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学校で魔法を学んでいる者です。昨日通り魔に刺されました。非常に悲しくて悲しくてたまらなかったので、雪の降る街で涙を流しながら酒を飲みました。

作者: 鰆の天竺

キャンパスを出て十数分ほど歩けば大通りが見えてくる。石が敷き詰められた道の上で人々が往来している。いつもならこの大通りを家の方へ向かって歩くのだが、今日は反対方向へと進む。なぜならば今日は特別な日だからだ。僕の趣味の一つは食事、それも飲食店での食事だ。学生故に金銭に余裕がある訳では無いが、冒険者ギルドで給仕のバイトをして何とかお金を貯め切ることができたから、少し足を伸ばして少し遠くの高級なレストランに行こうと思う。


 今日は馬車の通りが少なくて歩きやすかった。


 ――馬車、冒険者、魔族、戦い、栄華、地位、名声。そんなものを輝かしく見るだけの自分はどこまでも庶民でしかないのだろう。自分が誇れるところなんて学歴とちょっと舌が肥えてることぐらいだ。


 冷たい風が肌を撫でる。季節が季節だし、天気も天気なので、分厚い雲が空を覆って夕方前だというのに結構薄暗い。天気でいえばやはり雪が好きだな。白い結晶達がのんびりと地面に落ちていくあの姿はやっぱり幻想的で情緒が揺さぶられる。


 話を戻すと今日は前々から目をつけていた店に行こうと思っている。冒険者ギルドで給仕をしていた時、コックが作っていたビーフシチューがあまりに美味しそうだったもんで思わず食べたくなったのだが……それは祝い事の時にだけ冒険者たちに振る舞うものらしく、口にすることは叶わなかった。だからビーフシチューの美味そうな店を探したのだ。自分の愚かしさが苦しい。ビーフシチューなんて忘れてしまった方がいい。別の店で美味いビーフシチューを食ったところであれを忘れられる訳ではなかろうに……


 そうこう考えているうちに気づけば到着してしまっていた。大通りを外れて裏路地の中でこじんまりと店を出している。


 扉を開ければカラコロと金属製の棒が軽快な音を鳴らす。


「いらっしゃい」


 店主が低くて深い声で挨拶するのを聴きながら、自分はカウンターに座る。昼時を過ぎたためか客は自分以外いなかった。


「ビーフシチューを下さい」

「飲み物は赤の葡萄酒(ワイン)でいいか?」

「それで頼む」


 酒はやっぱり食事を楽しむならば必須だろう。ウィスキーをチーズをツマミながら飲むと言った酒主体の楽しみ方も大好きだ。赤ワイン自体はそこまで好みじゃないが、ビーフシチューと合わせるならこれだろう。ああ、そんなことを考えていたら酒も飲みたくなってきた、家にチーズがまだあったはずだ、安いのでいいからウィスキーを買って帰ろう。


 と、しばらく色々考えていたらビーフシチューが提供された。綺麗な赤茶色をしたソースの中に鎮座する牛肉の周りを人参、馬鈴薯に玉ねぎが取り巻いている。ああ、美味そうだ。


 木匙を手に取り、スープを一口。旨味とコク、野菜の甘みが綺麗に混ざりあった完璧とも言える()、おそらく赤ワインも入れてあるのだろう、深みもしっかりある。ここでワインを呷る。口の中に少ししつこく残っていた味たちがワインで流されて酸味で締まる。


 味は申し分ない、美味くて美味くて仕方ない。だが――やはり自分の悪い所が出た。執着をどうしてもやめられない。少しガタイのいいシェフが作るあのビーフシチューにはこれほどのコクはないだろう、でも、胡椒をふんだんに使ったあのビーフシチューにはこっちにないまた別の美食があったはずだ。知りたい、食べたい、感じたい、一度願ったら代替品じゃ満足出来ない自分の悪癖だ。


「兄ちゃん、美味いか?」


ああ、そうだった。神妙な顔で食事をしていては作った人に失礼ではないか。申し訳なさを繕うかのように先に頭に浮かんだ美味さの表現を店主に伝える。


「そんな考えて食ってくれてたんだな、兄ちゃん真面目な顔して食ってるから味に不満があんのかと思っちまったよ」

「あはは……まあ性分ですので……」

「そうか」


 申し訳ないなと思いながらシチューを完食して会計を済ませる。美味かった、美味かったはずなのに、やっぱり満たされない。分かっていたのに。いつもこうだ。全て知りたくて、全てを感じたくて、でもそれは叶わないからいつも満たされない。足掻いて、足掻いて、なにか別のもので自分を満たそうとしても、そこに欲求の本質は無い。俺は「美味いビーフシチューが食べたかった」のではなく「冒険者が祝い事に食べるビーフシチューの味が知りたかった」のだ。無限の探求による必然的な渇望。これは一生満たされることは無いのだろう。


 そんなつまらない絶望を抱えて大通りに出た。根本から満たされた訳では無かったが、それでも非常に美味なビーフシチューを食べられて嬉しくて少し軽めの足取りで家へと向かっていた。先程より人が増えている、まるで海の様な人の波に攫われて、流されるまま家に向かっていた。するとどうだろうか――


 ドスッ


 背中から押されたような感覚と、そして熱いような痛み。通り魔。僕は今日、刺されたのだ。熱い、痛い、涙が出てきた。自分は死んでしまうのだ。もっとたくさんのことを知りたかった、感じたかった。もっと生きていたかった。苦しい、苦しかった。もう、僕には事切れる以外の選択肢は与えられていなかったのです。



 日時は伏す。今日僕は通り魔に刺されて死にました。探究心に費やした人生は根本的に満たされることはありませんでしたが、最後にとっても美味しいビーフシチューが食べられて嬉しかったです。朝から晩まで、雪は降っていませんでした。

良かったら連載作品の方も読んで下さい。あといいねや評価、感想も下さい。

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