12話 宏斗と父親②
宏斗は父親に問いかけた。
「父ちゃんはいつまで母ちゃんの人参とピーマンを食べてあげてたの?」
父親はチラッと母親を見て、小声でこう答えた。
「ここだけの話、母さんは今でも人参とピーマンは苦手なんだよ。だけど宏斗が産まれた時、何でも食べられる母親になりたいって言って、がんばって食べてるんだ。だからきっと牛乳が苦手なその子も、いつか自分から牛乳を飲めるようになりたいって思える日が来ると思うから、それまでは宏斗がそばにいて助けてあげたらいいんじゃないかな。」
父親の言葉に宏斗はホッと胸を撫で下ろす。もちろん、決して良いことではないと分かっているうえで、それでも美湖を助けたいと思っていたからだ。
それから父親は、宏斗にさまざまな極意を教えてくれた。
周りに人たちに気付かれないように交換する方法を、席が離れたときやクラスが別になったときなど、あらゆる場面で参考になればと。それば幼い宏斗にとってはとても心強く、それから数年、美湖の牛乳を飲む日々が続いた。
「なんだか懐かしいな…」
宏斗はポツリと呟く。身長を伸ばしたいと言った言葉に嘘はなかったが、それ以前に美湖の辛い顔を見たくなかった。美湖の助けになっている自分が誇らしかった。
それと同時に、他の誰かではなく『美湖』だったから芽生えた感情だったと意識した瞬間でもあった。
なんとなくこのまま美湖との関係が続いていくと思っていただけに、急に美湖から『自分で牛乳を飲む』と言われたときは戸惑ったが、幼い頃に父親が話してくれたように、自分で飲めるようになりたいって思う日が来たのなら応援しようと思った。他の子から『牛乳あげる』と言われても飲む気になれなくて適当な理由をつけてことわっていた。しかし美湖は相変わらず辛い表情で牛乳を飲んでいる。
自分にできることはないのか⋯
そう思い悩んでるときにクラスまで離れ、もどかしさを隠せないでいた。