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50話 武辺者の新人兵士、無事卒業する

(とある新任女兵士、ネリスの日記)

・入隊2か月と25日目


 いままでのぎこちなさが嘘みたい。

 クイラと私はぴたりと息を合わせていた。短槍を構え、間合いを測り、お互いに打ち合う。


 軽い衝突音が何度も繰り返され、次第に互いのタイミングが溶け合っていく。互いの気配がもう怖くなかった。打ち込みの速さも、鋭さも、強さも、間違いなくどれも本気だった。

 そのとき訓練場の端でアニリィ様と共に誰かが入ってくると、足を止めた。


「なーんだ、揃いも揃って“お遊戯”をやってるじゃありませんの」


 誰に言うでもなく、通るような声が空気を裂いた。白い日傘を肩にかけ、まるで舞踏会にでも来たような格好をした少女が涼しい顔でこちらを見下ろしていた。長い睫毛の奥の瞳はどこかこちらを試すような光を帯びている。知らない顔だ。領主のご家族にこんなタイプ、いたっけ? それにメリーナ隊長のように小柄、子どもみたい。


 だけど私は短く息を吸った。——イラッ、ときた。


 自分でも驚くくらい反射的に感情が跳ねた。でも返す言葉は出てこない。ただ視線を逸らさず、足元の土を睨みつける。そしてふと顔を上げるとクイラと目が合った。


「――やる?」 「やる」


 ふたり同時に、槍架けから重い素振り用の短槍を引き抜いた。


 カンッ、ギンッ、ゴォン!


 空気が震えるような打撃音が訓練場に響く。打ち合いはさらに熱を帯び、二人の槍の往復はさながら雷鳴のようだった。軽い木槍と違い、金属の衝突音は重く、鋭く響く周囲の訓練生たちがちらちらとこちらを見てやや引き気味に距離をとった。中には「また始まったね――」と苦笑する者すらいた。

 いい。誰に何を思われてもいい。 あの子がどう思おうと、クイラと私は——“本物”だ。



(回想)

「私に向かって剣を抜くなんて――マジでシメるよ?」


 そう言って笑顔ながら額に青筋を浮かべたメリーナ教官の声を私は忘れない。 そして、私がこの練兵所で初めて見た、あの少女——ルチェッタ、という来訪者との最初の接点だった。




・入隊2か月と27日目


 私とクイラが呼び出されて小さな執務室に入ったとき、メリーナ隊長は手元の紙をにやにやと眺めていた。


「来た来た。はいこれ。あなたたちの配属希望届は受け取ったわよ」


 それを眺めるメリーナ隊長の希望届には拙い筆跡で、「あにりぃのじじゅう」と書かれていた。慣れないペンで必死に書いたせいか文字が滲んで震えた線がいくつも踊っている。文字を知らないクイラにこう書くんだよと私が書いた見本の通りに一文字ずつ書いたんだろう。


「“あにりぃのじじゅう”……なるほど、クイラ訓練生の愛が重たいなぁ~♡」


 メリーナ隊長はおちゃらけた口調で笑った。でも、目だけは笑っていなかった。


「でもさぁ、アニリィちゃんに侍従って要るかなぁ? キュリクスでも“酔いどれ女勇者”とか好き放題言われてるアニリィちゃんに付いて回るって、どうして?」


 クイラが一瞬だけ顔を伏せた。私は、拳を握るのをこらえた。そしてクイラがぽつり、ぽつりと話す。


「あの、その。助けてもらいました、命を。です、から――私の命を賭して、守り――」


「テメェ命を勝手に賭けンなドアホウ!」


 びくっと空気が揺れた。いつも笑顔のメリーナ隊長が、初めて怒った。


「クイラ訓練生。あなたは軍属なの。その命は領民のために使うもんであって、それ以外にほいほい賭けるなんて――」


 一瞬だけ、メリーナ隊長の顔に悔しそうな影が差した。そして、すぐにいつもの笑顔に戻る。


「二度と言わないで♡」


 はっはっは、ごめんね声を荒げちゃってと言いながらメリーナ隊長は足を組み直し、もう一度クイラの希望届を手にして言った。


「どうしてもと言うなら……卒業試験で、ネリス訓練生とクイラ訓練生は補助教官のオーリキュラちゃんに——二人で勝ってみせなさい♪ 2対1でいいよー! 考慮する―」


 クイラの希望は必要ないと一蹴された。だけど考慮されるのなら、一緒に結果を出してやろう。クイラだって悔しいって気持ちより“やってやる”の方が勝っていたと思う。


「判りました。やってやりますよ。……クイラと、二人で」


その声に、クイラが隣で——ほんの少し、けれど力強く頷いた。



・入隊2か月と29日目


 キュリクス西の森では昨日から卒業試験二日目。


 昨日一日目は決められたルートの踏破を終え、拠点を造り、天幕を張る。

 約90日近くかけて学んだ事の集大成を行う。そして夜哨中に時々やってくる敵襲担当の古参兵を見つけたり全員で追い払ったり。決められた時間に出立して最後の関門である小山の斜面にたどり着いた。


  そこには補助教官たちや古参兵が布陣していた。中央に立つのは銀髪をひるがえして隊旗代わりのタオルを掲げたオーリキュラさん。


 クイラが無言で一歩前に出て槍を構える。私もその背中を追うように横から距離をとって進み出た。


「いくよ、ネリス」「うん。隙を見つけたら突っ込む」


 最初に仕掛けたのはクイラだった。オーリキュラさんの前に躍り出ると一直線に間合いを詰め、正面から打ちかかる。オーリキュラさんはそれをたやすく受け止め、するりと躱し、返す槍先で押し返す。

 私は斜めから割り込み、一合、二合と打ち込んだ。だが——


「っ、速……!」


 すべて見切られていた。鋭くも柔らかいその防御はまるで水面のよう、打てば打つほど吸い込まれていくようだった。

 崖の下、訓練隊隊旗を持つメリーナ教官の声が飛ぶ。


「ネリス訓練生とクイラ訓練生はオーリキュラちゃんを 囲め!」

「どっちかが陽動しながら、どっちかが仕留めな! 覚えたでしょ、連携の形!」


 私たちは顔を見合わせ小さく頷き合った。すぐにクイラが左右に動いて牽制を続ける。私は木立の陰を縫って裏手へと回り込んだ。クイラが正面から仕掛けてわざと体勢を崩すように見せる。 その瞬間——

「はっ!」

 私は跳び出して防具で覆われた脇腹へと鋭く突きを入れた。オーリキュラの短槍が止まる。そして彼女はわずかに目を見開き、次の瞬間には口元に苦笑を浮かべていた。


「――なかなかやるじゃん。あんたら合格」


 *


 訓練隊卒業式の日。

 練兵所の広場に整列した訓練生たちの前で、スルホン武官長が厳かに証書を掲げていた。


「ネリス訓練生、いやネリス隊員! すべての訓練課程を修了し、部隊への配属を命ずる!」


 私は背筋を伸ばしながら、一歩前へ出た。スルホン武官長の手から渡された卒業証と、もう一通の封筒。封を切ると、中に一枚の紙。


 ネリス・ベスタン二等兵——配属先:工兵隊。


 その文字を見た瞬間、なぜだか胸の奥が熱くなった。隣を見ると、クイラも封筒を手にしていた。 彼女の配属先は——メイド隊。目が合った。クイラはほんの少しだけ口角を上げて頷いた。私は笑った。たぶん、ちゃんと笑えていたと思う。それぞれ違う道。それでも同じ目標に向かって進める。そんな気がしていた。



「はーい! みんな、卒業おめでとー! 今から恒例の光画を残すよー!」


 メリーナ隊長を真ん中にして一人も欠けることなく女子教育訓練隊10人が指定された枠に収まると技師さんが声を上げる。ばしゃんって音と共に発光器が光った。私とクイラは右隅、隣同士並ぶことにした。二人でブイサインを作り、指をくっつけてWにした。

 ありがとう、クイラ。


 *


 初めての工兵隊。その隊の詰所の机は小さくて、椅子の脚がぐらぐらしていた。工兵なら直せ。それでも新しい始まりの場所だった。


「ネリス訓練生、ようこそ!」


 荷物を置いたその瞬間、背後から聞き慣れた声がした。


「あ、ごめん――今日からは工兵隊員か」


 振り向けば、オーリキュラ教官——いや、新任隊長が立っていた。変わらず腕を組み、口元には皮肉気な笑み。オーリキュラさんもリーダー育成プログラムが完了したために昇格したそうだ。


「で。てっきり私、クイラちゃんと同じ配属希望出すと思ってたんだけど。なんであなた、配属希望届に“希望なし”って書いたの?」


 私は一拍おいて、答えた。


「――クイラと一緒のほうが良かったかもしれません。でも、別々の隊のほうが、ライバルとして競えると思ったんです」


 オーリキュラは、ふんと鼻を鳴らした。


「へぇ。まあ、その根性は嫌いじゃない。明日からあなたは工兵として鍛えるから、覚悟しておきなさい」


 はい、と返した声は思っていたよりきれいにに出た。

 私は新しいノートの表紙を開いた。ここからまた始めよう。


 ※


【エピローグ:クイラSide】


「オリゴ隊長。夏のメイド服についての相談がございまして――。実は私、身体中に——」


「知ってるわ。肌の露出が殆どない夏用の長袖服を用意します」


 メイド執務室の奥にある小さな応接室。クイラはきょとんと目を見開いたまま、オリゴが座るソファの前に立っていた。


「あなたの私室はサンティナと同部屋で、指導係はマイリス副長が担当します」


「はい」


 オリゴはソーサーを片手で持ちながらカップを持ち、淡々と告げた。


「あなたは初等学校の卒業資格を持っていないので、平日は昼勤務のみです。そのかわり休日は夜勤務が入りやすいわ。そして平日は夜間学校へ通って二年以内に初等学校の卒業認定を取りなさい。そうすればここを辞めることがあったとしても潰しが効くでしょう。マイリス副長は伍長になってから夜間学校へ通った方ですから詳しい話は彼女に訊きなさい」


 そしてオリゴはテーブルの上にぽんと冊子を放り投げる。


「で、私から一つ提案なんだけど――二年以内に初等学校の卒業認定を得たら、もし、その頃にもアニリィの侍従として頑張りたいと思うのなら——」


 そこで言葉を区切る。


「エラールの幼年兵科学校を目指しなさい。入学制限年齢があるから二年以内で決着付けなさい」


 クイラは静かに息を吸い、そして頷いた。


『私は夢を諦めたくない。そう思えるような相棒がいたから』



=とある新任女兵士、ネリスの日記・了=


ブクマ、評価はモチベーション維持向上につながります。


現時点でも構いませんので、ページ下部の☆☆☆☆☆から評価して頂けると嬉しいです!


お好きな★を入れてください。




よろしくお願いします。



作者註・参考文献

ライジングサン(アクションコミックス) : 藤原 さとし

自衛隊 おとなの幼稚園(三一書房):クレージートミー

自伝板垣恵介自衛隊秘録~我が青春の習志野第一空挺団~ (少年チャンピオン・コミックス)

MAMOR(自衛隊の雑誌)


すぺしゃるさんくす

・おじま屋の幼、小、中、高の友人Sくん。

(防大卒の陸自将校だった人、「状況、ガス」のネタとか提供。現在は実家を継いだ)

・おじま屋の職場の後輩Fくん

(任期制自衛官時代の前期教育隊の話を提供)

・おじま屋の前の職場の同僚Kさん

(桜の時期に一緒に飲みに行った)

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