フラーの家と職探し④
フラーが何度尋ねても、エビータは「会えば分かるよ」と言うだけだった。
「ちぇっ。どうせすぐ分かるんだから教えてくれたっていいじゃん。」
フラーはふてくされながらも手は止めない。
ブラッシングを終えたエビータの髪に、彼女が愛用している髪油を素手で伸ばして馴染ませていく。エビータの髪は肩甲骨辺りまでと長いので時間がかかるが、これが美しく髪を見せるコツなので手抜きは許されないため、外出時は他の娼婦たちからも必ずその手伝いをさせられるので慣れっこだ。それが終わってやっと髪結いの本番となる。
フラーは油でベタついた手を自身の上着で拭うと、鏡台の端に置いてあったコームを手に取った。そのコームでエビータの髪を取っていく。
まずは前と側面の髪だけ掬い取る。エビータの前髪も長いので一緒に取れる。それを後頭部中央でいったん一まとめにする、ハーフアップだ。この時点でエビータの後頭部の髪の表面がY字になっている。
つぎにY字の下の部分、犬の尻尾のようになった|(※バー)部分を手に取り、Y字の結び目、V字の底に当たる部分に幾度か潜らせる。するとV字の部分が捻れてくる。エビータの前髪も同じぐらい長いため、残りの髪を二つに分け、それぞれを小さなヘアゴムで結ぶ。一方をその反対側の捻れの内側に入れ込み、もう一方も同じように対角になる捻れの内側に入れ込み、位置を整えれば完了である。
「うん、よし、いい感じ!」
フラーは自身の髪結いの腕前にしばしご満悦であったが、すぐにエビータの脇越しに腕を伸ばして、今まで使っていたコームを化粧台の上にき、代わりにその近くに置いてあった手鏡を手に取った。
「シンプルにって言われたけど、ちょっとねじりを入れてみたんだ。どう?」
フラーは手鏡をうまく動かし、鏡台の鏡と合わせ鏡にしてエビータの後ろ髪がエビータにも見えるようにした。
「ああ、いいんじゃないかい?」
エビータは自身の右手でまとめられた髪の表面に触れてその出来映えを確認していった。
「それじゃあ、出発しようかね。フラー。いつものように頼むよ。」
「オッケー。」
フラーはそう言うと、手鏡を鏡台の上に戻し、エビータのクローゼットに駆け込んだ。ガサゴソと何かを探しているようだったが、すぐにエビータの元に戻ってきた。
「はい、これどうかな?」
そう言ってフラーがエビータに差し出したのは、エビータの外出用に必要なその他の持ち物だった。
エビータはこの娼館一の娼婦だけあって、彼女の常連客たちからドレスや宝石、靴やバッグ等々、さまざまな物を贈られていた。もちろん、彼女自身も購入することもあるが、ほとんどがそういった贈り物だった。
本日のエビータのドレスは、ワインレッドのベース生地に所々黒いレース地が被せられた襟の高いローブモンタント・ドレスだった。ドレスの裾はわずかにふっくらはしているが、それよりも目が行くのは、腰のあたりにこんもりと盛り上がった部分だろう。このタイプのドレスはバッスル・ドレスと言われる。つまり本日のエビータのドレスは、ローブモンタント・バッスル・ドレスという訳だ。
そんなエビータのドレスに合わせてフラーが持ってきたのは、黒くて小さなシルクハット、黒茶の革製ロングブーツ、黒い手袋、黒いレースの日傘、そしてがま口ポーチだった。
「まあ、そんなモンでいいわ。」
エビータはフラーのチョイスにひとまず合格点を出すと、腕を差し出した。すかさずフラーはがま口ポートを差し出した。
がま口ポーチは非常に小さく、ハンカチが入る程度で、実際にその中にはフラーがハンカチをいれていた。もちろん、エビータのドレスに合わせて真っ黒なレースのハンカチだ。
がま口ポートは手提げ式で金具が金色をしており、ベースの生地は何かは分からなかったが、黒と金のビーズで幾何学模様と花模様が描かれていた。
エビータはフラーからそれを受けとると、鏡台の引き出しを開けた。引き出しの中には何やらごちゃごちゃと入っていたが、その中から口紅と香水、小切手張を手に取り、がま口ポーチの中に押し入れ。
「さ、ブーツをお願いね。」
エビータがフラーにポーチを渡すと、フラーはブーツをその場に残し、その他持ってきたその他の物を鏡台の上の空いている場所にどうにか乗せた。
「・・・そういや、あんたの服や靴も準備してあげなきゃだねぇ・・。」
エビータはそうつぶやきながら、ドレスの裾を引き上げた。フラーはすかさず、ブーツの右足、左足と持ち、エビータに履かせていく。ブールは編み上げ式だったので、紐を通してあげた。
それから小さな黒のシルクハットを結い上げた髪の上に乗せ、落ちないようにピンで留めてあげ、黒い手袋を手渡して自身ではめるもらう。
そこでやっとエビータは鏡台の椅子から立ち上がり、鏡台の上からがま口ポートを手に取った。
「ありがとう、フラー。いい感じね。」
エビータは鏡台の横にある姿見の鏡で全身を見て満足そうだった。フラーもホッとしつつ、いつものように羨ましそうにその姿を眺めていたが、エビータの「行くよ」という合図で、慌てて鏡台の上に残された日傘を手に取った。玄関までは傘持ちはフラーの仕事だった。
フラーは片手で日傘を持ちながら、「早く早く!」とエビータの手を引っ張って部屋を後にした。
【作者より】
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2024. 5. 5 Sun. 20:41 再投稿