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02話 武辺者、寿退社したメイドを再雇用する

 ジェルスに頼んだ通り、早朝にマイリス夫妻が我が家へ出頭した。執事服を着こなしてスマートに歩くジェルスに導かれて、マイリス夫妻らはなるべく小綺麗な恰好でを心がけて訪問してくれた。まぁどんな格好でやってきても文句を言う気はないが。



「やぁマイリス、息災か?」


「は、はい。───旦那様、その、あの……」


「テンフィ殿も久しぶりだな。マイリスとの結婚式以来だったっけ?」


「あ、え、あの、彼女って……」


「おいカマラー! いい加減マイリスから離れなさい。話が全然進まないじゃないか」


「えー、不足してたマイリスちゃん分を吸収してるんだから!」



 カマラーに抱き疲れて困り顔のマイリスと、新妻に抱きつく半樹人(アルラウネ)のカマラーを見てテンフィは驚き戸惑っていた。マイリスには退職の際に当家の業務事情は旦那であるテンフィにも口外無用と言いつけてあったため、我が家にアウラウネが住んでた事すら伝えてなかったのだろう。


 俺はカマラーを引き離し、いつもの窓際で陽に当たっていろと言い付けると、マイリスとテンフィに事の顛末を話して東方キュリクスへ着いてきてくれるようお願いをした。



「―――この通り、キュリクスの地でマイリスをメイドとして再度雇用したい。住み込みだろうが通いだろうがちゃんと新居は用意するし、もちろんテンフィ殿の仕事も用意しよう。それにテンフィ殿のご実家や職場にも俺が責任をもって仁義を通すからさ。かなり無理なお願いなのは理解してる、どうか聞いて貰えないだろうか。」


「あの、俺の職場は大丈夫です。まぁ、ちょっと色々ありましてちょうど転職を考えていたんで、実は」


「ほう、新婚ほやほやの夫君からなかなか不穏当だな」


 俺はテンフィに向き合うと、部屋の隅で佇んでいるメイド長・オリゴに言い付けるとお茶の用意をさせた。こういう話にはいい香りが立つお茶が無ければな。




 テンフィは中等学校の教師だとマイリスの退職前の挨拶で聞いていた。それなら教師仲間や生徒たちが結婚式にきっと一杯来ますね、なんてアニリィが言っていたのを覚えている。しかし結婚式には同僚の教師職は二人しか来なかったのだ。まぁその二人と新郎新婦が歓談してたので、きっと公私ともに仲は良いのだろうと推測できる。しかし普通なら上長である教頭職が来て挨拶の一つぐらい打ってもおかしくないのに、学校の先生がたった二人しか来なかったのに俺は違和感を覚えていた。なお俺のとこはスルホン、アニリィ、それにメイドや使用人ら全員が参加した。まぁ俺んトコは祭り騒ぎが好きなだけなんだがな。そしてアニリィが酒飲んで大虎になった、と。



「まぁなんとなく想像は付いてたが、君が平民上がりだから、か?」


「えぇ。式に来てくれた二人も平民上がりです。ですがあの学校は官僚養成の中等学校でしたから周りは貴族様やその()()()()しか居ませんでした。それに僕の担当教科が教科なだけに……」


「確か算術だったな」


「えぇ。貴族様たちとは相性悪い学問ですよね」



 貴族は見栄で出来ている、これは幼い頃に近所のオヤジが言ってた。金勘定は専門官を置くもの、自ら算盤を弾くなんてみっともない事、貴族は幼い頃からそう教えられてるとも聞いた。しかし国が定めた教育方針には数学教育も含まれているため授業は行われるのだろうが、授業態度がどんなものかは想像がつく。それに他の教師らは貴族家の次男三男が多いので、平民上がりの教師なんか認めたくもない。その態度の結果が、結婚式だったんだろうと俺は思っている。



「―――そうか、それならテンフィ君。キュリクスの地で教師として働くかい?」


「いえ、今の教育制度に則った教師でしたら、もうこりごりですね。教科書をなぞった試験なのに難しすぎると多数の()()()()が文句垂れ、貴族様が怒鳴り込んでくる。他の教師らも生ぬるい授業しかせずに、どう見ても学力が足らない者を上級学校へ送り出すだけの教育機関に将来性なんか見出せません」


「そっか、それは辛かったな。―――ただ、俺は自慢じゃないが計算は苦手だ。槍働きだけで成り上がってきた手前、統一戦争中なんて兵糧計算すらまともに出来ない。だから後方支援のジェルスに完全に頼りっきりだったな。でもこれじゃダメだ、何かあった時は自分でやらんとダメだと思ってジェルスに頼んで今でも少しずつ手習いをしてるさ。ま、勉強してると楽しいなと思えてる俺が居るんだがな」



 手指の数は10本、それ以上の数字は未知数だと思っていた。そのため後方から送られてきた兵糧を兵卒らに適当に配った結果、後々皆がひもじい思いをした事がある。今でも古参兵たちと飲み交わした時にその話となり笑い話の一つとなるが、あの時、連中らから無能隊長だと見限られてもおかしくはない事だった。そのため部隊をまとめる兵長クラスは算術が出来なければと俺は考えている。



「で、俺は新天地では5年後、10年後、果ては100年後の未来への投資のため、少しずつだが教育に力を入れようと考えている。平民らの基礎学力向上は将来、農業生産や工業生産の向上につながるはずだ。でも結果なんてすぐには出ないだろうし、こんな投資は無駄だと言い捨てる奴もたくさん居るだろう。だが投資なんて元々がリスクありきのもんだから、ちょっと分が悪い賭けのほうが面白いと思ってる。―――そのためにもテンフィ殿。貴殿の力を貸してくれんか?」


「―――えぇ、判りましたヴァルトア様。もし新天地でヴァルトア様の夢のお手伝いをしたいと申し出る教師が他に居ましたら、お声掛けしたほうがよろしいでしょうか?」


「無論だ。住むところも用意する。人は国家の礎だからな」



 夫のテンフィが行くと言ってくれたおかげでマイリスも再びお世話になりますと一礼した。テンフィが退職してから新天地で教鞭を取るまでは当家で臨時に雇い入れる事にし、あと他の教員も引き抜けるならテンフィと同じように扱うとも伝えた。


 横に侍るメイド長のオリゴは、この生真面目で寡黙に働くマイリスがお気に入りだった話を妻から聞いて知っていた。出稼ぎと口減らしのため田舎から出てきた小作人の娘・マイリスにオリゴがメイドとしての行儀や作法、読み書きを教えていたのをジェルスや妻からも聞いていた。ただ専門機関で教育を受けたオリゴが生真面目すぎるマイリスに要らん事まで教えてたのは、また別の話だがな。




     ★ ★ ★




 スルホンは長年苦楽を共にした兵たち全員から希望を取った。故郷へ帰る者、新都エラールに残る者、東方キュリクスについてきてくれる者。故郷へ帰ると言った者には路銀をたっぷりと渡して帰路の安全を祈念した。エラールに残る者はその意思があるなら当家の予備兵として月額賃金を支払う契約を結び、全員に当座の生活資金を渡した。しかしそれらはほんの数名だけだったとスルホンが言っていた。


 しかし俺やスルホンが思っていた以上に新天地へ行くと古兵たちが言い出したのだ。中にはエラールにいる家族も移転したいと言い出す兵も居たと聞く。スルホンはキュリクスがどの様な地であるかも判らないんだぞと言ったようだが、それなら儂らは屯田兵として新天地に入植するでさぁ、と言い返される始末だったとか。


 そして兵たちの中にはキュリクスへ行くぞともう既に荷車押して王都を発った者もいたが、俺たちはというと、今からどんな統治をしていくべきなのかをまだ決められないままにまごついていた。


 しかもジェルスが実母の介護を理由にキュリクスへ赴くのを固辞したいと伝えたのも、俺らがさらにまごつく原因となったのだ。テンフィは居るのだが家の財政を理解する老獪な執事を失うのは非常に痛い。しかし本人の願いがそうであるのなら聞き届けない訳にもいかないだろう。


 俺とスルホンは宮廷から届いたキュリクスに関する書類に目を通し考えあぐねていた時、メイド長のオリゴから来客ですがお通ししますか、と執務室へと入りお伺いを立ててきた。俺はスルホンの顔を見やると彼は俺の思いを察したのか、立ち上がると部屋の隅に移動した。もちろん腰から下げた長剣の柄を二度撫でたので護衛仕るということだろう。



「判った、どちら様だい?」


()()()()ですよ」


「―――承知。すぐ入ってもらって」


 オリゴが部屋を出てすぐ、()()()()と呼ばれるクラレンス伯が入ってきた。部屋に入ってくる際にやにやした顔でオリゴの尻に手を伸ばしながら、だが。メイド長はクラレンス伯の怪しい右手を見切るとを思いっきり叩いた、パシンと乾いた音が執務室の中で響く。しかしそんなことは構わずオリゴは一礼して部屋の隅に佇む。



「クラレンス伯。何度も言いますが、あのメイド長の尻をむやみに触るのだけはやめてください」


「いいじゃない、減るもんじゃないし」


「いいえ、減るどころか無くなりますよ───物理的に右手が」


「くぅー相変わらず君ンとこのオリゴちゃんはガードが堅いね、いかんねいかんね」


 彼の名はクラレンス・ロブル伯爵。オネエ言葉で先触れもなくやってきては我が家のメイドの尻を触ろうとし、お茶を飲んで雑談して帰っていくだけの好々爺だ。しかしオリゴ以外からはクラレンス伯とは呼ばれず『スケベ爺』と言われ、警戒されているが。



「ガードが堅いっていうか、当家のオリゴは家事より暗器を得意とする武闘メイドですよ?」


「知ってるって。一度ガーターからナイフを抜かれた事あるし、この前寿退社したメイドちゃんなんてスティレットで僕の手を貫こうとしたんだもん」



 あぁそんな事あったなぁ。

 クラレンス伯の手癖を知らなかった若き頃のオリゴは、尻触りを攻撃と誤認してスカート下のガーターからナイフを抜いたのだ。そして2年ほど前にもマイリスもセクハラ行為を不意打ちと誤認してスティレットを抜く事件も起こす。きっとオリゴの事だクラレンス伯の()()をあえて伝えなかったのだろう。しかしオリゴはマイリスが本気で手を下さないようにスティレットをナイフで弾き飛ばしたのでクラレンス伯は無傷で済んでいる。


 なお伯爵位のクラレンス伯にメイド風情がそのような無礼を働いたとなれば本来なら土下座謝罪では済まず、その場で斬り伏せられるか貴族法院で打捨無用って判決が出てもおかしくない事案だったろう。しかしクラレンス伯爵家自体が元々は王家から依頼された隠密を主とする裏稼業で成り上がった一族だ、きっとオリゴの手数ぐらい読めてるとは思うが一応は警告しておかないと。



「ところで聞いたよヴァル君、東方キュリクスへの左遷だって? ()()()()ってもう意味わかんないんだけど」


「さすがクラレンス伯、耳が早いんですね。───あとそれ、あまり面白くない冗談ですよ」


「ほらほら、僕もノクシオス卿の取り巻きと揉めて宮廷出禁になっちゃてて、マジ暇でさ───んで小耳に挟んだから直接聞きに来たって訳。で、キュリクスでの統治はどうする気? きっとヴァル君の事だから僕と一緒でノクシィ一派に睨まれてるんでしょ?」


「そこまでクラレンス伯もご理解されてるのでしたら。───俺、ちょっと統治の件で悩んでおりまして、今もそこに控える家臣と膝を突き合わせて資料を読んでたところなんです。もし伯の知り合いに領地経営などに詳しい方ってご存じありません?」


 俺がそう言うとクラレンス伯の表情が少し緩む。俺はそのクラレンス伯の表情の奥にある胡乱な目を見つめると、彼は一つ溜息をついた。


「むしろね、ちょっとヴァル君に頼みがあるんだけどいいかな? クリルって村落にトマファ君って土豪の子がいるわ。きっとヴァル君の次男坊君なら知ってるんじゃないかな、ほらビオシェラ学院に留学してた時期が一緒だったから。その子、ヴァル君の覇業の為に使ってくれないかな」


 クリル……、聞き覚えのある地名だったため、俺はキュリクスの地図を手に取るとテーブルに広げた。クラレンス伯はここらへんよと指さす、確かにクリルと書かれていた。領都から西にある田園地帯のようで周りにこれといった軍事施設などもない、きっと長閑なところだと想像がつく。クラレンス伯が羊皮紙とペンを貸してと言うと、オリゴがすっと用意する。


「これ、僕からの紹介状。まぁその気があるなら次男坊君からトマファ君について聞いて、仕官の勧誘をしてみたらどうかしら?」


 そういうと羊皮紙を俺に突き出すとクラレンス伯は長く伸びる白い顎鬚を撫でた。

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