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142話 武辺者、立て続けに来訪者が来る

 今朝は晴れたのだがぐっと冷え込んだ。


 キュリクス領主館の廊下にはひんやりとした空気が流れ込んでいた。昨日の雨と昨夜の冷え込みで執務室の窓際梁に住み着くアルラウネのカミラーはうっすらと露をまとっていた。開け放たれた窓からは栗や干し果実を並べる市場のざわめきが届き、外套を羽織った湯治客たちが湯煙の立つ路地をゆったりと歩いていく姿も見えた。


 領主館の廊下を歩くヴァルトアの耳に、厨房前の賑やかな声が飛び込んできた。


「ナッツ派こそ正義!」


「はぁ? ドライフルーツ派の気品がわからないなんて、これだからセンパイたちは……」


「プレーンは裏切らない!」


 朝からメイド隊で階級を持つ三人が真剣な表情で激しい議論を交わしていた。ナッツ派のパルチミン伍長、ドライフルーツ派のサンティナ兵長、プレーン派のステアリン伍長。兵卒ではない彼女たちがそんな熱心な議論をしているとはなんとも微笑ましい光景である。議論の的となっているのはもちろん例の「キュリクス・クッキー」だった。


 そして両手を腰に当てたプリスカが目を輝かせて新人メイドたちに力説する声も館内に響き渡る。


「いい? 副長のクッキーは予約必須なの。ナッツもドライフルーツもあっという間に売り切れるんだからね!」


「はいッ!」


「はいですぅ!」


「はいッ──ん?」


 プリスカもメイド隊に配属されて一年、今では訓練隊上がりの新兵たちを指導する立場になったのだ。しかしそれは指導なのか? 誰の耳にも届くほどの、一人の新兵の疑問の声が聞こえた気がしたのだった。


 そのころ執務室の机の前でヴァルトアは見慣れた桃色の箱を手にしていた。側面には洒落たロゴ──Kyrikus Cookies──が金箔で押されている。蓋を開けると、中にはブリキ缶に収められた丁寧に焼き上げられたクッキーが整然と並び、脇にはマイリスの筆跡でこう記されたカードが一枚添えられていた。



【甘さ控えめは、仲直りの秘訣】



「……喧嘩中の恋人でもこのクッキー食べたら仲直りするって新聞に書いてあったけど……戦争中の国でも仲直りできるもんなのか?」


 ヴァルトアは半ば本気でつぶやいた。もっとも、この菓子は彼にとって甘くほろほろした味よりも、別の意味で記憶に残る代物だった。



(よりによってあのレピソフォンの婚姻政策騒動の後に……エラール王宮に置かれたのがこれ、だったな)



 ヴァルトアはふとあの日の事件記事を思い出す。レピソフォンの婚姻政策事件のあと、ルツェル大使が王宮に置いていったクッキーの箱──あれは事実上の“絶縁状”、すなわち「今後はキュリクスを通せ」という意思表示だったのだ。しかし王宮は最後までその意味を理解できなかったようだが。


 そんな回想を断ち切るように廊下から声が飛び込んでくる。 「今日、外交官が来るんですって!?」──クラーレの声だ。続けざま、プリスカの弾んだ声が響く。


「じゃあその方とクッキー囲んでみんなで食べて飲もうっか!」


 ヴァルトアは思わず額に手を当て、深く息をついた。


「プリスカ、まずお前は仕事しろ」


 *


 執務室の窓から差し込む光が書類を白く照らしていた。ヴァルトアは朝からあちこちで耳にするクッキー騒動を思い出しながら机上の書類に目を落としていた。廊下からカツカツと聞き慣れないヒール音が近づいてくる。その音に窓際で帳簿を整理していたクラーレがふいに眉をひそめた。この領主館内でヒールを履く者はいない、文官のクラーレやレオナだけでなく、妻ユリカでさえも普段は軍用編み上げ半長靴を履いているのだ。


「……なんか嫌な予感がします」


 クラーレが窓際で綴じ紐を引きながら小さく吐き出した。背筋は真っ直ぐ伸ばし、目だけは扉を射抜いていた。(どうせロクな奴じゃないな)と彼女は心の奥で毒づいている。


「なぁ、トマファはどうした?」


「午前はランバー接骨院でリハビリ訓練です。体幹の強化と、拘縮予防のストレッチを——週二回のアレです」


「そうか」


 そこで扉が軽くノックされる。ヴァルトアが「入れ」と言うと「失礼します」と澄んだ女性の声が掛かり扉が音もなく開いた。淡いグレーの上着に濃紺のスカートという女性らしい装い、胸元にはルツェル公国の小さな徽章が輝いている。銀製の土台に二重の月輪と中央に咲く白百合を象った細工──月は公国の信仰『月信教』を、白百合は公国に対する清廉と忠誠を表している。外交官や高位文官だけが着用を許される意匠で、距離が離れても一目で身分と出自がわかる象徴だった。そして左耳には三日月を象ったピアス。背をすっと伸ばした女が赤い封蝋がなされた書状を片手にまっすぐ進み、机の前で止まる。


「ルツェル大公からの書状でございます、どうぞお納めくださいませ」


 女は視線だけで礼を済ませて二重の月輪が刻まれた蒼い封蝋──ルツェル大公自らの署名と印が保証された正式な外交文書──を差し出した。ヴァルトアはそれを認めた瞬間、表情を引き締めると外交儀礼に則って椅子から立ち上がると静かに受領した。その一方で斜め後ろのクラーレは過剰なほどの警戒心を隠さず、一歩机に近づくと腰から下げた短剣の柄にそっと右手を置いていた。


「……ということで」女は呼吸ひとつ分だけ置いてから続けた。「──我が“栄光ある”ルツェル公国の大使をエラールから引き揚げさせたから、今後はここキュリクスに大使館を置くね?」


 一瞬、間の空いたかのような沈黙が流れるた。


「ということって、どういうことですかッ!」


 クラーレが机越しに詰め寄る。声が一段跳ね、執務室の空気がぴしりと張った。


(ああもう、この女、相変わらず初手から癪に障る)


「ほらほら、エラール王宮に啖呵を切ったらすごーく叱られてちゃってさ、ついにルツェル王宮から放り出されちゃったわけ。で、私、最初はシェーリング公国に駐在する予定だったの」


「じゃあ、その“予定”のままでそちらへ行ってください。外交特権のあるm"栄光ある"ルツェル公国の徽章つけてるのならキュリクスに寄る必要はないでしょ?」


 クラーレは視線を逸らさずに言い切った。(できれば永遠に来ないで)


「ほらほら、私、ヴィオシュラ学院の時代から正義感あふれる少女だったでしょ? 学院の不正と癒着を暴いたけどさ、対応が不十分だったから国に対して特別抗告を出したのよね」


「……で?」


「そしたら『ペルソナ・ノン・グラータ』を宣言されちゃったのよ、十年前に。で、それが未だに生きてるみたいで、ルツェル人事院がシェーリング公国への駐在について打診したら『お断りします』の一言だったってわけ」


 女は名乗りもせぬまま、先ほどから噛みついてくるクラーレではなく机上のクッキー箱へちらと視線を滑らせた。その眼差しは新しく生まれたキュリクスの銘菓を味わう目ではなく、書類を確認する査閲官のように冷ややかだった。


「エラールは引き上げたけど、あの王宮と完全途絶は避けたいからキュリクスにも大使を置こうって気運になってね。各国の顔を立てつつ実務を動かすのに“ちょうどいい”と、栄光あるルツェルはそのように判断したの」


「ルツェルの都合をキュリクスに押しつけないでください!」


「押しつけてはいないわ。——この地はあのバカ王子レピソフォンから好かれても嫌われてもないんだからちょうど良いんじゃない?」


「ちょ、ちょうどいいってなんなんですか!?」


「国際関係なんてそんなもんよ」


 硬質な言葉がすれ違うたび、部屋の温度が一度ずつ下がっていくようだった。クラーレの肩がわずかに上下する。ヴァルトアはサイドボードに乗ったコーヒーポットからカップに二つ注ぎ、三つ目を置こうとして手を止めた。


「で」クラーレが深く息を吸う。「その大使はどこにいるんです?」


 一拍。


 女の唇だけが形を作る。「わーたーし♡」


 クラーレの鼓動が一瞬だけ早まる。無表情、装飾のない声。なのに語尾の小さな♡記号だけが場違いに軽い——その落差が逆に冗談を冗談に聞こえなくする。


(やっぱりそう来たか。トマファ君の名前を出させる前にこの人を帰らせたい)


 クラーレは額に軽く手を当て、眉間の皺をひとつ深くした。


「ハルセリア・ルコック。書状の通り“我が栄光ある”ルツェル公国大使として本日よりキュリクスに着任しました」


 ようやく名乗った彼女は湯気の立つカップを一瞥し、それには手を伸ばさずにまっすぐヴァルトアへ視線を戻す。


「ヴァルトア様! この女狐、とっととルツェル公国に叩き返しましょう!」


「おいおい、大使を突き返すってキュリクスがルツェル公国とは『あなたとはもう会いたくない』って強い拒絶の意思表示になるんだぞ、会いたくて震えるの逆だぞ、逆!」


「古ッ! 下らねぇ!」


「そういう事でクラーレ嬢、ご協力よろしくね♡ まずは——カリエル君、どこ?」


 ヴァルトアはほんの一瞬だけ桃色の箱を見た。カードの一文が場違いなほど上品に光っている。



【甘さ控えめは、仲直りの秘訣】



 ヴァルトアはそっと視線を戻した。甘さ控えめでは仲直りには絶対に足りないと直感で理解してしまった。


 そして先ほどはあれだけ熱くなっていたクラーレだが、さすがに舌鋒の鋭さには敵わないと判断したのだろう、眉間の皺を深く刻んだまま押し黙った。執務室には妙な静けさが落ち、ヴァルトアは頭を抱えながらどうにか場を和ませようとするも空気はじわじわと重くなる一方だった。しかも先ほどはウケると思ってたギャグも滑ってしまい、もうじき執務室の空気が凍りそうである。


「改めて自己紹介いたしますわ、ヴァルトア卿、そしてクラーレさん。私はルツェル公国で政務秘書を務めていたハルセリア・ルコック。ここに来たのは国交の橋を築くことよ」


 必要最低限の経歴を淡々と口にするハルセリア。クラーレにとって彼女は『次世代の女宰相、激情を内に秘めた爆弾』として知られた存在だ。かつて偽名を使ってサーカス団に紛れて密入国し、トマファに会うためにやってきたこともある女だ。その時は差し迫った政変を知らせに来たのだが、皮肉にも今もルツェル公国は平穏なままである。


「こんな人をここに置くなんて!」クラーレはついに堪えきれず声を上げた。「だから大使はチェンジ不可だぞ」ヴァルトアが再び繰り返した。「別にあなたなんか取って食おうなんて思っちゃいないわ」とハルセリアは再び理詰めの一言で返し、クラーレを追い詰めるような視線を送った。


 そんな時、ハルセリアの目が机上の桃色の箱に再び留まる。


「これ、噂のキュリクスクッキーでしょ? 仲直りに効くって新聞にも書いてあったわ」


 ヴァルトアはメイド隊副長のマイリスのクッキーを模して作ったキュリクスの銘菓だと簡潔に誕生秘話を語るのだが、その合間にクラーレが冷ややかな茶々を入れるもんだから会話は微妙な温度差を保ったままだった。そこへ扉がノックもなく開き、プリスカがお茶を盆に載せて入ってきた。一年経ってもノックをしょっちゅう忘れるメイドである。


「お茶をお持ちしま──」


「やぁ猫メイドちゃん、ちょうど良かったわ。──実は、ルツェルの製菓技師をキュリクスに招く計画があるの。このクッキーを開発した菓子商ギルドとの橋渡し、お願いできるかしら?」


 ハルセリアが軽く切り出した。突然の話にプリスカは一瞬固まったが、「猫じゃねーし! フーッ!」と即座に反発してその声が執務室に響き渡る。もともとプリスカは猫扱いされることを極度に嫌がる性格だ、本人曰く「人間だし犬派だもん!」という強いこだわりがあるのだが、気まぐれさとすばしっこさはまるで猫そのもの。──だが、先ほどまでの張り詰めた空気とは違い場が一瞬だけ緩んだ。しかしヴァルトアは内心で察していた……これは面倒なことになる。


「勝手に話を進めないで!」クラーレが再び声を荒らげるが、ハルセリアは「勝手じゃないわ、今、あなたにも伝えたでしょう?」と返す。再び二人の呼吸が妙に合い、逆に場が凍りついた。


「まあまあ、お菓子でも」ヴァルトアがクッキーを差し出すと、クラーレとハルセリアが間髪入れずに同時に「要りません」と返した。微妙な沈黙である。


(……甘さ控えめじゃ足りないどころか、砂糖の袋ごとでも足りないな。)


 ヴァルトアはそう心の中でつぶやいたのだった。


 *


 しかし先ほどまで呼吸すら忘れそうなほど張り詰めていた空気はわずかに緩み、その変化を感じ取ったヴァルトアが「まあ、落ち着いたところで──」と口を開きかけた、その刹那だった。扉を叩く重く低い音が執務室に響き渡った。


「入れ」と促すと静かに扉が開き、入ってきたのは長身で筋肉質ながらも柔らかな雰囲気を纏った旅装の青年――ヴァルトアの次男、ブリスケットであった。その顔立ちや立ち姿にはどこか父ヴァルトアを思わせる面影が漂う。背後には数名の屈強な男たちが続き、おそらく第二近衛師団で副長を務めていたブリスケットを慕い、彼とともに退官した元軍属たちなのだろう。


「あ、父さんただいま」


「おかえり。話は聞いてるよ」


 ヴァルトアは父らしい穏やかな微笑みを浮かべた。『ミニヨとブリスケがこうして近くにいる』──その事実だけで心が晴れやかになる。ふと長兄ナーベルの姿も見たくなるが、それは胸の奥にそっとしまい込んだ。こういう時にうっかり長兄の名を口にすれば、ブリスケットやミニヨから「やっぱ長男が良いんだ」と思われかねない──と、かつて妻ユリカに釘を刺されたのを思い出したのだ。


「エラールでは激務だったろうし、キュリクスまで相当に長旅だったんだ、疲れているだろうからしばらくは温泉にでも浸かってゆっくりすると良い」


「父さんありがとう。部下たちの方が疲れてると思うからお言葉に甘えたいと思う──ってか、あれ?」


 ブリスケットがふと、父ヴァルトアと机を挟んで向かいに立つ女性に目をやった。


「ご、ごめんね、先客がいたんだね父さん! すぐに出ていくから、本当にごめんなさい」


 来客中にうっかり執務室へ入ってしまったと思ったのだろう。腰を直角に折って深々と頭を下げて素早く顔を上げる。その瞬間、視線の先にいた女性の顔をまじまじと見て思わず目を丸くした。


「てかあんた、ブリスケでしょ? めっちゃ久しぶりじゃん! ──って最後に会ってもう何年経ったっけ?」


「あれれ、ハルちんじゃない? うんうん、もう十年だよ、ハルちん。綺麗になったねぇ」


「そぉ? ブリスケも超イケメンになっちゃって!」


「ありがとぉ! そんな実感ないんだけどなぁ! どうしたのこんな地に」


「あぁ、そうそう。実はねぇ──ってか聞いたよ! あのアリシア事件ってのは何よ? ──やっぱ私、あの時にあいつを殺し……」


「ハルちん、それ以上はダメ。腹が立った時にふいに殺意をあちこちに撒き散らすのは昔からの悪い癖だよ? はい、反省〜」


 屈強な体躯からは想像もつかないほど愛嬌を帯びた口調がブリスケットの口から軽やかにこぼれる。それに釣られるようにハルセリアの表情も声音も途端にやわらぎ、学生時代の柔らかな面影が垣間見えた。その意外さにクラーレは半分呆れ、半分驚きの声音で「……ハルセリアさんってこんな顔出来るんじゃん」と呟く。同時にヴァルトアとプリスカも「俺の息子ブリスケットさん、そんな喋り方するんだ……」と舌を巻いていたが。


 やがてブリスケットが机上のクッキー箱に気づく。


「これ有名なんだって? みんなで食べようよ。父さんも一緒に!」


 その明るさに、クラーレは「あー……またそれですか」と深い溜息を返す。


「はいはーい、ではお茶を用意しますねぇ! あ、椅子が足りないかぁ、私、取ってきますね!」


 プリスカが手にしてたお盆をテーブルに置いて隣の倉庫から予備椅子を持ってこようとしたが、「メイドちゃん、椅子は大丈夫だよ」と言ってブリスケットが笑顔で制する、そして恐ろしい一言を吐き出したのだ。


「僕たちなんかが椅子を欲するなんて十年早いんだ──ってことで全員、“空気椅子”!」


「「はい、喜んで!」」


 屈強な旅装の男たちはいっせいに返事すると、その場で笑顔のまま中腰になり、“空気椅子”を始めたのだ。膝や太ももを徹底的にいじめ抜いて鍛え上げた賜物か、上半身は微動だにせず、それでいて笑顔を崩さない。その異様な光景に最初はぎょっとしていたプリスカだったが、お茶を用意して戻ってくると、いつの間にか彼女も空気椅子の輪に加わっていた。彼女も日ごろの鍛錬のおかげかやはり上半身は揺れていない。──ただし、悲鳴を上げそうというか、とんでもなく辛そうな表情を浮かべていたのだ。


 そんなプリスカの様子を見たブリスケットは、何を思ったのか彼女の膝や太もも、さらにはお尻まで軽くぽんぽんと叩き、「うーん、メイドちゃんはまだまだ筋肉が足りないよぉ。これじゃ身体壊しちゃうよぉ」と笑顔で言ってのけたのだ。どうやら本人としては親切なアドバイスのつもりだったらしいが、乙女の立場からすれば純然たるわいせつ行為である。


「このスケベぇ!」


 顔を真っ赤にしたプリスカ、勢いよくブリスケットの横頬を張り飛ばし、肩を怒らせながらヴァルトアに向かって「お嫁に行けなくなりました!」と大げさに訴えていた。


「ま、まぁ俺も現認してしまったが──今すぐお前の上官、オリゴを呼んで解決策を模索しようか?」


 その言葉を耳にした瞬間、プリスカの表情がみるみる引きつった。そうだ──ほんの数分前まで彼女は職務を放り出し、執務室でお茶を飲みながら楽しそうに空気椅子に興じていたのだ。もしここでオリゴを呼ばれでもしたら、間違いなく烈火のごとく叱られる。


「い、いえ、大丈夫です! ──そ、それならトマファ君との結婚を認めてください。それなら、胸を触られでもしない限り許します!」


 まさしく突拍子もない爆弾発言だった。プリスカの一言に、キュリクス・クッキーをつまみながらも火花をバチバチと飛ばし合っていたハルセリアとクラーレがその言葉にぴたりと動きを止め、同時に鋭く反応した。


「ちょ待てよ猫娘ぇ!」「ずるいぞプリスカぁ!」


「だって私ぃ、キズモノにされたんですよ?」


「ちょっとしたアドバイスなんだからそれぐらい良いでしょ?」と吠えるハルセリア。「あんたみたいにお尻もお胸もぺったんこのシンデレラ・ボディに触られたって訴えられたブリスケット様が気の毒よ」と、やれやれと肩をすくめるクラーレ。


「うるせぇ、二人して無駄な肉を胸から二つもぶら下げやがってぇ! 多産家系の私をナメるなよ。こんなぺったんこでも母乳は(たぶん)出るんだからね!(※)」


「わーい貧乳猫娘乙ぅ〜」

「はいはい、良かったわねぇ」


 泣きそうな顔をする少女をいじめる大人げない巨にゅ……女たちであった。


「えっと、僕はどうすればいいかな?」とブリスケットが言うので、ヴァルトアは「こちらで何とかするから、お前は何も気にしなくて良い」と答えるのが精いっぱいだった。胸の内では、ひそかにこう呟いたという──「甘さ控えめで仲直り出来るんなら、激辛だったらどうなるんだろうな」──この思いから『激辛キュリクス・クッキー』誕生につながったのは、また別の話である。



※貧乳でも母乳は出る:本当らしいです。学生時代からぺったんこが自慢(!?)の友人Kちゃんが『娘たちを授乳してた頃なんてねぇ、シャワー浴びただけでお風呂じゅう母乳だらけだったのよ』と言っておりました。それはそれで恐ろしいなぁ。

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