44話 武辺者、間諜が来る
キュリクスは晩秋だけど、今日はぽかぽか陽気の小春日和。
今日もプリスカ──私は領主館の屋根の上で“オープンカフェ”気分。いつもは三階メイド詰所で昼ごはんだけど、今日は事情があって静かに食べたいなと思って屋根に駆けあがってる。
本当ならおしゃれなカフェで羊皮紙ドーンと広げて羽ペンをカリカリ走らせながら「食事中だけど仕事してます感」出したかった。そう、俗にいう『ス●バでMac広げてる系のバリキャリ』ってやつ?
でも実際は今日中に提出しなきゃいけない始末書を人目のある場所で書けるほどメンタル強くないからここでこそこそ書いてるのよね。
はぁ、書かなきゃいけない始末書一枚目。スパークリングワイン噴射事件。
ヴァルトア様の依頼で、冷えたスパークリングワインを錬金術ギルドに届けて欲しいと言われ、籠に一本詰めて思いっきり走った。ショートカットのためにあちこちの屋根を渡り走った結果、瓶が右へ左へ振られてたみたい。そのせいでギルド長フリードさんが瓶を開封した瞬間、顔面に思いっきり酒が噴き出したもの。――え、これって私が悪いの? 先に「すぐ飲むから静かに運んで」って指示ちょうだいよ! でもまぁ、事故は事故。それなりに反省してまーす、と書く。
そして二枚目。スパークリング噴射事件より意味不明。
ガーターに差しておくべき護身用ナイフを、銀製の櫛とうっかり間違えて挿してたのがバレて反省文。てかオリゴ様、人のスカートをぺろんとめくって確認するってセクハラどころか性犯罪一歩前だよね? いや、オーバーラン? まぁ武闘メイドが武器を間違えるって致命的だから文句は言えない。仕方なく書くけどさ。
――慙愧に耐えません。
これ使うと、めっちゃ“反省してる感”が出るってトマファ君が言ってたからちょっと背伸びして使ってみた。意味? えーと……知らないけど語感がカッコいいからヨシ! ちなみに読み方も判んない!
最後に三枚目。これは備品破損届。
ヴァルトア様の執務室の扉のノブを掴んだらバキッと折れた。
「プリスカ君、君はいつも扉を乱暴に開け閉めするから壊れたんだ!」
って武官長スルホン様にめっちゃ叱られたけど、そんな簡単に金属製のノブって壊れる? 寿命じゃないの? だから承服いたしかね――あぁ! うっかりインク零しちゃった! 書き直し――えい! 丸めて背もたれ代わりの煙突へポイッとシュート。
コツンコツン、と硬い金属音が煙突内から響いてくる。思わずニヤけるくらい気持ちいい音が返ってきた。なんかもうストレス発散って感じ! ムカつく始末書の書き損じをポイポイ放り込んでたらカンコンいい音が鳴り響く。煙突にゴミ捨てるのがこんな楽しいなんてちょっとした発見だよね。私は夢中でポイポイと投げ込んでいた。音フェチ的な満足感に浸りながらふと気づく。この煙突――内側が妙にピカピカだし、そもそも使われてる気配が全然ない。 あれ? この煙突、ところでどこに繋がってるの? 急に好奇心がむくむく湧いてきた。
あの煙突の行き先はどこだろう。突き止めるには領主館の図面だよね。そこで私は書類の山が林立するオリゴ様の執務室にそっと侵入する。
今日はヴァルトア様がお出かけしているからオリゴ様はここに詰めているはず、と思ったけど珍しく離席中。というか椅子の向きや開いたままの机の引き出しからしてかなり慌てて出ていった感じ? まあいいや。いないなら今がチャンス、領主館の間取り図を拝借するよ!
ちなみに領主館の間取り図とキュリクス周辺の精緻な地図は軍事情報だから金庫に入ってる。――でもヘアピン二本をくいくいってやると開くんだよねぇ。鍵開けは得意だよ! 昔、いたずらでやってみたら案外簡単にできちゃったから! だからいつもヘアピン付けてます!
間取り図を見ると、暖炉は四つ、煙突は三本。そのうちの一本は暖炉二つの共用で、もう一本も同じく別の二つと繋がっている。そして残る一本だけ行き先の記載がない、どこかで途切れているかなどの記載もない。捜索決まりだね! じゃ、どこに繋がってるか確認しよう! ちなみに煙突から入って探すのは非常に危険なので絶対やらないように!
間取り図を観ながら館内をぷらぷらしてた私が廊下の角を曲がった先で新人文官――レオナさんと派手にぶつかった。お互い前を見てなかったからごめんねと言って立ち去ろうとすると腕を掴まれた。
「ねぇプリスカちゃん! 北ってどっちだっけ?」
開口一番これである。しかも彼女は真顔で西を指差していた。
突き出されたレオナさんお手製地図を私は思わず二度見した。彼女の手描き地図には、右隅にトマファ君とクラーレちゃんらしき謎イラストと共に「こっちが北率40%」というメモ書きがある。方向を確率で示す人、初めて見た。あとレオナさんって2人のこと、あんな顔で認識してるのかな……?
「レオナさん、それ地図じゃなくて心理テストか何かだよね?」
と突っ込みながら正しい北を指差した。ってかこのような館って入口側が南になるよう建てられてる場合が多いらしいよ。
「そうなんだー、それならあちこちにこっちが北って書いててほしいよね?」
と言われてしまった。私さぁ、この領主館で仕事始めてまだ3カ月経ってないけど、どっちが北かなんて気にした事一度もないよ?
「ところでプリスカ様は何をしてるの?」
レオナさんが訊くので私は間取り図を見せる。見せても方向音痴なレオナさんだから地図を上下左右にぐるぐる回して見始める。……酔わない?
「ちょっと探し物。ほら、この煙突一本だけ行き先が載ってないの。だから隠し部屋があるかもと思って捜索中なんだー」
「へぇ、面白そう!」
「ところでレオナさんは何してるの?」
するとレオナさん、少し首を傾げながら口を開く。
「実はトマファ君から『レオナさんが迷子にならないように自筆の館内地図を作ってきて』って言われてたの。なんか変な指示だよね?」
いや、まともな指示だと思うよ。
だって、彼女は仕事は優秀で報連相も完璧、字も綺麗だし武芸もそこそこ出来るらしい。だけど方向感覚だけが絶望的で迷子属性が強すぎる。
たとえば──文官執務室から水差しを取りに厨房行ったはずなのに、三十分後に物見塔のてっぺんで発見された。
ほかにも──自分の部屋に戻ろうとして、なぜかヴァルトア夫妻の寝室をガチャガチャやってて、ユリカ様から「夜這い? NTR?」ってガチトーンで聞かれたり。
それなのに、本人は「急激なNTRは脳を破壊されます!」って涼しい顔。いやもう、アンタすごいよ。わけがわからない。これが王宮クオリティ? 私は笑いを堪えながら言った。
「じゃあレオナさん、今日はレオナさんのマッピング手伝いしてあげるから各自部屋探しを手伝ってよ」
「了解しました、プリスカ様」
王族から「了解しました」って言われちゃって私は笑い転げてしまう。ちょっと前なら、いや今でも、気が向いたら無礼討ちにしても文句言えないのに、こんな気安いんですもの。本当におかしいよ、レオナさん。
ということで私はレオナさんを相棒に任命した。彼女はこれでも今まで王太子として男装して暮らしていたっていうんだから信じられない。
男装ってのがまず凄いよね。だって背の高さはアニリィ様ぐらいだから誤魔化せる。肩幅だってパッド入れたらなんとかなると思うんだけど……おっぱいとかどうしてたの? さらし? 寄せない上げない系? 今度聞いてみようっと。
──そんな話をしているうちに、なんとなく間取り図と違和感がある場所へ到着。二階の西翼、埃だまりの廊下なんだけど、塗り直し跡がわずかに浮いた壁がある。ここらへんのフロア全部を数年前に塗り固めたような感じだけど、安普請のせいか浮きが出てきてる。漆喰って素材や塗り方で差が出るけど、ここは手習いの人が頑張ったんだろうかね。だけど頑張りが技術に追いついてないからか壁に浮きが出てる。違和感ある一角。
私はとりあえず気になった場所を蹴ってみる。ダンスで鍛えた軸足をもってしても、三回転ルッツが出来る身体であっても壁からは「ぺちっ♡」てかわいい音しかしない。そして左足の甲がめちゃくちゃ痛い。
「レオナ隊員! 思いッきり蹴ってみて?」と頼むと、レオナさんはビシッと敬礼をして優雅にハイキック。
\どごぉぉぉぉおおおんn!/
壁はあっさり崩れ、白く細かい灰が舞う。むしろ「お」の無駄遣いやめろ。
穴の向こうはうす暗い小部屋だった。書庫というより物置に近いけど、埃のかぶり方や床などの具合がなんとなく“最近まで使われてた”って感じ。床の点検窓が抜かれており、そここら何本かの管が床から伸びている。ひと目で手作りってわかる粗末なつくり。……たぶん伝声管。しかも部屋の隅には薄っぺらい布団と空になった保存食の包みが散らかってる。
「誰かここで生活してた……? いやいや、こもってたでしょコレ! 住んでたでしょ!?」
「と、とりあえずプリスカ隊長! ここは捜索です、現場は会議室ではなくここてす!」
レオナさんはたまに変なこと言う。まぁ気にしない、私も人のこと言えないし。私はとりあえず、床点検窓から伸びる管のひとつに耳を当てる。
『ねぇトマファ君ぅ〜、ワルラス的調整過程について教えて?』
『あ、はい。簡単に言えば需要曲線と供給曲線の水平差が――』
クラーレちゃんが少し甘えた声でトマファ君に質問してる。だけど彼女の意図も汲み取れず真面目に答えてるや。私が言うのもなんだけど……トマファ君って仕事のこと以外、ほんとに興味ない人だよね……。そこがいいんだけど。
さらにもう一本の管を耳に当てると―― 『……ってくさいよね〜』 『そうそう、意外とくさいのよ〜』 『わかる〜、でもクセになるやつ〜』
私はそっと管を戻した。 「……内容がくだらなすぎて聞いたことを後悔したわ……」――たぶんメイド詰所に繋がってるな、これ。
管から手を離そうとした瞬間、小さな窓がガラリと開いて、ひょっこり顔を出す若い女。
それはあまりにもお粗末でチープなメイド服の女だった。見覚えのない顔、見慣れない縫製に一昔前のデザイン。スカート丈はやたら短いしエプロンは紙みたいに薄い。その女がごそごそ小窓から部屋に入ってきてようやく私とレオナに気づく。――遅せぇよ!
「あなたたち、何者ですか!?」
って、こっちのセリフだわ!
その瞬間、レオナさんがちょっと真顔になって私の顔とニセメイドの顔を交互に見比べた。
「……えっ、どっちが本物?」
「ねぇ辞めて、面倒くさい話になるから。てか私と毎日顔合わせてるでしょ!?」
「でも今の『あなたたち何者』って誰何、なんかそれっぽかったし……」
ちょっとちょっと、さすがにショック。そしたらニセメイドが急にやる気出して前に出てきた。役に乗ってきたというべきかな?
「そ、そうです! 私は本日よりヴィンターガルテン“様”のご命令により本家本元のメイドとして正式に! あの、ええと、その、えーと、主に炊事方面の補佐を!」
あちゃー、役に乗れなかったかぁ〜。焦りすぎてトンチンカンなこといってるよ。“ヴィンターガルテン様”の“様”のって表現、だれもしないし。これは領主軍に入隊した日にメリーナ小隊長から絶対に間違えるなと言われたところだから。
あと、「炊事方面の補佐」って何。うちのステアリン伍長のことなら「料理メイド」だし。でも面白そうだからコイツをおちょくってやろう。私は腕を組んで、ふんすと鼻を鳴らした。
「どっちが本物のメイドか、勝負しよ! テーマはもちろん、ヴィンターガルテン家あるあるクイズ大会!」
「ちょっ……プリスカちゃん!? それ意味あります?」
とレオナさんが小声で突っ込んできたけど、今は勢いが大事!
「第一問!」 私はその場でくるっと一回転しながら出題。「ウチのメイド長オリゴ様の年齢は? A.20代 B.30代 C.40代、さあどれっ!?」
「え、ええと……C?」
「ぶぶー! 実は誰も知らない!」
続けざまに第二問! 「私たちのドレスの下に履くドロワーズの色、指定されてる? Yes or No!」
「し、白です!」
「ブッブー! 正解は『指定なんて無い! でも心で履くのがヴィンターガルテン流!』でした〜!」
ニセメイド、完全に顔が引きつってきた。その横でレオナさんがじーっと観察してる。
「てかあなた、そんな風俗店か秋●原のコンカフェみたいなメイド服で本物はないですよー」
そのツッコミもないですよー。そしてついに、ニセメイドがキッと顔を上げた。
「もう、いいです! ロバスティアの臣民の名に掛けてあなたたちを排除します!」
インチキメイドは腰から短剣を抜いた。
うわ、逆ギレ入った。しかも所属をあっさりと漏らしたぞ!
私はすかさずガーターに手を伸ばしてナイフを抜こうとした……が。
「って、これ櫛じゃーん!?」
はい、始末書二枚目のやつだー。そう言えば代わりのナイフオリゴ様から借りたけど忘れてきたー。きっちり反省文書いて今後に活かしますー。慌てて髪をとかしつつ一歩下がると、レオナさんがわずかに左へ飛ぶ。
ぱん、と音を立てて壁に掛かっていたモップの柄を蹴り上げ、折れた先を手に取って構える。
……動きが速すぎて、一瞬だけ「レオナ様かっこいい……」ってなった。いや私、今それどころじゃない。
「武装解除をしてください。無抵抗で投降するなら国際条約に則って身柄を保障致します」
声も態度もやたら落ち着いてるけど完全に実戦モードだった。ニセメイドは顔を引きつらせたまま後ずさり、次の瞬間―― 「わ、私にだって任務が……っ」
言いかけたところで、レオナさんの一閃。モップの柄で手元を払われ、あっという間に腕をひねられて地面にぺたり。私はその横で、櫛を握ったまま呆然としてた。
「え、あの、私の出番……」
その直後、レオナさんは腰に下げてる魔法具を引いて非常ベルを鳴らした。
ほどなくして衛兵隊が突入。ニセメイドはあっという間に拘束され連行されていった。
そして私とレオナさんは、報告のためにヴァルトア様の執務室へ。ドアを開けた瞬間、そこにいたのは……。
心配そうな表情を浮かべるヴァルトア様と、机の横に立つ完璧な微笑を浮かべたメイド長。
優しい顔した、怖い人。
「とにかくお疲れ様」
ヴァルトア様は一言だけ漏らすとオリゴ様が私を見据える。手には見慣れた紙束。灰とインクでまだらになった始末書がなぜか整然と綴じられた物を持っていた。
「プリスカさん」
「は、はいっ!」
「この書類、“プリスカ・ティグレ”って書いてあるものも、“プリスカ・テグレ”って書いてあるものもあるのだけれど」
「うっ」
「名前を書き間違えるって、何なのかしら?」
「えーっと、それは……筆圧のばらつきとですね……字面のテンションで……てかなんでそんなの持ってるんスか?」
*
お昼時間、館内はひとときの静寂に包まれていた。メイド執務室に置かれた小さめの机でオリゴは帳簿と報告書の整理に集中していた。羽ペンの先が羊皮紙を静かになぞる音と、時折カーテンの揺れる音と交じって部屋に響く。
そのとき。
ぽすん。
小さな音が、机の右側から聞こえた。
顔を上げずに、横目で確認。机の上に 丸めた一枚の紙片が落ちていた。灰がうっすらついて文字はにじみ気味──だが、読み取れる。
「……“慙愧に耐えません”。」
羽ペンを止め、静かに紙を拾い上げる。間違いなくプリスカの字。しかも始末書調。
視線を上げる。机の右手、壁際の小さな鉄管。暖炉とは繋がっていない“使われていない”煙突。
ぽすん。 今度は二枚目。
しばらく、無言で拾い続けた。 『開ける時に気をつけろよ!』
『プリスカ・テグレ』
『(猫の落書きがワンと鳴いてる)』
自分の名前まで書き損じる始末書コレクション。
紙の巌は断続的にぽこぽこ降り続け、オリゴの机の上に静かに積もっていく。
──一枚一枚、丁寧に揃えてまとめながら、オリゴはそっと立ち上がった。
「……屋根の上、ですね。プリスカさん」
感情のない声でしかし確信に満ちた呟きだった。そのまま扉に向かい、静かに執務室を後にする。
*
「ってことがあったんです。その件も含めて今日の顛末すべてを報告しなさい!」
オリゴ様の笑顔が、今日いちばん怖かった。
部屋を出ようとしたとき、背中越しに彼女の声がふわりと落ちてきた。
「お疲れ様。でもあなた達に怪我が無かっただけ良かったわ」
これが“屋根裏煙突大作戦”の、終わり。
スパイの女はあっさり観念して侵入経路から仕入れた情報までこりゃまたあっさりと吐いたらしい。取り調べたトマファ君とアニリィ様はここまで素直なスパイって逆に心配になったと漏らしていた。
ちなみにこのスパイに対してどうするかは今後決めるらしく、領主館地下の留置所に放り込まれているらしい。ってかそんなのあったんだ、ここ。
とまぁ領主館の探検はコレでおしまい。ちなみにレオナさんの方向音痴は若干マシになったらしい。だからレオナさんの顔を見かけたら「どこへ行きますか?」と聞くルールが増えました、おしまい!
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