01話 武辺者、辞令交付される
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「ふん。無粋で無骨者な貴様にはお似合いな蛮地じゃないか」
「言ってくれるじゃねぇかよロテノン卿」
謁見の間を出るとすぐ、顔見知りの文官ロテノンが俺に命令書を突き渡した。俺はそれを恭しく受け取るとロテノンはにやついてた顔を急に引き締める。そして俺の耳元に口を近づけると、
「今回の裁定、貴殿を中央から引き離し、追い落とそうとするノクシィ一派の判断だ。下手な統治してたらすぐに叛意ありと思われる。―――気をつけろ」
と小声で言うと俺から顔を離した。この宮廷でノクシィ一派が俺を排除しようとしていることは知っていたからな。ロテノンのお節介に心の中で感謝しつつもそれを微塵も顔には出さず、笑いながら言った。
「あぁ、いつも悪いなロテノン殿、まーたズボンのボタンを留め忘れてたかぁ。だらしねぇ俺にいつも指摘してくれてありがとよ。また気が向いたら一杯付き合え」
「ふん。貴様のような田舎者と酒なんか飲めるか、馬鹿者」
そうロテノンは右手で露を払うような仕草をする。俺は手のひらをひらひらとさせて踵を返すと控室で待たせていた部下のアニリィと合流する。帰るぞと言うとアニリィは俺の後に続いた。
「───ふん、文官小役人風情が偉そうに」
アニリィは小声で俺の耳に入らない程度で一人ぼやいてた。きっとアニリィの事だ、ロテノンにガンの一つでもくれてやってるのは想像がつく。俺は後ろについてくるアニリィに振り返ることなく宮廷を歩く。
ロテノンは宮廷内では高位高官の文官貴族だ。しかしノクシオス卿率いる佞臣一派から完全に目を付けられているため、現状ではこれ以上出世することは無いだろう。むしろ彼に何か小さなミスがあれば【物理的に】命取りとなるかもしれない、そんな状況だ。ただ彼の中にある愛国心だけで宮廷内の権力闘争に明け暮れているのだろう。
「そうは言ってやんな。アニリィの代わりは彼奴らには出来んが、逆に彼奴らの仕事は俺らにも出来んってこったよ」
「ですが、ヴァルトア様があのような小物に言われっぱなしなのは───」
「アニリィ、謹め。───お前は馬車に乗るまで口を開くな、頼むから。判ったか」
「───!」
俺はつかつかと廊下を歩く。傅くメイドや下級文官には右手を挙げて応えるようにしてるが、俺の後ろを歩くアニリィはきっと憮然とした顔をして肩をいからせて歩いてることだろう。彼女の出自を考えたらなんとなく想像がつくが。俺らは人が居ない渡り廊下まで来ると、まるで走り去るかの如く通り抜け、駐車してた俺の箱馬車に飛び乗った。
「お疲れ様ですヴァルトア様、アニリィ。───御者殿、では屋敷まで頼む」
馬車内で待機させていたスルホンがドアを素早く閉めると、馬車はゆっくりと発進し城門を過ぎた。
★ ★ ★
「ふぅ───アニリィ、あれだけ宮廷内で騒ぐなと言ってただろうが」
「ですがヴァルトア様! かの統一戦争で活躍なされた貴方様が、蛮族はびこる僻地と言っても差支えないクソ田舎ですよ? しかもあの小役人が偉そうにヴァルトア様を田舎者呼ばわり───」
「アニリィ少しは落ち着き給え───んでヴァルトア様。まさか赴任地が東方辺境キュリクスですか」
「あぁスルホン、これが命令書だ。───どうもロテノン殿はノクシィ一派の策謀だろうな、と。下手な統治してると叛意有りと看做されるとも言われたな」
俺はスルホンに命令書を手渡すと、スルホンはそれを穴が開くかのごとく見つめた。アニリィは今も小声でロテノンがどうとかキュリクスがあれだとぶつぶつ呟いていたが、まぁいつもの事なので放っておくことにした。
「命令書によると来月までにキュリクスへ赴き統治を開始しろ、ですか。ヴァルトア様は代官を立てずご自身で統治されるって事でよろしいんですよね?」
「あぁ。あのロテノン殿が親切丁寧に御助言頂いたんだ、それを無碍にする訳にもいかんだろ。───んでスルホン、お前も知ってる通り俺は統治とかの経験が無いんだ。まずは何をすればいい?」
「そうですね。私やヴァルトア様は平民上がりですから、そのような下賤な武辺者が辺境の地方領主だなんて夢物語か英雄譚で聞くだけでしょう。―――先ずは急ぎ御屋敷に戻られてジェルス殿とよく相談すべきかと」
「うむ、そうだな」
連絡口より御者に急ぐよう言い付けると、箱馬車が加速した。王門を通り過ぎる頃にスルホンとアリニィが箱馬車内のカーテンを引く。俺は慣れない宮廷所作に余程疲れてしまったのか、背もたれに身体を深く預けるとふぅと溜息をついた。
★ ★ ★
俺らは屋敷というには部屋数が物足りない古ぼったい自宅に戻り、アニリィに言い付けてジェルスを呼びにやる。俺とスルホンは執務室というには物寂しい自室に入った。
しばらくしてアニリィと共にジェルスが入ってきてソファに座る。俺は執務用デスクから立ち上がるとキャビネットから酒瓶とグラスを取り出し、ソファに深々と腰掛けた。そして酒瓶の栓を開けてグラスに注いだ。俺は酒好きのジェルスに一杯勧めるが彼は勤務中ですと言って左手を突き出した。スルホンは飲めないので勧めない。アニリィは欲しそうな顔をしてたが、この女は酒癖が悪すぎるから勧める気はない。
「アニリィからある程度は伺いましたが……、東方キュリクスの直接統治ですか」
「あぁ。ジェルスも判ってると思うが、俺やスルホンは槍働きで成り上がってきたんだ。統治とか領地経営って何していいのか全く判らん。アニリィは東方出身だから多少の土地勘はあるかもしれんが───こいつに統治は無理だろうからな」
「いえいえ! 私だって出奔したとはいえ在郷貴族の娘です、一地方を任せて下さればそれなりに出来るかと思いますわ!」
「───ほぅ。ならアニリィ、それならどうすればいいんだ?」
「簡単ですわ。農民共から搾り取れるだけ年貢を取り立てれば───」
「却下だな」
「問題外でしたね」
「期待した俺が間違いだった」
俺らは口々にそう言い捨てると、俺はグラスを傾けた。それを見てやはり耐えられなかったかジェルスもグラスを手にした。アニリィもグラスに手を伸ばしたがスルホンが手を弾き、首を横に振った。ちぇーと言ってむくれてるが、酒乱気がある彼女には是非にとも自制してほしい。
俺はぐいっとグラスの酒を飲み干した。宮殿での慣れぬ所作に緊張して喉がきっとカラカラだったのだろう。灼けるような熱いものが喉元を気持ちよく駆け抜け肚に落ちた。俺はもう一杯と酒を注ぐと、そのグラスに細い蔓が幾重にも絡みついてグラスは宙へ持ち上がる。そしてそのグラスは部屋の隅に佇む女の右手に収まるとその女はグラスに口をつけた。
「おいカマラー、黙って人の酒を持ってくな」
「あら、ごめんなさいヴァルトア様。───でも私にもお酒飲むかって聞いてほしかったなぁ。今日もここで大人しく陽に当たりながら屋敷を見守ってたんだから」
「そうか、そりゃ済まん。───ところで今日はどうだった?」
「今日は大丈夫、間者の侵入は無いわ。今のところ」
カマラーは静かに歩くとアニリィの横に腰掛けた。俺はテーブルの下から新しいグラスを取り出すと酒を注いだ。カマラーは俺の顔を見ながらグラスを差し出したが、ジェルスは軽く咳払いをする。それにアニリィが手を伸ばすが、再びスルホンが弾いていた。
「カマラー、まだ勤務中だ」
「大丈夫よジェルス様、てか貴方も飲まれてるじゃない。それに植物が酔っぱらったって話は聞かないでしょ?」
俺はグラスに酒を注いでやると、カマラーはニヤリと笑い足を組みグラスを傾けた。ジェルスはそれを見て深い溜息をつく。
「まぁ間者の侵入があればすぐに知らせてくれ」
「ヴァルトア様。なんでしたらその間者に巻きついて枯らす事だって出来るんだけど、しなくていいの?」
「もし間者に害を与えたらそれこそ連中らに付け入る隙を与えてしまう。気付かぬ振りして、俺らは粛々と左遷されて領地経してるって思わせれば良いんだよ───ところで、カマラーもキュリクスへは付いてきてくれるか?」
「うーん、根付くかどうかわかんないわよ? ほら、私、この部屋の梁に寄生してるから。向こうで根付く事が出来るのだったら、少し考えさせて?」
カマラーは左手で顎をさすりながら頭を傾けた。
「あ、もしマイリスちゃんがこれからもお世話してくれるなら行くわ」
★ ★ ★
旧王都を占領、廃して新しく都市基盤を整備し、今じゃ新都・エラールと名付けられたこの街。俺の屋敷として割り当てられたのは、前王朝で高級文官をしてた者のそれだった。その屋敷にアウラウネであるカマラーが寄生していたのだ。しかし元の家主はカマラーが住んでた事には露ほど気付かなかったようだが。
王都攻防戦を制して俺らが侵入した際、この屋敷は旧王家の官僚貴族のものだった。その官僚貴族、こちらの投降に応えることなく執務室で官僚貴族一家がメイド含め全員自刃して果てたと聞く。そしてこの屋敷を俺に宛がわれた際、そんな血生臭い、曰くつきな部屋で執務をするのはとてもじゃないが嫌だった。そのためその曰く付き執務室は物置として封印し、代わりに物置部屋として使われてた部屋を執務室として改装し、現在も使用している。
このアウラウネのカマラーが、新たな執務室に住み着いてると最初に気付いたのはメイドのマイリスだった。このマイリスの詳細については後々語るが、とにかく朝から晩まで黙々と働くメイドだった。他のメイドたちは休憩となれば下らない噂話馬鹿話で時間を潰し、時には業務再開を勝手に遅らせサボったりするような連中らだった。しかしマイリスはそれに加わることはなく、決まった時間に静かに休憩し、決まった時間に仕事を再開するような生真面目過ぎるメイドだった。
その生真面目なマイリスに、他のメイド達から最近独り言が多くて薄気味悪いと報告が上がってきてるとメイド長から俺にと報告が上がってきたのだ。そのメイド長が言うには、マイリスが執務室の掃除をしてる際にぶつぶつ独り言が聞こえると。
普段物静かなのに何なんだろうと訝しむメイドたちの声を聞いてメイド長が問いただすと、この部屋にアルラウネのカマラーが住みついてる、と言ってきたのだという。マイリスは、発見当時のカマラーは枯れかけで瀕死だったと言う。しかも小作農出身のマイリスにとって、植物が枯れるというのは不吉だと両親から教えられていたようで、こっそりと施肥や声掛けとまめに世話を続けていたという。
なおアウラウネ種は枯れかけると何とか種を残そうと無駄に花をつける特徴があるそうだ。そのため、無駄に花を付けようとして体力を損耗して枯死するため、きちんとした農業知識が無ければ本当に枯らせてしまうのだという。
俺はメイド長に『アウラウネへの肥料代はきちんと当家に請求するように。仕事を始めたなら責任もって全うするように』とだけ命じた。メイド長はマイリスにどう伝えたかは知らないが、カマラーの世話を続けてくれた。あと肥料代の請求が来たのだが、どう見てもメイド長の請求書も混ぜ込まれていた。もちろんメイド長をきっちり叱っておいたが。
マイリスがカマラーを発見してから半年。
世話の甲斐あって元気となったカマラーは我が家に居つき、間者の監視をしてもらっている。先ほども言った通り、侵入してきた間者を締め上げる事は出来るらしいのだが、今はどんなのが潜り込んできたかを調べてもらっている。特に忍び込んできた間者の衣類を介して身体に種を植え付けると、次回侵入してきた際にその種から色んな情報が読み取れるのだという。
ただ、マイリスは結婚を機に退職の申し出があり、先日受理した。カマラーは結婚反対、退職反対と文句を言ってたが、人の幸せを潰してまで職場に拘束はしたくないと思い退職を認めさせたって経緯はある。
★ ★ ★
「判った。―――ジェルス、明朝マイリスとその旦那を我が家に来てもらうよう先触れをだしてくれ。夫婦をキュリクスで雇用したいと」
「承知」
「うふふ、久しぶりにマイリスちゃんに会えるわね」
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