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11話 武辺者、不届者を叱りつける

★閲覧注意★

文章の中に一部差別用語を含みますが作品の演出のため校正はしておりません。

作者自身は人種、信条、社会的地位、性別について差別する意思はございません。

(???視点)

「そんな恰好でできるわけがないでしょう、とっとと早く着替えてきなさい」


 そう言われ俺は更衣室に入って作業着に替えた。これは俺が土いじりする時によく着てて膝あたりは沈着した泥で黒ずんでいた。これ着心地良いのだが汚れ落ちが良くないよなこの作業服。それにオリゴは相変わらず口が悪い。着替えてからトマファの部屋に入る。



「ではお二方よろしくお願いします。僕はこちらで作業をしておりますので」


「承知しました。お茶のお代わりとかお手洗いとかございましたら何なりとお申し付けください。あと一刻ほどでマイリスも参ります」



 恭しく頭を下げて言うトマファにオリゴはスカートの裾を右手で摘まみ、膝を軽く曲げて会釈して返した。相変わらずオリゴの所作はメイドとして完璧だ、口は悪いが。



「さぁとっとと済ませないと日が暮れてしまいますよ。ほらそこの棚持ってください、―――せーのっせ!」



 俺とオリゴは何をしているかというとトマファの執務部屋の模様替えだ。この館に居を移した際に配置した家具が車椅子生活をするトマファからしたらやりづらさを感じていたそうだ。それなら安息日に模様替えして片付けてしまおうとなり今に至る。なおアニリィは来ると言ってはいたがまだ来ていない、きっと夕べ飲み過ぎてまだ寝ているのだろう。元々アテにはしてなかったが。俺とオリゴで家具や書架を指定の位置にずらしてから部屋の掃除を始めた。窓でも拭くかと雑巾を持つと入口の木扉がばんと勢いよく開く。



「おい、トマファとかいう文官の部屋はここか!」


「あ、はい。どちらさまで」


「ふん、儂の顔を見て随分とご挨拶な文官だ。―――おいそこのメイド、早く茶を持ってこい。儂は客人だぞ!」



 ドアをノックする事なく力任せに木扉を開け放って入ってきた闖入者は暴言なんのそのどかりとソファに腰掛ける。しかもあろうことか上座にだ。このように急な来客があればメイドは作業の手を止めて壁側に佇むのがマナーでセオリーだ。オリゴも壁側に佇んだので俺もそれに倣ってオリゴの横で佇む。



「聞こえなかったのかチビメイド、とっとと茶を持ってこいと言ったのだ、聞こえないのか?」



 しかしオリゴはぴくりとも動かなかった。彼女は客室メイドではない。

もしオリゴが客室メイドだったとしてもこの部屋はトマファの執務部屋だ。客人が茶を所望しても動く義理は無い、トマファが指示するならオリゴもお茶は出すだろうが。意外に思うかもだが客人がメイドに指図しても必ず要望通りに動くわけではない。メイドは奴隷ではない、労働者だ。



「ったく、下級貴族の領主サマは下人の指導もできねぇのかよ」



 そう悪たれると彼奴は短い脚を振り上げて組んだ。その際にガツンとテーブルが音を立てる。わざとテーブルを蹴り上げたように俺の目に映った。なんなんだこいつ。



「儂は時間の無駄が嫌いだ、とにかく要件だけ言う。よく聞けかたわの文官―――」




 要するに彼奴は、領主が命じた減税措置は止めろ、むしろ古店の商人には無条件で減税するべきだという。時間の無駄が嫌いという癖にくどくどと回りくどく言う男だった。しかも話の節々に、


『俺らは長年キュリクスで商売をしてきてやった~』

『これは小売商ギルドの総意だ~』

『みんな言ってる~』

『昨日今日やってきたばかりの下級貴族が偉そうに領主だと言って~』


と嫌味や皮肉を込めて喋るのだ。ただひたすらに壁際に佇む俺にとってイライラするの一言に尽きる。横のオリゴをちらりと見ると目は空虚を眺めていた。そっか、彼奴を視線にいれなければ腹が立たないのか。



「んで、言いたい事ってそれだけですか? フェトフラー殿」



 黙って聞いてたトマファは静かに訊く。トマファは散々無礼を働いてきたこの闖入者を中規模商会主のフェトフラーと気付いたのだろう、彼奴をそう呼んだ。その商会といえばキュリクス小売商ギルドに所属している古店の一つで『歴史と伝統を誇る』とわざわざ看板に書かれていたのをふと思い出した。そのような謡い文句、人が言うから良いのであって自分で言ったら滑稽なだけだ。



「ったりめぇだ。すぐにやれ、いいな?」


「お断りします」


「―――っな、おめぇ儂の話を聞いて無かったのか馬鹿者」



 フェトフラーの放言にトマファは即答した、フェトフラーは激昂してソファから立ち上がる。



「まず今回の減税措置制度の意義って分かってモノ言ってますよね?」


「知るか、んなもん! 馬鹿にしてるのか」


「要するに今までのどんぶり勘定の帳簿を出すなら勝手にどうぞ。ただし複式帳簿方式に替えて『正規の簿記の原則』に従って正確に取引を記録し、かつ有資格者のお墨付きがある財務諸表を出した商会には減税しますよって制度ですよ」


「はぁ? 何で儂らがそんな手間掛けなきゃいけないんだよ、面倒くせぇ。だから古店の商店に―――」


「あなたも商人なら企業会計原則ぐらいソラで言えるでしょ? 企業会計原則の一般原則7つの中に『正規の簿記の原則には網羅性・立証性・秩序性』って要件があるのはご存じですよね。つまり『すべての取引(網羅性)』を『インチキなく(立証性)』、『ずっと続けている(秩序性)』って証明です。しかもそれが間違いないってお墨付きが出せる商会なら是非とも減税して然るべきでしょう。―――てかそちらのギルマスから受領印まで貰っている命令書にクレーム入れてくるって、あなた本当に小売商のギルメンですか?」


「こッ、てめぇ言わせておけば!」



 トマファの終始冷静な言葉にフェトフラーが叫ぶと左手を動かした。こういうのは熱くなったほうが負けだ。フェトフラーがトマファの胸倉を掴んだ瞬間オリゴのスティレットが彼奴の喉元に宛がわれていた。オリゴがいつの間に壁際からフェトフラーの元へ駆けて刃を抜いたかは俺には見えなかった。



「おい貴様、トマファ殿から今すぐ手を離しなさい。領主館でこれ以上の狼藉は―――法に従って処断する」


「ちょ、ちょっと待て! なんだこいつ、部屋付きじゃなく武闘メイドかよ!」


「早く判断しろ、手を離すか頸が離れるか。損得勘定は商人のお家芸だろ。あたしは気が短いんだ」



 オリゴの目は本気だ。殺意を溢れさせると口調がぶっきらぼうになるのも彼女の特徴だ。きっとフェトフラーの頸に刃を滑り込ませるなんて一切の躊躇もしないだろう。フェトフラーは堪忍したのか左手を離し両手を挙げる。オリゴは小さく舌打ちをしてスティレットをガーターに戻しそのままトマファの横で佇んだ。しかも右手いつでも刃を抜けるように構えていたが。これはただ事でないと思ったかフェトフラーは執務部屋から逃げ出そうと及び腰になっていたので俺は彼奴の後ろに立つ。そしてトマファは乱された襟元を正すとにこやかな表情を浮かべた。



「先ほどフェトフラー様は小売商ギルドの総意だとかみんな言ってるとか仰ってましたが、その『みんな』のお名前を伺っても?」


「あ、えと、それは……誰だっていいだろ!」


「だいたいこういう時に出てくる『みんな』って誰も居ないんですよね。脳内に居る人間が言ってる事にすれば自分に都合がいいですからね。だから『みんな』って三人称で言うんです。―――んで誰です?」


「もういいだろ!」


「よくありません。ヴァルトア様が押印裁可した命令書を小売商ギルドで充分に審議されてギルマスが命令書に受領印を押して返してます。これがその返却された命令書です、ギルマスの受領と審議の結末も書かれています。つまりキュリクスではこの減税措置法は『領主とギルド間』で承認締結されています。しかしあなたを含む『みんな』は納得していないって領主館で宣言したのですよ」


「しかも貴様は安息日なのに領主館に乱入して暴言を吐き、かつあたしから公務執行妨害を認識されたんだ。これは貴様との問題ではなく領主館と小売商ギルドとの問題になるんだよ―――しかも貴様、何度も差別発言もしてたよね」



 トマファに続いてオリゴも言う。この国では公共の場で国籍信条、社会的立場、性別に関する差別的な発言を繰り返せば罪に問われると定めがあり、領主館は公共の場なので彼奴が吐いた差別発言も領主裁判権で断罪することは出来る。



「だ、だが証拠はない! お前らが好き勝手言って儂を貶めようとしているだけだろ! 儂は認めないぞ。どうした、儂がなんて言ったかって速記されているか? 記録されているか? 武闘メイドが領主館内で逮捕権があっても領主の耳に入っていないのなら言った証拠は無いと言い張るぞ?」



 フェトフラーは後ずさりしながら言うので彼奴の身体が俺に当たる。このまま彼奴の頸に腕を巻き付けて落としてやろうかな。でもなんか脂ぎってギラギラした彼奴の頭や顔を見ると落としてやろうかと思った俺に腹が立ってくる。そしてむせ返るほどの香水臭から微かに香る加齢臭も気持ち悪い。



「おい下賤掃除夫。汚らわしい恰好で儂の後ろに立つな、それに身体に触れるな下郎」


「おいオリゴ、今のも差別発言だよな」


「―――はい、職業差別発言でアウトです。()()()()()()



 オリゴがそういうと、フェトフラーは表情を強張らせてぷるぷる震えながら俺の方へ振り向いた。俺は手垢と土汚れでネズミのような色の帽子をずらし挨拶をする。



「あ、どうも。昨日今日赴任してきたばかりの下級貴族ヴァルトアです。下賤な掃除夫みたいな恰好ですがいちおう領主です」




 その後―――土下座して謝り倒すフェトフラーを無視してオリゴと俺はトマファの部屋の掃除を続けた。トマファも執務の続きをしなきゃと言って黙って書類に目を通している。家具が置かれた場所ってほんの数日だけでも埃は溜まるのだなと思い俺は雑巾がけをする。オリゴからもっと腰入れて拭きなさいよと言われたので「へいっ」と元気に返事しておいた。そしてマイリスが安息日の礼拝を終えて出勤してきた頃にちょうど面会予定だった小売商のギルド長が領主館に出頭してきた。




「領主様、この度は本当に申し訳ございませんでした!」


 ソファから降りて土下座するギルマスとフェトフラーに「頭を挙げてください」と俺は言い、さらに続けた。


「いやぁ、複式帳簿方式への減税措置が気に食わないって『みんな』が仰ってるようでして。そちらでは充分に審議されたんですよね」


「も、もちろんでございます! そちらにお返しした命令書に記した通りギルド審議会の評決も7対1で賛成多数でした」


「つまり審議会以外にも『みんな』が含まれるって事ですよね。一体誰なのでしょうか、ねぇ。―――まぁそれはギルド内で充分に審議した結果を後日知らせてください。それよりアポイントもなく安息日に領主館にやってきて暴言を吐きまくるって常識を疑いますよ。だって安息日ってお役所休館日なんですよ。主神から『休んで祈って美味しいごはん食べて大人しくしててね』って聖典にかかれた日ですよ。そんな日に我が家臣トマファやオリゴに差別発言を繰り返す。これは当家として看過できません、小売商ギルドに正式に抗議します」


「―――これも早急にギルド審議会で…」


「えぇ、充分に審議した結果を後日知らせてください。ただ、我が家臣らはどうも寛容なようでね。フェトフラー殿からの暴言は許すと申しております。しかし、まぁ俺の恰好は下賤な掃除夫に見えますかねぇ? てか掃除夫って下賤ですかねぇ? 彼らがいなきゃどこもかしこもゴミだらけ。それこさ歩道は汚物まみれトイレも溢れちまうと思うんだがね」


「おっしゃる通りでございます」


「俺、若い頃さぁ、生活費に困って娼館の掃除夫をやっていた頃があんだわ。娼婦と客がえっちらほっちら頑張ったあとの寝具を片づけて、洗い場を清めてゴミを片づけるって仕事だよ。まさに汚れ仕事だな。賃金はそこまで良くはないが俺らが掃除の手を抜けば客室は臭くて汚なくて使えねぇから娼婦は客を取れなくなる。だから娼婦共は掃除夫に敬意を払ってくれたよ。もちろん俺らも飯の種の娼婦には頭が上がらなかったわ。つまり俺が何を言いたいかって、仕事に貴賤なしって商人なら絶対に忘れちゃいかん言葉だろうがよ―――以上、俺の独り言だ」



 この国の古くからの考えで仕事に貴賤を設けるなら商人が一番卑しい仕事だ。汗水垂らして日銭を稼ぐ農民や職人、命を賭して土地財産を守る武辺者や貴族に対し商人は帳簿を右から左へ動かすだけで金が稼げるからな。俺は立ち上がると部屋から出ようとした。



「ヴァルトア卿、ギルマスがわざわざ来られたのはフェトフラー殿の件ではなく夏の主神祭の打ち合わせですよ」



 そうトマファに言われ、すぐ回れ右してソファに舞い戻った。身の丈に合わない演説したあとに仕事の話ってなんか、変な気持ちになるよな。




     ★ ★ ★




(アルディ視点)

「創薬ギルドも複式帳簿を用いた減税措置制度については全員一致で可決だな。領主館にはそのように返答するから減税措置を利用する者たちは複式帳簿の記入方法はきちんと確認しておくように。後々になって簿記が判らんとか言うなよ? ―――以上だ」


 ギルマスはそう言って審議会は終了した。皆そぞろに静かに会議室を後にする。


「アルディ君、ちょっといいかね?」


 僕も会議室を出ようとしたときギルマスから声を掛けられた。「君、領主のヴァルトア様とは仲が良いんだよね?」とギルマスは続けた。仲が良いかどうかは判らない。旅路で体調を崩し倒れていた僕ら兄妹に適切な治療をしてくれキュリクスまで送ってくれたご恩はある。しかもキュリクス創薬ギルドで働かせてもらえるよう便宜まで図ってもらったのだ。それを仲が良いと言っていいかは判らない。


「それが何か」


「ほら、前にコーホネばかり採ってきていた女騎士が居ただろ? ほらなんだっけ、自宅謹慎食らっちゃって金がないよってギルド内で泣き騒いでいた」


「―――あぁ、アリニィ様ですね」


「あの女騎士が職場復帰したらコーホネ採ってきてくれる人が居なくなってさ」



 キュリクス西の森の奥の沼地にコーホネという薬草が生えておりそれを僕が精製しギルド会員が解熱鎮痛剤「ラクナル」として売りだした。効用効能は他の薬と変わらないと思うが年ごろの女性に口コミで広がり人気が出たという。そうなれば買取金額を少し上げたのでアニリィ様は競争率と換金率が良いからって理由でコーホネを採取してくれたのだ。しかアニリィ様が復職した今では採りに行くものが居なくなってしまった。それもそのはず昔からあの沼地周辺はゴブリンが湧くのだ。そのため初級冒険者だと命に係わるし上級冒険者は割が合わないと言って取り合わない。コーホネ不足のため精製が出来ず今では市中でラクナル不足と声が聞こえる。



「ギルマス。つまるところあの森のゴブリンを殲滅させたいって事でしょうか」


「いや殲滅までしなくていい。ちょうどよくゴブリン減らせればコーホネの採取価格もラクナルの販売価格も崩れない。殲滅なんかさせたらコーホネの採取価格は落とさないといけないし、そうなればラクナルも安くしろって市場がせっついてくる。他にも解熱鎮痛剤はあるんだ。市場バランスって大事だろ?」



 ということで僕はギルマスの相談事を持って領主館へ行く。そこで受付担当官にスルホン様かアニリィ様に相談事と面会のアポイントを願った。そしたら担当官からヴァルトア様が飯でも食いながら話を聞くぞと返事が来たのだ。




 領主館から指示されたレストラン『Նանոհանա(菜の花) ֆերմա(牧場)』へ指定された時間に伺った。このレストラン、キュリクスで流行っているパーラーや直売所などを経営している酪農家が最近始めたお店で予約が取りづらいと有名だ。しかしアポイントを取った翌日に予約が取れたのだ。やはり領主の力なのかな、そう思い店の木扉を開ける。


 レストランだけあって先ほどの木扉も調度品も一級品だ。木製の花瓶には色とりどりの季節の花が投げ入れられている。そして上品な制服姿のウェイターに名乗りもしてないのに「こちらへどうぞ」と個室を案内された。中に入るとヴァルトア様とその妻ユリカ様が席に座って既に一杯飲んでいたのだ。遅刻したのかと身体中から血の気が引く。



「お、遅くなりまして申し訳ございません」


「いやいや頭を上げてくれ給えアルディ殿。俺らが待ち遠しくてね、一刻前に来て先に一杯飲んでいたんだ。むしろ無礼を許してくれ」


「そうそう。せっかくあの時の旅の仲間と飲めるって思うと私も待ちきれなくて。私がお店に無理言って飲んじゃった。ほんとにごめんねアルディ君」


「いえ、僕には勿体なきお言葉です」



 ウェイターがワインかエールかと聞くので僕もヴァルトア様たちと同じでお願いしますと応える。するとデキャンタから木製グラスに静かに注いでくれた。あ、この食器、最近街の噂になっているやつだ。僕は静かにグラスを傾けた、なんか久しぶりに酒を飲んだ気がする。



「そういえばアルディ殿の職場にウチのアニリィが迷惑かけたようだな―――あいつ、酒でまた失敗してな」


「それはギルドの受付嬢から聞きました。それよりアニリィ様は西の森の奥まで一人で分け入ってコーホネって薬草を採ってきてくれてたんですよ」



 アニリィ様のお酒の話はギルドでも有名だ。特にコーホネを大量に持ち込んだ日の晩は安酒場で静かに飲んでいたとそれを見た受付嬢が言っていた。だが安酒場で女一人で飲んでいれば品の無い酔客がちょっかいをかけるだろうが、あのパレードの日の大立ち回りが有名になって誰も近づかなかったらしい。ナンパしたら女にボコられたって自慢にもならないよな。



「あぁ、コーホネって君が調薬して有名になった解熱鎮痛剤の原料だっけ」


「そうそう。ラクナルって本当に効くのよ。うちのミニヨも調子が悪い時はよく使っていたんだけど最近売ってないそうね」



 そこで僕はあの西の森にゴブリンが住み着いている事と薬草採取者にとってゴブリンは危険だと言った。僕の口から討伐をお願いするのだけは避けた。それなら冒険者ギルドにと応えられたら依頼料がかかるしギルマスは領主の力で何とかして欲しいと思っている。ヴァルトア様は西の森のゴブリン話を聞いてワインを傾けながらうーんと唸る。



「ねぇあなた。そろそろ新兵や古参兵の教育訓練が終わる頃じゃない? それなら西の森のゴブリン掃討を卒業訓練に替えてやらせてみては? 特にマイリスちゃんの旦那さんと一緒にやってきたグレイヴさんやウタリちゃんの教官としての資質も一緒に見られるわよ」


「あぁ、魔獣掃討も兵士の訓練も領主の仕事だしな。文武官らと相談する時間が欲しい、一両日中に創薬ギルドに返答するよ」



と、ユリカ様の提案にヴァルトア様が乗ってくれた。まさかこんな簡単に話が進むとは思っても居なかったので思わず「本当ですか」と嬉々とした声を上げてしまった。しかし続けてユリカ様の一言が僕を絶望へと叩き落した。



「えぇ、せっかくなら私も参戦するけど。―――アルディ君たちももちろん一緒に参加してくれるよね?」




 三日後。創薬ギルドの研究員や受付嬢を連れた教育訓練は西の森へと分け入った。もちろん一般人の僕ら8人を一つの小隊で預かるのは危険だと将官のウタリさんが言うので20人の小隊にギルメン二人一組ずつ預けられる事となった。僕と受付嬢はとある新兵小隊に組み込まれることとなり森の中を前進している。


 僕らの前には工兵小隊が道を作り小川に橋を架け、古参班は工兵を守りつつゴブリンを掃討する。その後ろを僕と受付嬢を混ぜた新兵小隊が行進する。新兵小隊の先頭は小隊旗を持った隊員があらかじめ打ち合わせで決められたルートを歩き他の隊員を引き連れて静かに行進する。時々現れるゴブリンや魔獣を小隊旗を持つ隊員以外が矛やメイスで叩き潰す。小隊長と呼ばれる上官は一番後ろを歩き休憩のたびに小隊旗を持つ人を指名して地図を見せてルートを指定する。



「アルディ殿、トネール嬢、お疲れでしたらあと1分休憩しますよ」


 小隊長はそう言ったが出来れば一刻は欲しいと思ったのはここだけの話だ。他にも行軍中に悲鳴のような声が森に響くが隊員は誰一人動じることなく黙々と行軍を続けるのは恐ろしかった。



「あの小隊長殿、いまの悲鳴は」


「あれですか? たぶん古参兵班小隊長のメリーナですよ。古参兵班はゴブリン一体倒すと訓練後にエール一杯タダで飲めるので張り切っているのでしょう」



 困ったお姉様だと言いながら小隊長は水筒の水を飲んでいた。ちなみにこの教育訓練は今後定期的にこの森で行われるという。しかし今日初めて入ったと言う小隊長はゴブリンや魔獣が出て怖くないのですかと尋ねたところ、


「近衛兵団の冬山戦闘訓練に比べたら大したこともないです。あとはウタリさんの采配ですから信用していますよ」


と、笑顔で答えてくれた。そういえばウタリさんってキュリクスへ行く馬車で黙々と軍略書を読んでた人だ。


「ウタリさんの采配、ですか」


「あの人近衛兵団所属のエリート様だったんですよ。ですが色々あって中等学院に飛ばされましてね。で、ヴァルトア様がメイドのマイリスちゃんの旦那さんを引き抜いたら一緒に付いてきたと聞いております」


 マイリスさんの旦那って元数学教師のテンフィさんだ。馬車の中でテンフィさんと物理教師のオキサミルさん、そして僕と錬金術師の妹テルメとで話した理系トークは楽しかった。特に魔素エンジンの吸熱サイクルの計算式を4人がかりで解いたのは。横に居たグレイヴさんはぽかんとしてたっけ。


 コーホネが採れると聞く沼地に着いた時は既に日が落ちかけていた。僕は戦闘には一切参加してない、ただ歩いていただけだが心底へとへとだ。参加している小隊は全員がここで一晩休息して明朝さらにまっすぐ歩いて森を抜ける計画と聞いている。教育訓練なので新兵たちはもちろん歩哨として立つし、古参兵たちが訓練の一環で急襲してくるので防衛訓練もするそうだ。過酷だ。


 アニリィさんはこの沼地まで一人でゴブリンと戦いながらやってきてコーホネ採取し日帰りでとんぼ返りしていたのか。しかも夕方の月信教の鐘の前にギルドで換金して帰っていくのだから森の出入りは走っていないと間に合わない。


「アニリィ嬢は生まれてくる時代を間違えた女勇者ですよ。頭も良いし貴族家の御令嬢だから礼儀作法も弁えている。剣技も弓技も優秀で非の打ち所と言えば―――酒癖と喧嘩っ早さ、ですかねぇ」


と、漏らす小隊長に僕はうなずくしかなかった。


 他のギルメンもこの沼に続々と到着し新兵たちに守られながら僕らはコーホネを回収した。他にも図鑑でしか見たことがない薬草や研究材料となりそうな鉱物を採取する。調査が未だ足りてない森がキュリクスの近くにあるのだ、僕らギルメンは喜びを隠せないでいた。だがこの森をまた来たいかと問われると二度と来たくない。工兵たちが道を作り古参兵たちが露払いをしてくれたが研究員や受付嬢にフィールドワークは過酷だ。



「ひょっとして創薬ギルドの人たちだよね。実はボク、小さい頃よく薬草採取をしていたんだ。けっこう大変な思いして頑張ってもお小遣い程度の稼ぎにしかならなかったなぁ。だから今後はギルドでの買取額を見直してほしい、かな?」


 僕らが息も絶え絶えで回収した薬草などを検品していた時に小柄な少女に声を掛けられた。見る限り十代前半だろうか、受付嬢の一人が幼さあどけなさが残る子に訊く。


「お嬢ちゃんどこの小隊の新兵さん?」


「あ、ボク? 古参兵小隊のメリーナだよ、よろしくね。 にゃは!」


と少女は応えた。この人が先ほどから僕らに先行して奇声挙げながらゴブリンを狩るお姉様だと知った。こんなかわいらしい子がエール一杯無料じゃあと叫びながらゴブリンに躍りかかってたと思うと兵たちの常識は僕らが思っている以上に狂っている。



 翌日昼過ぎに無事に教育訓練が終わり、採取した試料目録をつけてギルマスに報告した。


「薬草採取の買取金額の見直しをお願いします」


 所属する薬商はいわずもがな僕らギルドも営利団体だ。しかし今回はゴブリンが湧いて材料が取れずラクナルが創薬できないって事態になったがそれはもう医療インフラの崩壊だろう。たかが解熱鎮痛剤一品とギルマスは言ったがその一品で市場が崩壊する事も有り得る。例えば創薬出来ない事を知った誰かが薬を買い占めて売価を吊り上げても市場は崩壊するし、転売者がインチキ薬にすり替えたり品質劣化した薬を市場に流せば信用失墜して崩壊する。僕らが思っているより市場は脆弱だ。僕らはただ薬草を買い上げて研究し薬を作って薬商に売り渡しているのではない。使ってくれるお客様に安全安心の薬を届けて初めてギルドとしての役割が果たせている。創薬ギルドの役割は薬商の互助団体かもしれない、しかし求められる役割は薬の安定供給。顧客は社会だ。


「うむ、考えとく」


と、ギルマスは言ったがもし考えが改まらないのならあの人も教育訓練に放り込もう。




 ちなみにあの小隊長が言うにはメリーナさん、実はヴァルトア様より年上らしい。それを耳にした研究職員が「生薬の研究をしてるよりメリーナさんを研究した方がなんか得られるものが多そう」と漏らした言葉に僕らは頷くしかなかった。

前職時代、僕の周りになにかあれば「みんなが言ってる!」と喚き散らす奴がいました。

しかしその「みんな」は奴の脳内だけにいたって話が元ネタです。

こういう奴って今も昔も友達や仲間がいないよね。

たまにそいつの夢を見ます。そしたら翌日は不愉快な気分になります。

この作品内でそいつの供養させてください、まだ生きてるだろうが。



あといろんな諸先輩らの作品で商人が主人公で出てくる作品ありますよね。

最近のなろう小説原作アニメでもありますよね。ア●プラで見てます。

ただその商人が主人公の作品でなかなかお目にかからないワード、簿記。


みんなそんなに簿記が嫌いなのかなぁ、妻に訊いたら

「私が嫌いなモノはゴキとボキよ」と言われたのをふと思い出す。

それも供養として吐き出させてください。

でも作品では書かせてください。




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