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161話 武辺者の娘たち、夏休みを愉しむ・4

 キュリクス金属加工ギルドの工房は今日も炉と鉄火の熱気、油と鉄の匂いに満ちていた。巨大な魔導エンジンの唸り声が響き、職人たちの声と金槌の音が飛び交っている。その一角に学院の少女たちが嬌声を響かせて陣取っている様はどうにも場違いな光景であった。


 洗濯機の開発は当初はみんな楽観的だった。というのもキュリクス北部コーラル村には、昔から水車の心棒に大型の樽を通して回転させ、洗濯に用いる文化があり、それを魔導エンジンに置き換えれば簡単に済むだろうと思われていたのだ。しかし再現を試みると、動力が強すぎて樽の箍が飛び、樽中の水が撒き散らされてしまい大失敗。研究は水浸しとなり、ミニヨたちはモグラットを伴ってあちこち謝罪行脚に追われたのだ。


 しかしそんな大失敗であっても周りの技師たちは「実験なんて失敗の積み重ねですよ」と言って笑うばかり。むしろ後片付けのために床をモップ掛けしてくれたり、粉砕された木樽を拾ったりと好意的であった。これもひとえにギルド長の教え、「誰かの成功はギルドの成功。他人の失敗で笑うな、原因を追求しないことを恥じて笑え」が息づいているのだろう。しかしこのような失敗も二度、三度と続けばミニヨたちの士気は徐々に下がっていくのであった。


「見てください、これが──洗濯機試作四号ですぅ……」


 胸を張るミニヨの声は徐々にしぼみ、工房の喧騒にかき消されかけた。これだけ失敗が続いていたらリーダーとして自信満々に発表することは出来なかった。失敗と原因追求を何度も重ね、善後策を練り、再び形にしていく。彼女たちが思い描いていた楽航路は、実は苦難の海だったのだ。その隣でセーニャが一歩前に出て声を張り上げると、ようやく職人たちの目も向く。


 今回は木製樽ではなく金属ドラムに木枠を組み合わせたごつい機械になった。モグラットが芯出しと研磨を施したドラム軸は鈍く輝いている。今回の四号機の構造は、魔導エンジンの動力エネルギーでドラム軸を回し、それに直結した金属ドラムを回すという単純な仕組みだった。


「昨夜一晩かけて作り上げたんだ、問題はねぇ!」


 機械のセッティングが終わったモグラットは汗をぬぐいながら豪語する。旋盤を使って丁寧に削り出し、ダイヤルゲージで何度も測定して芯出しした自慢のドラム軸、水流を生み出す回転皿、そして生み出した水流をわざとうねらせるよう付けられた内側の波板はモグラット自慢の品だった。


 ただ、彼も洗濯機本体の制作にここまで苦戦するとは思っていなかったようである。しかしその苦労すら楽しんでる節があり、鼻歌交じりでセッティングを進めるのだった。

 その横でラヴィーナが目を丸くしていた。


「まぁ、今回は金属ドラム式なんですね!──重くありません?」


「ラヴィーナ様がこの洗濯機を直接持ち上げることは無いでしょうから大丈夫だと思いますよ」


 すかさずシュラウディアがツッコむが、ラヴィーナの不安はやがて的中してしまう。



 試験が始まった。サンティナが実験用の洗濯物である雑巾と水を投入し、重たい蓋を閉じて合図した。モグラットが魔導エンジンの動力ギアをドラム軸に繋げると『ガチャコン!』と派手な音を立ててドラムが回り始める──が、数秒で「ギギギ……ガコン!」と悲鳴のような音を立て、ドラムがぶれたかと思うと、ごつい機械はゆっくりと横に傾いていく。


「あ、あぁ──」


 誰もがため息混じりの声を漏らしていた。ゆっくり傾いた機械は大きな音を立てて寝転ぶと、再び床を水浸しにしたのだ。


「完全に横転しましたね」


 サンティナは冷静に記録板に一言刻む、「――不合格」と。ミニヨの肩が落ちる。


「さて、そろそろ昼鐘だからちゃちゃっと掃除して飯でも食おうや!」


 誰かの一言で周りの技師たちはモップ片手に床を拭き始めるのだった。その様子をミニヨとラヴィーナは呆然とした顔で見つめるしかなかったのである。



 一方その頃、創薬ギルド内に移った洗剤班でも同じように事件が起きていた。


「……今回は試薬71番の発泡性を試してみましょうか」


 エルゼリアは水が入ったバケツにゆっくりと薬品を流し込んだ。そして棒でかき混ぜると泡が爆発的に膨張し、実験机が泡まみれになっていく。しかしその泡はエルゼリアの意思に反してどんどんと湧き、終いには床一面を真っ白に覆ってしまったのだ。


「エルゼリア様、これでは洗濯どころか泡を濯ぐだけでもたくさんの水が要りますね」


「はぁ、試験管ではうまく行ったんですが……また失敗かぁ」


 リーディアがモップ片手に床を拭く。彼女らの研究は洗濯用洗剤の開発だがここでも苦難が待ち受けていたのだ。


 創薬ギルドのアルディは「洗濯物の汚れに対して洗剤には2つの役割がある」と言う。一つは生地から汚れを浮かせる事、そしてもう一つは汚れが再び生地に付着しないよう分解する事だそうだ。つまり汚れを浮かせる主剤、分解する主剤を作り、それらを混ぜて洗剤を作り出すのがエルゼリアの課題だ。しかしそれぞれが得意な主剤を作り出してもただ混ぜただけでは洗浄力が下がってしまう、泡まみれになる、異臭が発生するといった失敗が続いているのだ。


「うまくいきませんねぇ」


 エルゼリアはバケツや机に酢を霧吹きでさっと掛けてから机の上で溢れかえる泡を片付ける。ふとそれを見てリーディアが尋ねた。


「ところでエルゼリア様、どうしてお酢を掛けられてるんです?」


「うーん。こうするとねぇ、泡立ちが抑えられて……片付けしやすいんです」


「ふぅん、それなら床にも掛けて下さい。床は私が片付けますんで」



 彼女たちの実験は失敗が続いており、今となっては誰かが『もう辞めようよ』と言い出すのではと思うほど士気は下がっていた。そして夜になればラヴィーナたちの宿舎に集まってはあれこれと話し合いを続ける日々。そして失敗の事実と失敗に対する解決案のレポートがどんどんとページを増していくのであった。

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