【第二章・第三十六話】天使の意図は
「そういえば……最近、どうやらお友達ができたようですね」
散々悩んだ後に、シスター・アンゲルスはやっとメニュー表を閉じた。
なんでもないことのように軽々と紡がれたその言葉に、ピタリと僕は動きを止める。僕はシスター・アンゲルスのことを母親のように慕ってはいるが、自分の内側に踏み入ってこられるような行為は少々慣れない。
「友人、という言葉の定義はよく分かりませんが……彼との関係性は、そう表すのが一番適切な気がします」
「……彼? ああ、誤解させてしまったようでごめんなさい。わたしはサングイス様のことを言っていたのですが……」
人間には八種類の関係性の種類があると言われている。家族、血縁者、配偶者、師、友人、隣人、職場、仲間……今、僕の目の前に座っている彼女、いわゆる家族という間柄になるのだろう。
では、彼女は? 僕にとって、彼女はなんなのだろう。友人の妹、とも少し違うような気がする。彼女との関係性を表す言葉を、僕は知らない。そもそも、関係性に名前をつけなければならないという規則なんてものはない。
人と人とを繋ぐ縁というものは非常に複雑で、とてもではないが、はっきりと言語化することは難しいと思う。
「実は、サングイス様があなたに話し掛けるようになられたのは、わたしが頼んだからなのです」
「……そうですか」
「あまり驚かないのですね」
「薄々、気が付いていましたから」
随分と前から孤児院へ足を運んでいたあの兄妹が、ある日突然僕に声を掛けてきたのだ。あの二人の性格から思うに、もし話し掛けたいのなら、すぐにでもこちらへ向かって来るだろう。
つまり、あの兄妹が僕に構うようになったのは、シスター・アンゲルスにそう頼まれたからなのだろう。だとしたら、友人ができたと密かに喜びを浮かべていた僕の姿はさぞ滑稽だっただろうに。
「僕がずっと孤児院でも友人を作ろうとしなかったことが原因ですか?」
「それも理由の一つですね。あなたは同年代の子達と違って、あまりにも成熟した精神を持っているようでしたので」
「僕が成熟した精神というものを持っているのなら、全てを包み隠さず教えていただけませんか?」
「なんのことでしょうか」
「シスター・アンゲルスは、本当に慈悲深い方だと僕は知っています。だからこそ、時には相手を傷付けないための優しい嘘もつく」
彼女は窓の外へ向けていた視線を戻し、真っ直ぐ僕を見つめる。それに倣うようにして、同じく僕もシスター・アンゲルスの瞳をじっと見つめ返した。




