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159話 武辺者の娘たち、キュリクスを愉しむ・2

 サンティナに連れられて行き着いた先は金属加工ギルドだった。鉄と油の匂いが鼻を刺し、金槌で鉄板を打ち叩く音、ごりごり削る音が入口からでも鳴り響いている。まるで雑音のオンパレードといったところだろう。壁には大小さまざまな歯車や水車の羽根、星の砂や砂鉄の在庫量が書かれた掲示板、そして磨き上げられた工具類が整然と掛けられていた。その中で目を引いたのが、『安全こそギルド員の第一使命』と書かれた大層なスローガンである。


 学院組の少女たちが入り口に足を踏み入れると作業服姿で帳簿を書いてる受付嬢・クラメラが声を掛けてきた。


「サンティナちゃん達おつかれー、こっから先に入るなら安全帽お願いね」


「あ、クラメラ姉さん。──そういや入場ルール変わったんでしたね」


「そそ。この前、時計職人のホビリオ爺さんが天井からぶら下がってたホイストに頭をぶつけちゃってさ、そしたらここを二針縫っちゃう大怪我でさ! ──やれ労災だ、やれ再発防止策だと領主館の"車椅子の文官長殿"からたっぷり灸を据えられたって訳よ」


 ホビリオが縫ったであろう側頭部を指したクラメラは「私は始末書や顛末書の書きすぎで右手が腱鞘炎になりそうだったわ」と今度は手首をさするりながらぼやく。そして木をくり抜いたお椀型の安全帽を人数分差し出した。安全帽は薄地で軽く、そして黄色く塗装されている。そして内側には革ベルトや発泡体があり、強い衝撃を受けても大怪我しない作りになっている。


 クラメラの話を聞いてラヴィーナが「それが噂の文官長殿ですか?」とセーニャにせっつくと、顔を真赤にしながら小声で「はい」と応えていた。セーニャとトマファは仕事でなかなか会えずにいて、そのことをミニヨたちは残念がりつつも、からかうような視線で見ていた。『二人ともすれ違いばかりで気の毒だけど……ちょっと面白いかも』といった含み笑いが半分、『大人な二人の恋愛事情ってどんなのだろう』といった興味が半分だ。


「しっかり被って顎紐締めてくださいね」


 クラメラは安全帽を被ると顎紐や内側の革ベルトに指をかけて引っ張る仕草をする。安全帽をただ被るだけじゃだめですよと実演してくれていた。それを見て皆が安全帽を被り、顎紐をしっかり締める。


「なんだか私たち、軍人さんになったみたいです」


 ミニヨは安全帽を被るとセーニャに敬礼した。するとその姿に思わず反応するとセーニャは即座にぴしりと背筋を伸ばして敬礼で返す。それどころかサンティナとリーディアも背筋を伸ばし、返していた。その様子を見てラヴィーナもエルゼリアも「やはり皆さん、軍属なんですね」と感心したかのように漏らす。シュラウディアも見様見真似で返すが、ちょっと不自然である。


 受付の奥、ギルドの中は技師たちがメモ帳片手に自身の研究に取り組んでいる真っ最中だった。大きな金属製の歯車たちと向き合ってあれこれ話し合う者、回転具に金属を当てて丁寧に研ぐ者、上下にどすどす動く機械に赤熱した金属を差し込む者など、ミニヨたちが来たことにも気づくことなく没頭していた。


「まあ……! まるで秘密の実験場ですわ! あの工具は何なのかしら?」


 ラヴィーナは目を輝かせ、技師たちがいる作業台へ駆け寄ろうとしたその瞬間、皆が慌てて腕をつかんで押し留めた。ヴィルフェシスでもそうだったが興味を抱けばそちらへ駆けて行こうとする、大人しく出来ないのがラヴィーナの悪い癖である。


 おっとり口調のエルゼリアはというと、感心した声を漏らしながらリーディアと共にメモ帳にさらさらと書き込んでいた。


「工業系の研究所って素敵ですわね。実用性と生産性重視だからこそ、ここまで丁寧に整理整頓されているのでしょうか」


 金属加工ギルド内は整理整頓が徹底されていた事にエルゼリアたちは舌を巻いていた。工具一つどころか金属片一つ床に落ちていない、切削した金属粉ですら技師らが作業の手を止めてでもこまめにかき集めているのだ。その点錬金術界隈はこのような整理整頓についての意識は未熟で、雑然とした研究机のせいで小火を出したり、薬品の取り違えによる突沸や小爆発と言った軽微な事故は少なくない。


「ねぇモグラット師! ちょっといい?」


 サンティナはギルドの最奥まですたすた歩くと、万力に挟んだ金属を黙々と研磨作業する男に声を掛けた。


「うっせぇ忙しいんじゃ!」


 サンティナの声に怒鳴りながら小柄な男が顔を上げる。ごつい作業着に革エプロンと安全帽、そしてゴーグルをかけたその男は金属加工ギルドの技師――モグラットだ。周囲の技師たちが遠巻きに見てる中、彼はサンティナの姿を認めるや急に柔らかな笑みを浮かべたのだ。


「なんだ、領主館のメイドちゃんじゃねぇか。まあ、そこらへん適当に座れや。んで、今日は何の用じゃ?」


 学院組の少女たちは顔を見合わせ、思わず小声で囁き合ってしまった。人は見かけによらずとは言うが職人然としたこの男に作業中話しかければ「うるせぇ!」と怒鳴りつけそうな見た目である。そして実際に怒鳴り返してきたのだが、サンティナの顔を見るやこの表情。思わずミニヨたちは


「えっ、あの強面の人が……?」


「工具が飛んでくるかと思ったのに」


と、彼女たちの小さな驚きが漏れていた。

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