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127話 武辺者、冒険者登録をする・1

 夏休みに入ってしばらく経った頃。


 人気のない学校の門前に初等学生の少女たちが立ち尽くしていた。 ルチェッタ、イオシス、エイヴァ、オリヴィア──通称「おてんば四人組」だ。今日もいつものように剣技道場で自主練しようと集まったのだが……。


 校門には、大きく書かれた看板が――。




『教職員も夏休みに入りました。校舎・道場・教室の利用はできません』




「……施錠されてるわ」


 ルチェッタが門扉を揺らして確認する。


「テンフィ先生の補習授業、昨日までだったもんね」


 眼鏡を押し上げながらエイヴァが呟いた。成績に不安がある子、飛び級目指してアビトゥア(卒業認定試験)受験する子たち向けの補習授業のことだ。


「先生だって、夏休みは欲しいよ」


とオリヴィア、小さな声だがどこか納得していた。オリヴィアの父――領主館衛兵隊隊長・ヴァレリオ――もちょうど今月半ばから職場の夏季休暇に入るそうだ。そのため休暇はどこへ遊びに出かけようかとコールブレイ家では夕飯時の話題なのだが、オリヴィアの母ベラの体調が思わしくないので、家でゆっくりするべきだとオリヴィアは思っている。


「ったっく、困ったわねぇ」

「こまったー」


 ルチェッタとイオシスの声が重なる。ルチェッタは眉をひそめて唇を尖らせるが、一方のイオシスは『残念だけど、なんか楽しいね!』と笑顔を浮かべている。まるで冒険の幕開けのように受け止めていた。その対照的な反応が四人の空気をふわりと和ませる。


 じりじりと刺すほどの陽射し、そして蝉の声だけが校門前に響き渡る。そこでエイヴァがぽつりと呟いた。


「ねぇ……冒険者になれば訓練場も使えるし、クエストこなせばお小遣いにもなるんじゃない?」


 普段は真面目でいい子のエイヴァにしては突飛な事を言いだしたのだ。その言葉に最初に興味を抱いたのはイオシスだった。


「それいい! ドラゴン退治して、目指せSランクっ!」


 きらきらした目で拳を振り上げる。ヴェッサの森からキュリクスへ遊学して半年。センヴェリア語に自然と親しみ、エルフ語であるカルトゥリ語が出てくることも随分と減ってきた。そして明らかになったのは、彼女の根っからの楽天性だった。仲良しのルチェッタとは考え方も好みも近く、思ったことは何でも口にし、しばしば突飛なことを言って周囲を驚かせることもある。


「……危なくないなら、私も」


 オリヴィアは佩刀していた剣袋をそっと握りしめた。


 反対するものは居ないし、冒険譚が三度の飯ぐらいに好きなルチェッタは目を輝かせ、両手を腰に当てて言い放った。


「それ、おもしろそうじゃない? よし、行くわよ! 冒険者ギルドに!」


 *


 キュリクスの中央広場から東へ少し歩いた先、石造りの庁舎のような建物の扉が勢いよく開かれた。


「頼もうっ!」 「たのもー!」


 勢いよく駆け込んできたのはどう見ても初等学校の少女たち──ルチェッタとイオシスだ。続いてやや控えめにエイヴァとオリヴィアも入ってくる。あまりにも場違いな子供たちの来訪に冒険者ギルド内がざわめいた。


「……は?」


「ちびっこ……? カチコミか?」


「小娘の来るところじゃねぇよ、お嬢ちゃん方」


 受付カウンターの、きりりとした黒髪の受付嬢が立ち上がる。長身で短い髪、どこか女軍人を思わせる雰囲気をまとった彼女が苦笑しながら対応に出た。


「いらっしゃいませ。……ご用件は?」


「冒険者になりたいです!」


 薄っぺらい胸を張ってルチェッタが答える。受付嬢は一瞬唖然としたが、一拍置いて柔らかい笑みを浮かべる。


「冒険者になるには資格か身分証が必要よ。まず、初等学校の卒業資格か身分を示す資格証は持ってるかしら?」


「あ、いや……その……(チラッ)」


 ルチェッタはエイヴァたちを見る。エイヴァとオリヴィアも気まずそうに目をそらした。イオシスに至ってはたった今そこらへんで書いたであろう証明書らしきものをチラ見せさせていた。


「……それ、コピーとらせてくれる?」


 真面目なのか冗談に付き合ってくれてるのか、受付嬢はイオシスがチラ見せし続ける何かに手を伸ばす。


「こ、コピーだめ、除籍になったかもー?」


「それないと登録手続きできないの、制度上ね。――冒険者なんて誰でもなれるって思われがちだけど、信義則が求められる仕事だから」


 苦笑いを浮かべながら、受付嬢はキャンディの籠をカウンターに出した。


「よかったらこれどうぞ。冒険譚に酔って一旗揚げたいって気持ちは判るけど、あなた達お嬢さんに危なっかしいお仕事はお任せできないわ。――創薬ギルドの薬草採りなら紹介できるけど?」


 イオシスが手を伸ばし、キャンディを二個取ろうとしてルチェッタに肘でつつかれ、「あいたっ」と小さく声を上げる。


「待ってください! 本気なんです、私たち!」


 先ほどまでルチェッタの背中に隠れるようにしていたエイヴァが声を上げる。その声があまりにも大きかったため、奥で一杯飲んでいた冒険者たちが一斉に顔を上げる。


「なんだ、子どもたちが騒いでるのか?」


「訓練見学か? いや、違うぞ……登録申請中らしい」


「おいおい、マジかよ」


 徐々に騒ぎが大きくなってゆく。そのときルチェッタがひときわ大きな声で叫んだ。




「私はドラゴン倒してSランク冒険者になる女よ!」




 ――しばしの静寂。次の瞬間、冒険者たちの笑い声が爆発した──。


「はっはっはっ! いいねえ元気あって!」


「夢見る冒険者、誕生だな!……平和な時代にこんな子がいるとはねぇ」


「将来はキュリクスのクランリーダーになってもらうか」


 その中のひとり、大柄な男が笑いながら立ち上がる。ガイヤと呼ばれる筋骨隆々の男だ。


「Sランクになりたいって? なかなか大きな夢だ、若いっていいね!」


 隣で椅子にちょこんと座り火酒を呷る小柄な男──マッシュが茶々を入れる。


「ドラゴン? 熊や猪だって最近見てねぇよ、このあたり」


 最後に髭面の穏やかな青年──オルテガが苦笑しながら言った。


「夢を持つのはいいことだ。でもな、冒険者ってのは地味な“日雇い労働”だぞ」


 子どもたちは顔を赤くしながらも真剣な目でカウンターに立つ受付嬢を見つめていた。それは、笑われても、子ども扱いされてもなお前を向く、“小さな冒険者”の目だった。


 *


 ギルド中に冒険者たちの笑い声が響き渡る。その喧騒を切り裂くように男一人、二階からゆっくりと階段を降りてきた。白シャツに黒のスラックス、短く刈り込んだ白髪の男は大柄で鍛え抜かれた体つきをしていた。その姿を見た瞬間、今まで騒いでいた冒険者たちだけでなくルチェッタ達も口を閉ざす。ギルドの誰もが頭の上がらぬ存在──ギルド長、フレデリクである。


「……なんの騒ぎだヤロウども。二階で仕事してても耳痛ぇぞ」


 その声一つで先ほどまでゲラゲラ笑ってた冒険者も背筋を伸ばす。受付嬢がフレデリクの元へ駆けよると軽く頭を下げ、「子どもたちが冒険者登録を希望してまして……」と簡潔に説明する。フレデリクは無言でルチェッタたちをじっと見つめ、ゆっくりと距離を詰めた。その圧力には言葉以上のものがあった。ルチェッタたちは一瞬たじろぐも、目をそらさず立ち続けた。


 しばし逡巡のあと、フレデリクがゆっくりと口を開く。


「登録はできん」


 ルチェッタ達は肩を落としかけたその時──


「……だが、“やる気”だけはそこらのボンクラ荒くれ共より良さそうだな」


 ルチェッタたちの瞳が輝く。イオシスが「やったー!」と声を漏らしそうになり、オリヴィアとエイヴァがそれを止めた。フレデリクはイオシスを見てふふっと笑うと胸ポケットから一枚の依頼書を取り出した。そして片膝付いてルチェッタに突き出す。


「よし、四人でやってこい――レオダムって西区の変わりもんの爺さんに商品を届ける仕事だ。報酬は白銅貨一枚。きっちりこなせ」


 フレデリクは依頼書をルチェッタに手渡した、子どもたちはそれを見て一斉に頷いた。彼はニヤリと笑い立ち上がると、ゆっくり受付カウンターの奥へと回り込む。そのまま無言でロッカーの扉を開け、中の引き出しから小さな木片を四つ取り出し受付嬢に手渡した。


「これに刻印して渡してやれ。……“見習い級”のタグだ」


 受付嬢は少し驚いたように目を丸くした。


「……見習い級って制度、まだ残ってたんですね」


「とっくの昔に廃止されてる。――夏休みの思い出に悪かねぇだろ」


「承知しました。すぐ、用意します」


 受付嬢は四人から受け取った登録申込書を確認すると、受付カウンターに設置された魔導具に手早く内容を入力し、楕円形の木片を所定のスロットに差し込んだ。ジィジィと音を立てながら、魔導具は数分間動作を続ける。


「はい、あなた達の冒険者登録証よ。――正式な身分証として使えないから気を付けなさい」


 受付嬢が革紐を通した木片を子どもたちに手渡した。彼女らは目を見開いて喜び、首に掛ける。ギルドの大人たちはそれらを見て笑い、軽い拍手が起こった。からかい半分、応援半分。けれどその空気はどこか温かかった。フレデリクは振り返らず四人に言い放つ。


「見習いでも仕事は仕事だ、責任もってやってこい」


 フレデリクなりの応援だった。ルチェッタたちはその彼の背中を真剣な眼差しで見送った。

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