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221話 武辺者、所領割譲を受ける・3

 工兵隊と斥候隊を森に放ったあと、アニリィは木こりの村の村長ペドロ・コモンフォ宅へと足を運んだ。村長と言えば村の代表として租税徴収を代行したり、村人同士の揉め事を調停したりと小領主的立場を持つため、どこの村へ行っても他の村人の家に比べれば大きかったり立派だったりすることが多いのだが彼の家はどの村人とも家の作りも規模も変わらない。家も年老いた妻との二人暮らしらしく、質素で物が多いという様子もない。火の落ちた炉端に焦げた薬缶が掛かり、壁際には古い山刀と鎌、そして古いながらも掃除が行き届いた清潔な家だった。どこか隠者めいた雰囲気を漂わせる男は、長い眉と髭に表情を埋めたまま静かに聞いた。


「アニリィ殿は“耳長族”の話はどこまで知っておる?」


「その前に、──あんたたち“秘密の商売”を隠し持ってるだろ」


 開口一番、核心を突いた。男の眉がぴくりと動く。アニリィは炉端の前にゆっくりと腰を下ろすと、床の上に簡単な地図を広げた。酒宴の準備をしている間に工兵と斥候の数名を放ってこの村の簡単な地図を作らせただけでなく、居住実態まで調べさせたのだ。


「あの宴会に出ていなかった者も居たみたいだが、この村の規模や建物の数や生活具合を見たところ、ざっと四十人かな?──そうなると麦だけでも一か月に五百キロは必要になる。けれどこの村周辺には家庭菜園程度の畑はあっても広大な田畑は無いし、あの断崖の登山道で荷を担いで上げるのも大変だ。そのくせ歩荷(ぼっか)や村人の事故記録はないし、麓の村での麦の仕入量も少なすぎる。──つまり、別ルートで運びこんでるな?」


 村長の髭の奥がわずかに震えた。ちなみに歩荷とは大きな荷物を背負って運んできてくれる山道専門の運送業者だ。荷馬車に比べれば運送量は微少だが馬車で入って行けない山地でも頼めば運んできてくれる。


「ふむ……我らの息子らが里から持ってきてくれるという線は? あの修験の道も儂なら慣れてるし、危険だとは思わないがのぉ」


「慣れてる道でも事故なんて絶対にゼロにはできないと思うし、大雨が続けばカサグ川が暴れ川になってあの登山道を洗い越してしまう。すると道が使えなくなればこの村の食糧事情は急激に悪化するし、修繕するまで有り物の食事で耐えなきゃいけなくなる。そして歩荷でもない人間が重い麦や塩などを毎日担いで行き来できるとは思えない。──てかそもそもあの登山道、そんなに人の往来が無いでしょ」


 アニリィは腕を組んで微笑んだ。あの登山道に分け入った時からアニリィや斥候隊が不思議に思っていたのは足跡(そくせき)の少なさだった。カサグ川の飛沫が常時飛んでる場所なんかは足元は苔まみれで滑りやすかったし丸木橋には靴の擦れ跡がない──どう見ても人がしょっちゅう行き来してる道ではないのは明らかだった。


 そして急峻な断崖絶壁を通る丸木橋は荒縄で縛ってあっただけなのに、ブナ原生林内は鎖場が設置されてたりとしっかり整備がなされているし足跡をみれば人の出入りが多いことは想像できる。


「それに村人みんな、やけに小ぎれいな服着てるし髪や髭まで綺麗に整えてる。そんなの金廻りが良くないとできない芸当だよね。それと──ポワル・コモンフォさんってご存知でしょ?」


 その瞬間、先程から忙しなく動いていた村長の手が髭を手繰るのを止めたのだった。


 *


 二週間程前のキュリクス市場では許可証を持った行商人らが市場の片隅で店開きを始めていた。秋も収穫期が過ぎると周辺の村々から出稼ぎ農民がやってくるのだが、その農民らを当てにして行商人らのキャラバンもやってくるのだ。その喧騒の中で指輪やピアス、ネックレスなど金銀を使ったアクセサリー屋が店を開く。


 たまたま私服巡回中のクラーレがふと足を止めた。並ぶ商品はゴテゴテした意匠のものは無く、今時の趣味なのかシンプルなデザインに豹目石や翠晶石、黒晶石がキラリと光るものばかりが並んでいた。クラーレ自身は装飾品にあまり興味がなく、仕事中に身につけるものも精霊信仰に基づいた金装飾のペンダントをブラウスの下に隠している程度。休日でも腕輪やピアス、指輪を着けることはまずないのだが、彼女はなぜかそのときだけふと一つの指輪に目が留まったのだった。


「これはお嬢さん、お目が高い! 僕の出身地、ヴィルフェシス産の紅水晶付きの純金指輪だよ!」


 仕立ての良い服に袖を通したクラーレを見て、行商人は良いとこの御令嬢だと思ったのかあれこれ言葉を並べて紅晶石が光る指輪を売り込みだしたのだ。小ぶりなサイズなのでピンキーリングだろうか、行商人はクラーレの右手を恭しく取ると小指にはめてあげた。


「今、現金決済出来るならこの値段でどうだい?」


 行商人はメモ紙に価格を書き示すとにやりと笑った。しかしその値段はあからさまな安物を売ってるお店に比べれば高いが、正規の金銀アクセサリー品に比べたらかなりお買い得だった。しかしクラーレはその指輪が指に触った瞬間、何となく違和感を覚えてしまったという。


「ちょっと失礼あそばせ」


 クラーレは指輪を返すと、バッグからコンパクトを取り出して鏡を開いた。そして突然のメイク直しに宝石商の行商人だけでなく周囲の露店商たちまでもが「なんだなんだ」と目を丸くする。公衆の面前で女性がメイク直しをするのはこの世界ではマナー違反にあたるため、皆が怪訝そうに彼女を見つめていたのだ。それでもクラーレは構わず手際よく頬にパウダーを重ねながら、鏡を傾けて顔の角度を確かめるふりをする。その裏で彼女は手の甲にもそっとファンデーションを塗り伸ばしていた、誰にも気づかれぬように。


 そして怪訝な表情を浮かべる行商人に向き直ると再び指輪を借り受け、何気ない仕草でそれを手の甲にこすりつけた。


「ねぇお兄さん、あなたヴィルフェシス出身って言ってたよね?」


「あ、あぁそうだよ。それがどうしたんだい?」


 今まで怪訝な表情を浮かべていた行商人だったが、嬉しそうな顔をして指輪を眺めるクラーレを見て表情を緩めた。しかし次の一言で行商人の表情は一変したのだ。


「あなた……ヴィルフェシス出身の割には北部訛が無いわね。それにこの指輪、宝飾鑑定人に見せたいんで行商人許可証と身分証の提示、そして物品の差し押さえに応じてくれないかしら?」


 クラーレは手の甲を見せる、黒い痕が付いていたのだった。


 昔から金メッキ細工の真贋を見抜く古典的な方法のひとつに、“ファンデーション試験”というものがある。金の偽物──つまり下地に銅や黄銅などの合金を使ったメッキ品だと化粧用ファンデーションに含まれる硫黄成分や脂肪酸に反応して短時間で黒ずむのだ。しかし純金や18金ならいくら擦っても変色しない。クラーレが指輪を手の甲にこすりつけたのはそのためであり、彼女の肌に残った黒い痕こそが金の偽物である動かぬ証拠だった。また、人前で化粧直しを始めたのはあえて注目を集めることで行商人が“すり替えられた”などと反論できない状況を作り出すためでもあった。


 行商人は汗を拭い、反論しようとするが言葉が出てこない。結局観念したのか素直に許可証を差し出したのだった。


「純金と偽っての贋品の販売は立派な詐欺行為にあたりますので、官憲隊詰所へのご同行を願います」


 その後官憲が押収したアクセサリーの半分は精巧な金メッキ品だったという。しかし純金やミスリル銀を使った本物もいくつか見つかっている。つまり官憲や警備隊がやってきた時は本物の金製品などを見せて誤魔化し、“カモ”がやってきたなら偽物を売りつけるって手法のようだ。おかげで長年にわたりキュリクスやポルフィリ領、フルヴァン領だけでなく隣国ルツェル公国やロバスティア王国で出回っていた“いい加減な”金細工の尻尾を掴んだのであった。


 その行商人こそがポワル・コモンフォ──木こりの村長ペドロの息子だったのだ。


 *


「──今回やってきたのはポワル殿や工房の家宅捜索なのよ……あ、これ、捜査令状ね」


 アニリィは懐から捜査令状を出してペドロに見せた。部屋の奥からずっと様子を覗き込んでた妻アレナと目が合うと、彼女は深々と頭を下げた。それを見てアニリィはにこりと微笑んで軽く会釈で返す。長い沈黙を破ってペドロが口を開いた。


「……話そう。もはや隠し立てする理由もあるまい」


 彼が語ったのは、まずはワイスの森の奥にあるという“エルフの集落”のことだった。かつてヴェッサに住んでいたエルフ達と彼らは同じ“ヴェッサの森の一族”だったという。彼らはニアシヴィリ家を筆頭とする“エルフ三家”の支配と戒律に従って暮らしていたのだが、それらに異を唱えた一派が現れたという。もう少し自由に生きるのはどうか、と。


 しかし議論は分裂を生み、やがて対立は修復不能となり、その一派はテイデ山を越えて新天地を探し回ったという。やがて霧深きワイスの森に辿り着いた彼らは自らの隠れ里を築き上げたという。とはいえ森の中だけで生きるには限界があった。狩猟や採集だけでは飢えはしのげないし、この地はヴェッサに比べて雪深かったのだ。そんな折、エルフの少女が薪を集めに来た木こりの青年と出会い、言葉を交わすようになってやがて恋となり、互いの世界を繋ぐきっかけとなったという。


「彼らは儂ら以外とは極力接点を持たずに生きておる。アニリィ殿が宴会で歌ったのはヴェッサを去っていった仲間たちを思う歌だろう」


「“テイデに寄り添う秋の月”って事は、テイデ山を南から観ないとこんな歌詞は生まれませんからね。──で、この村は領主から目を誤魔化すためのダミーで、本当は山奥でワイスのエルフ達とひっそり住んでるんじゃない?」


「もう何もかもお見通しなんだな」


「まぁ、ね」


 ──ヴェッサのエルフたちもコーラル村の炭焼き達と接点を持ったのも同じ理由だ。山の中で隠遁生活は誰もが憧れる世界だが、大勢で隠れ住むとなればそれ相応の農地と金が要る。山野に農地を作るなんて簡単な事では無い、平地で作るよりも多大な労力が要るし水路を引くにも苦労はするだろう。


「で、この村で取れる豹目石や黒晶石などの半貴石を売っても原石のままじゃ二束三文にしかならない。身に着ける石によって厄除けになるとか金運が上がるとか、そんな謳い文句も加えれば一応“価値”は付くだろうけど、そんなオカルト商法じゃ限界がある。だから自分らで金具を打って石を磨き、メッキ処理してアクセサリーとして売っていた。しかも行商なら客とは一期一会、偽物がバレても風の噂になる頃にはもう別の街にいる──そうやってワイスのエルフや木こりたちは、長年この紛い物の金製品で命をつないでいたんじゃない?」


「さて、ここまで知られた以上、どうするつもりだ?」


 部屋の奥からアニリィを見ていたアレナは青い顔をしながら手に包丁を持っていた。しかしアニリィは両手を挙げながらにやりと笑う。


「私はこの村やワイスのエルフ達を糾弾しに来たわけじゃないし、分け前を寄越せとか言う気もさらさら無い。あくまでもポワル殿の罪に対しての家宅捜索に来ただけだ。ただ──金メッキするところは見せてもらいたいかな」


 村長の髭がまた、わずかに震えたのだった。

・作者註

『ファンデーション試験』


おじま屋の中の人がタイへ飛ばされた時、カ●サン通りにあった怪しげな夜店で試そうとしたら売り子の姉ちゃんに棒持って追いかけられた思い出


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