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03話 武辺者、息子から話を聞く

 夕方、王宮に出仕する次男ブリスケットが帰宅したとジェルスから報告を受けたので執務室に呼んだ。

執務室に入ってきたブリスケットは、訓練で相当に身体をいじめ抜いてきたのか顔に泥を付けたままだった。顔を拭けと手拭いを差し出すと、がばっと顔を拭い差し戻してきた。それをオリゴに渡すと嫌そうな顔を浮かべ、渋々受取るとエプロンのポケットに仕舞った。


 俺はブリスケットにソファを勧めたのだが、彼は鍛錬のためと言ってソファには座らずいつものように空気椅子の状態で机のそばに屈む。こんな時でも下半身強化を続けるのか、と俺は心の中で呟いたが。そして昼間にクラレンス伯が来て、キュリクス統治にはトマファを使ってくれと推挙されたと伝えた。確かお前はトマファとは旧知の仲だと聞いてるとも伝えた。



「ん? ヴィオシュラ学院で同級生のトマファって、―――カリエル君のことだよね? あぁ懐かしい、その彼を雇い入れるの?」


「ほら、俺に領地経営なんて経験もノウハウも無い。それどころかノクシィ一派の件もあるから下手を打てない。んでお前の旧友だと聞いたんで、彼のその人となりを聞きたいと思って来てもらったんだ。よかったら色々と教えてもらえんか?」


「うんうんいいよ父様。カリエル君はヴィオシュラ学院に留学してた時の同級生だったよ。ただ、―――色々あって中退しちゃったんだけど」


「中退? なんだ、せっかく国費で留学させて貰ってたのに辞めちゃったのか?」


「うん───父様、ここだけの話にして欲しいんだけど。あとカマラー嬢、間者は? 了解―――ほら、僕と同じ時期にヴィオシュラ学院へ留学していた王族が居たの、覚えてる?」


「あぁ───レピソフォン様、だろ?」


 俺の口からレピソフォンって名前がふと湧き出てきた瞬間に、留学中何があったのか大体想像出来てしまった。ちなみにレピソフォン様は、かの前王様と愛妾腹の子で若くして侯爵位を頂く王族の一人だ。しかし正后様から側女として認められなかった“ただの愛妾”だったせいか、レピソフォン様は成人しても傍系王族と同程度の爵位しか与えられていない。


 なお俺ら武官や文官貴族からの彼への評判だが、取巻きの貴族以外からは非常に悪いのだ。何せ大概の貴族からは出来うる限り関わりたくないって陰で言われるぐらいである。俺もレピソフォンのせいで近衛兵団の冬山戦闘訓練で大変な目に遭わされたから、極力関わらないよう王宮で振舞っている。


「じゃあ、そのトマファ君とやらはレピソフォン様と揉めて学院を追い出された……って想像が付いちゃったんだけど、あってるか?」


「流石だね父様、本当にその通り。ほらレピソフォン様って虚栄心ばかり強いでしょ? 学生時代なんて素行の悪そうな子分とつるんでは遊び歩き、勉強なんか殆どしなかったから成績は下の中だったんだよね。でも俺様は天才だって嘯いてたんだから」


「それは帰国して王宮に入られてからも同じだったよ。近衛兵団に放り込まれてからも遊び歩くには変わらんかったよ。んで、兵棋演習どころか座学兵法の講義すら逃げ回ってまともに受けた事もないのに、俺は天才指揮官なんだ完璧だしかも王族である俺様の命令だ、と言い放って冬山戦闘訓練で勝手にバカ采配して近衛兵団の一部隊を遭難させたからなぁ。あン時は前王様から目ン玉ひん剝いてブチギレてられたの、昨日のことのように覚えてるぞ」


「あはは、そんなこともあったね」



 兵棋演習というのは地図を使って地形や敵情を元に自兵駒を動かし、賽の目によって戦闘状況や結果を示し、どのように兵団をコントロールするかというロールプレイ型の訓練である。不慮の事故や天候急変、伏兵などを想定し、いかに自分が動き兵駒を動かすかを座学で勉強するという将官となるための訓練でもある。組織立った軍団の指揮官なら必ずこの訓練を何らかの形で受けているだろう。俺も旗揚げした頃、幕舎内で老将のリモネが兵法書片手に夜な夜な叩き込みに来てくれた事を未だ覚えている。


 しかしレピソフォン様はそんなの不要と言い放って訓練を拒絶した。王宮に参内する文武官が王将たる義務ですと言ったのに。あの時は俺も説得に行ったのだが平民上がりが俺様に指図するなと言って蹴飛ばされたのを今も忘れてはいない。



 だがそんな冬のある日ついに事件が起きた。いや起きるべくして起きたと言ったらいいのか。

 近衛兵第一師団が新都近くのロムド山地で冬山戦闘訓練をするのが恒例となってたのだが、それに無断で付いてきたのだ。きっとレピソフォン様は冬山訓練なんて適当にスキーでもして遊び、温泉に浸かって美味しい飯を食って寝るのが訓練と思っていたのかもしれない。しかし実際は烈風吹きすさぶ雪山を決まったコースを事前に打ち合わせて決まった基準時間で行進し野営し帰宅するって訓練だった。物見遊山のつもりだったレピソフォン様にとってそんな訓練、寒くて耐えられる訳もない。がたがた震えている幕舎内に近衛兵団長を呼びつけ、寒いから撤退するぞと宣言すると突然の全軍撤退命令を下したのだ。


 第一師団はこの冬山戦闘訓練のためにたくさんの努力と事前準備をしてきた。それを寒いからって理由だけで指揮権を奪うと突然の全軍撤退命令が出したのだ、当たり前な話だが大混乱に至るのは想像に難くない。なにせ状況確認も何もなく突然、撤退命令を下されれば将官はまず誤報偽報を疑い混乱を来たす。


 そんな時、運の悪いことに天候が急変し始めた事で完全に部隊間連絡が途絶してしまったのだ。結局、先行して山林進軍中だった近衛第一部隊が雪山に残される形となって遭難する事故となったのだ。


 老将リモネは俺に常々こう言っていた。『進軍の事故は起きるべくして起きる』、と。


 なおその冬山戦闘訓練の際、俺はかつての部下だった部隊長に付き従い訓練を見届ける役割を与えられていた。しかしレピソフォン様の暴走を止められなかったのは完全に俺の失態だった。何度も諫めたにも関わらず『平民上がりが喧しい』と一顧だにせずこんな無様な事故となったのだ。



「あったねそんな事。おかげで僕の居る第二師団ですら第一部隊の遭難事故、タブーになってるもん―――で、カリエル君の話に戻るね―――考査試験直前にテストのヤマ教えろとレピソフォン様が彼に脅しかかってね。彼は優秀だったし真面目だったから、出る範囲や解き方を一つ一つ教えようとしたんだよ。でも小テストじゃなく定期考査試験なんだからヤマなんて膨大過ぎて的を絞れる訳がないじゃん。それでも必ず出るってヤマぐらい判るだろって言ってきたんだって。まぁ彼はここの課題や論点はこうやって出るんじゃないのかなとしか言えないって応えたんだ。でもそのヤマが見事に外れ、おまけに学校から落第点を付けられたって事に腹を立ててね」


 ブリスケットの話では、俺が思ってた以上の馬鹿な話が飛び出た事に驚きを隠せなかった。俺はテーブルの下から酒瓶とコップを出すと注ぎ、口にした。なんか素面でそんな話を聞いていると俺の頭の方がアホになるんじゃないかって気がしてきたのだ。ブリスケットにも酒を勧めたが、夜の鍛錬もしたいからと固辞した。



「ってか、レピソフォン様ってまともに授業すら出てないんだから、もし彼が言ってたヤマが出てきたとしても答えられなかったと思うんだ。まぁあの頃の同級生ならみんなそう言うと思う。んでも逆恨みしたレピソフォン様、取り巻きと共に彼を文字通りぼこぼこにしちゃったんだよね」



 はぁ、またしてもレピソフォン様のバカ王子エピソードが増えたな。もう頭の中でバカ王子と呼びたいわ。―――だが王族とはいえ他国で他人に暴力を振えば官憲が出張る騒ぎとなるだろう。でもレピソフォンが留学中に官憲のお世話になったという話は聞いたことがない。



「あの時ね、学院側は私闘として処理したんだよ。もちろん事情が想像できる何人かは学校に異議を申し立てたよ、特に彼の事を“カリエル君”と呼ぶほどに仲の良い者は特に」


「そういえば、彼の名前はトマファ? カリエル?」


「なんか彼の出身って名前には本名と通名(とおりな)の二つがあって、基本は本名のトマファって呼ぶんだけど、仲良くなって相手から許可が出れば通名で呼んでも良いんだって。その代わり、通名の許可をもらった人は今度は本名で呼んだら駄目ってルールがあるみたいなんだ。だから僕はカリエル君と呼んでる、まぁ本人が僕の事を今も友達と思ってくれてたら……だけどね」



 その事件の後日談を聞くと、学校側からもレピソフォン側からも、もう処理済みの話なんだからぶり返しても碌なことはないぞ、って言われたそうだ。しかもブリスケットにとってレピソフォン様は同じ国出身だし相手はバカとはいえ王族だ。トマファも同国出身だが彼に肩入れするようなことを言い続ければ自分や家がどうなるかを考えた末だろう。ブリスケットもこれ以上は噤むしかなかったと想像が付く。


 なお、その暴行の内容は酸鼻を極める内容だった。レピソフォンはトマファを一方的に木剣で打ち据え大けがを負わせたそうだ。しかし学校側からの聞き取り調査ではレピソフォンはこれは私闘だったと言い、取り巻きがその私闘の立会人を務めたと言ったそうで、この事件は決闘であったと想定できるとして片づけられたとブリスケットは言った。そのため官憲は学内での決闘として捜査しなかったのだろう。


 しかしトマファや周りの人間に聞き取り捜査をすればその判断が本当に正しかったのかと疑問に思うだろうし、どうして打ち据えた側が一方的に宣言した私闘が罷り通ったのかもよく判らない。しかも学院側が言った『処理済み』という幕引きも納得がいかない。とにかくこの暴力事件を無かったものとして処理したいという工作が透けて見えて仕方がなかった。いうなれば気持ちが悪い。


 ブリスケットと15分ほど話し、トマファについての人となりが聞けた。キュリクスの地に赴任したなら早めに彼に会い、あの時のブリスケットの無力さを謝罪し、是非とも統治の手伝いをお願いしたい、俺はそう思った。




     ★ ★ ★




「親父殿、ちょっといい?」


「あぁナーベル、お疲れさん。お前も一杯飲みに来たのか?」


「ん、あぁ、一杯貰おうかな」



 夜更け過ぎ、執務室でカマラーに一杯くれてやっていた時、長男ナーベルが入ってきた。ナーベルはカマラーに一礼しソファに深く腰掛ける。きっと王宮での仕事で疲れたのだろう、タイとボタンダウンを緩めると深く溜息をついた。俺はテーブルの下からグラスとつまみを出し酒を注いでやると、ナーベルはくいっとそれを飲んだ。



「あらナーベルちゃん、相当お疲れじゃない?」


「カマラー嬢、実は王宮が大変な事になってまして」


「あそこが大変なのはいつものことでしょ? ナーベルちゃんにしろブリスケちゃんにしろ、口から出てくる王宮の話って碌なのが無い気がするわよ?」


「嬢はいつも手厳しいですね、まぁその通りなんですが。―――親父殿の耳にも入れておきたい話がありまして今夜は訪れた次第なんです」


「どうしたナーベル、改まって」


「王太子さまが、重い病で病床に伏してしまわれました」



 本当に碌でもない話だった。

ブクマ、評価はモチベーション維持向上につながります。


現時点でも構いませんので、ページ下部の☆☆☆☆☆から評価して頂けると嬉しいです!


お好きな★を入れてください。




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