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195話 武辺者、今年も無事に豊穣祭を迎える……はずだった

 キュリクス日報。


 領都キュリクスと周辺の事件や話題を扱う地方紙のひとつである。街角を駆け回る記者たちが足で集めた記事が毎日読めるのは地方都市ならではの楽しみではなかろうか。その新聞に今年の豊穣祭の記事が載っていたので、僕自身がスタッフ運営として見てた内容と一読者としての感想をここに書き綴っていきたい。




 市場前の広場にはキュリクス街旗や領主軍の旗があちこちはためいており、立ち並ぶ屋台からは焼きたての肉の香りや果実の甘い匂いが、ガラス細工や真鍮細工などの珍品を並べる出店が軒を並べていた。子供たちの笑い声、酔客の歌声、太鼓や笛の音が賑やかさの渦を巻き、華やかな祝祭の熱気が街全体を包み込んでいた。


 春の長雨で作況に不安の声が広がっていた。だが夏が近づくにつれ好天が続き、各地の徴税官たちからは「昨年より麦の実付きや出来が良い」との報告が相次いだ。そして実際に収穫を迎えるとなんと予想を超える大豊作。喜びは街中に満ちあふれ、それが熱狂へと変わったせいか豊穣祭への盛り上がりは最高潮に達していた。


 そのキュリクス豊穣祭の開会宣言。壇上に立った主賓であるヴァルトアは胸を張って声を張り上げた。


「領民の皆よ、今年も豊かな実りを──」


 ……しかし誰も聞いていなかった。領民らは酒と食べ物に夢中で壇上など目に入らない。かろうじて子どもたち数名が保母に連れられて壇上の前に並び、「ヴァル様がんばれー」と声を上げるくらいである。なお隣に立つユリカでさえ串焼きを頬張っていた。


「じゃ、じゃあ開会しまーす」


 あまりにも締まらない開会宣言だった。そして壇上を降りる際、ヴァルトアはスタッフらから「触るな」と念を押されていた特大かぼちゃにうっかり手を触れてしまった。


 壇上隅に飾られていた特大かぼちゃは北部コーラル村の農民が育てたものだ。理由は不明なのだが突然異様大きくに育ち、ワイン樽ほどに膨れ上がったのだという。ただ大きくなる『どてかぼちゃ』自体は珍しくない、だがここまで見事にまん丸に育つのは稀である。その珍しささゆえ、今年の豊穣祭の目玉として壇上に飾られていたのだ。


 ヴァルトアがそのかぼちゃに触れた瞬間、ぐらりと揺れて台の上からぼとんと落下。そしてころころと壇上を転がり出すと、舞台を駆け抜け、子どもたちの頭を飛び越え、酔客の間をするすると縫うように走り出したのだった。


「誰かかぼちゃを止めろーっ!」


「右だ! いや左だ!」


 今まで陽気に飲んで騒いでいた民衆は突然の闖入者に大慌て。文官武官、警備兵らも総出でかぼちゃを追う。だがそのかぼちゃはまるで「駆ける喜び」を覚えた生き物のように初めての自由を満喫していた。ころんころんと転がり、待ち構える衛兵をするりと交わし、斥候隊の頭上を飛び越え、終いにはマルセイユ・ルーレット。──ジダンも地団駄! ついにかぼちゃは停車場通りにまで飛び出してゆき、最後は酔虎亭の扉にドーン!


 樫材の立派な入口扉がまるで破城槌の攻撃を食らったかのように木っ端微塵に吹き飛んだのだった。


「──ありがたくねぇ福引を当ててくださった主神サマには感謝しかねぇよ」


 取材に来た新聞記者に店主ダンマルクは吐き捨てるかのように応えていたそうだ。


 *


 主賓挨拶の後に予定されていた巡業歌劇団の舞台は、なんと開催一週間前に劇団側が一方的にキャンセルしてきたという。その理由が「もっとギャラが良い街からオファーがあったから」だった。あまりにも仁義なきキャンセルだが、ステージに穴を空ける訳にはいかない。豊穣祭の主催だったギルド連盟は慌ててどうするかと検討に検討を重ねるような会議をした結果、「もう領主館に丸投げだ!」と決まったらしい。


「領民が困っているなら、我々が手を差し伸べなきゃ──な!」


 ヴァルトアの気楽な回答に何人の部下たちが殺意を抱いただろうか。オリゴを筆頭に有志による即席歌劇団が決定し、連中らが空けた穴を埋める事となったという。


「はぁ──なんとかありふれた恋愛劇を書きましたわ」


 目の下にうっすらと隈を作ったオリゴがため息をつきながら台本をテーブルに叩きつけた。なんと一晩で書き上げたという。主演はクラーレ、マドンナ役にサンティナ、ライバル役にハルセリア。他の面々も総出演である。内容は小さな村を舞台で、幼なじみの男女に持ち込まれた縁談話をめぐって村人全員が右往左往するというドタバタ喜劇だった。稽古は日勤業務の後から消灯までの間で4日間だけ。数回の読み合わせとシーンごとの立ち稽古、本番前日に一度だけゲネプロを行ったのみのまさに「ぶっつけ本番」であった。大道具や衣装もメイド隊と文武官が総出で準備し、急拵え歌劇の緞帳がゆっくりと開いたのだった。


 しかし劇が始まってみるとつまらない台本でも面白く見えるもんで、クラーレとサンティナの幼なじみ役は互いに北方出身という気安さもあって自然な掛け合いとなり、笑いを誘った。プリスカは猫の鳴き真似で「にゃおん! ご主人様~!」と暴走して観客は大爆笑。クラーレは真顔で『いや、そんな脚本はない!』と小声でツッコミ、それが聞こえてしまって会場がさらに沸く。ロゼットはセリフを忘れて舞台上でオロオロしてしまって観客に助けを求め、レオナが慌てて歌でごまかして場内は笑いの渦となった。そこに嫉妬に燃える悪役令嬢役のハルセリアが登場すると空気が一変。声量、発声、抑揚、感情表現──すべてが桁違いの本格演技であまりにも憎たらしいヴィラン役をうまく演じたために劇を映えさせるエッセンスとなった。


 この演劇は大いにウケ、突貫工事のような稽古にしては出来が良かったと新聞に書かれていた。なお新聞の取材に対して皆が口々に「まずは寝かせてくれ」と懇願したという。


 *


 その演劇に続いて広場隅で行われるはずだったガチョウレース。しかし柵が倒れ、ガチョウたちが一斉に大脱走。あちこちでガチョウたちががーがー言いながら街中を走り回ったのである。


「ぎゃあああっ! 足を噛まれた!」


「うちの酒返せ、この鳥め!」


 読者諸君はアヒルとガチョウの違いを知ってるだろうか。鴨を家禽化したものがアヒルだがガチョウはガンを家禽化したものだ。姿形は似てるものの性格は温厚なアヒルと違い、自分より大きいものが立ちはだかると突く、噛みつくだけでなく蹴ったり羽で叩いたりと意外と好戦的である。しかも嘴にうっすら歯が生えてるため噛まれるとめちゃくちゃ痛い。


 豊穣祭運営にはあちこちでガチョウ被害が入ってくるため、治安担当の警備隊や斥候隊に出動を要請。大捕物ならぬ大”トリ”物となったようだ。そのガチョウ回収騒ぎでジュリアは編籠を背負い、器用に次々と捕獲しては放り込んでいく。


「はい一羽ゲット! はい次!」


 あまりの手際の良さに観客から拍手喝采が巻き起こったそうだ。なお集められたガチョウでレースを再開するも今度はレースが大荒れとなって観覧席から怒号が鳴り響いたという。──新聞記事にレース観覧席の近くの屋台では「新鮮鳥焼き」が売られていたという。なんの鳥だったかは賢明な読者諸君の想像力に委ねよう。


 *


 夜、広場には篝火が焚かれると月信教、聖心教、拝星宗と三教の祈りが始まる予定だった。しかし段取り不足でどの順番で祈りを捧げるかで揉めたのだ。厳かな式典の舞台裏ではおよそ聖職者とは思えぬ言葉が飛び交い、進行サポートをしていた者たちが当惑したという。


 そして閉会の挨拶としてヴァルトアが壇上に立ち、力強く宣言した。


「今年の豊穣に感謝を! 是非来年も良い豊穣祭が出来るように!」


 そこへ錬金術師レオダムが声を張る。祭りの締めを飾る花火担当だった。


「魔素大増量でドカーンといくぞー!」




 \ドカーン/


  \ガラガラ/




 ──北東の城壁が消えた。




 ヴァルトアは肩を落とし、ぼそりと呟いたのだった。


「……祭りは、以上だ」

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