【第二章・第三十七話】聖職者の役目
「はぁ……少し落ち着いて話をしましょうか」
上品に頭を抱えるような仕草をしたシスター・アンゲルスは、僕からすっと目を逸らす。お互いの間に沈黙が訪れたかと思いきや、ウェイターが注文した品を運んできた。
そのウェイターへお礼を言ってから、僕は目の前に置かれたフロマージュを口に運ぶ。シンプルながらも味わい深い一品だ。チーズの香りや風味をしっかりと感じられるが、不思議と口溶けは軽い。
「確かに、素材の優しい甘みを感じますね。とても美味しいです」
「そうでしょう? お口に合ったようでなによりです」
ふと前を見ると、彼女は紅茶で少し湿った口元を拭いている最中だった。その険しい表情からして、今からゆっくりと談笑する余裕はないようだ。
「あなたは、わたしを少し神聖視している傾向があるようですね」
「その自覚はありませんが、もしそうだとしても仕方がないでしょう。シスター・アンゲルスは僕の恩人であり、孤児院を運営する教会にて神に祈りを捧げる聖職者なのですから」
シスターとは、修道士として自分の生涯を神に捧げることを誓った人のことだ。祈り、読書、黙想、労働を行い、教会で共同生活を送りながら、神に奉仕する。
一般社会の活動に携わることはなく、その関わりを最低限に抑えることは、相応の覚悟が求められると言われている。どうしてシスター・アンゲルスは、そこまでしてこの道を選んだのだろうか。
「崇めるべきは神であり、わたしではありません」
迷いのない意思が籠もった僕の言葉に、シスター・アンゲルスは困ったような微笑を片頬だけに浮かべる。ゆったりとした音とともに返された言葉は、明らかに迷いがあるように僕は思えた。
「ですが、行き場のない僕を拾ってくださったのは紛れもない貴女自身です」
「それこそ、神のお導きというものですよ」
聞き分けのない子供を叱るような、はたまた宥めるような、天使のような笑み。この微笑みを、今までどれほどの人が慈悲深さや神聖さを見出してきたことだろう。
シスター・アンゲルスとの付き合いはあまり長くないが、彼女の微笑みはなんの深みもないことを僕は知っている。機械的に見せる笑顔、習慣の一つ、ただ笑顔を形づくっているだけの微笑み。
だが、その微笑みの濃度の薄さに、僕は今、初めて言いようのない畏怖の念を覚えた。




