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孤児のフラー④

フラーが尋ねると、エビータはフッと笑ってフラーの頭の上に手を置いた。その手をそのままポンポンと軽く(はず)ませる。


「・・・あんたもおっきくなったなぁーって思ったんだよ。」


「なんだよ?突然?・・・でも・・・そうかな?またボク、背、伸びたかな?」


フラーは自身の頭の上でまだポンポン()ねているエビータの手を見上げると、その手をつかんで頭から下ろした。エビータはフラーにされるままになりながら笑った。


「バーカ。背のことを言ってんじゃないよ。あんたの赤ん坊の頃に比べたら、どこもかしこも大きくなったなーって実感してんだよ。あたしがいつからあんたの面倒みてると思ってんだよ。」


「生まれた時から、だよ!んもうっ!言われなくても知ってるよ。エビータもみんなも、いっつもそれ言うんだから。」


「はっはっはっ。そうだっけ?」


「そうだよ。言われなくてっても分かってるし、ボクはみんなに感謝してるよ!ボクをどこにもやらないで、ここで育ててくれてありがとう、って。」


「そうかい?・・・の割には、最近の部屋掃除は手を抜いてる気がするねぇ、あたしは。」


図星を言われたフラーはドキっとした。


「客室や大浴場はきちんとやってるよ。ちょっと手ぇ抜いてるのはみんなの私室だけじゃないか!それだってそもそもみんながそんなに散らかしてないし、ゴミだってそんなに落ちてないからキレイだからだよ!でも毎日ちゃんとやってるよ?ただ、他の仕事もあるからササッとしかしてないってだけで・・・。でも汚いなって思ったらきちんとやってるよ。」


フラーがあんまり慌ててそう言うので、エビータはおかしくなってククッと笑った。


「それは知ってるよ。ちょっとからかっただけだよ。フラー、・・・あんたはしっかりやってくれてるよ。」


フラーはからかわれたことが腑に落ちないといった表情で、笑っているエビータをじと目で見ていた。


「んもう!そんなことでボクを呼んだの?ボク、他にも急いでやらなきゃならない仕事が山ほどあって忙しいんだけど?エビータだって知ってるでしょ?」


娼館は24時間営業しているが、客が貴族ということもあって人目が気になるのか、来訪するのは()も落ちかけた頃が普通だ。フラーはその頃までに一通り客室の掃除をしたり、娼婦たちの身支度を整えるのを手伝ってやったり、娼館の周囲の掃き掃除をしたりと忙しくなるのだ。


「知ってるわよ。ただ、ちょっと、忘れないうちにあんたに言っておこうって思ったのよ。」


「何を?」


「あんたとお風呂入ってあんたが大きくなったなぁーって思たって、さっき言ったでしょ?」


「うん?」


「もうそろそろ、でるとこでてきたなって思ったのよ。」


「でるとこ?」


フラーはキョトン顔だ。


「おっぱいよ、おっぱい。」


エビータはフラーの胸を指差して強調した。


「おっぱい・・・。」


「あんたもやっぱり女の子だな・・・て。ちょっと(ふく)らんできてるでしょ?」


「そう?」


「あっきれた。あんた、自分で気づいてなかったの?」


「うん。だってそんなにお風呂入んないし、着替えもそんなにしないから。」


フラーはそう言いながら服越しに自身の胸を()んでみた。言われてみればなんかちょっと出っぱってるような、気もする。


「・・・ボクもエビータたちみたいにおっぱいおっきくなるのかな?」


「あんたの死んだ母親だってけっこう大きかったからね。それなりにでっかくなるんじゃない?」


フラーは真っ青になった。フラーの胸が大きくなる、それはもう男児とは偽れなくなることを意味していた。


「そんなに心配しなくていいよ。急にはでかくなんないから。ただ・・・。」


「ただ?」


「あんたももうそろそろ将来を考えなきゃいけない時期にきたんだね、って思ったのよ。」


「将来・・・。」


急にそう言われてもフラーにはよく分からなかった。エビータや他の娼婦たちからはずっと言われていたことだ。いずれはフラーもここを出ていかなければならなくなる、と。だが、フラー自身はここを出ていく自分を想像できず、なんとなくそのままここで一生を終えるつもりになっていた。それが今、現実を突きつけられたのだ。


「言ってきただろ?いずれは女だってバレるって。おっぱいはでっかくなるだけじゃない。男だったらそれなりの体格になってくる。背だけじゃない。筋肉だって骨の太さだって、血管だって。見てるだろ?店の男たちを。」


エビータの言葉にフラーは無言で(うなず)いた。


「あたしたちと連中じゃあ、明らかに違うって。フラー、あんただって分かってるだろ?」


「・・・。」


「それにあんたのその声。男だったら喉仏(のどぼとけ)は出てくるし、声も低くなってくるのに、あんたはいつまで()ってもそのままだ。極めつけは月のもの(※生理)さ。」


「・・・分かってるよ。」


「いいや、フラー。あんたは全然分かってないよ。あんたがそれでもし女だってバレてご覧。あたしらのように客を取れって店主に言われるに決まってるんだよ。あたしらはあんたにそうはなって欲しくないから、あんたを男児だって偽って育ててきたんだ。あたしらの苦労を無駄にするんじゃないよ。」


「分かってるってば。・・・みんなには・・・エビータたちにはホントに感謝してるよ。」


「あたしが言いたいことは分かるね?」


フラーは(うなず)いた。


「女だってバレる前にここを出ていけってことでしょ?」

【作者より】



【更新履歴】


2024. 5. 5 Sun. 20:28 再投稿

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