07話 武辺者の女家臣、自宅謹慎処分が明ける
(アニリィ視点)
ヴァルトア様のキュリクス入城パレードはトラブルもなく無事に終了した。
新領主の入城を見ようと大通り両端には集まった民衆たち。
そして彼らは通り過ぎる馬車に手を振ってくれ、そして
「新領主様、乾杯!」
と誰かが叫ぶと、周りの民衆たちもジョッキ片手に乾杯と叫び合っていた。春の陽射しも相まってか、私の目からきらきらとした世界が馬車の上から見えた。
私は入城パレードのあとキュリクス城下を見る傍ら、警ら業務が割り当てられた。先ほどまでの興奮をそのまま引きずって祭り騒ぎに浮かれる民衆、酔客同士が喧嘩騒ぎを起こし、酔いつぶれた者が町の隅で嘔吐する。私はそれらを見て回り、そんなお粗末な酔客を警吏や官吏に引き渡していたのだ。しかし私は警ら中に勧められるがままに出された振舞酒を何杯か飲んでしまった。その後の記憶は無い。
ふと気付けば鉄格子が嵌った窓枠、鉄鋲螺が打ち込まれた扉が目に入る。どうやら勾留所の保護房に放り込まれているようだ。しばらくして看守に案内された警吏が私の保護房の前に立つ。まるでゴミを見るような目の警吏は右手に持った警棒を弄びながら、私がなぜここにいるかの顛末を聞かせてくれた。
どうやら酔った私は飲み屋で酔客同士の喧嘩騒動に首を突っ込んだようで、三人を病院送りにし酒場のテーブルやドアを破壊する大立ち振る舞いを演じたという。
「―――っちゅうことでおめぇの親か職場上司、もしくは所属ギルドの連絡先を教えてくれや。身元引受を願い出にゃならんからな」
「えと、その……。絶対に呼ばないといけません?」
「ってかお前。何やらかしたかもう忘れたんか? どうせお前、パレードの日雇い護衛してたヘボ冒険者なんだろ? とにかく事の顛末をみっちり報告した上で身元引受書のサインを頂きたいんでな」
にやにやと下卑た笑みを浮かべながら警吏は言った。この男からそこはかとなく感じる、
『こいつ、こんなバカな事やらかしたんですぜぇ』
と上役にチクるのが楽しくて仕方ないという腹黒さが透けて見えた。小柄な体格の警吏だからより一層小物感を醸す。しかし私はまだ全然酒が抜けてないのか、馬鹿正直にヴァルトア様の名前を出したのだ。その時の警吏の、今までゴミを見るような目だったが急に変わる。
「なぁ、貴殿は本当にあの領主様の直臣なのか?」
「えぇ間違いなく。これが証拠、戦乙女の剣の紋が彫られた認識票です」
何度も本当かと確認されたがなかなか信じてもらえなかったため、首から下げた認識票を見せたところ、にこやかな表情を浮かべると足元に気を付けてと言われようやく保護房から出された。先ほどまでの人を小馬鹿にしていた態度から一変、慇懃になって応接室に通してくれたのだ。そしてヴァルトア様の執務室に置かれていたのよりふかふかなソファを勧められ、お茶も出してもらえた。やはり夕べは酒を飲み過ぎたようで苦みのあるお茶が身体に染み渡る。
そして応接間に飾られた調度品や絵画を眺めていたら本当にヴァルトア様と護衛のメイド長のオリゴさんが迎えに来た。
「この度は治安管理される警吏の皆さまに多大なご迷惑をおかけいたしましたことを心よりお詫び申し上げます。早急に当家の愚臣アリニィに反省文を書かせまして提出いたします。そして当家では再発防止に努め改善に全力で取り組んでまいります」
「いえいえ、ご領主様におかれましてはご機嫌麗しゅう。本官はこのキュリクスの治安維持を任されてるグルカゴンと申しまして―――」
ヴァルトア様は深々と頭を下げ警吏に詫びを入れる。警吏は猫なで声でこの街ではどのように働いてるのかと熱く長く自分語りを始めた。私は警吏の気持ち悪い弁舌を聞き流す。―――はぁ、反省文書けって事かぁ。今回は羊皮紙何枚分の反省文で許してくれるんだろ。それよりも覚えてない事をどう書け―――ぐふっ!
脇腹を抉るかのような打撃に目を白黒させ、私の身体が『く』の字に傾く。私の左脇腹にめり込むオリゴさんの右肘と氷点下にまで下がった彼女の目線ですべてを把握した。その後もオリゴさんが警吏やヴァルトア様の目を盗んでは肘鉄を私の脇腹に、筋肉と肋骨の間を抉るように何度もめり込ませた。しかもヴァルトア様が腰を折って頭を下げる瞬間や警吏がふと身体を動かす瞬間に何度もだ。先ほど飲み過ぎたお茶が戻りそうになる。
そしてヴァルトア様自身が身元引受書類にサインして、私は晴れてシャバに戻ってきた。『壁の向こうは自由』と、前職時代に何度もとっ捕まえたコソ泥の言葉をふと思い出す。拘置所とシャバの境目は自由かどうかの差一枚の壁で仕切られているからそんな言葉があるんだとか。思わずその言葉を口にしたもんだから、オリゴさんに思いっきり頭を叩かれ、
「バカかこの小娘」
と怒鳴られた。そして領主館に戻ると眉間に皺寄せたスルホン様から、
「これが正式辞令、お前は自宅謹慎一か月と当面の禁酒な!」
を言い渡されたのだった。
★ ★ ★
謹慎期間中の俸禄はゼロ、労務を提供していない以上俸禄が貰える訳もない。自慢ではないが私は今まで貯金をする習慣が無い。さて、いまから一か月の生活をどうすべきかが喫緊の課題だった。本当にすることがないからといって家で寝てても腹は減る。仕方ない、私はキュリクスの冒険者ギルドで依頼を受けて日銭を稼ぐことにした。しかし問題起こして謹慎中の領主の直臣って身分がバレれば大変な事になるかもしれない。でもそんなこと早々にバレる事などないだろうと高をくくった私は冒険者ギルドで登録を試みた。
「えと、アニリィ・ポルフィリ様。登録に当たって何か有効な身分証はお持ちでございますか?」
「え、あ、はい。この身分証は使えます?」
「はい、お預かりいたします―――どれどれ、名前性別住所ヨシ、生年月日ヨシ、他所属ギルドヨシ、資格項目ヨシ、勤務先ヨ―――え? あのぉアニリィ様。ひょっとして新領主ヴァルトア様のご家臣様ですよね?」
しまった、いつもの癖で首から下げていた認識票を出してしまった。他の身分証を使えばヴァルトア様の直臣だとバレずに済んだのにと後悔する。
「え、あ、はい、相違ありません!」
「そうですか。ではこの魔導具に手を置いてください。大丈夫ですよちょっとひんやりするだけですので―――はいありがとうございます、ではこれからいくつか質問をしますね。『罪を犯し罰金以上の刑に処されて執行が終わり、又は執行を受けることがなくなった日から起算して3年経過』していますか?」
「え……どういう意味?」
「裁判所、アニリィ様は軍属ですから軍事評定所も含みます―――から罰金刑以上の罪を言い渡された事はありますか?」
「いやいや、今のところ全部不起訴で済んでます!」
「そ、そうですか……不起訴。では、『三か月以内に警吏のお世話』になった経験は?」
「えと、それは―――無いです」
咄嗟にそう答えたが、手を置いた魔導具から赤い光がぽつぽつと灯る。それを見て受付嬢は表情を一層曇らせた。
「アニリィ様、もう一度お伺いします。本当に警吏や衛兵のお世話になった事はございませんよね?」
「えと、その、実は、前日―――酒に酔って……」
身分証を渡してから顔が引きつってた受付嬢だったが、ついに眉間に皺を寄せて大きなため息を付いた。
「あのアニリィ様、どうして冒険者を志そうと思ったんです?」
「え、あぁ、ちょっと日銭を稼ごうかなって思って、ね」
「そうですか。―――ところで冒険者って荒くれ者やアウトローのイメージってどうしても強くなりますよね。確かに冒険者同士で街中なのに剣を抜いたり魔法ブッパしたりと迷惑かけていた時代もありました。依頼者どころか一般市民を威圧したり喧嘩吹っ掛けたりって事もありました。おかげで一般市民から『冒険者は社会から溢れたならず者』って思われるようになって、ついに冒険者お断りの酒場や宿屋が増えたんです。それは一般市民との共存共栄を基とする当ギルドの運営方針にそぐわないという事でここ数年前から冒険者たちにコンプライアンス研修を行っているんです。法令や規則を守れない方、守る気が無い方はどれだけ有能でも案件紹介や登録をお断りしております。ですから傷だらけな脛をお持ちの方、素性や信条が既に怪しい方、質問事項に虚偽のお答えをする方、飲み屋で大虎になる傾向のある方は最初からお断りしています―――言いたい事、判ります?」
「えと、お酒飲んでも飲まれるなって事?」
「違います、あなたみたいな方はハナッから冒険者お断りって意味ですよ!」
私が手を置いたのは嘘発見器だったらしく、虚偽返答をすれば赤い光が灯る魔導具なのだと後になって知った。受付嬢の質問にぴこぴこと光ると虚偽報告行為となり、一発で登録拒否となるらしい。
私は冒険者登録が叶わずギルドを追い出されたので、考えあぐねた結果、創薬ギルドで薬草採取業の登録をしたのだ。近隣の子どもらと薬草採取して小遣い程度の報酬を稼ぐ事にしたのだ。朝早くに城郭を出ると西の森に入り、時々湧いてくるゴブリンと戦いながら薬草採取の仕事をこなして報酬を稼いだのだ。貯金がほとんど無い私にとって薬草採取の報酬が無ければ糊口を凌ぐことができなかったと思う。おかげで薬草の勉強ができ、●キロ痩せた。
★ ★ ★
一か月の謹慎がようやく明けた。
職場復帰を果たした私を見てヴァルトア様は「元気だったか?」と尋ねられたので、おかげさまでと短く応えた。下手な事を言ってボロが出るのを防ぐため一晩考えた結果だ。そして復帰して最初の仕事はトマファ君と二人でキュリクスの北、コーラル村にある樹林帯の事前調査の護衛だった。
この前の入城パレードの成功報酬としてトマファ君がヴァルトア様に求めたのが樹林帯の調査だった。―――調査を褒美として願い出たって事? それって褒美? 私なら振舞酒でたらふく飲んだ白エール2樽かな? いや3樽おねだりしたいかな? もしくは薬草以外の食べられるもの……肉かな? はぁ熟成腸詰肉と白エール、たまんねぇだろうなぁ―――
と、事前調査を報酬としたトマファ君の話を聞いてこんな下らない事を考えていた。しかし、この心の声がもし聞かれていたら、この前お酒でやらかしたのに、とスルホン様から叱られヴァルトア様から呆れられ、オリゴさんからすげぇシメられると思う。
あ、今も禁酒していますよ? シテイマスヨ? ノンデナイヨ? 薬草をツマミに酒飲んだらプラマイゼロで健康を害せず済むかな? (酒が)あるのがいけない!
私は二輪馬車の御者として、そしてトマファ君の介助役と護衛として一泊二日の出張に出た。ヴァルトア様からは旅の安全を祈願され、スルホン様からはくれぐれも問題を起こすなよと釘を刺された。部屋の隅で侍るオリゴさんからは『あんた次、何かやらかしたら判ってるよね?』と目で威圧された。
ガタゴトと走る二輪馬車を操縦しながらトマファ君とここ最近の話で盛り上がった。私が薬草採取していたのは意外と早くにバレたらしい。しかしスルホン様が、
『アニリィは貰った俸禄を貯めるって発想の無い困った小娘です。きっと貯金もないと思います。ですから謹慎中のアルバイトは大目に見てあげてください』
とヴァルトア様に進言してくれたため目を瞑ってもらったとトマファ君が言っていた。なお薬草採取がバレた原因はヴァルトア様が道中で拾った兄・アルディさん。ゴブリンがそぞろに出てくるキュリクス西の森の奥にのみ自生する希少な薬草ばかり採ってくる若い女採取人が居ると聞いて興味を持ち、見てみたら私だったってオチらしい。いやぁ偶然って怖い。
ちなみにその薬草成分を丁寧に抽出すると解熱鎮痛剤になるらしい。森の奥にある沼地に生え、黄色く小さな花をつけるって特徴なので探すのが容易だし、ゴブリンが出るので子どもらもそこには近づかない。冒険者に比べて稼ぎも決して良くないので競争も起きずらく買い取り単価がそこそこ高かったので、今夜は飲みたいなって時は大量に採取……けふんけふん。
「よくアニリィさんが取ってきていた薬草をアルディさんが生薬にして販売しているそうですね」
「あのとっぽい顔のメガネ兄ちゃんが、ねぇ。他に何か変わった事はないの?」
「そういえばアルラウネのカマラーさん、領主館でうまく根付けたそうですよ」
「へぇ、エラールのお屋敷では根付くか判んないって言ってたのに無事うまくいったんですね」
「そうですね。オキサミルさんが面白い本を図書館で見つけてくれたのでうまくいったと思うんですよ」
人妻メイドのマイリスさんに託されたカマラーさんの種だがどう蒔き付ければいいか誰も判らなかったようだ。アルラウネを育てようって人も聞いたことがないためマイリスさん達は困ったらしいし、こういうのに詳しそうな作務師のノール爺さんも知らないらしい。まさか植木鉢に入れて水撒けば生えてくるような生き物でもないし、せっかくカマラーさんから分けてもらった種を枯らすわけにもいかない。しかもマイリスさんに託したカマラーさん自身も種の育て方はよく判らないらしい。
さてどうすれば根付くのかと皆で悩んでいた時にオキサミルさんがたまたま見つけた『樹人族の育て方』というニッチな本を持ってきたそうな。ただ樹人族だとアルラウネでなくトレントってイメージが私にはあるがなぁ。
「マイリスさんが言うには、根付いたアルラウネはカマラーさんとは似てないのよねって言うんですよ」
「そりゃカマラーさんの娘みたいなもんだから違うんじゃない?」
「オキサミルさんが見つけた本には樹人族はアポミクシスもするそうで、それなら根付いたアルラウネはカマラーさんと遺伝的に同じになるはずですよね」
「……?」
時々思うが、トマファ君って何を言っているのか判らない時がある。アポ何とかが判らないので答えられない。ちなみに根付いたアルラウネにはカミラーと名付けられたそうな。ヴァルトア様は『カマラー2号でよくないか』と言ったらしいけど『そんな安直なのは嫌です』と彼女からはっきり言われたためカミラーになったらしい。カマラーにカミラー、どちらも安直だと思うのは私だけだろうか。
二輪馬車はキュリクスとコラール村を結ぶ街道をひた走る。広大な平原を突っ切るように敷かれた街道には古い時代の統治者が設置した距離標がほぼ等間隔に設置されていた。ただ記されていたのは現在使われている大陸共通語ではなく、千年ぐらい前に使われていたグラバル語ではないかとトマファ君が言う。
「この街道もきちんと測量して距離標を更新すべきですね」
「それになんか意味があるの?」
「地図を新しく更新するためです。とりあえずキュリクス北の地図の写しを持ってきたのですが、この写しと今とけっこう変わっているんですよ。例えばここ、地図には物見の塔が立っていると書かれていますが、今じゃほら、崩壊して瓦礫の山になっていますよね。もしアニリィさんがこの平原に兵を出すとなったらこの地図を元に各部隊を配置しようと考えるでしょうが、もし今のようにあると書かれている塔が無いとなれば混乱するでしょう?」
あ、本当だ。地図を見て物見が出来る場所があるなら相手より先に弓隊で押さえるのが定石とされている。それならば一部隊をこの塔に差し向けるだろうが、倒壊していれば部隊は混乱するし報告を受けた私もするかもしれない。
「ヴァルトア様と僕らがしなきゃいけない事ってたくさんありますから、特に測量や地図作りは優先順位を決めて取り組まないと、ですね。今のところ脅威となりそうなのは北のテイデ山と南のジャルダン回廊ですが」
「南ってことはロバスティア王国領か。でも両国間不可侵の条約はあるよね?」
「えぇ、今のところ両国間ともに関係は良好ですね。ですが国際関係なんてちょっとした事でそのバランスも崩れますよ―――あ、そこのフラズダ川を渡ればそろそろコーラル村ですね」
「いやぁ遠かったね」
橋を渡った先が今日の目的地、コーラル村だ。
(作者註)
地図上部にコーラル村と霊峰テイデ山連なる山稜
地図下部にキュリクスおよび、アニリィが薬草採取してた西の森
ようやく着いたコーラル村は、テイデ山と呼ばれる霊峰の麓にある小さな村落だ。そのテイデ山一帯は霊山信仰の関係でテイデ教が管理しているとヴァルトア様が王家より預かった書類に記されていた。しかしその霊峰の裾野に広がる樹林帯についてはキュリクスを預かる領主のものと記されるが、調査開発についての記録が全く残っていないという。コーラル村もキュリクス領主が村長を代官とした記録が残るが調査開発の記録がすっぽり抜け落ちているという。地図で見る限り広大な樹林帯なのになぜ歴代領主は手入れをしなかったのか。それが気になったトマファ君が調査を申し出たという。
昼過ぎにコーラル村へ着いた私たちは村の食堂で軽い食事を取った。
「旅行ですか、それとも行商で?」
笑顔で食事を持ってきた主人が聞いてきたので、キュリクスに赴任してきた者の家臣で樹林帯について調査しに来たと伝えた。すると主人は私やトマファ君が二、三ほど質問をしたが返ってきたのは
「さぁ、よくわからないね」
と素っ気ない答えだった。店内には他に客はおらず、笑顔を張り付けただけのあからさまな態度の主人に居住まいが悪くなったため、さっさと食事を終えると礼を言い私らは店を後にした。
「ここコーラル村は先の人魔大戦の折に我々の祖先が隠れ住むようになったと聞いております。霊峰の加護に肖った地ですから、かの森について碌な調査や開発をしてきておりませぬ。まぁ、かの森は昔から『惑いの森』と村人から呼ばれておりますゆえ。せいぜい霊峰を修練の場として修験者が切り開いた登山道があるぐらいでしょう。私もこれ以上は判りかねます。調査するのは構いませぬが、もし調査されるのでしたら登山道の道すがらに設置された祠の掃除をお願いしたい」
樹林帯について何か知っているかとトマファ君がアポイントを取りつけ、テイデ教の宗主・コプフト27世に伺ったところそれほど目新しい情報は無かった。惑いの森と呼ばれているから領主が調査開発の命令を出しても村人は協力してこなかったのだろうと想像できる。でも調査次いでとはいえ祠の掃除って余計な仕事まで押し付けられた気がしてならない。しかも今じゃ信者数も減っており登山道の整備管理もおざなりとなっているらしく車椅子のトマファ君が入るには大変でしょう、とも付け加えられた。
「それでしたら宗主様、炭焼き職人の信者様を案内人として数日お借り出来ませんか?」
「えぇ、それなら今朝しがたモルススって男がコーラルに下りてきたはずですから声を掛けてみましょう」
「宗主殿、もう一つ質問なのですが。先ほどから『かの森、惑いの森』って樹林帯の事を呼んでいましたが、そちらで伝わる正しい名前ってあるのでしょうか?」
「いえ特に。―――そろそろ祈祷の時間となりますのでまた明朝お越しください」
そう言われ私とトマファ君は教会を出た。このコーラルに着いたのが昼過ぎだから陽は随分と傾いていた。そして街並みを見下ろすように聳える霊峰が少しずつ橙色に染まりつつあった。
「アニリィさん、僕はあの霊山についてもう少し調べてみたいと思います。今日は介助や御者業務もなされてお疲れでしょう、宿屋でゆっくりして頂いても構いませんよ?」
「いえいえ、ヴァルトア様からトマファ君の護衛も仰せつかっております、とことんお付き合い致しますよ?」
「そうですか、ありがとうございます。ではこの村の図書館に参りましょうか」
そう言われた瞬間私はお付き合いしますと言った事を激しく後悔した。私は幼い頃より図書館や本屋に入るとお腹が緩み、トイレに行きたくなる体質らしい。しかもそのような場所のトイレって綺麗じゃなかったり遠かったりと不便が多く、そして恥ずかしい失敗をしたこともあるため得意じゃない。しかし言い出した手前やっぱり嫌ですとは言えずトマファ君の車椅子を押して渋々図書館へ向かうのだった。
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