47話 武辺者の新人兵士、互いに歩み寄る
オチを少し変更
(とある新任女兵士、ネリスの日記)
・入隊2か月と17日目
本格的な夜哨訓練、二回目。
メリーナ隊長が言うには「敵襲に備えて担当時間は死ぬ気で守ってねぇ」らしい。
たぶん本気。気を抜くと本当に刈られそう。
夜の森は冷える。霧が立って先が見えづらい。
真っ暗な森の周辺をふたりでゆっくり歩く。足音は互いに響き合うほど軽くて沈黙が長い。
「この前、ありがと」――と、唐突にクイラが言った。
何のことかと思ったけど、先週の事を思い出す。
「ガスマスク、助かった」――と、ぽつり。
前回の夜哨でも言ってたじゃん、お前。
改めて言われると私が余計な事したっぽくね?
「あの時、メリーナ隊長の部屋の前で、見た?」と言う。
私がトイレに駆け込もうとしたところ、メリーナ隊長の部屋の前あたりでクイラとぶつかった。
そのときにクイラが持ってた本を落としたんだけど、その本の中身の事だろうと思った。
あの本は『はじめてのセンヴェリア語』って、初等学校で使う教科書。
この大陸で主に使われる言葉の教科書。
「私、文字、読めないんだ。話すのも、長い言葉はちょっと難しい」
こいつ。こんなに喋れるんだと思った。
私は、口には出さないけど、ちょっとだけ嬉しかった。
「――ありがとう」ってクイラが言った。
沈黙が戻る。今度は、私の心臓の音がうるさかった。
そして気づいた。言うべきことがまだあった。
「てかおめぇ。ありがとういう前に、訓練初日に『ちんちくりん』って言ったことをまず謝れよ!」
言ってやった。
ああ、すっきりした!
いつかは言おうと思ってたんだよ、ほんと。
ふたりでぽつぽつと話しながら地点移動していた時、背後から妙に軽い足音。
敵襲かと思った次の瞬間。
「ねぇねぇ、夜哨中におしゃべりなんて余裕だねぇ! ボクもまぜてよぉ!」
メリーナ隊長がやってきた。そして平然と私たちの間に座る。
「哨戒地点に着いたんでしょ? 座っていーよー」
夜哨って座っていいんだっけ? という疑問が頭をよぎる。
まぁ教官が言うなら良いんじゃない? ぺちぺちと地面を叩くので、二人で腰を下ろす。
*
「あン時ねぇ、アニリィちゃんがさぁ――。『姉さん、事件です』って言うから何かと思ったらさ。『違法奴隷の密売情報があるからガサ入れましょうぜ』って言い出して! は? 令状は? って聞いたら『悪に令状は要らない、それが俺流!』って言いやがって。お前どこの落合だよって思ったわよ。ぎゃはは!」
言いながら笑うメリーナ隊長は、笑っていい話をしているようで、実際はぜんぜん笑えない話だった。
ほんとあの時の地下、すごかったんだから。
すっとぼける商館主にぼろぼろの羊皮紙突きつけて『令状だ!』って言って突入。
あ、令状なんか無いからそれっぽい捜査令状を借りパクした!
アニリィちゃんが「メリーナ姉さん、ここ、臭いですぜ?」って言って扉を蹴り破って。
そしたらめっちゃくちゃボロい檻が並んでてさ、その中にはボロ着た子どもが三人。
泣いてる子、動かない子、諦めてる子。
その諦めてる子がクイラ訓練生だったんだよ。
目ぇ閉じて、動かないの。
何故かっていうと、目ぇ合わせると殴られる生活だったんだって、あとから知ったけどさ。
……そのあとアニリィちゃんがね、檻を蹴り壊して開けてさ。
クイラ訓練生の前にしゃがんで、「立てるか?」って言ったんだ。あれ覚えてる?
「覚えてます。死んでも忘れません」
そのニュースは私も知ってる。
確か領主様がキュリクスに赴任して2か月目の時だったと思う。
東区の商館地下から違法奴隷が発見された。
ただ、捜査手順は適法だったかで界隈で揉めたはずだけど、キュリクスの街の人たちははっきりと言った。「手順だ適法だいう前に悪い事するほうが悪い」だった。それは同意。
メリーナ隊長、私の肩をぽんと叩く。
「あんた相棒じゃん。クイラ訓練生にセンヴェリア語教えてあげなよー」
……たぶん、あの人なりの優しさなんだと思う。もしくは押し付けたのか。
そう言えば訓練が終わってからのクイラの姿って殆ど見たことが無い。
食事だってお盆を貰ったらあっという間に丸呑みしてどこかへ行くし、夜なんて消灯までどこにいるかよく判らなかった。だけどその実、メリーナ隊長がセンヴェリア語を教えてたんだってさ。
だけどさぁ、人をちんちくりん呼ばわりってひどくね? けっこう傷ついたんだよ?
・入隊2か月と19日目
センヴェリア語を教えてくれと言われても、6人部屋での勉強なんて嫌だよね。
もし私がクイラの立場なら、絶対いや。
周りで楽しくくっちゃべってたりトランプしてたりする中で、今まで喋ることもなかった私たちが勉強を始めたらどうなるかなんてすぐ判る。
だから私、メリーナ隊長にクイラの勉強部屋があるか訊いてみた。
「あんたがそんなこと頼むとか、成長したね!」
と、めっちゃ笑顔で言われた。
小さな面談室を使っていいって。
それをクイラに言ったら少しだけ恥ずかしそうな表情を浮かべてた。
ということで訓練終了後に二人で一刻は走り込み→飯→風呂→面談室でセンヴェリア語、という流れにした。二人で向かい合って食事というのも今更変なので、食堂では離れて食べる事にした。
それにしてもクイラ、飯喰うの早ッ!って言ったら、
「女の子が“喰う”とかいったらだめ」って返された。真面目かッ!
訓練終わってご飯食べたら風呂入りたい。これは乙女の必須。
だけど強く嫌がるクイラ。「消灯後にさっと入るからいい」と言う。
私が女同士だから良いじゃんと軽く背中を押して浴室に連れていく。
そして脱衣所で訓練服の上着を脱がせた瞬間――クイラの体中にびっしりと傷痕。
殴られた跡、火傷、縄の痕。クイラ、俯いて涙ぐんでた。
ごめん、と言って目を逸らす。
こんなひどい話ってある?
人を道具のように扱って。クイラをこんな扱いしたヤツも同じ目に遭わせてやればいい。
クイラにお風呂ゆっくり入りたいと訊いたら、身体を見られたくないと言う。
じゃあ今度さ、私の家に泊まりにおいでよ。一緒にでかい風呂で足でも伸ばそうよと提案。
クイラ、目を丸くして黙る。
「そんなでかい家なの?」と聞かれた。
いや、貸切風呂。
祖父の家の近くに安いところあるし、私もたまに一人で過ごすし。
そう説明すると、少し考えて、首を縦に振る。
ということで今度の休み、私とクイラで祖父の家への外泊届を出す。
メリーナ隊長は「うん、楽しんでおいで!」とあっさり許可印をくれた。
・入隊2か月と20日目
卒業試験まであと10日。最後の休暇。
クイラと共に祖父の家に帰る。今日は玄関を開けると甘い香りがした。書斎に顔を出すと祖父――レオダムが実験中だった。
「帰ったのか」と言われて、「帰った」とだけ返す。それで充分。元気かどうかなんて見たら判る。その程度の気安さが心地よい。
ねぇじいちゃん、なにこのバニラみたいな匂い!
「あぁ、実験でな。この匂いがついたアイスクリームとか旨そうだろ?」
うん、めっちゃ食べたい! ところでどうやってこんな匂いを作ったの?
「ん? ネズミのキ●タマ近くの香嚢を――」
訊くんじゃなかった!
友達が来てるんだから物の言い方!
しかも家じゅうがキン●マの匂い!
それを美味しそうって最低!
――ん? 私とクイラって友達なの?
そんなクイラは祖父にめちゃくちゃカチコチになりながら礼儀正しく挨拶する。レオダム「あぁ」と一言だけ。
祖父の家にいても仕方ないので、ランニングに出る。
ちなみにクイラ、訓練休みになっても行くところが無いからずっと練兵所で過ごしてたらしい。
だから初の外泊休暇。それどころか外出も初めてらしい。
貸切風呂は2時間。
クイラ、最初はまた緊張していたけど、ゆっくり湯に浸かることでようやく落ち着く。
そしてぽつりと話す。
「どうして頑張ってるのか、話してもいい?」
私たちは3か月の訓練が終われば配属が決まる。
その際に成績上位者から希望配属が叶うって制度があるんだって。
それは確か初日にメリーナ隊長から聞いたなぁ。
「私、アニリィ様の、侍従になりたい」
その希望を通すために、人より一生懸命に訓練し、終わっても走り込みをして身体を作る。
「だけど、その成績、相棒との合算なの」
あぁなるほど。初日に相棒として組まされた私が貧相だったから嫌だった訳ね。
しかも私は『3年間我慢すれば』って考えてたから、クイラにとっては不満な相棒だったんだ。
「だから初日にひどいこと言った。ごめん」
それなら仕方ない。――って仕方ないのか?
「ところで、――は、どこに配属希望出すの?」
んー、決めてないんだよね。
3年で退官して奨学金貰って時計技師って考えてるんだけど、ひょっとしたら3年も居ついたら辞めたくないって思うかもしんない。だけど、どの隊が面白そうかってわかんないよね。お勧めは斥候隊だってメリーナ隊長言ってたけど。
「ならさぁ、私と一緒の希望先にする?」
え、私が、アニリィ様の、侍従? 無理無理無理! だって、アニリィ様って武官様だよ? それの侍従って言ったらそれなりの教養や知識が要ると思うんだけど!
だけどそれは言えなかった。
私は初等学校しか出てないけど、クイラは文字の読み書きすら出来ないんだ。私に知識や教養が無いなんて言ったら失礼どころの騒ぎじゃない。だから空気を読んだ。
空気を読んだから敢えて言ってみた。
「ねぇ、私の名前って憶えてるよね?」
「――ッ」
こいつ、信じらんねぇ! マズいって顔しやがった!
2か月と半分も一緒にいるのに相棒の名前すら覚えてねぇのかよ!
はいはい、私の名前はルイシアです
「そうそう! ルイシア!」
違うわボケ! 一文字もかぶってねぇわ!
取り敢えず顔にお湯掛けたらすげぇ嫌そうな顔してた。
そして二人でめっちゃ笑った。
希望だからね、出すだけはタダだからなぁ。
もう少し時間かけて考える事にした。
ブクマ、評価はモチベーション維持向上につながります。
現時点でも構いませんので、ページ下部の☆☆☆☆☆から評価して頂けると嬉しいです!
お好きな★を入れてください。
よろしくお願いします。




