06話 武辺者の好敵手、訪問を受ける
(ロテノン視点)
朝議を終えて俺は執務室に戻るとため息を洩らした、なんて下らない朝議だったか。そして目に飛び込んでくるのは机の上にうず高く積まれた書類の山だ。しかもその書類の一つ一つは承認印を押して部下に渡すだけの簡単な作業でしかない。このような仕事は私でなくても問題ないはずだろう。各課の上級役人が責任を持って押印して各省に回せば済むことなのだから。それをわざわざ私に回して押印させることに果たしてどれだけの意味があるのだろうか、正直言えば無意味に思えてしまう。しかしこの業務を部下に押し付ければ私の立場が危うくなるだろう。サボタージュによる業務遅延を指摘するか失敗事業の責任者として祭り上げるための証拠品としてか。
結果として本来は関係各所としっかりと審議して部下と連携を取って取り組むべき仕事が他に回され、適当な処理がなされてしまって後々大きな問題を引き起こす。その横で私は無意味な機械仕立ての押印機となって、下らない仕事に忙殺される。どこで歯車が狂いいつまで調整されずに続けるのだろうか。そして誰も修理に来ないのか。この国はいつからこんなにもおかしくなったのか。ノクシオス卿とその取り巻きのノクシィ一派が現王に仕えるようになってからなのか。国政について熱心に進言を繰り返してたリモネ老師が亡くなってからなのか。それとも前王が息子に禅譲して奥宮に引っ込んでからなのか。今後どのように悪化していくのだろうか。
今はノクシィ一派が金が大きく動く案件を取り扱っている。そこにはどのような裏工作や談合があるのかも知らない。しかし彼らの衣服や宝飾品が徐々に豪華になるにつれどれほどの成功報酬が裏で流れているのかは想像に難くない。直に袖の下が重くなりすぎて裂けてしまうのではないかと心配になるほどだ。とはいえ別に、私は特にそのような仕事を望んでいるわけではない。この国とその国民のためにできることを追求したいのだ。政務の混乱で民が苦しむのを見てられないのだ。しかし今の私はノクシィ一派が興味を持たず上級役人でも承認できるような些細な仕事の決裁印を押すことだけだ。
文句を言っても始まらない、取り敢えず精査して押印するなり担当者に差し戻すなりの裁可をしなきゃ日が暮れてしまう。俺は拡大 老眼鏡を掛けると書類に目を落とす。 天眼鏡……一般に占いなどで使う虫眼鏡の巨大な物を指しますが?顔に掛けるにはかなり重いでしょう
どれほどの時間が経過しただろうか。呼鈴を鳴らして部下を呼び、決裁済書類を関係者に配布するよう指示する。これが日常の業務である。
「ふむ、こちらは都市間馬車の運行スケジュールについて。こちらは医術ギルドの診療時間に関するもの。そしてこの書類は……」
「ん、これは一体―――え?」
私は決裁が完了した書類を部下がわざわざ読み上げているのかと思い顔を上げた。しかし拡大鏡の影響で何も見えなかったため眼鏡を外す。なんとなくぼやけた視界に顎鬚を弄りながら決裁済の書類を読み上げるクラレンス伯と目が合ったのだ。
「これはクラレンス伯! 仕事中ゆえ気付きませんで失礼しました」
「いやいやリラックスしてて、ロッテちゃん」
「いえ、そうはいきません。どうぞソファでおくつろぎください―――おい、誰かお茶とお菓子をお願い!」
「もぉー、気を使わないでと言っているのに」
クラレンス伯はそう言いながらソファに向かって歩み寄る。私は子爵位なので当然のように下座にいき上座を促した。クラレンス伯は上座に腰を下ろして足を組む。そしてしばらくして部下が茶とお菓子を用意し持ってきた。きっと彼は私が下座にいるため上座の老人はおそらく重要な人物だと察し深く頭を下げてお茶を差し出す。しかしながら上座に座る御老公について部下はどこかの楽隠居だと思われているだろう。何故なら少し仕立ての良い衣類に袖を通した年寄りにしか映らないのだから。しかし本当の姿諜報活動を専門とするクラレンス伯、とにかく目立たないよう振舞っているためほとんどの文官からは陳情に来た老公、もしくは楽隠居の元文官としか思われていないだろう。
「ところでロッテちゃん、あなたのお友達の件について聞いた?」
「はて、どのような件でしょうか」
クラレンス伯にそう尋ねられても、私には友人と呼べる者はいない。ノクシィ一派の問題で同僚や部下からも避けられているため休暇にどこかへ行こうと誘ってくれるような人もいない。文官として真面目に職務を果たしてきた結果周囲には誰も寄り付かなくなったのだ。……若い頃にノクシオス卿とトラブルを起こしたことも影響しているのだろうが。
「ほら、ヴァルちゃんのことよ」
「―――お言葉ですが。彼奴、ヴァルトアとは友人ってわけではありません」
「本当に良く言うわね。キュリクスへの辞令書を渡す際あんなに親しげに振る舞っていたのに」
「―――それは何かの誤解ではないでしょうか」
「ふふ、まぁいいわ。あなたもヴァルちゃんがキュリクスに入城したという話は耳にしたかしら?」
「ええ、まぁ。宮廷の雀どもが朝から鳴いてましたね」
朝議に出向いたとき周囲の貴族や高官たちが色々話し合っているのを耳にした。どうやらヴァルトアが辺鄙な地方に突然左遷されたのに華やかなパレードでキュリクスへ入城したということらしい。もちろんその詳細を尋ねようと私が声をかけると、彼らはまるで蜘蛛の子を散らすようにどこかへ去ってしまうため立ち聞きする程度の情報しか得られなかったが。
だが口さがない雀どもは、「あれは反旗を翻す準備だ」、「あのような武辺者がそこまで頭が回るわけがないだろ」、「ただ目立ちたいだけだろ」、「むしろ何も考えてないよ」と、好き放題鳴いてたが。
「どうやらヴァルちゃんが赴任する際に、失敗が許されないため注意を促す有能な文官がいたのではないかと思っているのよね。それでヴァルちゃん、その教えに従って在野で優れた文官を得たみたい」
「ふむ、優れた文官ですか。キュリクス周辺にそのような才能が隠れていたのでしょうか、それともエラールで何か知己を得たのでしょうかね」
きっと目の前の好々爺が何か手を回してる、それは判った。しかし彼奴が入城パレードの演出をする意図はつかめなかったし、そのような事をする奴でもない。宮廷の雀と同じで俺にも考えは及ばない。
「ロッテちゃん、トマファ・フォーレンという名前を聞いてピンと来るかしら」
「トマファ・フォーレン……ああ、過去にヴィオシュラ学院へ国費留学した地方豪族の子にその名前があったように思います。確か何らかの事故で大怪我を負いって退学されたのですよね」
「やはりあなたも知っているのですね?」
「―――ええ、多少は。」
あの事故は本当に大変だったしその前後を思い出すだけでも腸が煮えくり返る。トマファという田舎の若者がレピソフォンの勘気に触れて木剣で激しく殴られ大怪我するって事故が起きた。その事故処理を担当したのは私だ。多額の金銭をヴィオシュラ学院や教員、さらにはヴィオシュラ学院があるシェーリング国の関係省庁にも渡し、この事件を私闘として処理させたのだ。もちろん事実確認を求めてくるであろう父親のエルベ・フォーレンを黙らせるための手配もした。
全てはレピソフォンのガキのため、ひいては国家の将来ための措置だった。しかしあのガキは相当なバカだった、私が裏でどれほど苦労したかなど気にも留めず他にもトラブルを引き起こし、私がその都度火消しをしなければならなかったからだ。
あのガキが留学して数々の問題を引き起こした結果、他国の貴族に王家の馬鹿さ加減を宣伝し、将来部下となるであろう同国の同級生からは軽蔑される存在となった。まさに骨折り損のくたびれ儲けである。だがあの事故が無ければ優秀なトマファは宮廷で活躍しただろうか。それは判らない。だがトマファを推挙し、彼奴に何らかのアドバイスさせたのは目の前の好々爺だろう。
「しかし彼がヴィオシュラ学院を去った後、どこかで内政スキルを磨いていたって話は聞いたことないのですが」
「えぇそうね。だけどねロッテちゃん、隣国ルツェルにハルセちゃんという文官がいることは知ってるかしら?」
「もちろんです。ハルセリア・ルコック、若輩ながらも小国ルツェルの未来の宰相と噂されてる有能な人材ですよね」
「彼女はトマファ君が退学してしばらく後に国外退去命令が出たのよ。確か同級生じゃなかったかしら?」
そうだ、あの時の事故について色々と思い出してきた。
トマファの大怪我と退学、そして決闘騒ぎに関して一人だけ納得がいかないと声を上げた少女がいたのだ。もちろんヴィオシュラ学院側は私闘として処理していた。しかしその発表にどうしても納得がいかないと官憲に再捜査を求めて告訴したのだ。もちろん私はヴィオシュラ学院があるシェーリングの高官にも金を握らせておいたのでこの事件は解決済みと発表されて告訴は棄却されている。しかし諦めが悪かった少女は特別告訴まで行った結果、検察と外務担当官からペルソナノングラータが宣言され、国外退去=学院退学となったはずだ。
「トマファ君とハルセちゃんの間で私信のやり取りが頻繁に行われているようでね。内容については推測するしかできないわ、さすがに盗み出すわけにもいかないでしょ? だけど私信が熱く交わされるようになった時期とハルセちゃんが頭角を現し始めた時期が重なっているの。これって互いに政務のアドバイスをし合っているか、あるいはどちらかが、きっとトマファ君ね、がブレーンとなってハルセちゃんをコントロールしてると見て取れない? そこまで邪推したら、若きリピドーを私信に託して出世したというのも素敵だけど現実的じゃないもんね」
目の前で小指を立ててお茶を啜る好々爺の姿がますます恐ろしさを増してきた。この人物はどれほど多くの人々を調査してどれほどの事象を把握しどれほどの弱みを握っているのだろうか。そして彼は一体何を企んでいるのか。
「本来であればロッテちゃんをキュリクスに送りヴァルちゃんの覇業を応援させることも考えたわ。それを行うと国政が滞る恐れがあるよね。現在ですら滞っているのにさらに悪化させることは国家にとって非常に不安定な事態を招くでしょ?」
「クラレンス伯。私一人いなくなったところで他の文官が私の役割を果たすでしょう。ですから伯が心配されるようなことは無用の心配かと愚考します」
「そう? あとロッテちゃん、王太子の健康状態についてどう思う?」
「うーん、具合が悪くて長期の休養を取られるという話しか聞いておりません、奥宮担当官からもう少し詳しい情報が発表されない限り、宮廷内では不安が広がる一方でしょう」
「その隙をついてレピソフォン一派が動き出したことについてはどう思う?」
「もう本当に勘弁してほしいとしか言いようがありませんね」
「この国の政務は将来的に破綻するわね。だってヨイショとゴマスリだけで成り上がった佞臣と、王太子さまの長期離脱でバカ王子が台頭してくる状況になれば政争が激化して後々に致命的な統治不良が起きるわよ。甘い蜜を吸いたい俗物が幅を利かせて重要政務が滞り、最終的に民衆が蜂起するなんて、歴史書によくある前王朝の終末期のそれじゃないの―――で、ここから重要な話なんだけどね」
そう言ってクラレンス伯は、紐で縛られた羊皮紙を懐から取り出すと私に差し出した。つまりこの羊皮紙は……なるほど理解した。
★ ★ ★
(ヴァルトア視点)
5日ほど逗留しませんかと言われた俺は、トマファに言われた通りに地方豪族2家と在郷貴族のアンガルウ準男爵を呼び寄せた。使者として行ってもらったスルホンやアニリィの話だと嫌な顔一つせず翌日には出頭致しますと応えてくれたそうだ。で俺はわざわざ来てくれた彼らに着任の挨拶をし、前任者とは勝手が色々違うだろうが法に則って諸政策を実施すると伝えたところ、彼らはよしなにお願いしますと応えてくれた。そして入場の際は俺の後に続いて入城を願うと伝えたところそれも彼らはお任せしますと応えてくれた。詳細は家臣に確認してほしいと伝えたのだ。
「んで、俺たちにこれに乗って入城しろ、と。こんなに派手にせんとダメなのか? これじゃまるで王族サマの結婚パレードじゃないか」
「えぇ、これぐらいがちょうど良いかと。新領主様の着任と入城をお祭り騒ぎに仕立てて領民たちに特別なモノだと見せつけるための演出です。城郭都市キュリクスのあちこちで本当にお祭り騒ぎが出来るようお祭り屋台を何十軒も出し、卿の名前で振舞酒を飲めるよう手配もしてありますし、吟遊詩人や新聞屋を雇って派手な宣伝も打っております。それなのに貴族様御用達の箱馬車に乗られてとっとと入城したら領民も興が醒めてしまうでしょう」
「―――トマファ様、メイドの立場から意見を一つ具申させて頂けませんでしょうか?」
俺の横に静かに立つオリゴが右手を小さく挙げて静かに声を出した。本来ならメイドは主人である俺が許可しなければ物音一つ立ててはいけないのが基本だ。しかし当家ではオリゴ以外のメイドにも自由な発言を認めている。トマファは突然声を出したオリゴに驚く事なく「どうかなさいましたか」と静かに訊いた。
「このような幌もないオープンデッキの馬車にご主人様がご乗車されるのでしたら護衛はどうなさるんでしょうか?」
「ヴァルトア卿は歴戦の将軍です、狙撃されるかもしれませんねって心配ですよね?」
「左様にございます。このような覆いがない馬車で入城なんて危険です。護衛する立場としてこれではヴァルトア様の御身を守ることが出来ません」
「その点に関してですが既に傭兵ギルドや冒険者ギルドに色を付けた報酬を用意して警備依頼をしてあります。もちろん正規兵ほど働けるとは思っていませんが荒くれ共が大酒飲んでパレードをぶち壊しにするリスクは随分と減らせるでしょう。それに狙撃でしたら箱馬車に乗ってても暗殺する奴はどんな状況下でも手を下してきますよ。てかこの地は理由があって弓矢や魔法による狙撃リスクは少ないですが―――まぁゼロではありませんが、統一戦争歴戦の将・ヴァルトア卿でしたら鈍らな狙撃ならあっさり躱してくれるでしょう」
「俺ももういい歳だ、躱せるかどうかは判らんぞ? まぁ別に怖いってわけじゃないが」
「あと、卿に敵意を持っているであろうノクシィ一派や他勢力が派手な入城パレードを嗅ぎつけて暗殺者を手配しようが日取りや準備が足りません。どれだけ早馬を飛ばしても限度はありますし、むしろ暗殺ってメリットよりデメリットの方が高い政治行動です」
「そうなのか?」
「まず暗殺って実行犯や指図人がバレないって本気で思います? もし仮に暗殺事件が発生すれば実行犯なんてすぐ捕縛されるでしょう。人込みから暗器を射出して、それがバレないってまず有り得ないでしょう。そして直ぐに誰の差金で行ったのかって実行犯や指図人の捜査もされますよ。その証拠の匂いを完全に消すって非常に難しいでしょうし政敵に付け込まれる良い口実を与えるだけです。それに指図人やその周辺の人間は暗殺に頼るような卑怯な人物だと周りに喧伝してしまうってデメリットも生まれますよね。それでしたら、独裁政権なら政敵をスパイとして逮捕し、拷問かけてデタラメ自白引き出してインチキ裁判にかけて処刑させた方が早いでしょう。もちろん政治不信を強く招くので合理的な方法とは言えませんがね。つまり暗殺やインチキ裁判に頼らないって判断ができない人はまず政治の舞台に立つべきではありません。あと裏工作に長けて専門の情報組織を持ち、暗殺者を飼い慣らしてる暇人ってそうそういませんよ」
「で、ですが、そういうのを得意とするギルドもあると伺ったことがございますわ」
「オリゴ嬢、ひょっとしてそれって暗殺者ギルドの事でしょうか」
「左様でございます」
「―――娯楽小説の読みすぎです」
それでもとオリゴが言うので、万が一の為の矢除け、魔法阻害効果のある透明な衝立が何枚か立てられた。矢除けと言っても当たれば軌道が変わるだけできっと貫通はするだろうな。
そして純白のサテン生地をふんだんに使った、まるで結婚式パレード用と見紛うかのような仕立て馬車に乗り込んだ俺と妻のユリカは、トマファ演出の入城パレードに出た。街道をゆっくり走ると入場門には民衆が道を開けて両側に並び声を上げていた。安価な食事に振舞酒、そして祭り騒ぎに飢えた民衆らは俺らの入城を熱狂的に受け入れたのだった。
そして俺の仕立て馬車に続くように、娘ミニヨとオリゴが乗る箱馬車、スルホンやアニリィなどの家臣が乗り込む仕立て馬車、在郷貴族家のアンガルウ準男爵家の馬車に各地方豪族らの馬車と続く。各馬車の露払いとして大道芸人や辻芸人らが民衆を笑わせたり、音楽屋が派手な演奏をしながら歩かせたりと、この入城イベントを盛り上げるための諸施策はすべてトマファが取りまとめてくれたのだ。
しかもこの僅か5日間で関係各所に働きかけを行ったり、様々な所へ許可を取ったりと大変だったろう。それにどれだけ資金を使ったのか……ついに田舎の辺境領主となった俺の胃袋が痛くなる。そんなに財務状況は良いとは言えないキュリクスでは過度な散財だろう。
「ヴァルトア卿、入城イベントの収支報告書です」
後日、領主館の執務室で別の業務を行いながらも今か今かと待っていた。そしてトマファから出された報告書を恐る恐る見た俺とスルホンだったが、思ったほどの支出ではなかったのだ。それを検算してもらうためにスルホンはテンフィに書類を手渡した。
「なぁトマファ殿。この報告書、どこかで計算が間違ってるとかないよな?」
「はい大丈夫ですスルホン様。当家が支払う金額は各種ギルドの護衛費用8,000ラリ、振舞酒代の1,600ラリ、演出費雑費として4,800ラリ、そしてアニリィ殿が酔って酒場を壊した弁済費用の600ラリだけです―――テンフィ様、検算相違ありませんか? ありがとうございます」
この祭り騒ぎで気をよくしたアニリィは振舞酒を口にし、大虎となり、酒場で喧嘩騒ぎを起こしたのだ。そこで破壊した酒場の修繕費と営業損害金、酔客怪我人の治療費等が思いのほか高くついたのはもう笑えない。なおアニリィには当面の謹慎を言い伝えてある。
「ところでトマファ殿、どうしてあのような派手なイベントがこんな格安で行えるんだ?」
「最初に、このキュリクスって地は相当な田舎です。まず物価が新都エラールより安いのと、市場経済がそこまで発展してないので金銭をばら撒くよりも協賛を募り、応じてくれたところには税優遇措置をとった方がお得なんですよ」
「なるほど。振舞酒一つ取っても各種酒造ギルドから当年の酒税減税と引き換えに、かつその酒類の宣伝も吟遊詩人や新聞屋にさせる事で知名度を引き上げる一役を担ってもらう事で、今後の酒類営業に生かせるメリットを提示すれば格安で大量に酒を引き出せたって事ですか?」
渡された報告書を読んでたテンフィが口を開く。全ての費用の流れが書かれている報告書を読み、頭の中で理解しているのだろう。さすが数学者だ。
「テンフィ様はその報告書を読んで理解頂けたんでしょうか。一つ一つヴァルトア卿に説明しようと補助書をお持ちしましたが」
「えぇ、会計学は専門ではありませんが、教員時代にあまりの薄給だったので会計事務所で検算技師のバイトをしていたんです。会計原則がある程度理解出来ればそこまで難しい事ではありませんよね」
「左様にございます。―――ヴァルトア卿。出来る事なら城下に学校を造られるのでしたら会計科の設置も考慮頂ければと思います」
「うむ、ともすれば数学力が高い教育が必要になるな」
「あ、会計学ってそんなに数学力は要らないんです。会計原則に従って適切に仕訳切って現金出納帳や売上帳などの補助簿を仕上げ、最後に財務諸表を作り上げてくんです。簡単に言えばトランプカードタワーみたいなもんですよ」
「ほぉ」
そう言うが俺には判らない世界だ。しかし当家に仕える文官はまだまだ足りない。3年5年と短期間だったら今の人材を廻していけばなんとかなるだろう。しかし、もしこれが30年50年と長期間では枯渇していく。何人かは楽隠居の身分だろうし、俺もそんなに長生きするかどうかも判らんからな。
閑話休題。
トマファとテンフィが報告書を翻訳して俺やスルホンに解説してくれた。他にも経費節約策として出店をお願いした祭り屋台についてだが寺社露天商という専門ギルドが存在するらしい。彼らには出店税軽減と最低売上保障をぶら下げて出店を募ったところ急な依頼にもかかわらず集まったという。なおこの様なテキ屋稼業は専門業者に任せた方が、彼らが勝手に縄張りや値段、販売品目についても細かく決めて商売を始めるため楽ちんだと聞く。―――うわさに聞く盗賊ギルドと繋がってないことを祈りたい。
「勝手に免税措置なんか大丈夫なのか?」
「えぇ、地方領主がアガリを国庫へ納税する金額の算定は農村の反別収穫量基準です。ギルドからのアガリは国庫に行かず地方領主が領地経営するための種銭でしかありません。ですから戦時になれば矢銭を各種商工ギルドから巻き上げるのも租税です、まぁそんなもの取るような事態は避けなければなりませんが。他にも地方領主は各種税金の設定ができますが、どうも前任領主は自身が贅沢したかったのかノクシィ一派に金子をばら撒く原資としてたのか判りませんが、色んな税金が設定されてました」
「ほぉ、どんな税金だ?」
「そうですね、この執務室に映るものでしたら窓税、机税、椅子税、暖炉税、据付家具税の設定がございました。ほらパレードで暗殺の恐れがあるとオリゴ嬢が前に言っておりましたが、このキュリクスは窓税のせいで狙撃するような場所が少ないんです」
「そんな訳の分からん税金は今後どうすればいいと思う?」
「段階的に廃止するつもりです。が今すぐに廃止する理由はございません」
「そうか、しかし領地経営って難しいな。農村から搾り取るが商人らは減税するんだからな―――トマファ、今回のイベント本当にご苦労だった、お疲れさん!」
「勿体なきお言葉です」
「何かトマファに褒美を取らせたいと思うのだが、何か希望はないか?」
「では一つお願いがございます」
ふむ、トマファは何を言い出すのか。俺は息を呑む。
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