【第二章・第三十八話】神を信じないシスター
「神の存在自体を懐疑的に思っているあなたからすれば、わたしは滑稽に見えるのでしょうね」
「神を信じないことは、そんなにもおかしいことですか?」
「どうでしょう。神を信じないシスターもいることですし」
おそらく彼女が指しているのは、シスター・グロリアのことだろう。シスター・アンゲルスと同じ教会に所属する彼女は変わり者で謎が多く、まるで黒い煙が立ち上るかのように、目を離すとすぐに消えてしまうのだ。
彼女の冷たい言動の中には、常に相手を見透かす鋭さが隠されている。その身に纏う服装を除いて何一つとして聖職者とは思えないシスター・グロリアは、冷たく、鋭く、まるで刃のような女性だ。
「シスター・グロリアは、なぜシスターに?」
「大抵の人は、己の罪を神へ償うためにシスターになります」
「アストノズヴォルド皇国の一般市民たちよりも神への信仰心が低く、普段も教会の活動に一切参加しない彼女が?」
「ええ。シスター・グロリアは、間違いなく神の威光のもとに生きる者ですよ。この国の人々は金色の日差しの下で日々を過ごしますが、彼女は銀色の月華の下で息をします」
シスター・アンゲルスは、随分と難しい言い回しをする。まるで詩人のようだ。彼女が崇めている神・リベルタスは自由を司る神なのだから、その影響だろうか。あいにく、教徒は仕える神に似てくるという話は聞いたことがないが。
「シスター・グロリアをそう例えるのなら、あなたは、濡烏と朱殷の狭間にて幸せを享受する者なのですね」
その後に続く彼女の言葉を待った。しかし、シスター・アンゲルスから再び音が紡がれることはなかった。
独り言とも思えるような含みのある言い方に、僕は沈黙する。出来る限り音を立てずにフォークをフロマージュに突き刺すが、どうしても金属特有の音は鳴ってしまう。
ケーキの中から溢れ出し、真っ白な皿を深紅に染め上げたソースを滴らせながら口へ運ぶと、フランボワーズのジュレが角のない調和の取れた甘酸っぱさを主張してくる。まるで、甘い蜜を滴らせる花が舌の上で咲き乱れているようだ。
___美味しい、とは思う。
だが、そこに特段、感動があるわけでもない。
昔から、自分に興味のないことにはとことん関心がなかった。
これから僕は、どうやって生きていくのだろう。ずっと孤児院にいるわけにもいかない。そろそろ自立しなければならない年齢にもなっている。適当に職を見つけ、自分のやりたいことも見つけられないまま、年を取っていくのだろうか。
___僕自身が僕の人生に意味を見出だせる日が、果たして来るのだろうか。




