運転を見てたとき金属加工のギルド長もいたっけ。あの時は牝牛のボルジアがなかなか言う事聞かずにノーム爺の愛のささやきでやる気出してたほうが覚えてるけど。あと、ノーム爺と話しているとあからさまな邪魔をしてくるようになった。リア充かよ、爆発しろ。


 メモ帳を見ながらモグラットさんは自身のメモ帳に書き写しながらなにやら数式を書き出した。眼鏡をかけ直し、ペン先をひと舐め思案する。


「紡錘形、メッシュ、底に圧力が集中──んむ!?」

「どうしたんすか、おやっさん?」

「金属ネット、三角錐、ミスリルプラチナを触媒にして――これ、鋤込車の排ガス装置に使えねぇか?」


 モグラットさんは二つくっつけた円錐のイラストを描き始める。その横に数式を書き込んでは再びペン先を舐める。コルヴィも私たちもモグラットさんが何をしたいのかは判らない。だけど何かアイデアが浮かんだみたい。


「これで未燃焼魔素が減って燃費がよくなるんじゃねぇのか? ――よし。姉ちゃん、こちらで試作品を作っちゃる!」


「本当ですか?」「ありがとうございます!」


「よし小僧、今夜は徹夜だ! 今すぐ作業するぞ!」


「へぇ、了解っすモグラット師」


「あのぉ、代金は」


「ついでだついで! よし研究室に行くぞ!」


 勢いよく奥へ走っていくふたりを見送りながら私はポカンと立ち尽くした。パルチィ先輩に至っては小声で「やっぱ男の子っていつまでたっても男の子だよねぇ」と呟いていた。その落ち着いた口ぶりに思わずふふっと笑ってしまった。


 *


 翌日昼過ぎ、仕込み時。


 厨房にいた私――パルチミンのところにロゼットちゃんが包みを抱えてやってきた。


「パルチィ先輩のアイデアの試作品、もうできました」

「早ッ! なにがあったの?」


 ロゼットちゃんから包み渡され、焦る気持ちで開てみた。鈍い銀色の金属製の濾し器が姿を現した。  円錐形で、縁が鍋に安定して掛けられる爪が付いてる構造だ。さらに大き目の取っ手と押し棒も付いている。寸胴鍋の中身をこの濾し器に入れればひっくり返すようなことは無いと思う。


「ギルドに行ったら幼なじみが居たんだけど、その人の師匠が魔導エンジンの排気フィルターの触媒? がどーとかこーとかがパルチィ先輩のアイデアでひらめいたんだって! そこでね――」


 ロゼットちゃんが少し顔を赤らめながら幼なじみの話を続けていたが、私はもう聞いていなかった。そりゃ年ごろだもんね、はいはい。あと三年も働けば結婚持参金におつりがでるぐらいの退職金が出るから頑張れー、恋せよ乙女!


「――ねぇパルチィ先輩、聞いてます?」


 聞いてる訳ないでしょ! こっちはこの濾し器を早く試したいんだけど! しかもそんな大声で話していると休憩中で寝てるティチノ師やサーシャさんが起きちゃうでしょ? ロゼットちゃんは時々空気が読めないよね。ひとしきり話し終わったあと、耳を真っ赤にして帰って行った。しばらくしてサーシャさんが「青春だねぇ」と言ってた。


 新しいこし器を試してみることにした。網にスープを注ぎ、押し棒をゆっくりと当ててみる。


「すごく使いやすいし、押し込みが良い。鍋の縁にちゃんと固定できてるからぐらつかない!」


 濾したスープは琥珀色に輝いていた。野菜や鳥ガラなどが入る事もなくきれいだ。今までの晒しでやるよりも楽に抽出されたと思う。


「こりゃすごい発明だな」


 背後からティチノ師が呟いた。「晒しだと毎回洗うのが手間だったし、匂いが残って別の料理に響くんだよな。これはいい!」


「それに見た目も面白いよね、なんだか銀の兜みたいでさ」とサーシャさんがそう言って笑っていた。私もこっそり、手の甲を撫でながら微笑んでいた。この火傷も悪くなかったかもしれない――と、少しだけ思った。


 *


 その後、麦の月の常連客の間で「最近面白い道具を使っている」と話題になった。特に朝定食を食べにくる料理人たちで、厨房に見慣れない銀色のこし器があると気づいた客の一人が「それ、どこで売ってるんだ?」と尋ねたのだ。するとサーシャさんが「うちの臨時メイドちゃんのアイデアで金属加工ギルドで作って貰ったのよ」と応えたのだ。


 すると料理人たちは「こんなのがあったらいいな。うちでも作ってもらうか」と言って金属加工ギルドにぽつぽつと注文が入ったそうだ。すると他の料理人もそれを見て作ってもらう。改善点や不満点がギルドに集まってきて、さらに良いものが作られるってサイクルが出来たみたい。気が付いたらが評判が静かに広まっていったのだ。


 そんなある日、創薬ギルドのアルディさんが昼食に立ち寄り、調理台の上に置かれた濾し器を見つけて言った。


「これ……網の中に汚れが溜まったり、脂でぎとぎとしません?」

「そうなのよ、そこが悩みでなぁ」


とティチノ師はため息をつく。水でしっかり洗った後、火で炙って脂を飛ばしてはいる。しかし油汚れが完全に取れる訳でもないし、焦げ臭が付きそうで嫌だったのだ。


「なんでしたらこれ、創薬で使ってるんですけど試してみませんか?」


 そう言ってアルディさんが渡してくれたのは、白っぽい塊と柄の長いブラシだった。


「こちらも創薬で実験道具に汚れとか残っていると大変ですから使ってるんですよ、これ。あ、これは食物油の搾りかすに薬品を混ぜて寝かせた石鹸というものです、殺菌力も多少ありますよ」


 ティチノ師から私に手渡されたのでさっそく使ってみた。すると金属網の間に詰まった脂がよく落ちた、それどころか皿に付いた脂汚れもよく取れた。サーシャさんが「これいいね」と目を輝かせ、ティチノ師も「これ売ってくれ」と唸る。この石鹸、私もぜひ欲しい。



 その後、私が考案した濾し器は『シノワ』って名前になった。

 その名前の由来はティチノ師もサーシャさんも家族名が『シノワ』だから。とはいえ私の名前が付いたら恥ずかしいのでそれはそれでよかったと思っている。こうして『キュリクス・シノワ』は金属加工ギルドの新製品として試験販売が始まり、静かにではあるが、確実に人々の暮らしに入り込んでいった。


 ちなみにロゼットちゃんの話だけど、私が持ち込んだアイデアから発想を得てモグラット師が「排気チャンバー」というのを作ったらしい。私もロゼットちゃんも機械の事は判らないけど、そのチャンバーって物のおかげで鋤込車の出力が上がったらしい。


 *


 一か月の出仕停止処分が終わり、私は『麦の月』の厨房をあとにする日を迎えた。


「あっという間だったな、助かったよ。――またいつでも遊びにおいで」


 ティチノ師の優しい声に私は深々と頭を下げた。


「本当にありがとうございました。すごく勉強になりました」


 私はエプロンを外し、包丁が入ったケースを抱えて歩き出す。帰る場所――領主館へ。足取りは軽かった。手には、お礼としてギルドからもらったシノワが一本。


「次は何を作ってみようかな」


 そんなふうに呟きながら私は少しだけ胸を張って歩いた。

ブクマ、評価はモチベーション維持向上につながります。


現時点でも構いませんので、ページ下部の☆☆☆☆☆から評価して頂けると嬉しいです!


お好きな★を入れてください。




よろしくお願いします。


※作者註・1

牝牛も角は生えます。『百姓貴族』の荒川さんだって角生えてますから。

(そもそも牝牛なの、か?)


※作者註・2

実際のシノワは『中国の(Chinois)』が語源の濾し器です。よくラーメン屋に置いてあるイメージ。

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