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126話 武辺者の女兵たち、野外訓練をする。

 夏が始まったばかりのことだった。


「ねえ、せっかくの夏なんだしさぁ、バカンスやろーよぉ!」


 その冗談のようなひと言から、メリーナの“自由参加型バカンス”企画は始まる。海へ行くか山に行くか。女兵隊たちに選ばせて好きな場所で思う存分くつろいでもらうという趣旨だった。


 しかし海を選んだのはメリーナひとり。そして山を選んだのはウタリただひとり。そして残りの女兵隊全員は――「そんな暇があったら寝ていたい」「上司とバカンスってどんな罰ゲームですか」と無言の拒否を貫いたのである。


 せっかく領主ヴァルトアに直談判して勝ち取った貴重な夏季休暇は、かくして企画者の虚無感あふれる結末となったのだった。


 独り不貞腐れながらも浜辺でキャッキャしてたメリーナは、たまたま沖に浮かぶ所属旗を掲げない船舶へ泳いで乗り込み、


『海岸で一緒にバーベキューしようよ!』


と無茶振り。停泊する船に乗り込んで居座るという海賊紛いの事をしたらしい。するとその船、北部プロピレン領所属の岩牡蠣密漁船だというのが判明。『悪・即・断』のメリーナ、靴ベラ片手に制圧、拿捕したという。


 その後、官憲に密猟者を突き出した褒章として領主ヴァルトアに申し出たものは――いやはや、それをおねだりされたヴァルトアも文官長トマファも苦笑いだったという。



 現在のメリーナは斥候隊隊長に加え、工兵隊の隊長代理も兼任している。工兵隊隊長のオーリュラが先の山賊掃討戦で重傷を負い長期療養、その職責まで彼女の肩にのしかかっていたのだ。今年の夏は新入隊員向けの初任訓練(ブートキャンプ)がないので、せっかくなら職業軍人としての底力向上、あとついでに寂しかったバカンスへの異種返し。――つまり、メリーナが申し出た褒章は……。



「よしみんな、サバイバル訓練だよ♡」



 こうして“斥候隊と工兵隊の合同訓練”という名目のもと、一か月もの山中サバイバルが始まったのだ。


  ★ ★ ★


 サバイバル訓練の重点課題は、近接戦闘力の底上げ、斥候能力の向上、そして拠点造営の迅速化だ。そのほかにも、山中での測量による地図作成、安全な進軍ルートの確保、夜間哨戒の訓練など幅広い技術指導も行われる。


「胃から汗をかこうね♡」


 メリーナの言ってることは最初から無茶苦茶だった。しかし女兵隊員は全員何らかの形でメリーナの指導を受けているから彼女に常識なんかを問う人は誰一人いない。皆の心が折れるギリギリの課業を指示して、自分もこなす。もう二度と悲しい事故は起こさせないために一人一人が強くなって欲しいから課してるのだろう。



 そんな訓練も終盤に差し掛かった頃、午前0時からの夜哨当番に指名されたのは私──工兵隊所属ネリス──だった。指導班パウラ伍長から自分の名前が呼ばれたので私はそそくさ荷物をまとめ始めた。手ぶらで夜哨は出来ない。


「相方は……ジュリア。二人で一晩がんばって」


 パウラ伍長が続ける。そう言って現れたのは腰から短剣をぶら下げた、見事なギャルメイクの少女だった。


「やぁネリちん! 今日もえっらい気合い入ってるんじゃない?」


 見た目こそ軽薄さを感じるジュリアだが実はめちゃくちゃ真面目だ。訓練中は必ずメモ取るし、先輩パウラ伍長の指示もきちんと守る。だが、極度の緊張と注意力の空回りからくるドジ癖や、とんでもないポンコツぶりを披露したこともあり、そのため『エース(*皮肉)』とあだ名されていたという。だが斥候技術に関しては試練のせいかか天賦の才か、行方不明になった子どもや家畜の捜索では経験豊富な隊員でも見落とすような痕跡を次々と発見し、何度も任務達成に貢献している。今では『次期エース(*称賛)』と、工兵隊でも名前が挙がるような子だ。なお最近キュリクスで流行ってる『気合い入ってる』は、彼女の口癖だ。


 私は「よろしくっす」と素直に頷くことにした。



 ジュリアとパウラ伍長とは、私が訓練生だった頃からの付き合いだ。


 ひ弱だったし、当時の相棒のクイラとは体力差もあった入隊当初。基礎体力向上のため、休日に走り込みをしていた私は、熱中症でふらついてしまった。そのとき介助してくれたのがこのふたり。それ以来、休みが合えば一緒に走り込みをして食事して風呂に入りにいく仲となり、今ではメイド隊のクイラを加えた四人、公休日が重なれば合同訓練をしている。それがちょっとした楽しみ。


 しかし合同訓練で一ヶ月近くも山籠りしているのだが、私とジュリアはなかなか一緒になる機会が無かった。食事時に顔を見ては「よぉネリちん」「ジュリ先輩、ちっす」と呼びあうぐらいである。そんなジュリアと一緒に夜哨を組まされるのも、なんだか悪くない。


 夜哨訓練とは決められたポイントを決められた時間に巡って歩き、緊急度が非常に高ければ赤い信号砲を打ち、低ければどちらかが本部まで走って知らせる。つまり異常があればその緊急度に併せた報告方法を執るって訓練だ。――たまにメリーナ隊長が『最高脅威役』として靴ベラ片手に現れるらしいけど。


 私は夜哨での装備品を確認する。信号用銃砲と赤と白の弾、それに斥候隊が使う探索棒と魔導カンテラ。他には夜食用のおやつや毛布が入ったリュックもだ。


「ネリちん大丈夫?」


「──大丈夫っす」


 お互いの装備品を指差呼称で確認すると、規定位置より夜哨訓練に入った。


 *


 黄昏時はフォルテッシモの虫の声も、深夜になるとメゾピアノくらい穏やかだ。ここは街から随分と遠いので星空が眩しいほどに瞬いていた。「訓練とは言え油断しないで」と、私達を送り出したパウラ伍長の声が耳の奥に残っている。


 夜哨に入ってから随分と時間が過ぎた頃。


 巡回する夜哨地点を二人で歩いていたところ、茂みの奥からふらりと一人の少女が現れた。白い肌、身なりのいい服、ぼんやりとした瞳。年の頃は九つか十ほどか。


「……誰?」


 私は探索棒を強く握りしめて問いかけると、少女は首をかしげたまま応えた。


「リオラ。おばあちゃん探しとった」


 こういう時、一人は武器を隠し持っていないか身体検査し、一人は短剣を抜けと指導されている。しかし相手は子ども。私とジュリアは探索棒を畳んで腰に差し戻す。


「おばあちゃん? こんな夜遅くにいなくなったの?」


 そう聞きながらジュリアはリュックを降ろし、夜食用のお菓子を差し出した。そして持っていた濡れタオルで身体を拭いてやる。──ジュリアはお菓子でリオラって子の警戒心を解きつつ、タオルで身体を拭きながら身体検査をしていた。腰だめや太もも、背中に刃物を隠していないかをさり気なく触りながら確認する。


「うん。ときどき居なくなっちゃうから」


「そうなんだ、いつ頃から居なくなっちゃった?」


 ジュリアは敷物を広げるとリオラに座らせる。そしてリュックから毛布を取り出して膝下に掛けてあげた。彼女は笑顔で尋ね、リオラは静かに応えていたが、警戒は怠っていない。左手を腰の後ろに回して『警戒』、と私に指信号を送ったのだから。


「家族が急に居なくなっちゃうと心配だよね。ちょっとお姉ちゃん、救援を呼んでくるからそちらのお姉ちゃんとお話をしててくれない?」


「うんわかった」


 そう言うとジュリアは『本部に走ってくる』と言うと夜哨地点から駆けていった。脅威は無いし緊急度も低い、ジュリアが直接状況説明に行くみたいだ。しかし何度も指信号で『武器ナシ・警戒』を送っていたのは印象的だった。


 *


 ジュリアが戻るまでのあいだ、私はリオラと静かに言葉を交わす。


「訓練って大変?」


「大変だけど楽しいよ」


「身体が丈夫じゃないと出来んよね」


「訓練をこなしてちょっとずつ丈夫になればいいよ」


「私ね、弱っちぃし」


 リオラは時折奇妙な言い回しをする。キュリクス出身の私ですら聞いたことがないから、この辺の方言なのだろう。


「ところでどの村から来たの?」


「すぐそこ、川を超えた近くの村。……でも、もうないかも」


 そんな風にどこか夢を見ているように応えるのだ。




 やがてジュリアが息を切らせながらパウラ伍長と共に戻ってくる。


「ネリちん、やっぱこの辺に村なんてないよ! 十年以上前に土砂で流されたって話らしいし……」


「でも、リオラちゃん……ここにいるじゃん」


 ふとリオラが居た方へ目をやると毛布だけが敷物の上に乗っていた、今の今まで誰かが居たかのように置かれている。リオラの姿はどこにもなかったのだ。ジュリアは落ち着かず、毛布と私を何度も見返す。


「ネリスちゃん、すぐにジュリアと次の地点への哨戒に入りなさい」


 パウラ伍長は静かにそう命じたので、敷物と毛布をジュリアのリュックに詰めると探索棒を引き伸ばして次の哨戒地点へと歩みを進めるのだった。


 *


 うるさいほどに眩かった星空が徐々に瑠璃色の空へと代わりつつある。そして東の空があかね色に染まるころ、メリーナが哨戒地点に姿を現した。


「お疲れ様だったね、二人とも」


 こんな時間でも元気そうな顔のメリーナ隊長が声をかけてくれた。手に持ったマグカップ二つを私達に突き出した。ふわりとハーブの香りするお茶だった。


「……訓練してるここ一帯ね、十数年前の大雨でいくつかの村が壊滅してるのよ」


 メリーナ隊長が静かに告げる。


「ですが、リオラちゃんは確かにいたんです」


 私は静かに告げると、メリーナ隊長はうんうんと頷くと私とジュリアの肩をぽんぽんと叩く。


「夜哨っていろんなことがあるもんだよ。今日は頑張ったから、昼前までゆっくり休みな」


 メリーナ隊長は肩をすくめ、優しい目をして言った。「リオラ殿の保護、お疲れさん」


 その夜の出来事は、私の軍歴でも数少ない“本当に不思議な体験”だった。話を聞いた者たちは「幽霊だ」「お化けだ」などと面白おかしく語っていたが、私はそうは思っていない。


 あの夜に出会ったのは、家族を探して山中を静かにさまよっていた心優しい少女──そう思うことにしている。

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