7話 二人の距離
不意に彼女の声が聞こえた。
「山野くん、今日、綿貫さんは自分で牛乳飲んでるみたいだから、私の牛乳あげるね」
そう言って彼に牛乳を手渡すところだった。
胸がチクリと痛んだ。
これからは彼女の牛乳を飲む日常が始まるんだ。
仕方のないことだ。自分から手放した日常だ。彼は身長をまだまだ伸ばしたいと言っていたから、牛乳をもらう相手が私から彼女に変わるだけだ。
などと考えていると、続けて彼の声が聞こえる。
「ありがとう。だけど、ごめんな。今日はちょっと腹具合が良くなくて2本も飲めないから。」
お腹、痛いんだ⋯⋯
大丈夫かな⋯
もしかしたら今までも、お腹の調子が良くない時があったのかもしれない。当然だ。寒い冬の日も彼は当たり前のように牛乳を飲んでくれていたが、無理をしていた日もあったはずだ。彼は優しいから、私があの日牛乳が苦手だと言ったから、これからも飲んでほしいと言ったから、どんな時でも飲んでくれていたのだ。
自分がどれだけ彼に甘えていたのか。
どれだけ彼に無理をさせていたのか。
申し訳なさでいっぱいになった。
それからは毎日、私は牛乳をいちばん最初に飲んだ。
彼と微笑み合うことはなくなったが、彼に迷惑をかけずにいるということが、今の自分の支えになっていた。
彼との約束を手放したあの日から、話す機会も減り、同じクラスにいても会話をしない日が続いた。
もともとたくさん話すような関係ではなかったが、目が合うこともなくなり、彼との距離が遠くなっていく。