メスガキ襲来
妾、死んじゃう。このままでは妾、死んじゃう。
あれから4日経った。
妾は必死に抵抗するも、甘美なミキヤの誘いを断ることができず、毎晩モフモフされている。
モフモフというのは、ミキヤ曰く、妾のような毛のフワフワなものを愛でる行為のようで、それをしている時のミキヤは本当に楽しそうじゃった。妾は必死なのだが……。
そしてミキヤは、どうやら妾が動物になっている時の言葉を理解していないようじゃ。あれだけの猛者ならば、それくらいは習得しておるかと思っておった。妾の言葉を理解した上で、あのような鬼畜の所業をしているのかと……。どうやら違うらしい。
ミキヤは人間の妾をあまり可愛がらない。日常の生活をする上で、手や足が長いと便利なので人間に変化して生活しておるのじゃが、その時はモフモフ欲を抑えきれているようじゃ。ただ、たまに妾の衣服がはだけた時に、人間でいう局部がチラリと露出した時にはしっかり視線を感じるので、欲が無い訳ではなく、やっぱり対人間として抑えているのか、顔に出さないように恥ずかしがっておるのか……。
妾はその視線が嬉しいのだが、ヒヤリともする。あのミキヤが本気で欲情した時に、妾には一晩耐えられる自信が無い。なんなら腹上死すらありえると思っておる。
なので妾はモフモフされている時に絶対に人間形態にならんと決めておる。まだ死にたくはない。
妾が人間形態の時のミキヤはかなりズボラで、正直抜けている。木の根に引っ掛かってコケるわ、ぬかるみに足をいれて助けてと喚く。あれだけの力を持ちながら、なぜああなのか疑問は増えるばかりじゃった。
日常生活を送る上では頼りない印象だが、戦いにおいては比肩するもののない強者であった。この極魔の森のハンター、クリムゾンヴァイパーが出たとき、妾も戦おうとしたが、ミキヤが制した。
「僕、実は蛇も得意なんだ」
そう言って世界に殺意を振りまきながら近づくミキヤ。契約を交わしているはずの妾ですら、怖くて震えることしかできないほどであった。しかも笑顔で近づくその様は、素直に服従して本当に良かったと思わされた。
近づいてどうするのかと思ったら、首を掴んでいた。体長5m、太さ50cmはあるであろうあの蛇を手で掴み上げる。そして情けない顔で妾に言う。
「捕まえたけど、これどうしよう?」
妾はズッコケそうになりながら、影魔法で止めを刺した。その後、火魔法で火を起こし、クリムゾンヴァイパーを調理した。
昔、魔王に仕えていた時に調理は見ていたので、見様見真似でやってみた。ミキヤは呑気に「塩気が欲しいな」と言っていたが……。
気が付いたら妾が料理番になっておった。
まあ何はともあれ、まずこの生活を続けていく上で一番大事なのが夜のモフモフをどのようにして避けるかという話だ。
ミキヤのモフモフを少し遠回しに拒絶しようとした時の、あの悲しそうな顔を見ると妾には拒絶という選択は取れそうにない。
ならば、代わりを見つけるしかない。という結論に至った。
正直ミキヤの寵愛を他のものに渡すことに葛藤がなかったとは言わない。ただ、あやつのモフモフは苛烈すぎた。
今日はミキヤを新しい魔獣を探しに行くと言って連れ出した。
ミキヤほどの強者ならば、もっと魔獣を連れていてもいいと思うのは本音だ。
実は昨日、ミキヤと森を散策している時に妾の知覚範囲に魔兎族の者がいた。こちらを警戒しているのか、攻撃はしてこずにこちらを偵察しておるようじゃった。
妾は知覚範囲を拡大する魔法で索敵する。
「おった」
「ん? どんな魔獣なの?」
ミキヤは呑気にこちらに視線を送ってくる。
「兎じゃな。主は好きか?」
「うん。好きだね。大好きと言っていいと思う」
どうやらモフモフするラインナップに加えても良さそうじゃ。そう思い少しずつ距離を詰めて、近づいていく。
そろそろ気づかれるかというところで妾は魔法を使う。
【シャドウウォール】
妾は影で兎の背後左右に影の壁を作り出す。その壁は妾たちに向けて真っすぐに道となる。
「おー。なにこれ?」
「待て主、触るな。妾の魔法じゃ。兎が逃げる場所を狭めておる」
危うくミキヤが妾の魔法を触ろうとする。妾の魔法とミキヤの神力は驚くほど相性が悪い。妾の魔法に触れるだけで完全に壊してしまうので、ミキヤには注意をしておく。
妾と主は壁に沿って兎へ近づく。そこには70cmくらいの兎がこちらを見て喚いていた。
「ねぇ、そこのおにーさん。一体どういうつもりなの~?」
「おお兎だ。しかも大きい。滅多に見ないよ、こんな大きな兎」
ミキヤは兎の抗議を全く無視して興奮している。というか、ただ泣いているだけに見えるのだろう。
兎はまだ子供だろうか、生意気なメス兎であった。
「うーわ。おにーさん弱そー。そんなんでよく生きてこれたよね~。恥ずかしくないの~?」
ミキヤを煽る兎に妾は少し苛立ちを覚えたが、ミキヤが目を輝かせておるので任せることにする。
どうせあの殺意で終わりじゃ。
そう思っておったのだが、どうやらミキヤから殺意が放たれることはなかった。
真っすぐに兎に近づいていく。
「怖くないよ~」
「はぁ? マジキッモ。近づいてこないでよ~。気持ちわる~」
そう言って、強烈な【ウィンドカッター】を放つ兎。それを手で消し飛ばすミキヤ。
理屈は全く分からないが、兎のあの強烈な魔法をミキヤは避けることもなく、ただただ、打ち消した。
「はぁ? 意味わかんないんだけど。なにこのおにーさん。じゃあこれはどーかなー?」
そう言って兎は人間形態に変化する。年は13、4歳程度だろうか、髪を二つ顔の両側で結び垂れさせている。胸も腰も幼児体型であった。
子供にミキヤのモフモフは少し刺激が強すぎるかのうと思っていると、兎は召喚したハンマーでミキヤに殴りかかる。そしてそのハンマーはミキヤの頭部に直撃する。
「は? 主?」
正直、当たるとは思っていなかった。相手が魔兎族だとしても、まだ子供だ。あんな攻撃、避けるか止めるかと思ったのだが……。
ミキヤは頭を殴られて尻もちをついていた。
?
尻もち? あれが直撃したら尻もちで済むわけがなかろうに。
兎は攻撃が当たったのが嬉しかったのか、ミキヤを見て嘲笑っておる。
「おにーさん。こんなのも避けられないの~? ざぁーこ♡」
ミキヤは頭をさする。
「あーびっくりした。良かった、子供用のおもちゃのハンマーか。もうダメだよ、大人にそんな言葉遣いしちゃ」
「は? 気持ち悪いんですけどー。耐久力だけじゃ、あたしには敵わないんだよ~だ」
そう言ってミキヤにハンマーを持って再び殴りかかる。
妾はブチギレた。
ミキヤを攻撃した事。攻撃を当てた事。尻もちをつかせた事。生意気な口を聞く事。そして何よりミキヤをバカにした事。
こいつは殺されても文句は言えない領域まで踏み込んでしまった。
子供だと思って甘くしておったが、もう我慢ならぬ。
妾は影魔法の手で兎の四肢を拘束し、影の壁に押し当てる。
「ん? な……なに?」
「静かに聞いておれば、兎の子よ。少々度が過ぎるのではなかろうか?」
妾はミキヤの前に出る。壁に押し付けられて苦しそうにしている兎っ子。
「放してよ。おばさん」
ブチン。
「よかろう。死ぬがよい」
妾は影魔法で大きい棘を20個程作り出す。
「まあまあ、ミツ。だーめ」
ミキヤがそう言うので、妾は矛を抑える。
危うく怒りで我を忘れて今宵の贄を殺してしまうところであった。
妾は兎っ子の全身を影魔法で拘束して、そのまま宙に浮かせて運ぶ。
そして、兎っ子の耳元で呟く。
「明日の朝、生きて帰れるといいのう。小娘」
兎っ子は目に涙を溜めながら、むーむーと抗議しておったが、妾は無視する。
「主。洞窟に帰ろう。今日は兎焼きじゃ」
「えー。食べるの?」
「まあ、気分次第じゃな」
妾はミキヤと楽しく会話しながら洞窟へ戻った。
次回。メスガキにお仕置き(モフモフ)します。視点はミツさん。
頑張って21時過ぎには上げるようにします。