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158話 武辺者の娘たち、キュリクスを愉しむ・1

 学院は夏休みを迎え、ヴィオシュラの街でキュリクスの特別領事を務めるミニヨは仲間たち――従者のセーニャ、公国の王女ラヴィーナ、貴族令嬢のエルゼリアとその従者たち――を伴って、一年ぶりにキュリクスの地へ戻ってきた。


 石畳の道を進む馬車の窓から広がる田畑と遠くの鐘撞塔を眺める少女たちの胸には、それぞれ異なる感情が去来していた。エラール生まれのミニヨにとっては父母が居る“新しい"故郷であり、友人たちにとっては未知なる辺境領である。エルゼリアたちにとってキュリクスは名も知らぬ辺境で、何が名産かも見当がつかない。温泉や果物が名物だとミニヨから伝え聞いた印象だけが残っていた。


 キュリクス入場門前にはすでに多くの領民が集まっていた。領主ヴァルトアと妻ユリカ、そしてメイド隊が整列して出迎える光景に、ラヴィーナは目を見張った。


「まるで凱旋式ではありませんの?」


「……相変わらず大袈裟だよね、父様も母様も。──なんか恥ずかしい」


 これには父ヴァルトアの考えあってわざと派手な催しにしたのだが、娘たちにはそれは気づかない。彼女たちは馬車から降り立つと、ミニヨは領民たちに深々と頭を下げた。領主の娘としての立場を忘れぬようにと、心のどこかで自分に言い聞かせる。


 その傍らで従者のセーニャは鋭い眼差しを巡らせる。領民が一歩近づいただけでかすかに身構えるが、子どもが花束を持って駆け寄って来た時は「私が代わりに受け取りますね」と優しい声を掛けていた。


「今更だけど、セーニャったら随分と見違えたわよねぇ」


 ミニヨが思わず目を細めてしまう。今までは『卒なく仕事をこなす物静かなメイド』だった。だが、ヴィオシュラで培った礼儀正しい所作や振る舞いが、従者と言うより侍従としての役割にしっくり合ってきたのだろう。それだけでなく同じく従者として仲良くなったリーディアやシュラウディアの影響か、メイクの工夫も加わり、随分と大人っぽい見た目となっている。メイド隊の末席にいるプリスカとロゼットですらひそひそと囁き合っていた。


「ねぇねぇ……セーニャ曹長、少し変わったよね」 「目つき、まるでオリゴ隊長みたい!」


 領主夫妻は思わず苦笑し、ユリカが小声で呟く。


「……あのセーニャちゃん、もう色んなところで注目の的になってるわね」


 領民たちの目には、威厳と優しさを備えた“本物の護衛”として映っていた。子どもから受け取った花束をそっと胸元に抱いたまま凛とした表情でミニヨの後ろに控えた。誰かが安堵の笑みを浮かべ、別の者が「素敵ね」と頷き合う。その様子に周囲の硬さがほどけ、小さなざわめきは、やがて拍手と歓声へと変わり、門前はまるで祭りのような空気に包まれていった。


 *


 学院組が領主館に落ち着いた翌日、ミニヨは友人たちを連れて市場へ向かうことにした。久々に戻った故郷を案内し、この辺境の地の魅力を感じてもらいたいというミニヨの思いであった。


 しかしその提案に、ラヴィーナは付き添いとして文官レオナを呼ぶようヴァルトアに願い出た。しかし彼女はたまたまシュツ村の井戸掘り研究から一時的に戻っていただけで、翌朝早くにはシュツ村へ戻っていったのだ。既に出立済みだったのを知ったラヴィーナは相当に悔しがっていた。


 ミニヨやエルゼリア、さらにはラヴィーナの従者シュラウディアも二人の関係について何も聞かされていない。人様の恋愛事情には興味津々の乙女たちは事情を聞こうとあれやこれやと尋ねたが、ラヴィーナは「それはオトナの秘密ですわ」と笑ってはぐらかすばかりであった。


 キュリクスの市場は領主館から少しだけ離れた場所にあり、賑やかな通りには野菜や果物が山と積まれ、香辛料や薬草の匂いが風に混じって漂っている。


「まぁ! これほど活気にあふれているなんて……」


 ラヴィーナは目を輝かせ、木箱に並ぶ鮮やかな果実を覗き込んでいた。彼女にとってまるでお祭り騒ぎのように映ったのだろうが、午前中のキュリクスの市場はこんなものである。キュリクスは温暖な土地柄のため果物や野菜の生産は盛んだ。特に夏場になると近くの村から果汁たっぷりの梨やぶどう、お茄子やキュウリがキュリクスで消費される。


 エルゼリアはといえば、「よかったら試食どうぞ」と魚屋の女将から燻製鱒の切り身を差し出され、戸惑いながらも口にする。「……すごく、美味しいです」顔を赤らめ、礼を述べる姿に周囲の人々も笑顔で応じていた。それを摘まんだラヴィーナは「チーズと一緒だったらきっと最高に美味しいわね」と呟くと、近くのチーズ屋の親父がスライスしたものを差し出してくれた。チーズと燻製鱒を一緒に食べたラヴィーナはあまりに美味しさに「実家にお土産にしたいわ」と漏らしていたという。


 セーニャやリーディア、そしてシュラウディアの従者たちは子どもたちにせがまれ、即席の腕相撲に参加することになった。意外にも勝ち残ったのはシュラウディアで、力自慢の市場の男たちを次々と倒してしまう。「う、嘘でしょう……?」とセーニャとリーディアは呆然。子どもたちは大歓声を上げ、しかもラヴィーナはシュラウディアが勝つに白銅貨3枚も賭けていたから、勝ってご満悦の笑みを浮かべていた。


 *


 ──領主館に届けられた報告書には、学院組の様子が細かに記されていた。


『市場では大勢の領民に歓迎され、他にもラヴィーナ殿下が果物を試食しご満悦の様子。エルゼリア殿はキュリクスのワインを味わい、領民と笑顔を交わす。セーニャ殿は腕相撲を挑まれるも敗退。代わって従者シュラウディア殿が驚異的な強さを示し、子どもたちは大歓声を上げました』


 堅苦しい文体なのに楽しげな情景が浮かび、読み終えたヴァルトアは「楽しんでいるようで良かった」と漏らすと目を細めて笑った。ユリカも肩越しに覗き込み、「ふふ、エルゼリア嬢やラヴィーナ嬢も案外かわいらしいところがあるのね」と笑う。そこへトマファが姿を見せる。ヴァルトアは報告書を手にしながら尋ねた。


「で、いまミニヨたちは何をやってるんだ? 温泉で休んでたりして過ごしてるのか?」


「……それが、金属加工ギルドに入り浸ってます」


「はぁ?」「何故に?」


 領主館に小さな笑いが広がったのだった。

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