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110話 武辺者の若き家臣、実家の危機・3

 キュリクス郊外にある、領主館が所有する蒸留所の扉が久しぶりに開かれた。


 トマファの提案とダンマルクら職人たちの協力によって、廃れていた施設が再び命を吹き込まれるのだ。ここはかつて歴代領主が火酒を造るために所有していた由緒ある蒸留所であった。しかし代替わりとともに製造が中断され、次第に使われなくなっていったのだ。今では稼働を止めたまま長い年月が経っていたのだが、領主館の管理下で年に数回は清掃が行われており、内部は清潔に保たれていた。年季の入った銅製の蒸留釜や保管棚、そしてまだまだ使えそうな作業台が、静かにその再始動を待っていた。


「さて、この“クソまずい酒”が、果たして姫君になるか怪物になるか……見ものだな」


 ダンマルクたちがまず取り掛かったのは、“失敗作”として送りつけられた火酒から「使えるもの」と「どうしようもないもの」を仕分ける作業から始まったのだ。


 トマファからニルベとドロテアの元へ、『失敗したサーグリッド・フォレアル再利用方法が見つかったから、全量送ってくれ――元払いで』と連絡した。二人は驚きつつも、言われた通り馬車数台に分けて蒸留所へと火酒樽を運び込んだのだ。そしてダンマルクたちは到着後すぐに検品を行ったのだ。試飲用と同程度のものがほとんどだったが、いくつかは「飲むに堪えないもの」、中には樽の消毒が不十分で酢酸菌の作用により酢になっていたものもあったという。


「飲むに堪えないものはこの蒸留器でもう一度蒸留かけて瓶詰めして消毒用として売ればいい。酢になったものは――品質が良いものは一樽だけ三年ほど“お寝んね”させてビネガーにしよう。残りは錬金術ギルドや創薬ギルドに任せて掃除用洗剤に精製してもらえばいいな」


 仕分けが終わった樽を見上げてダンマルクはキセルから紫煙をぷかぷか燻らせていた。


「ご丁寧にありがとうございます、ダンさん」


「なぁに、最初に喧嘩を吹っ掛けてきたのはあっちゃら様だ。――うまくやれよ、トマ公」


「えぇ。――ダンさん。アルコールが眠ってる倉庫で煙草はご遠慮いただきたいのですが」


「おっと! いつもの癖で吸っちまったぜぃ」


 *


 一方、屋内の選果場ではスミミザクラや柑橘が山と積まれていた。プリスカが張り切って指示を飛ばし、アルセスやアルバイトの女性たちが選別と洗浄をわいわいと楽しそうにこなしていた。


 そこそこ奮発した時給で募集を掛け、乳飲み子の無料託児所まで設置すると布告したところ、30人の募集に50人以上の応募があったという。数日限りの単発の簡単な仕事だったので全員採用したという。


「洗浄班は優しく洗浄してくださいね。選別班は腐敗してるなと目視できたら思い切って廃棄してください。加工班はヘタ取りを丁寧にお願いします! お笑いと一緒です、スベリとムチャだけは禁止ですよー!」


 彼女の軽妙な動きと、どこか“猫っぽい”動きに場は和やかな空気に包まれる。


「トトメちゃん。――プリスカちゃん、随分と立派になったじゃない」


 洗浄班に回されたアクウィリアが隣で作業するトトメスに訊く。


「本当にヴァルトア様々、トマファ様々よ。愛想が良いだけの娘をここまで重用してくれたんですもの。――それ言ったらアクウィちゃんのお嬢ちゃんも立派になったでしょ? ほら、荷さばき場で元気な声出してるの、ロゼットちゃんでしょ?」


 アクウィリアは酔虎亭の近くにある宿屋・安眠館の女将であり、プリスカの母トトメスとは古くからの知人である。二人は年齢も近いし、娘たちも同級生。商売も競合しないので気の置けない友人として親しくしているのだ。ちなみにプリスカにもロゼットにも何人か兄姉がおり、だいたいが同級生だ。そのため家族ぐるみの付き合いが長く続いている。


 洗浄場の先、荷さばき場で馬車から積み下ろされたスミミザクラの検品をしているのはプリスカの幼なじみでありメイド隊の同僚ロゼットである。気さくな彼女の元気な声が洗浄場にも響き渡る。


「はいはーい、積み荷はこのパレットに下ろしてください。検量後に受領サインしますので、それ持って向こうの事務所寄ってください。買取額と運賃をお支払いしますぅ!」


 スミミザクラはこの地では二束三文にしかならない。しかし色を付けて買い取ると布告を出したところ、周辺地区から買い取ってくれと馬車が大挙して蒸留所に運ばれてきたのだ。どんどんやってくるスミミザクラを、バイトの彼女たちが選別し、洗浄したものが選果場の奥にある醸造場へ運ばれてくる。


 *


 醸造場を担当するのはクラーレとウタリ、そして酒の仕分け作業が終わったギルドの仲間たちだった。


 作業場は清掃が行き届いており、壁には消毒用の薬剤が並び、各作業員は白衣に手袋、髪を覆う布を装着していた。衛生管理は徹底されている。清潔な木樽に、洗浄されたスミミザクラと柑橘が氷砂糖と共に丁寧に詰められ、そこに火酒が注がれる。ほんの小さな雑菌でも腐敗に繋がるため、クラーレは火酒を注ぐ直前にアルコールで注ぎ口を消毒し、ウタリは柑橘の果皮に異物がないかを慎重に目視していた。


 しかし、この工程は見た目以上に重労働である。ザルに盛られた果実や氷砂糖は重く、何十樽にも同じ作業を繰り返すのは体力を要した。クラーレも思わずため息をつき、ウタリは「これ、毎日だったら逃げ出すわ」と笑っていた。


 一方、ギルドの男たちはというと、どこか楽しげであった。


「ロバスティアの連中がこれに酔いしれてくれると想像したらさぁ」


「なんせ原料も酒も捨て値だぜ? これで一杯やる光景、最高に痛快じゃねぇか」


「こういうのが一番燃えるんだよなぁ」


 その表情にはうっぷんを晴らすような晴れやかさと、まるで祭の準備をするかのような高揚感が浮かんでいた。


 *


 スミミザクラの選別や洗浄、樽詰め工程は1週間ばかりで終了した。


 その頃、事件が起きる。


「できました! 新ラベル、名付けて『A Midsummer Night's Dream』!」


挿絵(By みてみん)


 プリスカが得意げに持ち出したのは、猫耳+肩出しドレスの()()()ラベルである。ウインクしながらチェリーの枝と赤紫のリキュールを掲げたその姿は、どこか挑発的でかつ煽情的で、しかも微妙に絵が上手い。なお本人より胸のサイズが若干大きく描かれているあたり、作者の苦労が見て取れた。


 クラーレがラベルをじっと見つめたまま、大きなため息をつく。


「で、これ、誰に描いてもらったの?」


「サンティナ兵長です! ワインひと瓶あげたら、ささっと描いてくれました」


 ラベルの下部には古センヴェリア語で『Noctem Ebrius Sub Luna et Astris(=月と星の下で酔いしれる夜)』と書かれているのが、余計に憎たらしい。


「ねぇプリスカ、一つ言っていい?」


「あ、はい」


「あんまり似てないわね?」


「にゃッ!」


 猫のように飛び上がったプリスカのリアクションに、周囲の作業員たちがどっと笑い出したのだった。


 *


 領主館の会議室。


 トマファ、レオナ、ホラス兄弟、そして酒場ギルド代表のダンマルク。メイド長オリゴとプリスカ、ロゼットが揃い並ぶ。領主ヴァルトアの前には試作されたばかりのスミミザクラ酒が瓶詰めされた状態で五本並んでいた。


 「販売する際はこの瓶で。名前は――“ヴィシニャク”でいきましょうか」


 レオナがそう言った瞬間、プリスカが印象派風の猫耳自画像を見せながら口を尖らせた。


「えっ、じゃあこの前サンティナ兵長に描いて貰った猫耳ラベル……ボツですか?」


「せっかく作って貰ったんだろうけど、こちらの作戦がありますからね」


 レオナは申し訳なさそうに言った。だが彼女はあくまで冷静だ。


「“軽くて甘酸っぱくて、よく酔える”ことが重要ですからね」


 オリゴが同意すると、プリスカは肩を落とした。


「プリスカちゃん。正直、ラベル代もケチりたいんだ」


 ホラスが苦笑しながらプリスカに謝った。「お詫びにロバスティアから持ってきたお土産のワインあげるから、ね?」


「まぁ薄利多売だって聞いてたから、まぁ、納得しますけど」


 そう言ってプリスカはホラスからワインを受け取ろうとした時、オリゴに手を叩かれた。


「今は戦略会議中なんです。余計な事で会議を止めないで」


 彼女に窘められ、プリスカは「はぁい」と言ってしおらしく肩を落とした。

 レオナは「ほんとうにいろいろ考えてくれてありがとうね」とねぎらいの一言を添えると一つ咳払いをし、今回の戦略についての説明を始めた。


「この酒のターゲット層は、ずばり貧民層です。値段の安さとキャッチーな流行、そして味の良さを握れば市場は押さえられると思います」


 今回のヴィシニャク販売に関しては、ロバスティアで一般的に出回っている果実酒と同等の価格帯に設定された。ロバスティアの酒税法では、火酒よりも果実酒の方が税率が低く設定されており、税制上の優遇がある。


 しかも、果実酒には酒精度に関する上限の規定が存在しない。そのため、たとえ火酒と同等の酒精度――たとえば20度前後――のヴィシニャクを販売したとしても、形式上は“果実酒”である限り違法にはならないのだ。


 これは、ロバスティア酒税法の盲点を巧みに突いた販売戦略と言える。


「で、貧民層にさらなる安さを実感してもらうため、リターナブル瓶制度を導入します」


「リター? なんですかそれは」


 ホラスの弟、ハラスが訊く。


「飲み終わったこの瓶を売店に持ってくると、銅貨一枚還元するって制度ですよ」


 トマファがヴィシニャクが入ってる茶瓶を見せた。ぱっと見、ありふれた酒瓶である。だが底面には『ヴィシニャク』と刻印されており、インチキしようにも誤魔化せない仕様だ。


「環境にやさしくコストも削減って言えば耳障りは良いですからね。――むしろ環境配慮と言えば庶民は何でもほいほいと信用します」


 レオナは続けた。つまり飲み終わった瓶を持っていけば銅貨一枚返ってくる。これだけでもお得感が出せるって寸法だ。しかも、こんな面倒くさい制度であっても『自然にやさしく』と言えば従ってしまうようなもんだ。


「あと、家にある瓶や甕を持参すれば酒屋の樽から直接注いで販売します。しかも定価から値引きして。――まぁ、酒屋には量り売りでの販売を推奨しております。こちらで瓶詰めコストや輸送時の破損リスクの削減も戦略です」


「つまり、徹底的にコストを削ぎ落して安価で販売するって寸法ですか」


 ホラスがメモ帳にペンを走らせた。「ですが、味はどんなもんです? 安いくせにマズい酒なんて、売れるのは一瞬だけですぜ?」


「じゃあ試飲してみてください、――領主様もどうぞ」


 そう言ってダンマルクが栓を抜くとワイングラスに注ぎ、ヴァルトアの前に差し出した。オリゴやプリスカもグラスに注いで会議の参加者の前に差し出す。


「んー、甘酸っぱくて飲みやすいな。これが“サーグリッド・フォレアル”の失敗作だとは思わんぞ」


 ヴァルトアが感想を述べた。ホラスもハラスも香りや舌ざわりを確認してから喉越しを確認した。


「ハラス。これ、飲みやすいな。ロバスティアの果実酒はもっと酒精臭が鼻につくんだが」


「それが殆ど無いね、これ。だけどこれ、思っている以上に酒精がキツイわよ」


「ふふ、さすがポーイヤック商会の兄弟だ。――飲み易いよう調整してあるんだが、酒精度は20で調整してある」


 ダンマルクはにんまりと笑った、20と言えばワインよりも高い。しかし飲み口は甘さと酸味のバランスが良く、そして薫り高いため酒精度が高い酒という感想は抱かない。


「ロバスティア人はこちらから安い火酒を買って果実酒を作り、それを飲む習慣があります。ですがその趣味をこの酒でシェアごと奪い取ります」


「レオナ殿。ですが現状、ルツェル公国経由でしかロバスティアに売れませんぜ――て事は、キュリクスとロバスティアの国境封鎖は解除するってことですかい?」


「左様にございます、ホラス殿。通商に限ってのみ解除するとヴァルトア卿が許可を頂きました」


 レオナはそう言って『二国間通商許可証』と書かれた羊皮紙をホラスに差し出した。


「いやぁ、これでルツェルへの迂回が無くなると運送コストが下げられますね」


「はい。ですが今のところロバスティア人をこの王国に入れる気はございません。連中らは今だに大量の“草”をこの王国に放ってますからね」


 トマファが付け加えた。なおキュリクスではロバスティアからやってきた“草”――要するに密偵――を確保してはその都度強制送還している。ただ、彼らは土地勘もなにもないまま送り込まれているのか、民衆からの通報であっさり捕まってしまうのだ。あまりに雑な潜入ぶりに衛兵隊からは“雑草”と揶揄されているほどである。なお、アルラウネのカミラーも夕べ一人捕獲している。


「この通商許可証を手にポーイヤック商会はサキーヤから入国し、クモート経由でロバスティア全土へ販売してください。輸送量の問題もあるでしょうからこちらで"傭車"を仕立てます。その傭車の帰り荷はこちらでキュリクス系商会と打ち合わせしてありますので、ホラスさんたちは何も悩まないで大丈夫ですよ――で、ハラスさん」


「トマファの旦那、準備は出来てますわよ」


 ハラスの声が急に転調し、ミレ夫人の声が会議室に響き渡った。先ほどまで女言葉で話していたのは、“彼”の中でミレ夫人を装うための()()期間だったのかもしれない。――いや、()()か? 彼、いや彼女は立ち上がると、懐から金色のウィッグをすっと取り出し、ふわりと頭にかぶった。まるでスイッチが入ったように腰に手を当て、ぐるりとその場で一回転。


「さぁ、ポーイヤック商会のミレ夫人として、ヴィシニャク片手に殿方たちの心を射止めに参りますわ♡」


 その瞬間、声のトーンも仕草も完全に変わっていた。片手でスカートもないのにふわっと裾をつまむ仕草まで決め込むと、周囲が微妙な空気に包まれる。


「な、なんか……すごいですね……」


 プリスカが目をぱちくりさせていた。その横で静かに佇んでいたロゼットも口をあんぐり開けて驚いている。しかし所作は彼女よりも女性らしいのがミレ夫人。その姿にオリゴは「さすが、訓練の成果ですね」とだけ呟いた。


「ではプリちゃん、ロゼちゃん。君たち子猫ちゃんには――」


 ミレ夫人が優雅にもう一度くるりと一回転しながら、扇子(どこから出したのか)をパチンと閉じた。


「“ヴィシニャク・キティ”の任務をお願いしたいの♡」


「はいっ! 宣伝任務、了解ですっ!」


 プリスカは即答した。身体を前のめりに乗り出してわくわくが止まらないようである。


「えっ、冗談ですよね? まさか本気と書いてマジって読むやつですか?」


 ロゼットが引きつった笑顔を浮かべた。その横で、ミレ夫人がすっと持ち込みの鞄を開ける。中から出てきたのは、なんと二つの上質なふわふわ猫耳カチューシャだった。


「はいこれ、お揃いの猫耳よ。ヘッドドレスの邪魔にならないよう付けられるよう工夫してあるわ♡」


「にゃっ♡ ありがとうございます、ミレ夫人!」


 プリスカは受け取ると頭に迷い一つもなく装着した。ぴょこんと揃った猫耳に合わせて、にゃんポーズまで決めている。


「うわ……こいつ、迷いがないな」


 ロゼットは一歩引きながら、ミレ夫人が突き出す猫耳カチューシャをおそるおそる両手で拒絶した。


「猫耳……これ付けなきゃダメなんですか?」


「もちろんです」


 静かに答えたのは、横に立つ上司のオリゴだった。


「メイドたるもの猫耳がなんですか! 迷いがあるならしっぽも付けてしまいなさい。――それで一本でも多く売れるなら、恥など安いものです」


「ええええ……」


 ぐったりしながらロゼットが耳を見つめていると、オリゴが続けた。


「なんなら私が猫耳としっぽを付けて売りましょうか?」


「えっ」


 ミレ夫人が持つ猫耳カチューシャを受け取ると、オリゴは表情を変えず迷いなく頭に乗せた。遠くに映る自分の姿に確認すると一回転する。


「あなたが嫌なら私がやるわよ。――ヴィシニャク・キティ」


「じ、冗談ですよ、ねえ……!」


「いいえ、本気よ?」


 オリゴが先ほどまでつけていたカチューシャをロゼットの頭にそっとのせた、まるで王冠を載せるように。


「ロゼットちゃん、これは任務よ♡ さあ、笑って?」


「うあああああ……ちょっと恥ずかしすぎます! プリスカもこんなの嫌だよねぇ?」


 涙目になってロゼットはプリスカを見た。しかし彼女は頭に猫耳を付けてトマファやレオナ、自分の父親であるダンマルク相手ににゃーにゃー言っている。しかも指先をニャン♡に曲げて猫になり切っていた。


「私物で猫耳カチューシャ持ってるけど、これ、すごくかわいいにゃ♡」


「はぁ――こいつ、マジモンの馬鹿だった」


 ロゼットはおでこに手を当ててため息をついた。しかしその姿に、笑いをこらえきれない男が一人。


「ぷっ……がはははっ! アクウィリアの娘なら喜んでやるべきだろ!」


 ダンマルクだった。酒瓶を持ちながら肩を揺らして笑い出す。


「お前の母ちゃん、若い頃は西区で“沐浴スイカ娘”って呼ばれてたんだぞ!」 


 ダンマルクが言うには、ロゼットの母・アクウィリアは結婚前、果物屋に勤めていたという。果物は盛夏になると売上が落ちてしまう。しかし当時は冷房装置なんかは無く、じりじりと陽に照らされる中果物を売っていたのだ。暑さで耐えきれなくなったアクウィリアは一計を案じた。


『暑いなら水浴びしながら売ればいいじゃん!』


 そう思った彼女、店先にたらいを置いて水を張り、水着姿で沐浴しながら果物を売りだしたのだ。小柄ながらもたわわな身体つきだったため、道歩く男たちの耳目を集め、売り上げを伸ばしたのだという。


「それを猫耳一つ付けるのを躊躇するなんて、それでもアクウィリアの娘か!」


「ちょ、ちょっと! こんなところでママの黒歴史を暴露しないでよ!」


 ロゼットは顔を真っ赤にして俯いた。


 そこへオリゴが静かに猫耳カチューシャの位置を整えてあげる。


「誇りなさい、あなたはアクウィリアさんを超える逸材ですよ。胸は──まあ控えめですが」


「控えめ言わないで下さいーーッ!」


「まあロゼット、お前頑張れ。――乳は似なかったみたいだけどな!」


「プリスカ! 少しはおめぇのバカ親父を黙らせろ!!」


「ロゼットはAカップにゃん♡」


「黙れAAカップ!」


 ロゼットはガーターからナイフを抜こうと手を伸ばした――が、その瞬間、オリゴの手にあったスリッパが頭上から振り下ろされ見事に命中した。


「ヴァルトア様や客人の前でナイフを抜こうとしない! ――謹慎になったらヴィシニャク・キティはどうするの!」


「そんなの――ステア伍長にお願いしてくださいよ。おっぱいでかいんだし」


「――あの子をロバスティアに行かせたら、“玉入れ”にうつつを抜かして仕事どころではなくなるでしょ!」


 なおロバスティアは博打に関する法令が緩く、都市部では“遊技場”と呼ばれる施設が点在しているという。オリゴが言う“玉入れ”とは、その遊技場に設置された娯楽装置で、銀色の小さな玉を“レンタル”し、専用の台で弾いてうまく穴に入れると、“ボーナス”として玉が大量に返ってくるという謎めいた遊技である。玉が増えれば、“なぜか”不思議な粗品と交換してくれるカウンターがあり、さらにその粗品を“なぜか”高額で買い取ってくれる謎の景品交換店がすぐ隣に存在する。そして、その“遊技場”を出入りする人々はなぜか「777」という数字を縁起がいいものとして好む傾向がある。ジャンジャンバリバリと鳴り響く音の中、誰もが夢と銀玉を追いかけているという――遊技場(パーラー)が、あるとかないとか。


「あとねぇ、プリスカみたいに堂々と猫耳付けるのよりも、あなたぐらいに恥じらいを持ってる方が殿方にウケるのよ! けい〇ん!でもみ〇ちゃんやあず〇ゃんが人気だったでしょ!」


「オリゴ隊長、それ以上は本気の戦争が起きますから辞めて下さい! ――判りました、一命を賭して頑張ります」


 そう言うと諦めたのかロゼットは深く溜息をついてロバスティア行きを了承した。


「猫耳メイドが果実酒を振る舞う、これ以上耳目を集める戦略は無いと思いますよ。で、皆さんは民衆らに遠慮なく試飲させてください、口コミでヴィシニャクの良さが広がれば万々歳ですから――星の砂の落とし前、今こそつけましょう」


 レオナは静かに言い放つ。その視線にはどこか冷徹な計算の光が宿っていた。


「レオナ殿。――落とし前って」


「あぁヴァルトア卿、つい口が滑ってしまいました……あはは」


 レオナは鍛冶屋の親父さんたちに囲まれているせいか、ちょっとずつだが民衆の言葉が移ってきているのだった。




 ――で、慣れというのは恐ろしいもので、会議の後の夜勤時もロゼットは猫耳を外さなかったという。

ブクマ、評価はモチベーション維持向上につながります。


現時点でも構いませんので、ページ下部の☆☆☆☆☆から評価して頂けると嬉しいです!


お好きな★を入れてください。




よろしくお願いします。


・作者註その①

「できました! 新ラベル、名付けて『A Midsummer Night's Dream』!」

中学時代、美術が10段階評価で3~4だった中の人渾身の作品である。

仕事中にクレヨンと色鉛筆使ってシコシコ書き上げたものを『フォトショ7.0』や『イラレ10』で加工したものである。なおWinXP機が未だ自宅で動いているのが、おじま屋クオリティである。


成績が本当に3~4だった。

純粋に絵が下手だからとしか言いようがない。

ちなみにちゃんと提出物は期限内に出してたし筆記試験は学年上位だったのだがなぁ。



・作者註その②

中の人は……ムギちゃん派でした。

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