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202話 武辺者と、金属錬成への道・6

 クラーレとハルセリアたちをファーレンシュタッドやフューゲル村に派遣させたことで耐火煉瓦の大口取引については無事に解決した。しかし解決すべき問題が運賃、どうしたらいいものかと財政担当のナーベルはヴァルトアに決裁を求めたのだった。


「通常の倍以上はかかる、だと?」


 ヴァルトアは眉を吊り上げた。運送業ギルドから渡された見積書の欄外には『片道運行補償のため片道タリフ×二倍+諸手当で算定』と朱文字で描かれていた。


「キュリクス-ファーレンシュタッド間は定期便こそあれど便数はファドゥツシュタッドほど多くはないし、しかも往路は空荷のくせに復路は重量物の煉瓦満載だから大型荷馬車や付帯手数料が必要だとか。だから『片道運賃補償』を付けろ、飼葉代も支払ってくれというのが運送ギルドの言い分だそうだ。フューゲルに至っては定期便自体がないから、かなり割高な見積もりになっている──この予定外の輸送費で建造予算をぎゅうぎゅうに圧迫し、建造計画の見直しが必要になってきてるんだ」


 文官たちで作った建造予算には『見込み運賃』が計上されていた。しかし運送業ギルドから提示された見積との差があまりにも大き過ぎて、このままの予算内で仕上げるなら反射炉の建造規模を縮小するか他の手段を模索するかという事態に陥ったのだ。ちなみにヴァルトアの強権を使えば運賃問題は解決するだろう、しかしそんなことすれば修復不能なレベルの関係悪化を招いてしまう。報告を受けたヴァルトアはため息をつくとトマファに向き直った。


「何か妙案はないのか、トマファ」


 *


「……僕からの提案なんですが」


 トマファは机の上に羊皮紙を差し出した。簡潔な図──輪を描くかのような矢印と五つの四角い箱。中心部の箱には『キュリクス』と描かれており、左側2つにはファドゥツとファーレン、右側2つにはヴィルフェシスとフューゲルと書かれていた。──ファドゥツとはルツェル王都のファドゥツシュタット、ファーレンはファーレンシュタッドの事だ。


「まずは近隣大都市に耐火煉瓦を集積させるのは如何でしょうか? ──ファーレン煉瓦ならファドゥツ、フューゲル煉瓦なら北部都市ヴィルフェシスを一次集積地にするんです。どちらも大都市ですから倉庫屋がいるでしょうし、ファーレンシュタッドにしてもフューゲル村にしても各大都市とは連絡定期便や行商便がありますから酒や塩などの生活物資を運んだ帰り荷で耐火煉瓦を運ばせる事は出来ます。特にキュリクスからファドゥツ、ヴィルフェシスへは定期便を増やし、荷馬車の規模を大きくすれば幾分か運賃は下げられると思います」


 しかしこのやり方だと荷馬車からの積み下ろしや載せ替えといった付帯作業料、それに倉庫代が掛かってしまうし、他にも落下や破損といった損失リスクも生まれてしまう。これで仕入れたとしても見積金額より若干しか安くならない。


「あともう一つに『混載便』を使うって方法があります。例えばキュリクスからファーレンへの直行便を通常荷馬車から大型荷馬車に変えファドゥツ経由にしてもらう。必要物資をファドゥツに降ろしたらその足でファーレンへ走り、帰り荷に耐火煉瓦を詰めばこれも空車で走る事態が減らせるかと思います」


 キュリクス周辺で生産される火酒のうち『スッキリした味の火酒』はルツェル人が好むため大量に送り出している。トマファの実家エンノーラ蒸留所で生産してる『サーグリッド・フォレアル』もルツェル好みの酒だ。しかしファーレンシュタッド周辺に住むドワーフ族の好みは『雑味のあるクセ強めな穀物酒』で、これはヴァルトア麾下のアンガルゥ準男爵領が多く生産している。この穀物酒はキュリクスに一度集積されてからファーレンシュタッドへと直送されているので、そのファーレンシュタッド行きの積荷と王都ファドゥツシュタッド行きの積荷を混載して配送するって方法だ。──ちなみにアニリィが面倒を見てる"おてんば娘"のルチェッタがアンガルゥ家出身だ。


「フューゲル村についてはクラレンス伯から許可を取って『直納便』にしてもらえば解決できるかもしれません」


「直納便ってなんだ? しかもクラレンス伯に頼むって何をなんだ?」


 ヴァルトアがむむぅと唸り、汗を拭いながら訊くのでトマファは車椅子のポケットから一枚の羊皮紙を取り出した。


「フューゲル村に納品されるキュリクス産の精製塩や干魚、海産物はヴィルフェシスの問屋を一度中継して納品されております。煉瓦の仕入れが完了するまでの一時的だけで結構ですからクラレンス伯の許可を貰い、キュリクスから直接納品する便を仕向けて貰うのです。やってることは『()()()』ですからヴィルフェシスの卸問屋に仁義を通さないと取引禁止措置や遺失利益の補償問題など大惨事になってしまいます。ですがクラレンス伯にひと肌脱いでもらって、その仁義を通してもらうのです──不足してた麦を安く売り渡したんですからそれぐらいはやってくれますよ」


「ちょ、おま! トマファ、お前こうなるの予測して去年在庫の麦を押し付けたんだろ!」


 ヴァルトアは声を荒げて立ち上がるが、トマファはそれを涼しい顔で聞き流していた。そしてニコリと笑うと「売れるときに売っただけですよ」と言ってのけたのだった。それは麦のことか恩のことなのかは解らないが。


「僕からの提案は、一つを選ぶのではなく各種ギルドの協力を元にすべて執り行うんです。一つがコケても他が動いていれば耐火煉瓦は入ってきます。少し時間は掛かるかもしれませんが予測した送料に近い金額に収まるかと思いますよ」


「だがトマファ殿、ファドゥツにしてもヴィルフェシスにしても倉庫を借りるて金が掛かるんだろ? しかも借りたいといってすぐ貸してくれるとも思えないんだが」


「ナーベル様、それ、俺に任せてください」


 トマファが見せた羊皮紙を指さして難しい顔をしていたナーベルにミトゥが右手で制しながら冷かに言った。「ポンドゥ家は大体の都市で倉庫業もやっておりますから」


「ではナーベル様やクラーレ嬢、ハルセリアさんは酒類や塩干物の卸問屋を回って運送便の仕立てをお願いします。話が纏ったら僕とミトゥ殿で運送業ギルドに配車のお願いに上がります──ヴァルトア卿はクラレンス伯に『帰り荷の都合上フューゲルへの直納をお許しください』と一筆お願いします。僕が追記として詳しい事情を書き続けますので」


「……あぁ判った。皆、頼んだぞ」


「「御意」」




 ──こうして耐火煉瓦輸送便の段取りが無事に付いたのだった。




「ところでトマファ殿……あんな手をどうやって考えたんだ?」


「あはは。"カリエル君"は常に僕らの一歩先を歩いてるような奴だから、凡人には思いつかない事がするりと出てくるんだよ」


「……そんな言い方はやめてください、ブリスケ君」


 文官みんなの働きによって、反射炉建設予定地に建てられた倉庫に荷馬車が続々と到着し、資材が絶え間なく運び込まれているという。その煉瓦造りの倉庫は後に精錬所として活躍する予定だ。ひょっとしたら今頃、検品作業に立ち会ってるオキサミルやレオナたちは今頃目を回しているのかもしれない。


 文官執務室のソファにナーベルとブリスケットの兄弟が並んで座り、テーブルを挟んでトマファとチェスを打っていた。現場に不慣れな彼らが来ても手出しできることがないだろうし、むしろ素人がうろつく方が現場への妨げになってしまう。そのため彼らは領主館内で手持ち無沙汰にしていると言っていいだろう。もちろん他の文官や汗水たらして働くメイドたちに配慮して執務室の扉には『会議中』と看板を立てている。


「ちょっと知恵を拝借させて頂いたんですよ──はい、ナーベル様もブリスケ君もチェックメイトですよ」


 兄弟に向かい合ったトマファは二面差しでナーベルのナイトを、ブリスケットのクイーンを取り、チェックを宣言したのだった。


「あッ、待ちたまえ!」「その一手は痛い!」


「お二方、いったい何度目の“待った”ですか」


 トマファは苦笑いを浮かべると数手前の状態に駒を戻すのだった。


 *


 上弦の月が西に傾きそうな頃の喫茶店。


「夜間学校に通ってるのってこの“詩会”が楽しいからかもしれません」


 ゾエがテーブルに肘を付きながらそう言うと横に並ぶクイラもうんうんと静かに頷いた。


「週一回の楽しみじゃからなぁ。とはいえゾエ嬢もクイラ嬢も昼間は働いて夜学校に通うのは大変じゃないのか?」


 お茶を飲む二人とは違い、一人だけ火酒を傾けながらヴァシリが言う。彼は定年退職を機に長年の夢だった学校へ通い出し、第二の青春を愉しんでいる。既に()孫まで居る彼だが、地方から届くひ孫からの手紙や詩に良い返事が書けるように、そして老後の楽しみの一つとして夜間学校の門を叩いたのだ。そこで詩作に夢中になる少女たちと出会い、学校が終わってから喫茶店で詩の発表会を愉しんでいる。


「私もクイラさんも、領主様や上長様が配慮して頂いてるので大丈夫ですよ」


 ゾエはなんと夏の終わりから作務師見習いとして領主館に採用され、ノーム爺の元で牛の世話係や備品修繕師として働いている。今では夕鐘が鳴ればクイラと二人肩を並べて学校へ通うようになった。


「はっはっは、若いって良いねぇ! 儂は昼間、孫守してるか詩作してるか、あとはボンボル河へ釣りにいくしかないからのぉ」


「ヴァシリさんは今までずっと働いてきたんですから、悠々自適に過ごすのが良いと思いますよ」


「クイラ嬢。悠々自適って言っても案外暇でなぁ──」


「じゃあヴァシリさんも領主館で働いてみます? 馬車は扱える訳ですから……」


「ゾエ嬢。それなんじゃがこの前の話だ! 歴史科担当のトマファ先生から面白い事を尋ねられたんじゃよ──聞いてくれるか?」


「あの車椅子の文官長様が?」


「そうそう。遠方の村から耐火煉瓦を仕入れたいけど便が立たないからどうすればいいかってな。──これでもキュリクス運送業ギルドで“御者頭"を長年やってたからのぉ、……だからバシッと運賃安く抑える方法をアドバイスしてやったんじゃ!」

作者註・「用語説明」



・タリフ:運賃率表のこと

品目、距離、重量を基に運賃を算出するための基準

全日本トラック協会のHPで見れる

「10トントラックを一台借りたらいくらかかるかな?」と想像すると楽しい……気がする


・下抜け:得意先の客を“食う”こと

業界によっては『横取り・横入り・バッティング』とも言い、得意先からメチャクチャ嫌われるか、取引停止を食らうか、物理的にボコられる

まじで気を付けよう


・悠々自適:夢のまた夢のこと

「ねんきん定期便」を見て悠々自適とはなんぞやを考えてしまう。おじま屋の小さい頃、夢ってタイトルの作文に『鮎釣り、包丁砥ぎ、岩波文庫、晴耕雨読』と書いてたらしい(兄曰く)。夢じゃなくジジイの話だったところを見るに、僕は人生●回目かもしれない。ということで老後のために2000万円貯めておかないと……いや、それとも金貨8万枚貯めておこうか。

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