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130話 武辺者、冒険者登録をする・4

 中央公園を目指して少女たちは、元来た石畳の通りを元気よく進んでいく。


「ねえねえ、あの屋台……!」


 イオシスが目を輝かせて駆け寄ろうとした瞬間、エイヴァとルチェッタに両腕を引っ張られて止められた。


「今はまだ“お仕事中”でしょ」「終わったらね!」


 しぶしぶ頷くイオシスの横で、エイヴァは小さく咳払いをすると、得意げに背筋をしゃんと伸ばした。


「よろしい? 今はまだお仕事中なんだから、緊張感持ってやらないとリーダーのルチェが困る──」


「え、リーダーってエイヴァじゃないの? 言い出しっぺだったし」


 ルチェッタのひと言に、エイヴァは「え、わたし……?」と顔を赤くして口ごもった。


「私はルチェだと思ってたけど? ねぇ、オリヴィ?」


「え、リーダーっていたの?」


「じゃあリーダーは私ぃ!」


「「「それはない!」」」


 三人の声がぴったり揃ってしまい、思わずみんなで吹き出した。


 しばらくして目的の建物は見えてきた。白く塗られた石壁と『創薬』と大きく書かれた看板が掲げられた清潔感のある建物だった。


「ここ……だよね」


 中に入ると受付には白衣姿の女性がいた。ルチェッタは一歩前に出てしっかりと封筒を差し出した。


「錬金術ギルドのテルメさんからお届けものです」


「ああ、テルメ様から? ありがとう、中で冷たいものでも飲んで休んでく?」


 事務員の言葉に、イオシスが奥へ一人行こうとするのを三人は一斉に止めに入った。


「いいえ、まだまだ仕事中ですから」


 エイヴァの一言に事務員が思わず笑いながら頷く。


「そう? 頑張ってね」


「あの、レオダムさんを探してるんですが、ご存じじゃありませんか?」


 ルチェッタが事務員に訊いた。少し考えるそぶりを見せてから、


「東門そばの実験農園に行ったわよ?」


と応えた。レオダムがなかなか捕まらない。ギルドをあとにした少女たちの顔にはほんのりと疲れが浮かんでいる。ただの届け物のはずが気づけばちょっとした大捕り物になっている。少女たちは次の目的地──実験農園へと歩き出した。


 *


 通称・実験農園は、東門の外れに位置する広大な休耕地だった場所だ。魔導鋤込車を使ってグアノを鋤き込んだり、農薬で防虫防除の基礎研究が行われている。柵で区切られた畑には夏野菜が青々と茂り、少し離れた麦畑では麦穂が風にそよいでいた。


「わあ……キュウリが人の腕くらいある……」


「お茄子、赤茄子もあるよ!」


 はしゃぐイオシスの声が響く中、クラーレが研究ノートを片手に畑を歩き回っていた。彼女は領主館付きの文官だがこの地で農薬や肥料の基礎研究をしている。作業着の上から白衣を羽織り、麦わら帽子という出で立ちで今日も記録をつけていた。


「クラーレさん、お疲れ様です。――レオダムさん来てます?」


「クラーレ姉ちゃん、あそびにきたよー!」


 ルチェッタが声を掛けた。同じ宿舎の二階に住むもの同士、ルチェッタもイオシスもクラーレを見かけると大きく手を振った。クラーレは彼女たちに気付くと研究ノートを脇に抱えて四人の元へやってきた。エイヴァとオリヴィアは帽子を脱いで頭を下げる。


「お久しぶりです、クラーレ様」


「クラーレさんお疲れ様です」


「あら、おてんば四人組がここまで出動? レオダム師? 向こうで耕運機の研究をしてるわよ」


 クラーレが指差したその奥──日差しを避けるためのタープの中で三人の大人たち――白髪の男と錬金術師夫婦、ドリーとマルシア――が何やら金属の塊の前にて議論を交わしていた。


「つまりヘッド部の圧着が緩いから出力損失してしまう、と」


「ガスケットとしてオイルに浸した牛革を挟んでも、締め付けトルクを上げてもシール性がどうしても緩いみたいで」


「理屈はいいんです、対応策よ」──マルシアが手を振る。


 前に領主館でお披露目された鋤込車よりも随分と小型の耕運機の基礎研究をしているようだ。ルチェッタたちの姿に気づき、ドリーが顔を上げた。


「お嬢さんたち、どうしたの?」


「あの、冒険者ギルドからお届け物です」


 ルチェッタが包みを差し出すと、白髪の男が「おお、ようやく来たか」と手を伸ばす。そして包みを開くとおがくずの中に小さなジャム瓶のようなものが入っていた。


「ルツェル公国の魔導技師が開発したという、液状ガスケットでな。これを使えば、掃気漏れも減ると思うんだ。ヴィシニャクを送ったお礼にと、サンプル品を寄越してくれたんだ」


 この白髪の老人こそ、錬金術の元・ギルド長、レオダムだ。フレデリクから『変わり者の爺さん』と呼ばれていたが、ルチェッタたちに対しては意外と丁寧だった。


「ごくろうだったな。さて──」


と言ったところで、エイヴァがレオダムに送り状を差し出すと、彼は受領書にさらさらとサインを記入した。ただ、その横顔はちらりとクラーレの胸元を二度ほど盗み見し、鼻の下をわずかに伸ばしていた。


 そんなやり取りの間に、マルシアがふと思い出したように声をかけてきた。


「お嬢さんたち、スイカ食べてく?」


「食べるーっ!」


 イオシスの返事は誰より早く、元気よく響いたのだった。


 *


 ──そして夕方。


 冒険者ギルドのカウンターにルチェッタたちは揃って立っていた。強い日差しの街中を駆け回っていたせいで、四人ともすっかり陽に焼けていた。


「無事に配達完了しました。これ、受領書です」


 エイヴァがしっかりとした口調でそう言って受領書を差し出すと、午前中に新規登録の手続きしてくれた受付嬢がそれを受け取り、さっと確認した。


「はい確認しました。お疲れ様、依頼無事完了ですね」


 ぽん、と依頼書に完了印を押す。そして手提げ金庫から白銅貨を一枚取り出してオリヴィアに手渡した。


「報酬の白銅貨一枚です」


「わあ……!」


「ほんとに、もらえた!」


「やったー!」


「Sランク冒険者の第一歩にしては大したことなかったわ」


 四人は顔を見合わせて小さくガッツポーズを決めた。


「疲れたでしょうから、奥で休んでいきなさい」


 そ受付嬢のひと言に、四人はそのままギルド奥の喫茶スペースへと向かった。そして受付嬢に注文してテーブルに並んだのは──サンデーグラスに盛られたプリンアラモードだった。ぷるんと揺れるプリンの上に生クリーム、そして真夏の果物が色鮮やかに盛られている。


「うまっ」


「これ、たまにごほうびでしか食べられないやつだ……」


「疲れたけど、楽しかったね」


「うん、またやりたい!」


 口々に語りながらスプーンを運ぶ四人を、カウンター越しに見守っていた受付嬢がふと笑って、ぽつりと呟いた。


「……プリンアラモード四人前だから、白銅貨一枚ね」


 ――こうして、四人の小さな冒険は幕を下ろしたのだった。

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