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62話 武辺者の街、聖夜祭を迎える・2

 キュリクス領主館は、聖夜祭の前後は警備以外の業務を一時停止する。いわゆる休館日だ。


 このため数日前からメイド・軍属問わず有給休暇の申請が殺到していた。が、その申請ラッシュの波を超えてなお、館内には残って仕事をすると言い出す者もいる。


「どうせ休暇とっても実家の宿屋の手伝いさせられるからね」


 文官執務室で資料の整理をしていたロゼットが肩をすくめて笑った。キュリクス出身ロゼットの実家は酔虎亭近くにあるこじんまりとした宿屋だ。聖夜祭前後は宿屋業も繁忙期になるらしく、それなら領主館で働いていたほうがマシと判断したようだ。ちなみにプリスカは実家の酔虎亭が忙しいって理由で休暇を申請している。


「まあ、たまには静かな職場も悪くないかもですよ」


 隣でカレンダーをめくるクラーレが小声でつぶやく。領主不在の館内は暖房が控えめでどこか肌寒かったが、それもあって静かな時間が心地よく感じられた。と、そこへオリゴがふらりと現れて二人の机に温かい飲み物を置いた。


「ご苦労さま、あなたたちも休憩とりなさい」


「はーい、メイド長!」とロゼットが嬉しそうに返す一方で、クラーレは首を傾げた。


「そういえば休館日ですから、今のところ急ぎの仕事って無いんですよね」


 その瞬間、オリゴの表情がほんのわずかに緩んだ。


「そうよ。だけど『突発出動に備えて最低限の人員は確保したい』ってトマファ殿が色々交渉してくれたおかげで、ヴァルトア様から『今年から聖夜手当出す』って言質を取ったそうよ」


「そ、それ、手当が出るって事――!?」とクラーレ。「ケチなヴァルトア様が手当を出すなんて」

「うわぁ。休館日だけどやる気、跳ね上がるわー」ロゼットは妙にうれしそうな表情を浮かべて文官執務室を飛び出していた。きっとあちこちに触れまわるのだろう。


 *


 その頃。

 領主館の台所では、鍋の具材をせっせと切り分けている人物がいた、パルチミンである。本来ならステアリンの仕事なのだが、どうしても外せない用があるといって休暇を申請しているため、パルチミンが台所担当に入っているのだ。


「うん、今日は寒いから、あったかい鍋にしよう。鶏ガラ塩味ベースでお野菜たっぷり!」


 腕まくりして野菜を刻む姿に、手当が出るとあちこちに触れまわってたロゼットが顔を覗き込む。


「パルチー伍長の鍋料理かぁ――これは一杯飲みたくなるよね」

「勤務中よ」


 背後からオリゴの突っ込みが入ったが、声にはどこか余裕がある。


「――まぁ、羽目を外さない程度に盛り上がっても良いわよ」

「だったら!」


 その声は、食糧庫からひょこりと顔を出したのはアニリィだった。武官としての業務が無いので食糧庫の整理整頓や掃除をお願いしたら、『ごはん出るならやるよ』と快諾してくれたのだ。――飲み屋で散財しているせいか財布が心もとなくて休館日は食事に事欠いてるのだが。なおアニリィが面倒を見ている跳ねっかえりの少女ルチェッタは実家に帰省している。ヴァルトアに至っては聖夜祭の実行委員として不在だ。


「ねぇねぇ、せっかくの聖夜祭だし、アレ、やらない?」

「アレ、ですか?」とクラーレ。

「ヴィンターガルテン家の伝統行事! ミス・イケメンコンテスト!!」


 台所が一瞬で静まり返る。ロゼットがにやりと笑った。


「つまり、女の子たちが男装してカッコよさを競う、ってやつですか?」

「ついでにさ、トマファ君を女装させるってのはどう?」


 クラーレの提案に、全員が一拍置いて――


「いいねそれ!」

「決まりだ!」

「本気でやるんですか!?」


 たまたま台所に帳簿を持ってきたトマファの悲鳴が館内に響き渡る。聖夜祭で街中がざわめく中、領主館内の静けさを彩っていた。


 *


 倉庫から古い礼装や制服が次々と引っ張り出され、臨時の「仮装支度部屋」が設けられていた。古い姿見の前に車椅子のトマファを止め置くと、クラーレとロゼットが、いそいそと彼へ化粧を施している。


「ちょっとまつ毛動かさないで。はい、ビューラーいくよー」

「爪も整えておきますねぇ。この淡いピンク、絶対似合うって」

「……下地とコンシーラーは塗り直すわ。まったく、肌が綺麗すぎるのも困りものね」


 二人はきゃあきゃあと言いながらトマファを仕上げていく。困り顔を浮かべているのだが、徐々に変わっていく自分を見て満更ではなさそうだ。そしてオリゴが呟くように言うと、トマファはタオルを頭に巻いたまま力なく応じた。


「――こういうときだけチームワークいいですよね、あなたたち」

「あのね、女の子ってビフォーアフターがはっきりわかるのが好きなの。だから今――めっちゃ楽しんでるから!」


 嬉しそうに言うロゼットに、トマファは抵抗する気はもう無いようだ。


 *


 トマファの準備を終えてから、仮装支度部屋ではそれぞれの仮装が整い始めていた。


 ロゼットは軍服に袖を通したが、やや子どもっぽい印象が拭えない。

「うーん……どう見ても“男の子”だよねぇ」「なんつーか、イマイチ?」

 口々に感想を言うが評価はイマイチらしい。自信満々だったロゼットは涙目になりながら「ひどい!」と吐き出した。


 パルチミンも軍服に袖を通した、少年士官のような凛々しい出で立ちだ。

「小柄で可愛いし、制服似合ってるよねぇ」 「パルチー伍長、普段から男装で仕事したら?」

 凛々しいのだがどうしても服に着せられているようである、まるで入学当時の士官学校生のようにしか見えないのだ。数か月ほど袖を通していれば馴染むのかもしれないが。

「けっこう気にしてるのにぃ……」


 オリゴは黒の執事服姿で落ち着いた雰囲気だったが、反応は微妙だった。

「うーん……そのぉ……ふつーっすね?」――「うるさいわねぇ」と不機嫌そうに吐き出す。


 クラーレはヤンチャな貴族の三男坊風の装いだった。

「いるよねこういう人」「娯楽小説の三枚目みたい」 ――「ねぇ、これ酷評会なの?」と涙目になっていた。


 アニリィは歌劇団の男役のような白い軍装に、長髪を結って登場。「似合うかな」とはにかみながら軽いステップを踏んでターンをするもんだから女性陣からは黄色い声が上がる。

「やばっ! イケメン過ぎる!」 「きゃー! 舞台俳優みたい!」

 普段は化粧水とファンデーションを適当に塗るぐらいのメイクしかしないアニリィだが、元が中性的な顔でキメ細かい肌の持ち主だ。きちんとメイクすれば恰好かわいいはずなのだ。しかし本人はその自覚が一切ない。

「えへへ、そう?」


 そして最終的にクラーレが仕上げたトマファが満を持して登場。控えめなメイク、整えられた眉、ふわっとしたボブのウィッグ、そして領主館のメイド制服に身を包んでいた。

「ちょっと待って」とロゼットが漏らすとごくりと息を呑んだ。「――私、惚れそう」

「かわいいよねぇ!」とパルチミンが呟いた。

 やはり恥ずかしいのか、顔を真っ赤にしてトマファが手で顔を覆うとする「本当に勘弁してくださいよ」

「トマファ君、メイクが崩れるから顔は触らないで」

 その手をクラーレが止める。その恥ずかしがる表情がさらに女性陣が盛り上がるのだった。


 最後に準備が出来たのはレオナだった。銀と紺の儀礼軍装に装飾が施された襟元。そしてようやく髪染めが抜けたのかさらさらの金髪がレオナの高貴さをさらに高めていた。背筋を伸ばし、静かに一礼するその姿に一同の空気が跳ね上がる。

「あぁぁぁ! 結婚してぇ!!」とロゼットが叫び抱き着いてきた。

「今日が出勤日だったことに感謝」とクラーレが泣きそうな顔で呟きながらロゼットを引きはがそうとする。

「やっぱレオナ殿、かっこいいですよね!」とアニリィが感心する。

「――まあ、以前までこんな恰好で育てられてましたから」

 レオナは恥ずかしそうに頭を掻く。彼女は元々王太子として育てられてきた。しかし政変により王宮を脱出してキュリクスで新しい名で人生を歩んでいる。とはいえ王太子だったというのはヴァルトアやスルホン、オリゴにトマファぐらいしか知らないので、他の者からは『男装の麗人』と思われている。


 そして誰かが声を上げる。「ねぇレオナ様! アニリィ様と並んでみて!」

 二人が並び、姿勢を正すと――

「ぎゃああああ!」「美の暴力!」「私の理性が死ぬっ!!」

 女性陣が次々と崩れ落ちる中、オリゴが静かに口を開いた。

「では皆さん、そのままの恰好で結構ですからお夕飯を頂きましょう。鍋の準備が整いました」

「いええええええい!!」

 全員が歓声をあげ、食堂へと雪崩れ込むのだった。

 トマファの車いすをロゼットが押す。

「トマファ様――めっっちゃかわいくて嫉妬します」

「しないでください!」


 *


 食堂に並んだ長机の上では湯気を立てる大鍋が鎮座していた。仮装姿のまま席に着いた一同は思い思いに取り皿とお玉を手にする。ロゼットは車椅子を長机の真ん中に寄せると自身は隣に腰掛けた。


「わあ、いい匂い――!」


 ロゼットが湯気に鼻を寄せる。パルチミンが誇らしげに笑った。


「鶏ガラ塩味ベースです! 冷えてるから、少しだけ辛めにしてありますよー」


 その「辛め」は、彼女の中ではだいぶ基準が狂っていたらしい。

 一口目を食べたアニリィが、目をむいて「ひっ!」と叫ぶ。


「からっ!? これ、汗ふくやつじゃん! 体の芯からくるやつー!」


 ロゼットが水をがぶ飲みし、クラーレは咳き込み始めた。トマファは「ちょっと辛すぎです!」と涙目でお冷を要求。そんな中、オリゴは冷静に言った。


「辛味は悪くないけれど、限度は考えなさいよね」


 それでも鍋は好評で、途中からレオナが淡々とよそって回り出した。


「レオナ様、めっちゃ優雅……」「しかも強い……」「しかも涼しい顔でこれ食べてる……」


 レオナは涼しそうな表情を浮かべて「エラールのよりかは控えめですよ?」と言う。確かにエラール周辺の冬料理は少し辛みを利かせるのだが、今回の鍋は常軌を逸していた。しかしレオナにとっては「序の口」だったらしい、辛みだけに。


 *


 食後の片付けが終わると一同は仮装のまま談話室に戻り、ソフトドリンクを囲んでくつろぎ始めた。アニリィがワインの栓を抜こうとしたが、オリゴから「勤務中」と言われて諦めている。


「こういう仮装イベント、毎年やりたいですね!」とロゼットが言うと、 「二度と御免です……」とトマファが項垂れた。


「えぇー、トマファ様はすごく似合ってますよ?」


とロゼットが言うと、アニリィは悪ノリ全開で「じゃ来年、女装コンテスト追加で!」と付け加えた。


 そこにレオナがふと思い出したように手を打つ。


「では、来年の女装コンテストにはヴァルトア卿やスルホン殿も参加ですね!」


 一瞬、空気が止まった。全員が沈黙し、目を伏せ、誰一人その言葉に反応しなかった。


「わ、私、聞かなかったことにしますね」


 パルチミンの一言で、その場はようやく笑いに変わる。そして暖炉の火の前で毛布に包まれながらオリゴがふと口にした。


「――今年もいろいろあったけれど、こうして笑って聖夜を迎えられる。それだけがありがたいことですね」


 誰からともなく、静かに頷きが返る。窓の外では粉雪が舞い始めていた。


 *


 聖夜祭に併せて行われる大レース「有鵞(ありが)記念」。

 その年に活躍したガチョウたちが投票で選ばれて出走する夢の締めくくり。キュリクスの市場隅に用意された長い長い一直線のコースのゴール前に、厚手のコートを着た若い女が投票券を片手に出走を今か今かと待ち構えていた。

 その女が持つ投票券にはこう書かれていた。


『1着:④オースチン、2着:⑤コールマン』


 なお、その女がいつも推していたキンタ号は勝率の関係で落選だったらしい。



 発走担当者である領主ヴァルトアがスタータ台に上がると緊張感が高まる。そして喇叭吹きがファンファーレを吹きだした。それに併せて観客が拍手で応じる。ファンファーレが鳴りやむと会場がヒートアップ、歓声と拍手がさらに盛り上がる。


「コーナー無し、坂も無し、トリッキーなキュリクス200! 今年はどんな花を咲かせるのか――スタートしました!」


 拡声器で実況がレースを語るさなか、コース前で若い女が絶叫を始めた。


「オースチン! コールマン! 来ーぉい!」


 突然の絶叫に周りの観客たちは何があったか思わず息を呑んだ。しかしそんな事はどうでもいい、女はひたすらに叫び続けていた。


「オースチン! コールマン!! 来ーぉい!」


 だがその叫び声をよく聞くと、観客たちは声をひそめ始める。そして誰かが警吏を呼びに走り、逮捕劇となったのは言うまでもない。



 ――翌日。


「本当に、本当に申し訳ありませんでした!」


 警吏署で頭を下げるヴァルトアとメイド長オリゴ。


「まったく、二度あることは三度あるとはよく言ったものですね。どうやらステアリン殿には反省の色が無い!」

「返す言葉もございません」


 苦しそうにヴァルトアが吐き出した。


「今回は三度目と言う事で略式起訴となります、簡易裁判所の指示を――ってそれは領主館の仕事ですよね」

「返す言葉がございません」



 その後、ステアリンには科料50シリンの有罪判決が下されたと言う。なおこの話は瞬く間にキュリクスに広がり、いつしかゴシップ誌には、『キュリクス・駄メイド日誌』という娯楽小説が連載され、人気を博するようになったと言うのは、また別の話。

ブクマ、評価はモチベーション維持向上につながります。


現時点でも構いませんので、ページ下部の☆☆☆☆☆から評価して頂けると嬉しいです!


お好きな★を入れてください。




よろしくお願いします。



作者註・1

『女の子ってビフォーアフターがはっきりわかるのが好き』

中の人の妻がよく言ってた。そのためかメイク雑誌片手に実験台にされました。


作者註・2

『ステアリンはなんで逮捕されたか?』

アカウントBANされそうなので書けません!

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