表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/205

10話 武辺者、ヴェッサのエルフに信書を記す

(ヴァルトア視点)

 俺とスルホンは予定より一日遅れでキュリクスに戻ったトマファとアニリィからコーラル村での報告を受けた。トマファが調査してみたいと言った樹林帯はヴェッサというらしく人魔大戦で戦功を挙げたエルフが所領安堵され住み着いていると言った。とはいえエルフといえば大陸北部の山地に住む山岳民族でたまに冒険者として活躍していると聞く。しかし見たことはなく存在自体御伽噺だと思ってたぐらいだ。しかし自分の領地にエルフが定住してる地があるとは思わず、ヴェッサをどう扱えばいいかとトマファに訊いた。



「今回は挨拶とこれからの親睦を兼ねてヴァルトア卿の信書を頂きたいのです。ただエルフは大陸共通語でなくカルトゥリ語という独自言語を使います。それはアニリィさんが使えますので彼女に信書の翻訳を命じて頂ければ」


「左様か。んでアニリィよ、俺が手紙を書くので翻訳は頼めるか?」


「はい、大丈夫です」


「―――ほんとか? てかお前、顔、青くね?」


「えぇ大丈ぶ……うぷ」



 領主館に戻ってきた時からアニリィは青い顔だった。コーラル村で何があったかと二人に訊くが、トマファは「きっと二輪馬車に酔ったのでしょう」と目線を逸らしながら応え、アニリィは「大丈夫です、()()()()ではありません」と言ってのけた。あぁ飲み過ぎかと理解した。スルホンの眉間にぐっと皺が寄ったのを俺は見逃さなかった。オリゴにアニリィにお茶を持ってきてくれと頼むと彼女も眉間にぐっと皺を寄せ氷点下にまで下がった目線をくれながら「御意」と言い部屋を出て行った。



「んでアニリィよ、お前はなぜエルフ語が判るんだ」


 スルホンが訊く。そりゃそうだ、俺もスルホンもエルフ語なんてあることすら知らなかった。むしろエルフの存在自体疑ってたからな。


「あ、あの、私って在郷貴族のポルフィリ家の出なのはヴァルトア様もスルホン様もご存じですよね」


「あぁ、そうだな」「そうだったな確か」


「で、私の父方祖母がシュヴァルの森のエルフなんです」



 アニリィの突然の告白で俺もスルホンもソファから飛び上がってしまう。酒を飲んでは問題ばかり起こす俺の家臣がエルフの血縁者だったのかと驚いてしまう。そして俺もスルホンも思わずアニリィの耳に目がいった。しかしひっつめ髪の彼女の耳はいつも隠れており見たことはない。



「よし、アニリィ、少し耳を見せてみろ」


「ヴァルトア様、それ、セクハラです! ―――耳フェチとかどんな変態ですか」



 俺がそう命じてアニリィに手を伸ばそうとした時オリゴがお茶をもって戻ってきた。そして俺の手に素早く抜いたスティレットを宛がうと発言がセクハラ認定されついでに変態認定までされてしまった。



「いや、その、オリゴ、少し話を聞いてくれ。あと刃物はしまってくれ」


「えぇ伺いますとも、その右手を引っ込めたらスティレットは戻しますとも。―――この変態耳フェチおぢさん」



 ゴミを見るかのような目をして俺やスルホンを見てたオリゴは、スルホンがアニリィの話をすると静かにスティレットをガーターに差し戻した。そして未だ青い顔をしているアニリィの身体をまじまじと見てからオリゴは口を開いた。



「アニリィ、あんた本当にエルフの血縁者なの?」


「そ、そうよ」


「やっぱりそうなんだ、ほらエルフって伝承じゃ弓の名手っていうけどあなたの腕前もすごいものね。―――そっか、 ()()()の時はあなたの身体なら胸当て要らないわね。だってまな板ちっぱいだもの」


「―――ッ!」



 オリゴはそう言うとアニリィの両胸に手を押し付けた。しかし掴める肉が無い事をアピールするためなのか両掌が空を掴む仕草をする。それを見せられてる俺達はどう反応していいのだ? それにオリゴだって人の胸について言えた義理ではないと思うんだがなぁ。まぁそんな事下手に口にしようものなら俺の口髭がナイフで切り落とされるだろうが。


 アニリィは剣技も高いし貴族家出身で教養があるから今では俺の家臣として働いているが弓技は高く曲射や騎射を得意だ。そして弓兵に弓術を教える仕事もこなしてくれているのだ。だがオリゴに胸の件でいじられているが彼女が矢を射るときはちゃんと胸当てをしている。やはり当たると痛いらしい。ちっぱいでも先っちょが当たると、と妻が昔教えてくれた。



「ヴァルトア様がいうとセクハラだけど私は女だから問題ないわよね。―――アニリィ、耳を見せなさい」



 オリゴにそう言われるとアニリィは後ろに結んでいるひっつめをほどく。はらはらと髪が肩に落ち、アニリィが右手で髪をかき上げると彼女の耳が現れた。



「うーん、まぁ、言われてみれば」「思ったほどエルフって耳じゃないんだな」「あんた耳毛の手入れぐらいしなさいよ」



と、俺らから好き放題言われアニリィは涙目になっていた。そしてオリゴから出されたお茶をアニリィは飲む。



「―――ッ!?」


「アニリィ、そろそろ()()()()は醒めたかしら?」


「―――ぁぃ、さめました」



 目を白黒させたアニリィは口に含んだお茶を吐き出そうとしたが、両手で口を抑えて無理やり飲み込んだ。そしてじわじわと涙洟があふれてきたようで乱暴に服袖で拭う。オリゴ特製の酔い醒まし茶を出されたのだろう、あれものすごく苦いからな。


 その後、俺がエルフ三家に領主就任の挨拶と代官を向かわせる旨の信書を書きアニリィに翻訳文を添付してもらう事になった。トマファが言うにはエルフたちが大陸共通語を知らなくても俺が書く手紙は国際書式(プロトコール)に則って記して欲しいという。というのも彼らが共通語を理解できなくてももし仮に理解できるものがそれを読んでバカにしてると思われたら即手切れとなるからだという。「自分の都合が中心に世界は回っていない」とトマファが言う。



「それならばヴァルトア様に手間を取らさなくても俺や貴殿が代筆すれば良かろう。どうせ向こうへ挨拶へ行くのも君なんだし、ヴァルトア様の字は、まぁ、その、味があるっていうか……まぁ、アレだ」


 スルホン、そこまで言うなら下手だと言い切れよ!


「スルホン殿、相手に誠意を伝えるのに代筆させるのですか。君命のために槍働きした謝状を代筆だったとそれを知って喜ぶ将兵がいないのと同じで自分の気持ちは代筆できないものです。ですが相手の元へ手紙を届ける時はまずは名代に行かせるべきでしょう。なぜなら君が足軽く通う事となれば相手や周囲からは軽んじられるでしょうから」


「ふむ、よく判らんが貴殿が言うならそうなんだろう。ではヴァルトア様一筆お願いします。出来る限り、丁寧な字でですよ!」


「お、おう。―――俺、本当に字うまくないぞ?」


「卿、手紙で大切なのは字の巧拙ではなく丁寧さですよ」



 俺はオリゴが用意した羊皮紙に羽ペンをゆっくり走らせた。トマファに言われ一字一字丁寧にまず時節の挨拶を記すとキュリクスや周辺の領主に就いたこと、名代に手土産を託したのでご笑納くださいと締めくくった。ふぅ一年分の緊張をこの手紙に押し込めたぞ。



「アニリィ、これを翻訳してくれ」


「ははっ、それでしたら成功報酬としてキュリクスの小麦酒を1樽所望致します」


「はぁ?」「お前何言ってんだ?」「―――あんたバカ?」



 嬉しそうにどや顔で言ったアニリィに俺とスルホン、オリゴが思わず口にした。俺らの反応に驚き戸惑いながらおろおろとし始め「だってパレードの成功報酬でトマファ君が」と言いながらアニリィはあたふたしはじめた。きっとトマファのパレード成功事例をみてこんなこと言い出したのかと想像がつく。



「あぁ。トマファと共にヴェッサへ行き、エルフの連中らにこの手紙を届けて参れ。ただし相手を怒らせたら減給な?」


「げ、減きゅ……承知しました。必ずやエルフの連中らと和親が結べるよう頑張ってきます!」



 そう言うとアニリィはトマファ君の車椅子を後ろからがらがら押して執務室を出て行った。いや、お前は翻訳と通訳さえしてくれれば良いんだがなと言いたかったのだが。



「スルホン。俺、アニリィのせいでエルフの連中らを激怒させそうなんだが」


「奇遇ですねヴァルトア様、俺も同じですよ」




     ★ ★ ★




(アニリィ視点)

「で、貴殿らがこの地の新たな統治者の名代か。儂の娘やヴァザーリャの娘から話は聞いておるぞ―――モルスス殿、少し席を外してもらえるか」


「ははっ、では失礼します」



 そういうとモルススさんは部屋を出て行った。

 現在、私たちはアンティム家当主ブロドンさんと面会している。コーラル村に着いてすぐに雪兎亭に行き、女将にヴァルトア様からの手紙を預かっているとトマファ君が言った。女将は、


「もう既に私とエレナが三家の長に一筆書いたわ。私の父から、もし挨拶に来たいというならモルススさんが案内する、とすぐに返事が来たわ」


と言ってくれた。それならばとエレナさん夫妻を呼んでもらいその日の夜はまた4人で一杯飲んで打ち合わせをし翌朝ヴェッサに入って今に至る。酔い止めの薬を飲んだがどうも私は二日酔いっぽい。頭が少しくらくらする。


「はい。お目通り頂き感謝致します」


と、正装をしたトマファ君が応える。であくまでも名代はトマファ君、私は通訳だ。とはいえヴェッサは春先なので非常に肌寒い、私もトマファ君もウールのコートを着ているが部屋の中は寒いのだ。しかし目の前のブロドンさんは黒いワンピースのような衣服にズボンをはいているだけでしかも袖は小さく左腕に入れ墨が見える。細身のブロドンさんは寒くないのだろうか。



「そこの女騎士がシュヴァルの血筋の者、か」


『ははっ、我が祖母イリシアがシュヴァルのマルカリャン家の出でございます(ბებიაჩემი მარკარია, დაიბადა შევალის ტყეში)』



 私は何度もシミュレーションし、脳内で反芻したカルトゥリ語でブロドンさんに名乗った。その時自分の名を名乗ってなかったことに後々になって気付いたが。



『がはは、貴殿はカルトゥリ語が出来るんだったな同胞。儂はどうしても人間族が使うセンヴェリア語が苦手でな。済まぬが同胞、通訳を頼めるか?』


『承知。私はカルトゥリ語話者じゃないので、もし判らない単語があったら辞書を引かせてほしい』

『無論だ』



 幼い頃に祖母から聞いて書き取った単語帳面を鞄から取り出して足元に置いた。どうもヴェッサのエルフは板張りの部屋に直接座るという文化らしく私達は座布団の上で楽座している。トマファ君はそれが出来ないので車椅子のままだが。ブロドンさんから出されたお茶を飲む、私の故郷でよく飲んだお茶と味が似ていた。先ほどから豪快な笑い方をしているが、男性エルフも女性と同様細身で手足が長い。何度も思うが寒くないのだろうか。


 トマファ君がヴァルトア様からの信書をブロドンさんに手渡した。ブロドンさんは紐を解いて羊皮紙の便箋を広げる。まずはヴァルトア様手書きのほうをまじまじと見てそのあと翻訳版をさらりと読んだ。そして元のように便箋をくるくると巻いて紐で縛ると横に置いた。



『ところで名代よ。このヴェッサを調査したいと聞いたが、その心やいかに?』


「トマファ君、なんで調査したいの? だって」



 トマファ君は、このヴェッサはテイデ山峰に守られているが外敵はどのような侵入ルートで攻め込んでくるか判らない。ここ一帯は我が王より任された地なのでヴェッサを所領とする三家を守るためにも調査をさせて欲しいと言った。私はトマファ君の言葉を翻訳してブロドンさんに伝えた。



『今のところ外敵が侵入したって話は聞かないし地の利がある我々がヴェッサで人間族と戦っても負けることは無い。それに古来よりエルフと人間が戦っても種族的有利でエルフが負けることは無い。あとついでに俺たちはそちらの王は認めてはいないからそのような調査を受ける理屈もない』



 ブロドンさんの言う事は確かにごもっともだ。私は言われた通りにトマファ君に通訳する。確かに現王の王朝がエルフ三家に所領安堵した王朝の後継だったとしても今まで千年以上も挨拶がなかったのに突然やってきて調査させろは無理が過ぎる。



「そうですよね、無理を言って申し訳ありません。ですので調査については忘れてください。―――ただコーラル村は我らが卿が預かる事になりましたのでそのご挨拶に手土産をお持ちしたんです」



 私は背負ってきた大きな木箱を開けた。籾殻が詰まっておりそれをかき分けるとひんやりと冷気を放つ包みを取り出してブロドンさんに手渡した。ほぉこれ冷たいな、そう言って包みを開くとブロドンさんの目がかっぴらいた。



『こ、これは!?』


『最近キュリクスで流行っているものです。前にエレナさん夫妻からブロドン様は冷たい甘味がお好きと伺いましたので。クルップのジャムと共にどうぞ』




     ★ ★ ★




(ブロドン視点)

 コーラル村の統治に入った人間族から娘とエレナ夫妻にコンタクトがあり一度会ってみて欲しいと来た。人間族と接点かぁ、いままでそんな話聞いたことがないし無視しようと思った。しかし儂が作った木製食器にどうやら興味津々だと手紙で書かれていたので儂がその人間族に興味を抱いた。


 儂は一族でも一番の食器職人だと思っている。きっと儂が一番だと言う奴は他にもいるだろうな、例えば儂の弟とか長男とか叔父とか。でも儂はヴェッサで採れる厳選したセンノキやタモノキを切って三年じっくり乾燥させたやつを削って作っているのだ。しかも仕上げはヴェッサ奥地に生える木からとれる樹液を塗って磨く、その樹液にクスノキ精油を混ぜると樹脂のノリがよくなるのも試行錯誤の末見つけた。


 これだけこだわった食器だがウケは良くない。カミさんからはまた作ったのって顔をされるし娘には『お店の食器棚はもういっぱいだから要らないの!』って叱られる。他の連中らも同じだろうから儂はヴァザーリャ家やニアシヴィリ家の連中らにも配っている。しかしどの家もうれしいと言いつつも迷惑そうな表情を浮かべているのは知っている。だが儂は自分が作っている食器に満足はしていない! もっと作ってより良いのを作りたいのだ!


 儂が作った食器を良いねと言ってくれた人間族の顔を拝みたく会う事を了承した。娘らから車椅子に乗った若い男と聞いていたが確かに若い。若いくせに落ち着き払ったその男よりも儂が興味を抱いたのは同胞の女だ。北部訛りのカルトゥリ語通訳の女は鞄から銀色のスキットルを取り出して儂にこう言った。



『ブロドン殿。その手土産にこれをひとかけしてみませんか? ―――飛ぶよ?』



 そう言われて儂は同胞の女からスキットルを渡された。名代から渡された手土産をまずは木皿に盛ってスキットルの中身をひとかけする。酒精が鼻腔をくすぐった。そして恐る恐る木匙で掬い口に運んだ。な、なんなんだこれは!



『これ、本当においしいぞ!』


『どうでしょうブロドン殿、フレップジャムも良いでしょうが大人の安らぎと言えばこれでしょう―――かければかけるほど世界が変わりますよ?』



 儂は左手に持ったスキットルを本能のままに傾けると木皿に盛られたそれは少し溶けはじめる。するとほのかな乳の芳香が儂を包み込んだ。匙を持つ右手は木皿のそれに刺さり、掬い、口に放り込む。


『―――ッ!!』


 儂はこのとろける食感に、芳香に、とろけてしまっていた。しかし同胞の女はさらに囁く。


『アイスクリームのおかわり、いりますか?』


 儂はこの氷菓子にもう夢中になっていた。口に放り込むととろけて甘さが舌一杯に広がる。それにフレップジャムをかけた時の衝撃たるや今まで雪や氷で楽しんでいたのは紛い物でしかない。しかも火酒をかけたら身も心も夢見心地を見せてくれるのだ。


『他のヴァザーリャ家やニアシヴィリ家の分のアイスクリームを食べちゃうのですから、タダって訳にはいきませんよ?』


 そうか、儂はアイスクリームに興奮しその味に踊らされたと思っていたがこの同胞にもて遊ばれていたのだ。儂はすぐにカミさんを呼ぶとヴァザーリャ家とニアシヴィリ家の家長を我が家に集まるよう伝えた。あの二人に今度の領主と付き合うとメリットが大きいぞと宣伝し木製食器の代金としてこのアイスクリームと火酒を定期的に買い上げようと思ったのだ。それにしてもアイスクリームうまい。


 その後儂はヴァザーリャ家とニアシヴィリ家の家長を必死に口説き落としトマファ殿にも了承を貰い一筆書くことにした。



『これより先、我らヴェッサの森の代官としてアニリィ・ポルフィリ、副代官としてモルポ商会主アンドレを任じる』


と。




     ★ ★ ★




(トマファ視点)

 ヴェッサのエルフたちとは浅く緩い関係になるだろうと思っていた。まぁ取引の窓口なんてすぐには無理だろうから時間を掛けて口説き落とそう、もし数十年後に調査が出来ればとも考えた。しかしアニリィさんがアイスクリームに火酒を掛けるなんてことをやらかした結果代官を置く事が許されたのは大誤算だ。しかもアニリィさん指名でだ。

 ただヴェッサ常駐の話が出た時にアニリィさんは嫌だなって小声で言ったのは聞き逃さなかった。しかも続けてこう言ったのだ。


「このヴェッサ、飲み屋ないじゃん」


 この人は本当に本能に素直な人だ。

 しかし絶対的に家臣が少ないのにアニリィさんが代官としてヴェッサに留まるとなれば当家の負担が大きい。定期的に酒絡みでトラブルを起こす人だが居なければ仕事が回らない事もある。そこで折衷案として炭焼き職人やエルフ三家と取引があるモルポ商会主が取引仲介や行政相談の窓口として副代官になってもらう事にしてアニリィさんには定期的に三家を訪問して関係向上を構築するって形で決着した。もちろんアニリィさんを代官として一人置いておくと酒絡みで大問題を起こすって想定も含んではいるが。


 モルポ商会のアンドレさんは副代官の仕事についてメリットを提示した上でお願いしたところ喜んで引き受けてくれた。そのメリットとはブロドンさんたちが作る木製食器の販売権とアイスクリームの原料である生乳仕入の独占権だ。さすがにアイスクリームの製造販売権まで手渡せば代官の職も欲しがるだろうからそれだけは渡さなかった。とはいえアイスクリームなんて大量の塩と氷、そして材料の生乳と砂糖と卵黄、あとは熱伝導率が良い錫製や銅製ボウルがあれば誰でも作れるのだけどね。


 しかしアイスクリームは作っても常温ではすぐに溶けてしまうし氷は氷室がなければ冬だけしか手に入らない貴重品だ。ちなみにキュリクスで氷室を持つ家は十数軒だけと聞く。つまりアイスクリームは金持ちの道楽スイーツだ、そこに革命が起きたのだ。


 ヴァルトア卿がキュリクスに来る直前に行き倒れていた兄妹の、妹テルメさんがキュリクスで開発した『魔導保冷具』。これのおかげで氷が無くてもアイスクリームが作れるようになり一晩程度なら魔素が保つので一時的に保存も出来るようになったのだ。


 この魔導保冷具の構造は魔導コンロと非常に似ておりテルメさんは『魔素エンジンで魔法陣に込められたエネルギーの減圧時の吸熱サイクルで冷やすんですよ』と言っていた。ちなみに魔導コンロは圧縮時の発熱サイクルで温めるらしいから確かに似ているな。ただやみくもに加熱されたら火災の恐れがあるため、専用の鉄鍋を使用しないと発熱しないよう安全装置がついているのだが。


 ちなみにこの魔導保冷具、元々は熱帯夜になりがちなエラールで涼しく寝られる魔導冷感布団として作られたそうだ。だが寝具として使うにはあまりにも冷え過ぎて兄アルディさんが風邪を引いたらしくボツ魔導具として消える運命だったという。しかし料理メイドのステアリンさんとテルメさんが飲み屋で失敗談を語り合っていたときに魔導冷感布団の話が出た事でボツ魔導具に陽の目が当たったのだ。ちなみにステアリンさんとテルメさんはどうも馬があったようで時折酒を飲み合う関係なのだとか。


 ステアリンさんのアドバイスを元に魔導冷感布団の冷却能力を上げるための魔法陣を引き直したところアイスクリームを作って一時保存ができる程度にまで冷やせる魔導具になったのだ。他にも食材の粗熱を取ったりミニヨお嬢様の好物であるブロッコリーの冷製スープを作るためにも作られている。


 そしてこの魔導保冷具を知った酪農家が試しに祖母が冬場に作ってくれたアイスクリームを作ってみたところ意外と美味しく出来る事が判ったらしくキュリクスでパーラーを開いた。キュリクスの市民からアイスクリームの人気を得るのに時間はかからなかった。今ではその酪農家、魔導コンロで生クリームを炊きあげて生キャラメルたる甘味も作って人気も得ているという。材料が自分で製造でき付加価値付けて販売できるのは商売として最大の強みだろう。


 僕はエレナ夫妻からブロドンさんが甘味が好きなのを聞いて最近キュリクスで流行るアイスクリームをお土産に渡して今後とも宜しくで済む話だと思っていた。しかし交渉の場でアニリィさんが火酒をかけるというまさかの暴挙に出たのだ。僕はそれを傍目に見ててこの交渉は失敗したなと思った。さてヴァルトア卿にどう説明しようと考えていたのに話はとんとん拍子でいい方向に転がったのだから折衝というのは本当に判らない。しかもブロドンさんはアイスクリームにフレップジャムに火酒をかける食べ方に相当ハマったのか後日モルポ商会のアンドレさんから悲鳴に似た書状が届いたのだ。


『仕事が忙しくなって本当に目が回りそうです。これもテイデの霊峰の気まぐれですよね』





※離れ

 弓に矢を番えて引き絞り弦を離したあとのばいーんの状態の事。弦がばいーんとなった時に乳房に当たると非常に痛いし、矢の軌道を変えないように胸当てをするらしい。

ブクマ、評価はモチベーション維持向上につながります。


現時点でも構いませんので、ページ下部の☆☆☆☆☆から評価して頂けると嬉しいです!


お好きな★を入れてください。




よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ