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163話 武辺者の娘たち、夏休みを愉しむ・6

 夏の午後。魔導冷房機の心地よい風が執務室に流れ込んでいた。領主館の厚い壁を通してでも蝉の声が微かに聞こえ、窓からは若いメイドたちが庭先で新型洗濯機から白いシーツを取り出して干している姿が見える。涼しげに揺れる布を目にしながら、ヴァルトアは机に積まれた報告書をめくっていた。


「その後、何度かの実験を経て、無事に洗濯機が完成したそうです」


 車椅子に腰かけた文官長トマファが、手元の資料を見ながら口頭でも説明を添える。


「シーツやカーテンなどの大物は楽になったと思います。肌着類は汚れの酷いものは一度手洗いしますが、そのあと洗濯機で洗いますので作業効率は格段に上がりました」


 メイド長のオリゴが冷静に補足する。その表情は誇らしさを隠していたが、声には実感がこもっていた。


「そしてラヴィーナ王女殿下に無礼を働いた若いメイドについては私とマイリスとで口頭で注意致しました。──無意識とはいえ客人の御召し物を手にして冗談を言うなんて、メイドとしてあってはなりませんから」


 洗濯機が開発されるきっかけとなったのは、若いメイドたちがラヴィーナの肌着を手に「他人のパンツ洗い!」と軽口を叩いてしまったのだ。それがラヴィーナたちの耳にしっかり入ったため直属上官のサンティナがすぐさま窘めたのだが、事の重大さを鑑みてオリゴへと報告が上がったのだ。


 その後の話だが、ラヴィーナがお忍びでキュリクスに来ていることは理解していたが、彼女への無礼が国際問題に発展しかねないと判断したオリゴは、ヴァルトアを連れてラヴィーナの元を訪れたという。ラヴィーナは「気にしていない」と寛大な態度を見せたが、控えていたシュラウディアが「キュリクスの民の常識を疑いますよ」と厳しい言葉を放ったため、ただ謝罪するしかなかったのだ。その後、ミニヨやセーニャの取りなしによってようやく事なきを得て、最終的にラヴィーナから「私たちは良い隣人であり続けたい」と告げられただけでなく、「メイドたち二人には寛大な気持ちで接してあげて欲しい」と言われたため、該当のメイド二人には「口頭注意」程度の懲戒で済んだのだ。もし彼女らが怒りをあらわにしていたら、オリゴもヴァルトアも、当該のメイドたちも気が休まることはなかっただろう。


「ふむ……それで良かったんじゃないか?」


 ヴァルトアは窓の外で笑うメイドたちを見ながらゆっくり頷く。執務室から望む中庭は物干し場となっており、たくさんのシーツが白い蝶のように風に舞っていた。色々と頭を悩ます事はあったが、メイド達の業務が少しでも楽になることは望むところだった。


「ただ、問題が発生しております」


「ほぉ?」


 オリゴの声にヴァルトアが眉を上げると、トマファが紙束をそっと差し出した。


「金属加工ギルドや錬金術ギルド、それに創薬ギルドからの研究開発費と材料費の請求書です」


 厚みのある請求書の束を受け取った瞬間、ヴァルトアの眉がぴくりと動いた。オリゴが小声で呟く。


「……請求額は新人メイド十年分の賃金と一緒です」


 中を見ると『清掃代』が請求にきっちりと入っていた。洗濯機をひっくり返してギルド内を水浸しにしただけでなく、創薬ギルドを泡まみれにした後の掃除代も入っていたのだ。ミニヨたちが頭を下げ回っても技師たちが笑顔だったのは、そういう裏側があったのだ。


「値切れないの?」


 思わず本音が漏れる。「無理ですよ」とトマファはきっぱりと首を横に振った。その冷徹な声にヴァルトアは重く息を吐いた。窓の外では干し上げられたシーツだけでなくタオルも白く輝き、涼風にたなびいている。メイドたちの笑い声が蝉の声と共に風に乗って執務室へ届いていた。


「……民の暮らしが少しでも楽になるなら、まあ高くてもよしとしよう」


 ヴァルトアが苦笑交じりにそう呟くと、トマファは深々と頭を下げる。


「ヴァルトア卿の寛大なお心に感謝いたします」


「ただし、次回からは必ず予算会議を通してくださいませ」


 オリゴがきっぱりと釘を刺す。三人の間に苦笑が広がり、執務室には和やかな空気が流れた。


 なお、金属加工ギルドは洗濯業ギルドや裕福な邸宅に『魔導洗濯機』を販売し、大きく売り上げを伸ばしたという。しかも実際に使用する事で上がってくる顧客の意見、例えば『衣類が絡まって大変だから逆回転も入れてくれ』とか、『ふんわり洗い』や『熱湯洗い』の希望を吸い上げて機能の充実化を図っていったという。そして販売するだけでなく修理やアフターケアを専門とするギルド員を派遣する制度にも着手することに。


「毎度ぉー、今回は何がありました?」

「最近、振動が酷いみたいなんで」


 顧客の家を回るギルド員は胸元に薔薇のワッペンをしてたので、後に『薔薇チェーン』と呼ばれる事になったとか。そして熱湯洗い出来るよう改良された洗濯機も販売され、『それならこの洗濯機で麺類を茹でれば20分で50人前が……?』と、ビッグ錠先生もビックリな事を考える“食いしん坊”な料理人が出てきたとかなんとか。


 そんな中、錬金術ギルドのマルシアとダナスが開発した洗濯用洗剤は、女性の視点を取り入れた工夫が功を奏して町の主婦や商人に広まり、予想を超える利益を上げた。『時期におんぼろギルド建屋が白亜の大豪邸になるのでは』と時に噂されるほど売れたのだ。だがキュリクスの錬金術ギルドは定期的に爆発し、その修繕費で利益は煙と泡と共に消えてしまうのだが。

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