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129話 武辺者、冒険者登録をする・3

テルメと小さな冒険者たち


 再び市場通りに戻り、東の入城門へと続く大通りを歩いたずっと奥。空に突き立てた長い煙突が目印の白くて古びた建物──それが錬金術ギルドだった。


「ここ、かな……?」


 ルチェッタたちは古めかしい建物の前で足を止めた。扉の横には『錬金術ギルド』と、かろうじて読める看板が掲げられていた。


「扉というか建物ごと傾いてない? ここであってるんだよね……?」


 エイヴァが声をひそめて言った。この建物もかつては輝くような白壁だったのだろう。だが今は積年の風雨にさらされて外壁はくすみ、継ぎ足された補修跡があちこちに目立つ。窓枠は当て木で強引に抑えつけられているが、どこからどう見ても歪んでいる。ひび割れや補修跡のない、比較的綺麗なガラスが入ってるおかげで、辛うじて廃屋に見えずに済んでいるだけだ。それでも長い煙突からはぷかぷかと煙が上がっていて、内部では今も誰かが仕事を続けている気配はある。


「なんだか悪い魔女が出てきそうよね」


 オリヴィアが剣袋を両手で抱きしめながら小声でつぶやいた。その瞳はじっと扉の向こうを見据えているが、ほんの少し、不安の色が滲んでいる。


「もー、オリヴィ、そういうこというのダメーッ!」


 イオシスがあわてて声を上げ、ルチェッタとエイヴァの手をきゅっと握る。四人の間にぴんと張り詰めた空気が生まれかけたが、ルチェッタの声でふっと和らぐ。


「大丈夫よ。悪い魔女がキュリクスにいるならアニリィ様がとっくに討伐してるわよ」


 普段は昼過ぎまで寝ていたり、酒を飲んではしょっちゅう問題を引き起こす女武官だが、キュリクスの治安を脅かす不穏な気配に対しては勘が鋭かったりする。領主から得た捜査令状を突きつけて不逞商家から違法物品を押収したり、秘密裏に活動してた危険思想の一団を壊滅させた事もある。ただ、扉を蹴破るつもりが建物を半壊させたり、単騎で乗り込んで無謀な捜査をしたりと問題点は多いのだが。もしオリヴィアが言うような『悪い魔女』が本当にいたならば、とっくの昔にアニリィが逮捕してるだろう。


「とりあえず開けるわよ」


 ルチェッタはノブを掴み、恐る恐る扉を引いた。からんからん、とドアベルが鳴る。


 外見の荒れた印象とは裏腹に室内は整然としていて驚くほど綺麗だった。壁沿いの書架には、鉱物標本や薬草瓶、分厚い論文集が丁寧に分類・保管されており、どれにもラベルが貼られて、きちんと整理されている。床と机は磨き抜かれており、塵ひとつ落ちていない。メイド隊の皆が毎日丁寧に掃除する領主館よりきれいである。ただ、空気には薬草と薬品が混ざりあった独特の匂いが漂っており、初めての来訪者には少々刺激が強い。


「あらお嬢さんたち、いらっしゃい」


 分厚い書籍を四冊ほど抱え、白衣を羽織った若い女性──テルメが現れた。髪はひとつにまとめられ、麻織の白いエプロンを着けている。


「ここは錬金術ギルドですが。えっと、自由研究の相談かな? それとも薬品の購入?」


「えっと、ルチェッタです。レオダムさんにお届け物を……」


 ルチェッタが会釈しながら名乗ると、エイヴァが小箱をテルメにそっと差し出した。テルメはその小箱にではなく少女たちの胸元で揺れる小さな木札に目をとめ、ふわりと微笑んだ。


「あら、見習い冒険者さんだったのね。懐かしいわぁ……レオダム師なら、創薬ギルドに行ったわよ」


「創薬ギルド……?」


「中央公園近くにある『お薬屋さん』よ」


 テルメはそう言って、ちょっと懐かしそうに四人を見つめた。


「私もね、昔は見習い冒険者だったのよ。見習い級の、最後の世代」


 そういうとテルメは銀色のチェーンネックレスを手繰り寄せると彼女たちと同じ木札を取り出した。角は既にくたびれて丸くなっており、経年の変色で飴色になっていた。その横には正規の冒険者銀証と国家錬金術師の金証がぶら下がっている。


「……その頃の話になると必ず『地図帳を逆さまに見てたよね』って、今でも市場の女将さんたちに、からかわれちゃうのよね」


「それってテルメさんの事だったんですか?」


 エイヴァがおそるおそる訊くと、テルメは苦笑いを浮かべながら応え、木札をそっと胸元にしまう。


「そうそう。創薬ギルドのアルディ──私の兄なんだけど──と一緒に薬草採りに森に入ったり、配達物を届け歩いたりして学費を貯めてたのよね。おかげで野草には詳しくなったし、地図を見て街を歩けるようになったわよ」


 十年とちょっとぐらい前に冒険者登録法が変わって、見習い級はもう廃止されている。それでも、かつてその制度の中にいた大人たちはあちこちにいるし、昔を知る女将さんたちはルチェッタたちの胸元に揺れる木片の札を見て懐かしそうに笑っていたのだ。とはいえその当時の木片をテルメのように下げてる人はそんなにいない。


 それならば、とテルメは言うと受付台の引き出しから封筒を取り出し、エイヴァに手渡した。


「よかったらこれ、創薬ギルドに届けてくれない? 受付に渡してくれれば大丈夫だから。……これは報酬ね、少なくて悪いけど」


 テルメは手のひらに一枚の白銅貨を載せて、ルチェッタにそっと渡した。少女たちは目を輝かせる。


「しょ、初めての……報酬……!」


「わぁ、冒険者っぽい!」


「ありがとうございます、テルメさん! 行ってきます!」


「ご安全に、見習いさんたち!」


 錬金術ギルドを飛び出していく四人の背中を、テルメの優しい声がそっと押したのだった。

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