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フラーの家と職探し②

フラーは次のエビータの休みの日を待った。どうやらエビータが家探しにつきあってくれるらしい。フラーはその日が訪れるまで気が気ではなかったが。それと同時にわくわくもしていた。


(ボクの家、かぁ・・・。)


フラーは娼館で暮らしているが、自分の部屋は与えられていない。仕事の合間の休憩は食堂だし、寝るのは厩舎の2階にある物置部屋だった。


スフォードにある建物は、赤やオレンジの三角屋根をした、同じ色をした高層階の煉瓦(あかれんが)の建物であることがほとんどだ。地下室まで(そな)える建物すらある。


王都なだけあって多くの建物はそれなりにメンテナンスがなされ、その景観を保っていた。それでも極稀(ごくまれ)に、資金に乏しいのか補修することなくくたびれたままである建物や、うちひしがれて廃墟となった建物も存在する。


通りには石畳(いしだたみ)が敷かれ、上下水道がない割には側溝(そっこう)すらある。側溝は通りの広さにもよるが、通りの両端に30cm四方の立方体の(くぼ)みの上に石製の(ふた)(かぶ)せられている。


建物は側溝のすぐ(わき)に面して建てられていることもあれば、間に花壇があったり、地下室へ通じる階段があったり様々だ。庭がある建物もあるが、貴族や大商人といったお金持ちの家であったり、そういった者を相手の店、公共の施設ぐらいのもので、一般の家に庭があることはほとんどない。


だが、それは街の中心部だけでの話で、街の外れに行けば、農家や牛飼いなどがあり、ぽつりぽつりと庭を持つ家々が目につくようになる。さらに一部には廃墟群があり、スラム街になっていたりもする。


スラム街には見当たらないが、その他の通りにはポツリポツリとガス(とう)が立っており、その地下にはガス管が走っている。それでも上下水道が走っていないのは、上水道、下水道ともに技術が発達していないためだ。概念としては考えられていたものの、実際には水流や水圧の調整、水道管の清掃や点検のしくみ、悪臭対策等々といった課題が山積みのままだったのだ。


フラーたちが暮らす娼館はスフォードの中心部寄りにあった。そこは王宮を取り囲むように貴族たちの屋敷が立ち並んだ、さながらコミュニティー・エリアといったところだった。当然、その周辺に立ち並ぶ店々は王族・貴族向けであることがほとんどだったし、アパートメントはそういった店で働く者たちが多かった。


一般的な建物のように、フラーたちが暮らす娼館はオレンジの三角屋根、それに近い茶色い煉瓦の高層階で、通りと建物の間には花壇や地下への入り口へ通じる階段が3つもあった。


階段は、まず台所を初めとする建物内へ通じるもの、これは裏口に当たり、その隣の階段は食糧庫へ通じるもの、3つめの階段はこちらもやはり建物内に通じるのだが、直接は大浴場に通じている湯沸かし場や洗濯場に通じるものだった。薪や石炭などもここに置かれている。


洗濯物は、洗濯紐を建物の側面、2階以上に渡したり、近隣の建物間に渡さしてそこに干す。とは言え、さすがに下着類は室内で干すため、建物内に干場があったし、娼婦の衣装などは結構な値段で売買されるため、盗難を防ぐといった意味でも専門の業者に委託するのが普通だった。


また、この建物のように商売によっては自営用であったり、来客用であったりとまちまちではあるが、建物内に作り付けた倉庫(※ビルトイン・ガレージ)のように厩舎(きゅうしゃ)(もう)けていたり、隣接する土地にそういった建物を構えているところもあった。


フラーたちの娼館は後者だ。本館に隣接して木造の2階建ての厩舎がある。本館と厩舎の間はわずかな小路(こみち)しかなく、そのための出入り口も(もうけ)けられていた。通りからは側溝に面して建っていた。木造ではあったが、こちらもやはり貴族の馬や馬車を停めることを考慮されてから、たいそう立派な建物だった。


厩舎の中は複数の馬房(ばぼう)が並んでおり、短時間の利用客向けに馬車ごと停車できる馬繋場(ばけいじょう)も内包されていた。厩舎内の床には薄い石タイルが敷き詰められ、各馬房や馬繋場の床にはさらの土の上におがくずやら(わら)が敷き詰められていた。厩舎内の壁や柱の一部は白いペンキが塗られており、漆塗りなのか光沢のある焦げ茶色をした馬栓棒(ばせんぼう)が渡されていた。


馬栓棒とは、馬房などから馬が逃げないように渡された棒である。棒ではなく自在戸(じざいど)(※スイングドア)や落とし戸だったりすることもあるが、この厩舎は馬栓棒式だった。


さて、フラーの部屋はこの厩舎の2階にあるのだが、2階に上がる階段は、本館との出入り口と、2箇所ある馬車の出入り口のそれぞれ、合計3箇所にあったのだが、いずれの階段も上ってすぐは停めた馬たちの(えさ)が山積みにされていたり、ちょっとした馬具(ばぐ)の修理ができるような道具やら作業台などが置かれていた。


馬の(ふん)などは、毎朝あるいは週に数回ほどそれらを回収してあちこちを回ることを生業(なりわい)としている者たちがおり、この娼館では彼らに毎朝回収しにきてもらっているため、あまり悪臭はしない。


もっとも洗濯もそうだが、こういった馬糞の回収、飲食物や物の配達、回収といったことを仕事にする者たちがいると言っても、さすがに嵐や大雪といった日は配達や回収はできないため、そういった場合は臨時休業となるのが常だった。


さて、そういった場所の2階にあるフラーの部屋は、当然のことながら若干どころか非常に家畜臭かった。幸いにも馬糞の臭いまではほとんどしなかったが。


フラーは一人で寝起きができるようになってからずっとそこで寝泊まりしていたので、その臭いはまったく気にならないし、ほとんどの時間、本館での仕事やおつかいなどの仕事をしているため、自室には寝る時だけのわずかな時間しかいない。


そのため家具も木製の狭いベッドしかなく、そのベッドにも使い古したマットレスやら、天日干(てんぴぼ)しもほとんどされていないシーツすらない布団と枕しかなかった。


一応毛布は持っているのだが、今は寒くはないので部屋の(すみ)に丸めてある。スフォードは冬になればけっこうな量の雪が積もるため、一応、石煉瓦(いしれんが)の暖炉はあるが、あまり大きくはないのでそれほど(だん)が取れないのが難点だった。


それでもフラーにとってそこは自分だけの部屋、ホッと一息ついて仕事の疲れを心身ともに休ませることのできるたった一つの空間だった。


だからフラーは、ここを出ていかなければならないことに少し寂しさを覚えていた。

【作者より】



【更新履歴】


2024. 5. 5 Sun. 20:37 再投稿

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