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152話 武辺者、盗賊を襲撃する・2

「なんですかこれ、ウタリ先輩」ブリスケットが訊く。


「“レオダム式防犯閃光筒”だ。元は冬の夜道を照らして手を温める携帯簡易照明だったんよ……」


 今から三十年ぐらい前、中央から左遷されたばかりのレオダムが自分の子どもたちのために試作した懐中灯兼カイロだった。子どもから好評だったためそれを大量生産してみたところ、設計ミスで強烈な閃光と熱を発する代物となってしまったのだ。結果、防犯用に催涙機能を加えてキュリクス中の子どもたちに配布したのだが「子どもに兵器を持たせるのか」と親たちから非難され回収騒ぎとなったのだ。


 だが、その一部は酔虎亭の女将・トトメスがちゃっかりネコババ──手元に残していた。錬金術ギルドが無償回収を呼びかける中、彼女が「銅貨2枚で買い取るよ♡」と持ちかければ多くの者は喜んで引き渡しただろう。実際、トトメスは過去にこの閃光筒を使った経験があり、便利さも理解してたから買い集めていたのだ。ただ、その『使った経験』には少々問題があったのは言うまでもない。


「でもこれ三十年も前のものですよね? 今も使えるんですか?」


 クラーレが怪訝そうに問う。レオダムのレシピを類推すると中身は魔素を添加した硫黄と鉄粉、それにアルミニウム粉だろう。そして催涙性を高めるために唐辛子粉も入っているだろうが、十年以上も経てば中身は全て劣化して使い物にはならないだろう。


「あぁ。だからクラーレっちの農薬を少し拝借し、改造も施してみたんだ」


「……何、入れたんです?」


「起爆用の過酸化アセトン。あとは閃光用のマグネシウム粉、催涙用の唐辛子粉。それに──農薬の硝酸アンモニウムだ」


 ピンが抜かれ、銀筒が闇に消える。かつん、かつん……と音を立て、廃鉱道へ転がっていく。見張りが目で追った瞬間、白昼のような閃光と爆轟がさく裂し、唐辛子粉を含む赤い煙が坑道に充満していく。坑口から咳と悲鳴が響く中、ブリスケットが低く呟いた。


「……このどさくさに紛れて突入します?」


「それいいな。──みんな、状況、ガス!」


 ウタリはそう言うと全員防ガス用面体を顔にはめ、それぞれの得物を持って廃鉱跡へと突入していったのだった。


 *


 硝酸アンモニウムは強力な酸化剤だ。過酸化アセトンを起爆剤に用いることで一瞬にして反応を引き起こす。反応の過程でマグネシウムが急激に酸化され、猛烈な熱とガスが同時に発生する燃焼を誘発する仕組みだ。さらに炸裂の瞬間には唐辛子粉が撒き散らされ視覚と呼吸を奪うのだ。殺傷力こそ低いが、閉鎖された坑道内では極めて危険な代物である。退路のない彼らにとってこれ以上もない有用な兵器はないだろう。


 防ガス面体を装着した四人はウタリの合図で一斉に突入した。先頭はアニリィとブリスケットの先輩後輩ペアだ。ブリスケットは鍛え抜かれた腕でダガー二刀を振るいながら力強く前進する。その一歩後ろをアニリィが軽やかに進み、ブリスケットが仕留め損ねた盗賊たちをまるでステップを踏むかのように鮮やかに切り伏せた。さらに後方ではウタリが前後の仲間に合図を送りつつ閃光弾を炸裂させた。クラーレは冗談めかした笑みを浮かべながらも背後からの奇襲を警戒しながら後方支援に徹していた。


 狭い坑道では距離を取る余裕はない。長剣や長槍を振り回そうとする盗賊もこんな狭いところでは天井や壁に当たって何の役にも立たなかった。場面にあった適切な武器としてアニリィもブリスケットもあえて短めのダガーを持ってきたのだった。


 延々と近接戦闘が続く。ブリスケットは力任せにドスドスと足音を立てながら突き進み、敵を次々と剣で殴りつける。アニリィはその脇をすり抜け、鋭い剣筋で仕留め損ねた敵を確実に無力化していった。ウタリは冷静に退路を塞ぎ、向かってくる敵を片手剣で峰打ちや蹴りで制圧していく。


 やがて一瞬の隙を突いて頭領が坑道から捨て身の逃亡を図ろうとしたのだ。その瞬間、クラーレの重いメイスが払い下ろされ、膝を打ち砕かれた頭領はあっけなく転倒、捕縛された。


 戦闘はあっという間だった。盗賊団は全員捕縛され、ほぼ裸にひん剥かれたあとにロープで拘束された。


「どうします? 緊急信号打って救助要請するか、それとも朝まで待つか?」


 今まで盗賊たちが飲んでいたであろうワインを一口含むと、アニリィは訊いた。やはり彼女は目の前に酒があれば手を伸ばしてしまう性分らしい。しかし誰が口を付けたかも分からない代物をためらいもなくラッパ飲みするあたり彼女の豪胆な性格がうかがえる。「ちょっと汚いですよ」とクラーレは制止してたが、飛び散った血糊が顔についたままの彼女に盗賊たちはそんなことは言われたく無かっただろう。


「なぁに今は夏だ、こいつらが凍死することは無いよ。せいぜい蚊に刺される程度だ。明け方には救助要請の信号弾を撃とう」


 ウタリはケガをした盗賊に包帯を巻きながら言った。何人かは打ちどころが悪く骨折や切り傷を負った盗賊はいたが、命に係わる大怪我をしたものは居なかった。ブリスケットやアニリィたちにも怪我は無かったものの、盗賊団全員が目や鼻の痛みを訴えていた。あえて強烈な唐辛子粉を仕込んでたみたいでこればかりはどうしようもない。


 交易隊から巻き上げた商品や金、約束手形も無事押収出来た。運送業ギルドから提出されている被害届と照合しやすいようにクラーレが物品ごとに細かく記帳する。これらは後に被害額に応じて按分し、被害者に分配される予定だ。押収した物の中には手紙や書状も含まれるのでこれらは運送業ギルドから各商会や名宛人に送られるだろう。


「アニリィっち、判ってると思うけど銅貨一枚でもパクったら王国法に従って縛り首だかんね」


 冷たく言い放つウタリに「判ってますよ」と応えながら再びワインに口を付ける。


「そのワインも盗品でしょ? って事は、縛りくび……」


「ちょ、ちょちょッ! 待ってくださいよ、ひどいなぁウタリっちは──はいはい、もうご馳走様しますよっと」


 そんな軽口が飛び交っているが王国法で押収物の“お手付き”には厳しい処分が付きまとう。『所有物は所有権者へ』が基本だ、特に領主ヴァルトアの被官であれば公人と同じ扱いを受ける。しかしそんな事より、怪しげな兵器を使って勝手に制圧したのは完全な軍律違反である。まず第一に考えなければならないのは押収物の記帳・返還でも盗賊の連行でもなく、まず領主ヴァルトアにこの一件、なんて報告しようであった。


「なんでしたら、幽霊がやった事にします? ほら、その方が面白いでしょ?」


 アニリィが口の端を上げて茶化した。その軽口に戦闘の余韻と冗談の落差を感じたブリスケットは苦笑した。一方クラーレは「始末書の打ち合わせでもしましょうか?」と肩をすくめるように冗談を返した。彼女は先ほどから押収物を一品ごとに事細かく記録しており、ときおり盗賊に『この押収物について証言くれる人、いるかな?』と問いかけながらメモを走らせていた。その熱心さのあまり、愛用のメイスは坑道の奥に置き去りにされたままだった。


「そう言えばクラーレさん、メイス忘れてます?──って重ッ!」


 ブリスケットがクラーレのメイスを掴んだ瞬間、間の抜けた声を吐いた。廃鉱跡へ行くまで必死に握りしめ、頭領の逃亡の際に膝を打ち抜いたメイスだったが、ブリスケットが思っている以上に重かったのだ。小柄で非力そうに見えるクラーレがそれを片手で軽々と振り回してたのだ、それにはブリスケットも舌を巻いていた。


 しかし捕虜の一人が別の盗賊団存在やその背後に潜む黒幕の存在をほのめかしていた。短いやり取りの中にも不穏な影がにじむ。ウタリはその言葉を胸に刻み、次の一手を練るべくありのままを領主ヴァルトアに話す事にしたのだった。

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