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192話 武辺者と、技師交流会

 金属加工ギルドの会議室に怒声が響き渡った。普段から口論の絶えない場所ではあるが、今日の声は一段と鋭い。ルツェル公国から派遣された理論派技師オーケラとキュリクスの現場叩き上げ技師モグラットが互いに机を叩きながら睨み合っていたのだ。


「だからさぁ、『とりあえず作ってみよう』じゃねぇよ!」


 オーケラは鼻息荒く叫んだ。「まずは計算して理論を固め、検討に検討を重ねた上で設計するもんじゃろ!」


「はぁー、出たよ! ルツェルの技術は素晴らしい、だが技師はつまんねぇ!」


 モグラットは額の汗を拭いながら言い返す。「まずは挑戦して形にする! それから設計だろうが! やってみなきゃ判んねぇもんに計算なんぞ意味がねぇ!」


「こちらのやり方だと材料が無駄にならん!」


「そんなもん必要経費だ!」


「「ぐぬぬぬぬ!」」


 二人の間に入ったクラーレとハルセリアが慌てて両者を引き離すが、二人ともそっぽを向いて譲らない。ハルセリアは「オーケラさん、言い方ってものがあります!」と言いながら冷たく睨むし、 「モグラット師、今のはただの罵倒ですよ。オーケラさんに謝ってください」とクラーレも困ったように声を掛ける。


「「断る!」」


 二人の文官は同時にため息をつき、「こういう時だけ仲がいいのね」と呆れた声を重ねたのだった。


 *


 技術開発の土壌はそもそも両国で大きく異なっていた。


 ルツェルでは複数の技師がチームを組み、素材選定と計算を繰り返して設計図を仕上げるって方式を大事にしている。理論が積み重なったのに頓挫することさえ珍しくない。だが出来上がったものは試作機でも完成度が比較的高く、そこからマイナーバージョンアップを繰り返して完成品を作り上げるのだ。もちろん時間は掛かる。そのためキュリクスの技師たちからは『技術は素晴らしいが、チャレンジ精神が希薄』と映ってしまう。


 対してキュリクスは一人の技師が己の研究を突き詰め、仲間に助けを求めつつ時間をかけて形にしていく。そのかわり失敗は数知れずで、かつてミニヨとモグラットが洗濯機を作ったときですら何度も失敗を繰り返したし、開発費はけっこう高くついたのだ。そのためルツェルの技師からは『技術は素晴らしいが、とにかく向こう見ず』と映ってしまう。


「こんなんじゃ、技術共同開発なんて夢のまた夢ね」とハルセリアがぼやくと 「まるで水と油よ」クラーレが肩をすくめた。


 *


 領主執務室、ヴァルトアは眉をひそめて言った。


「今回の技師交流、窓口はクラーレとハルセリア嬢だったな」


「えぇ、それが?」


 トマファはそれを聞いて苦笑いを浮かべてしまう。


「いや、あの二人、相性が悪すぎるだろう? 本当に大丈夫なのか?」


 トマファは肩を竦め、「仕事ですから大丈夫だと思います」と言ったが既に不穏な空気が聞こえているため、せっかくの第一回目の交流をどう成功に持っていこうかと必死に頭を悩ませているのだ。


「もし二人が大喧嘩するなら、僕が仲裁しますよ」


「それが一番揉めると思うけどねぇ」


 それを聞いてユリカがぼそりと呟いたのだった。


 *


 領主館近くにある喫茶店「エンバシー」。チーズや生クリームをふんだんに使ったルツェル料理が並ぶ中、オーケラは膝を叩いて憤慨していた。


「キュリクスの連中は勘と経験ばかり! 理論を軽んじすぎだ!」


 オーケラは理屈屋っぽいところはあるが、モグラットから言われた『技師はつまんねぇ』ってのを腹に据えかねていた。チーズソースがたっぷりかかった赤茄子を口に放り込むと他の技師たちが「そーだそーだ!」と声を揃える。彼らもキュリクスの技師たちとぶつかったり討論したりを繰り返したせいか、イライラが溜まっているようだった。


「だけどキュリクスのギルドが作るものはどれも、ルツェルにはない自由さがあるわ」


「……まぁ、それは認めざるを得んな」


 ハルセリアは腕を組み、むっとした表情で言った。すると技師たちは皆、しゅんと肩を落とす。彼女も技師も自国の技術は大陸随一と誇ってはいたが、近ごろのキュリクスの伸長は確かに目を見張るものがあった。その成長は文官長トマファ一人の功績ではなく、もともとあった自由な気風を彼や周囲がうまく焚きつけた結果だとルツェル国内で分析されていた。このまま技術開発“戦争”となれば、悠長に構えているだけではルツェルが後れを取るのは必至。皆がそれを理解しているからこそ、今こうして焦りを隠せないのだ。


 オーケラはフォークをそっと置くと「女将、酒はあるか?」と訊いた。


「ここは大使館併設になったんで揉め事禁止、だからお茶とコーヒーしか出せないよ」


 この喫茶店はちょっと前までワインや火酒も気軽に飲めたのだが、『大使館内で飲酒は如何なものか。それに酒で揉め事が起きれば二国間の問題になる』との事で酒類の取り扱いが止められた。といっても元々客が来ない喫茶店だったから酒類停止には文句の一つも出なかったのだが。オーケラはため息をつき、「そりゃ仕方ねぇ、──おい、飲みに行くぞ!」と仲間を連れて立ち上がった。ルツェル・スープを飲んでたハルセリアが「ちょ、ちょっと待ってください!」と慌てて後を追って出て行った。


「んたっく、技師たちは昔から変わんないわね」


 一気に客が居なくなった客席を見て女将はふぅとため息をついてぼやいていた。


 *


 夜の酔虎亭、キュリクスの技師や鍛冶屋の連中たちが酒を煽りながら声を張り上げていた。


「ルツェルの連中は数字ばかりで泥臭さを知らん!」「そーだそーだ!」


 彼らもルツェルの技師たちのレベルの高さは認めてるがどうしてもチャレンジ精神やハングリー精神が希薄に映ってしまうらしく腹が立って仕方ないのだ。そのため酒を飲んではルツェル技師たちを肴に騒いでいるのだろう。彼らにエールを運ぶ女将トトメスは「困った方達ねぇ」と言いながらも、拗ねてる子どもを見るかのような表情を浮かべていた。


「おい、お前ら。飲み屋に来てまで他国の技師をこき下ろすな。技師なら技術で語り合え。──ガキみたいに文句言いてぇ小僧技師はキュリクスに要らん」


 モグラットがグラスを置き、低く一喝すると、騒いでいた技師たちはぴたりと静かになってしまった。別に彼らは白けたわけ静かになった訳ではなく、彼らもルツェルの技術を高く評価しているからだった。特に精密機械の分野は彼らにとってルツェルは飛び越えたい夢であり、ルツェル技師からどれだけ学び取れるかと躍起になっていた。だが、やってきたルツェル技師の口から出てくるのは「計算」「討論」「数字」ばかりで描いていた理想の技師像とは少しずれていたから愚痴っぽく文句が出てしまった。その苛立ちはいつものように隅のカウンターで一杯やっていたモグラットも同じだった。そんな中、「そうですよ、楽しく飲みましょう!」とクラーレも場を和ませようとする。


 だがそこへルツェル技師たちがハルセリアと共に雪崩れ込んできた。


「あら、技師さんたちいらっしゃい! ゆっくりしてってね」


 トトメスやバイトのアルセスがキュリクス技師たちと離れた場所を案内してエールや火酒、そしてピクルスを出す。やがて互いのエールがどんどん進むと、なんと両技師たちが罵り合いを始めてしまったのだ。


「行き当たりばったり!」「頭でっかち!」


 両陣営とは関係の無い酔客たちはやれやれと嘆く中、クラーレとハルセリアの視線が火花を散らしていた。互いに目配せすると同時にエールを注文し、挑発するように一気に飲み干す。次はどうだと言わんばかりにまた目を合わせて自慢の胸を張り、今度はワインを頼む。二人は“酒豪”のため腹に流し込む勢いで杯を空け続け、それがやがて火酒へと移った頃、周囲もさすがに尋常ではない空気を感じ取り始めた。


 *


「だいたい、あんたが頭でっかちなのよ!」


 ハルセリアが指を突きつける。


「そっちだって考えなしに技師を選んだんでしょ!」


 クラーレも真っ向から反論する。酒に酔った二人はなんと技師たちを差し置いて罵り合いを始めたのだった。かつてトマファを巡る因縁も混じり、ののしり合いはエールの泡とともに激しさを増していった。全く関係のない酔客たちは「お、キャットファイトか?」と煽り出す。すると二人の熱はさらに高まると火酒をがぶがぶ飲んでは言い合いを続けるのだった。


「なぁにが計算だぁ! 計算高い女って嫌われるのよ!」


「考え無しに好き好きビーム出す女だってねぇ、嫌われるのよ!」


 結局は技師選定や開発手法での喧嘩ではなく互いの悪口を言い合うというまったくもって醜い争いになってしまったのだ。その様子を見た技師たちはふと気づいてしまう。


「……俺たちってえらく馬鹿馬鹿しいことで」「喧嘩してないか?」


 オーケラやモグラットの一言で酒場の面々は一斉にズッコケるのだった。



 なお、泥酔した二人はついに取っ組み合いのけんかを始めようとしたその時、当直巡回のアニリィが現れて「こらぁ!」と一喝、あっけなく首根っこをつかまれて警備隊詰所へと連行されてしまったという。まさか自分たちが“酒乱の女勇者”アニリィに酒のことで説教されるとは夢にも思っていなかっただろう。詰所では「酒は楽しく飲むものよ! あなたたちは見本にならなきゃダメでしょ!」と、本人こそ酒で数々の武勇伝を持つアニリィが説得力ゼロの説教を披露、酔いが醒めてきた二人はしょんぼりしていたという。──その“痴態”はすぐにトマファやヴァルトアの耳にも届き、結局二人そろってみっちりお説教を食らう羽目になったそうだ。


 *


 領主執務室。


 車椅子のトマファがいつものように報告書を読み上げていた。第一回目の技師交流会は波乱(?)こそあったものの無事に終了し、来月には早速第二回目の派遣が決まったという。あの酔虎亭での大騒動も一応“交流の一環”として記録されているが、技師たちは互いに熱意を認め合い、次回は冷静にやろうと約束したのだった。さらに前にアニリィが言い出した技官(テクノクラート)も雇い入れたので、レオナと技官の二枚看板で効率よく進められるだろう。


「──技師たちの交流は一応の成果ありと見てよさそうです。『今度こそお互い冷静になって技術開発を進めよう』と合意が取れたとか。共同開発は時間がかかりそうですが、一つ進展もあったんですよ」


「進展とな?」


 ヴァルトアが身を乗り出した。技術交流会の進捗を聞くたび碌な話が入ってこなかったので、進展があったと聞けば嬉しくて仕方がないだろう。──なにせ、タダじゃないのだから。


「単位の統一規格です。現在センヴェリア大陸では『ヒロ』や『チョーブ』って単位を使いますが地域や国によってけっこう誤差があるんですよ。キュリクス領内ですら年貢徴収量の『マス』が統一されてませんでしたからね。──そこで、ルツェルと統一基準を作ろうと話が上がったんですよ」


「……それだと大公とも話し合わねばなるまいし、統一規格についての話し合いも必要だよな」


「えぇ、そうなりますね」


 ヴァルトアは渋い顔をした。単位の統一規格は国家事業と同義であり領主の思い付きで制定すれば混乱は避けられない。実際、キュリクス領内での『マス』単位の統一は骨の折れる事業だった。腕の良い桝職人を選定し、『マス』の容量をエラール基準に合わせて作らせ、さらに専用の焼印を付けた『キュリクス公定品』の枡で計った量だけを徴税に認める制度を作ったのだ。加えてその枡を偽造した徴税官や農民は厳罰に処すと法令で定めるなど、思い出すだけで胃が痛くなるような難事業だった。しかも当初は無理解な農民の間に不満が噴き上がりかけて『マス統一一揆』になるかと肝を冷やしたが、幸いにも近隣の農民や徴税官たちが理解を示て説得したりしてなんとか大混乱には至らず収まった過去があったのだ。


 トマファは口元をにやりとさせてこう言った。


「えぇ。──そこでヴァルトア卿、ルツェル王宮に行ってみませんか?」


「俺がか!? となると、エラール王宮に伺いを立てねば、なぁ……」


 一領主のヴァルトアが勝手に他国へ行ったとなればエラール王宮は何を言い出すか判らない。いつ帰ってくるか、何を言い出すか判らない王宮にお伺いを立てないとと思うだけでヴァルトアの気分はぐっと下がってしまうのだった。そのとき廊下を二つの大きな足音が鳴り響く。一つはどすどすという軍靴、もう一つはカツカツという高いヒールの靴音だ。こんな歩き方をするメイドや警備隊は居ないので思わずヴァルトアもトマファも入口扉を凝視していた。するとその扉が激しく開く、クラーレとハルセリアが血相を変えて飛び込んできたのだった。


「ヴァルトア様、大変です!」とクラーレが叫び、 「ルツェル大公、フランツ・ヨーゼフ十世陛下が──」とハルセリアが続ける。そして二人そろってこう叫んだのだった。



「こちらにいらっしゃいました!」


「はぁ!?」


 ヴァルトアとトマファの声が揃って執務室に響き渡ったのだった。

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