57話 武辺者の新人メイド、訓練を受ける
雪がちらついていた。
領主館のの外は昨日からの雪ですっかりと白くなっている、聖夜祭を目前に控えた冬の昼間。私はモリヤとポリーナと一緒にメイド長オリゴ様から呼び出しを受けていた。
「な、なんだろうね。これって何か怒られるやつ?」
「えぇ~なんだろうねぇ? もうそろそろお昼ご飯なのに呼び出しかぁ」
二人はぽわぽわした調子で言い合っているけど、私は怒られる覚えはない。まぁお皿は既に1枚割ったけど。呼ばれた先は、私たちが入るには少々気後れするかのような豪華な装飾が施されたサロンだった。普段ならユリカ様と貴賓しか入らないような場所。つまりここに来るお客様なんて私たちのようなぺーぺーなメイドが対応することは無いと思う。
扉を開けた途端、思わず『うわぁ』と声が出そうになった。蝋燭のあたたかな灯りに照らされた、白いテーブルクロスが掛かった円卓。その上にはナイフが三本、フォークが三本。スプーンも違う形のが二つ。――なにこれ? どれも似たようなもんをこんなに並べてどうするの? しかしそのサロンの奥にはマイリスさんとオリゴ様が立っている。こんなところに私が入ってもいいんだろうか? 思わずためらってしまった。
「席順はプレート通りに座りなさい」
オリゴ様のその言葉で私たちは席についた。訓練隊に居た頃、メリーナ隊長のおかげで自分の名前は読み書き出来るようになった。このプレート、記念に持って帰っていいかな? プレートと一緒に花のように折った布がある。これ、どうすれば? モリヤはふんわりとした笑顔のまま自然に、花布を膝に広げる。ポリーナもそうしてるので、私もとりあえず真似した。なんか勿体ないな。
「あら、ナプキンの使い方はみんな判るのね。――あなたたちはお腹空いてるでしょうから今日はここでお昼ご飯を食べていきなさい」
オリゴ様とそう言うとマイリスさんと二人で私たちの前に皿に出す。皿ばかり大きくて真ん中にちょこんと乗っている茶色い物体。私に出してくれたマイリスさんが「これは前菜。焼き栗と胡桃のタルトよ」と優しく言ってくれた。これっぽっち? まぁ、奴隷時代の御主人の気分で二、三日食事抜きだった事を考えれば何とも思わない。ただ、これだけ銀食器が並んでいるのにこれっぽっち?
モリヤはナイフとフォークを器用に使ってタルトを上手に切って口にいれて入れてた。ポリーナも覚束ない手つきだがタルトをフォークに刺して口に運ぶ。私は――どうすればいいのかわからなかった。でも食べていいって言ってたし。そのままタルトを手づかみにすると口に放り込んだ。一口だった。そしてテーブルに乗っていた綺麗な焼色のパンにも齧りつく。んまい。奴隷から解放されて食事というものがこんなにおいしいものだとは思わなかった。
皿が空いたと見るやマイリスさんは次の皿を持ってきた。というかマイリスさん、いつの間に私の横に立っていたの? 全く気づかなかった。
「小蕪と白いんげんのポタージュよ」
これも大きめの皿にスープが少し入ってるだけ。どこに小蕪が入ってる? まぁ具無しスープにも慣れてる。私は皿を手づかみするとそのまま口に運び、ずるずる音を立てて流し込む。温かくて、んまい。
「鱈のリエットと林檎のコンフォートよ」
なんだこれ? すごく綺麗。私は皿を持つと小さなスプーンで口に流し込んだ。んまい。その次に仔鹿のソテーがどうとかとマイリスさんが持ってきたけど――あれ? なんか視線を感じる。
顔を上げるとポリーナが目を泳がせているし、モリヤは私を見て固まっていた。オリゴ様は無言で私を見ていた。――まずかった、のかな? 空気が冷たくなった気がしたけど、マイリスさんから「美味しい?」と聞かれたので、「はい」と応えて食事を続けた。
最後に出されたハーブティをズズズッと飲んでいたら、マイリスさんが微笑んで言う。
「今日は美味しそうに食べてたね~」
すごくおいしかった。だけどちょっとずつ出すぐらいなら一枚のお皿にどさっと詰めて出してくれた方がさっさと食べられていいのに。あとナイフもフォークもこんなにいらない。私は飲み干したカップを置いた時にポリーナと一瞬目が合った、だけど一瞬で目を逸らされた。モリヤに至っては私と目が合うと固まっていた。そんな時、オリゴ様が私たちに笑顔で告げた。
「明日の昼食もこちらで頂きます。ただし!――明日からは食事マナーに関する訓練ですので心して腹を空かせて来てください。予習なんかは要りませんよ」
その一言で今回の食事は、私たちのマナー習熟度を知るためだったと後で聞かされた。
*
翌日午後、あのサロン。
四人分の席が用意されていて、マイリスさんも席についていた。正しいマナー見本らしい。そして料理はあえて昨日と同じらしい。でも今日は空気が違った。私は昨日と違ってナイフとフォークを持っており、慣れないせいか手が震える。緊張しすぎて味が判らない。そのときオリゴ様が口を開いた。
「食事マナーとは、他人を不愉快にしないための配慮です」
その説明は判りやすかった。つまり昨日のモリヤやポリーナの反応は、私の食事を見て不愉快な思いをさせたんだと理解できた。
「当家はヴァルトア様の槍働きで爵位を得て今に至ります。ですから口さがない貴族共は私たちを『野蛮人』と思っています。ですが――彼らを黙らせるのに剣など不要です。私たちの美しい所作、洗練された振る舞いこそが最大の武器なのです」
“武器”――その言葉に、胸がきゅっとなった。
私は食事について腹を膨らませるぐらいしか考えていなかった。誰かと食事なんて、訓練隊卒業する直前にネリスと食べたぐらい。しかもネリス自身も無口だから会話は無かったし。
「今後、あなた達は外で食事を摂ると『領主館のメイドたち』と勝手に周りは思うでしょう。そこで野蛮な食べ方や所作一発でヴィンターガルテン家は全員が『野蛮人』だと思われるのです」
「お皿に並んでる食べ物もね、楽しく食べられたいもんね~」
マイリスさんの最後の言葉は意味が判らなかったけど、オリゴ様が何を言いたいのか、何故に食事マナーなのかはよく判った。だけどナイフに慣れないしフォークもうまく使えない。
「クイラさん。使うナイフが合っていれば力を入れなくても斬れるようになってるの。フォークはナイフをスライドする際に食材を動かないよう添えるだけ」
マイリスさんが言うので肩の力を抜いて、右のナイフを滑らせると、ちゃんと切れた。フォークで刺した仔鹿のソテーをゆっくり口に運ぶ。ポリーナがちょっとだけ親指を立てた。モリヤがうんうんと頷いてくれていた。オリゴ様は何も言わなかった。――その沈黙がちょっとだけ嬉しかった。
*
「なぁクイラちゃん。いま、新人メイドの食事マナー訓練受けてるでしょ? ――見てたら判るわよ」
夜間学校を終えて夕飯のパンとスープを食べていた時、同室の先輩メイド・サンティナさんに言われた。スープに浸さずにきちんとパンをちぎって食べてたかららしい。
「あぁそうそう。マナー訓練で違反回数が累積すると昇進に響くから気を付けてね」
そう言いながらサンティナさんはベッドに寝そべりながらワインをラッパ飲みしながらポテトフライを食べて読書していた。――なんとなくだけど、この人の階級が未だに兵長なのはそのせいなのかな。
=クイラたちが実際に食べたフルコース=
1. アミューズ(軽前菜)
「焼き栗と塩漬け胡桃のタルト」
2. スープ
「小蕪と白いんげんのポタージュ」
3. 魚料理(前菜)
「鱈のリエットと焼き林檎のコンフォート」
4. 肉料理(主菜)
「仔鹿のロースト・赤ワインソース」
5. 付け合わせ
「蕪菜と炒り卵のガレット」
6. デザート
「リネシア・キュリジアのチーズケーキ、ベリーソース添え」
7. 飲み物
「柑橘皮とミントのハーブティー」
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※作者註
フルコースメニューを考えてるだけで午前中が消えた。ちなみにフルコースなんて結婚式でしか食ったことねぇわ。




